東方 双陽炎 0―7
「貴方にはわからないでしょう。ですが、いずれ選ばなければならなくなる。」
暗闇の中で声が聞こえる。誰なのかはわからない。
だが、すごく親近感が持てた気がした。彼女も絶望から這い上がったのだろう。そんな気がする。
目が覚めて辺りを見渡すが、空は黒い。月も今日は出ていない。
俺の部屋には時計がない。若いうちに時間なんて気にしたくないんだ。
取り敢えず時間を確認して夜食をとってまた寝てしまおう。
まだ完全に覚醒しきっていない体をなんとか動かして俺はロビーへ向かう。
流石にこの事実にはビックリした。丸一日眠っていたらしい。
時計を見ても5分しか経っていなかったのだが……
これは納得だ。メイド達が焦って走り回ってるのも頷ける。
今日は……兄と殺り合うんだっけか。待ち合わせ時間なんてとっくに過ぎてる。
「焦っても仕損じるだけ……だな。」
俺は昔から稽古に使ってる日本刀を持ち、軽い軽食を取ってから集合場所へ向かった。
集合場所は敷地の隅にある礼拝堂だ。昔は謁見の間としても使われていたようでメイド達は両親がいつでも帰ってこれるように常に手入れをしている。
「はぁ……かったりぃー。」
流石に帰ってるだろ。なんせ半日以上は時間が経っている。
これで居たらなかなか図太い性だぜ。
重い扉に力を入れる。ゆっくりと開いたそこには。
「やっぱり居るのかよ。……優斗。」
「その名はやめろ。反吐が出る。」
やっぱ居やがりましたよ。俺の兄の優斗。昔っからしつこい性格なんだよな。プライド高いし。苦手な相手なんだよ。
「やはり、そのアミュレットは貴様の手に渡ったか。」
「優斗も人が悪いねー。これが何なのか話す気なんかないんだろ
?」
「……次その名を口にすれば殺す。」
「あぁ?殺し合いしに、ここまで呼んだんだろ?」
なにか企みがある。意図が読めるまでこちらは迂闊に動けない。
「そうだな。教える必要なんてねーよな。……ここで死ぬんだからよ。」
「喧嘩で負けた覚えはないぜ?『優斗』さんよ。」
「その名を口にしたな?覚悟はできてんだろうな。」
「あったりめーよ。『優斗』兄さんよっ!」
俺の居合切りは抜刀速度が異常に早いらしい。居合で負けることは中々ない。
「ただの日本刀でオレに勝てるとでも?」
「俺の抜刀について来てからほざけよ。」
一気に間合いを詰め、全力で抜刀切りを放つ。
速度、パワーともに稽古の時以上だ。火事場の馬鹿力とはよく言う。
「甘い!」
ガギン!
金属と金属がぶつかる音。流石に読まれるか。
一度間合いを取り直す……が。
刀身がすっぱり斬られてる?!いや違う。
鋸のように削られて、折られてるような感じか。
「普通の剣でオレと戦えるとなんて思ってんのか?」
いやいや、思うでしょう。まさかあんな厳つい剣を持ってるとは思いませんでしたよ。
「だが、これじゃ分が悪い。その棺桶から武器を取れ。」
奴が指さす先には真っ赤な棺桶。
ミイラとか変なのでてきたら終わりだが……今は完全に手持ち無沙汰。詰んでいる。
やつと間合いを測りながら棺桶に近づく。
ゆっくりと中を確認する。
四角い箱がひとつ。武器だとすれば銃か?
生憎銃の扱いは全くだ。実物を見るのも初めてになるし、もちろん触った事もない。
だがある意味チャンスかもしれない。あそこまで大きな剣なら弾くのに僅かな時間差が生じるはず。
反応できても弾けまい。
だが、その希望はすぐに打ち消された。
「……なん……だと?」
「はっ!貴様の手にそいつが渡るとはな。親父の武器だけが眠ると思っていたが……とんだ誤算だぜ。」
中に入ってるのは、金属製?みたいな……
カードだ。裏を見る。真っ黒に唐草のような模様が入っている。
いいセンスだ!なんて心の中で言っておく。
表を見る。うん。
いいセンスだ!と心の中で言うと同時に。
絶望した。裏も裏だからだ。作ったやつはいいセンスしてるよ。
「流石に厄介だ。力が使えたら太刀打ちできねぇ。悪いが、ここで終わりだ。さようなら。」
「おい!……ちょっ……おま__」
最後にはなったのがこんな間抜けな言葉とはな。
早苗は今どうしてるだろうか。ちゃんと笑えているのかな?
ふん……俺もどこまでお人好しなのだか……
途切れていく意識の狭間で、そんなことを思いながら俺は……
死を受け入れた。