父の正体 1
「適当にくつろいでください。それと飲み物、何にします? コーヒーか紅茶か……。日本茶もありますよ?」
「いえ、お構いなく」
亮を居間へと通した一輝は彼に着席を促しつつ、飲み物を進める。もちろん入れるのは一輝だ。
だが亮はそれを断った。
しかし一輝としてはそういうわけにはいかなかった。
紅葉さんが亮に対し入室を促さなければ未だに一輝は玄関で亮とにらめっこを続けていただろう。そして今も頭の中はグチャグチャと言ってもいい。 そんな自身の思考を落ち着かせるためにも一輝は趣味である飲み物を入れたいのだ。これは亮の為と言うよりかはむしろ自分の為なのだ。
「そう言わずに。これは自分の趣味みたいなものなんです。秋宮さんに飲んでいただいて感想が聞きたいので……。どうか助けると思って」
「はぁ……。では、コーヒーをお願いします」
「分かりました!」
まるで決して引こうとはしないセールスマンの押し売りの様な言い回しをする一輝に亮は圧倒され、やむなくという様子で言う。
亮のオーダーを聞いた一輝は急に気力がわいてきたと思える様な元気良さで台所へと向かっていく。どうやら今は父親の事を考えるのをやめたらしい。
亮はというと未だに姿勢を正して立っていた。すると台所から一輝の代わりに紅葉さんが現れ、亮の向かい側に座った。
「久しいね、亮君。元気にしてた?」
「紅葉さんこそ相変わらずお綺麗で」
「あなたも昔と変わらずイケメンよ? まぁうちの旦那には負けるけどね」
かかかっと大口を開けながら笑う紅葉さん。
そんな豪快な紅葉さんを見て亮は少しばかり肩の力を抜いて手にしていたケースを床に置き、彼女の向かい側に座った。そうしている間に早々と飲みものを入れてきた一輝が居間へ姿を現す。
「紅葉さん、秋宮さんと知り合いなの?」
旧友の様な会話を台所で聞いていた一輝は飲みものを出しながら問う。
「そうだよ。3年程前に兄さんに連れられて来た時にね」
「あの頃はまだ訓練生でした。その頃から鬼庭大佐には目をかけていただいて……」
「そうだったな」
ありがとうございますと丁寧に礼を言ってからコーヒーを受け取る亮はどこか懐かしむ様な顔をして言った。紅葉さんも一輝特製コーヒーを口にしながら返事をする。
そんなに様子を見ながら一輝も席に着き、自前の緑茶を口にするとそれを見た亮はようやくコーヒーを口にした。
そして一言。
「……おいしい…」
コーヒーを飲んだことで完全に肩の力が抜けたのか彼の心の底からの言葉が聞こえた気がした。その言葉を聞いた一輝はこちらもにっこりと笑い一輝の代わりに紅葉さんが同意した。
「そうだろ? こいつの入れたコーヒーは格別さ」
「ええ。以前、鬼庭大佐が入れたコーヒーをいただいたことがあるのですが、その時以上においしいです」
そんな感想を言ってから亮はコーヒーをもう一度口にする。
そうして全員が一輝御手製の飲み物を飲んで一息入れた後、一輝は亮がここに来た本題に入る前に一つ気になったことを質問した。
「ところで秋宮さん」
「はい」
「大佐と言うのは父の鬼庭響の事で間違いないですか?」
鬼庭響とは一輝の父親の名前だ。一輝は二人が何の違和感もなく大佐と言う言葉を使っている意味がよく分からなかったのだ。
「はい、その通りです。私、秋宮亮少尉は鬼庭響大佐率いる国連軍第一独立試験大隊・通称デーモン部隊の一員です」
(国連? デーモン?)
ここに来てさらに聞いたことのない言葉が亮の口から飛び出てきて一輝は首を傾げるもとりあえずは一番初めに聞こうといていた内容を問うことにした。
「え~と。大佐と言うのは軍隊では偉い人の事ですよね? と言うことは父さんは秋宮さんの事を顎で使ってたということですか?」
「ええ。その解釈で間違いありません」
一輝の質問に父親と同じ様に敬意を払いながら答える亮。
彼からの答えを聞いた一輝はしばらくの間茫然とした後、いきなり大声で笑い出した。
「くくく……くははははは! あの父さんが! ははは!」
腹を抱え、涙を浮かべながら大笑いする一輝に亮と紅葉さんは呆気にとられる。
「何がおかしいのですか?」
一輝の笑いが隊を馬鹿にしていると受け取った亮は少しばかり声音を変えて聞く。その声を聞いた一輝は亮が誤解していると理解し訂正した。
「違うんです。別に秋宮さんを馬鹿にした訳じゃないんですが……。はぁ、腹痛ぁ。 あのいつもぼんやりしていた父さんがそんなことしていたなんて全く想像できなくて」
「一輝。あんた、兄さんがどんな仕事しているのか聞かされてなかったの?」
ここまで聞いて紅葉さんは一輝が何故笑っているのかに気づいた。
父である響は息子に自分の仕事の内容を言っていなかったのだ。紅葉さんはそれをとっくに聞かされているものだとばかり思っていたので一輝の今の状態を見て、何も言っていない兄に対して呆れかえるのだった。
ひとしきり笑って落ち着いた後に一輝は続けた。
「でも父さんが軍人ではないかということは以前から知っていたよ。いつも首から認識票……ドッグタグと言うんだっけ? あれを首からかけていたのを知っていたから。でもまさか大佐だとは知らなかった」
一輝は父と河原で遊んでいた頃に認識票を見た事があったためどんな職業なのかは薄々気づいていたのだ。
片倉家にはないものの、今ではテレビゲームなどでリアルな戦争を表現しているものが多い。それに銀二の父親が戦場カメラマンであることからその方面に銀二は強く、彼からいろんな知識を吹き込まれていたことも予想を確信づける要因となっていた。
長年のもやもやを完璧に笑い飛ばした一輝は玄関で聞いた亮の言葉を少しは理解することができ、落ち着いて彼の話が聞ける気分になる。
深呼吸をして気分を入れ替えた後に真剣な面持ちで亮に尋ねた。
「父の仕事について一応の理解を得ましたが、まだまだよく分からない事ばかりです。秋宮さん、教えてください」
「分かりました。大佐の事について話せることは話しましょう」
キチンと話を聞く体勢が整ったと理解した亮は順を追って説明し始めた。
「まずは所属についてです。二〇一八年現在、正式な国連の軍隊は存在しません。ですが国際連合は二〇一五年に『人類の進歩と未来の為に』という名目で平和維持軍、災害救助のための隊を結成します」
これは一輝たちも知っていた。
今から三年ほど前に世界各国で起こる異常現象の為に世界で初めて国境を越えて人類を救うという軍隊が誕生したのだ。
出動条件は国連加盟国が災害や飢饉などで危機に陥った時、無条件で駆け付け助けるというもの。軍隊よりも救助隊という意味合いが強かった印象がある事を一輝は覚えていた。
資金は国連加盟国が一定額出しあい、その金額はそのまま国家間のパワーバランスに関わっていると銀二が言っていたのも印象深い。
一輝はそのことは理解していると頷くと亮は話を続けた。
「ですがここにもう一つ、人類進歩のための研究部隊というのを極秘裏に結成したのです。我々はこの部隊に所属していました」
淡々と一般には知られていない様な内容を口にする亮に一輝は慌てて質問する。
「そんなこと、喋って良いんですか?」
だが、慌てた一輝とは対照的に亮は落ち着いていた。
「別に悪いことをするために作られた部隊ではないので。それに公ではありませんがそこそこ認知されてます。さすがに内容は話せませんが……。実は私も主に事務の仕事をしていたので中でどんな研究をしていたのかほとんど知らないんですよ」
「はぁ……」
分かった様な、分からない様な曖昧な返事を返す一輝。
実際、機密の問題で亮が話せる内容では明確な中身がサッパリ分からないのだ。
そのような曖昧な返事をする一輝を尻目に亮は説明を続けて行く。
「その部隊の名称が国連軍所属特殊任務部隊独立試験連隊と言い、私が所属していたのは第一独立試験大隊でそこの隊長が鬼庭大佐です。この部隊は科学者が半数以上を占めていたので私は彼らの警備隊の隊長や事務が担当でした」
つまり響がいた部隊は人類の未来の為の研究をする部隊であったようだ。特務部隊と言う名前からエリート部隊であるそうだが少尉を事務で使うとはどういう部隊なのだろうか?
そんなことを考えていると亮は苦笑いしながら補足してくれた。
「大隊と言っても正規の軍人は百名程度で、実験に関われる将校としては私が一番下の階級だったのです。ですから雑用が主な任務でした」
亮以上の上官は直接研究に携わり、そのほかの兵は警備任務が主だったそうだ。
そうして亮が話せる内容は終わった。
だが一輝にはどうしても質問しておきたい事があった。それは父の仕事をしている姿と実験の為の部隊なのにどうして死んだのかだ。
「秋宮さん。父はどんな人でしたか?」
一輝の質問を聞いた亮は少しばかり言葉をまとめる為に天井を仰ぎ見る。しばらくの間そうしていた後、誇らしげに語りだした。
「そうですね。任務については人一倍正義感と責任感があり、誰にでも厳しい人でした。ですが任務以外では気さくで明るく、誰にでも声をかける人でもありましたね。その為とても頼れて信頼できる人でした」
「そうなんですか……では、どうしてこうなったのですか?」
こうなったとは父の遺品を亮が届けに来た事を指している。そのことは一輝の言葉の重さや表情から亮は正確に理解していた。
そして先程とはうってかわって亮は苦虫をかみつぶしたような表情になって答えた。
「それは……申し訳ない。実験中の事故としか……」
申し訳なさそうに答える亮を見て、一輝は彼に笑いかけ頭を下げた。
「そうですか……。話してくれてありがとうございました」
泣くこともなく取り乱すこともしない一輝の様子を見て亮は関心を覚えるがそれでもお節介を焼かずにはおれなかった。
「私が言うのは何ですが、私を責めないのですか?」
「なぜです? 父に関して何か思うところでもあったんですか?」
「いえ! 大佐は最高の上司でした」
そう宣言する亮を見て一輝は笑いかける。
「なら良いんです。後悔はありません」
「なぜです?」
「…昔、父さんから言われて印象深い教えがあったんです」
そう言って一輝は父親との思い出話を始めた。
それはまだ一輝が小さい頃、トランペットを持って河原に言った時の話だった。
1月29日 秋宮と紅葉の会話を少し変更しました。
2014.0419 改変。(文章をより読みやすくしました)