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一番輝ける物の為に  作者: 虹の彼方
第一章 第一話 かけがえのない日々
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 その日の放課後、ホームルーム終了と共に堀川女史からの不気味な笑顔と手招きにより呼び止められた一輝は彼女に手を引かれて教室を出た。

 

 朝のラブコールの結果か? などと一部の生徒の冷やかし交じりの囁きが何処からともなく湧き上がる中、俺はされるがままの状態で引っ張られていく。やがて行き着いたのは色気など何一つない場所だった。


 談話室。

 

 そう書かれた札がある部屋を堀川女史は鍵を使って開け、顎で一輝に入室を促す。

 

 談話室とは基本的に外からの来客を出迎える場所だ。だが誰も使用しないこの部屋を生徒たちはこう呼ぶ。


通称、生徒指導室、と。


 生徒指導室がないこの学校ならではの呼び名であった。

 一輝にはこの看板を見るまでもなく分かっていた事だが堀川女史の用件は唯一つ。昼間の騒動のことだ。

 

 教室へ一輝、堀川女史の順番に入室する。

 後ろ手でドアと鍵を閉めると一輝をその場に立たせたまま、彼女は面談用に用意されたソファにまるで自分の部屋でテレビを見るときのようにどっかりと座り込んだ。


「で?」


 悠々とソファにもたれながら足を組む堀川女史。

 そこには先程まで生徒を前にしていた厳しくも誠実であり影で密やかに美人だと評判ながらもモテない堀川女史はいなかった。


「で? と、言いますと?」

「とぼけるのか?」

「おっしゃる意味が分かりかねます」

「……紅葉に言うぞ」

「う……」


 なかなか自分から詳細を話そうとしない一輝に対し、堀川女史はただ一言そう告げた。


 一輝の父兄である紅葉さんを一介の教師である堀川女史が呼び捨てにすることなど普通はありえないことである。しかも一輝の前で言うなど他の教師が見れば厳重注意は免れない。


 それでも彼女は一輝にそう告げた。そしてこの一言は一輝にとって他のどの教師の言葉よりも効果的だったのだ。


「すいませんでした、話します。ですが人の父兄を『紅葉』と呼び捨てにするのはまずいと思いますが?」

「だから鍵を閉めたんだろ。それくらい分~か~れ」

 

 注意する一輝に対し、堀川女史は足を組み替えながら言う。その時スカートが若干捲れ上がり、ストッキングに包まれた太ももが一瞬ながら露になる。

 引き締まった美脚を目に入れないようにしながら一輝は気軽に言葉を返しつつ、置いてあるポットでお湯を沸かし緑茶とコーヒーを用意していく。

 その手つきに迷いはない。


「そうでしたか、さすがは堀川美緒ですね。抜け目ない。昔から紅葉さんの親友かつ一番の舎弟を名乗ってただけはありますね」

「ほう。学校で教師に向かってその口調。紅葉のとこのガキらしく堂々としている」

「伊達に紅葉さんに鍛えられてませんから。それに美緒さんこそ気分はすでに家の中でしょう? ならいいかなっと思って」

「違いない」


 くつくつと笑いながら答える堀川女史。

 彼女の視線が先程一輝を問い詰めていたものとはまるで違うものになっていく。

 それは一輝の口調が突然馴れ馴れしくなったからだ。だがその視線は生徒を叱る様な厳しいものではなく弟を見るような優しいものだった。


 実は彼女と一輝の関係は意外に古い。

 生徒と教師の間柄になるより前から交流があるのだ。そのきっかけになったのも先程出てきた一輝の叔母である紅葉さんだった。


『鬼の子』紅葉の名前は鬼庭の道場だけではなくこの学校一帯、地域一帯にも密かに知られている。その理由は彼女が学生時代、言わば鬼の子の最盛期にここいらで悪名を轟かせていたレディース『紅桜』を一人で壊滅させたからだ。

 

 レディース『紅桜』

 加盟人数総勢百名以上。


 関西でも有数の強さを誇ったこのチームは地元の強面教師だけでなく警察ですら手が負えないと言われていたほどの集団だった。そのレディース『紅桜』の当時族長だったのが堀川美緒こと、『紅桜の美緒』。

 彼女は喧嘩がめっぽう強く向かってくる相手をいつも拳だけで血塗れにしていた。その飛び散る血飛沫がまるで紅桜が咲くようだったことからこの名前がついたという。


 そしてそんな美緒をたった一人でボコボコにしたのが『鬼の子』紅葉というわけだ。

 それ以来美緒はまるで紅葉さんの舎弟のように振る舞い、社会人になってからは紅葉さんのよき酒飲み友達になっている。その関係で片倉家にもよく入り浸っており一輝は彼女の世話をよくしていたのだ。

 

 この部屋のことを良く知っているのも高校生になってからはちょくちょくこの部屋に呼ばれて愚痴を聞かされているためである。

 

 ちなみにこの時の喧嘩の原因は一人の男子生徒だった訳だが彼は後に紅葉さんの結婚相手、つまりは青葉のお父さんであり一輝にとってのおじさんだったりするのだが……。


 そんな彼女の声を背にしながら一輝は棚からコーヒーカップと湯飲みを出し、それぞれに出来立ての飲み物を注いでいく。ついでにコーヒーには砂糖を1つ半、ミルクを一つ入れてかき混ぜておくことも忘れない。これを忘れると後が怖いのだ。


 そうして出来た飲み物を手に堀川女史改め美緒の向かいに一輝は座り、コーヒーを美緒の前に差し出す。差し出されたコーヒーをお礼も言わずにそのまま一口。

 そして一言。


「やっぱ、インスタントは不味いな」

「文句言わないで下さい。……ブラックも飲めないくせに」

「なんか言ったか?」

「いえ。お気になさらず」


 聞こえないほどの小声で言った愚痴を耳ざとく拾い、美緒は一輝を睨みつける。

 一輝はそれを口先だけで謝りつつ同じように緑茶を口に含んだ。粉末のお茶特有の粉っぽさが喉に絡みつく感じがする。


「まっず」


 一輝は手にした緑茶を机の上に置きつつ呟く。

 いつもながら思わず口からもれてしまうほどの不味さだった。学校の備品を公然と悪く言う一輝に対し、美緒は怒ることなくむしろ喜んで肯定を示した。


「だろ?」

「ええ。相変わらずの不味さですね。せめてティーバックの物があれば来客の人も顔をしかめずにすむのに」

「一様掛け合ってみるが、そんな余裕ないだろ」

「校長の裏資金があるじゃないですか。あんな高級なもの買うくらいなら少しくらいはこっちに回せばいいのに……」


 不味いと言いつつもコーヒーを飲むのをやめない美緒に一輝は冗談を言うような軽い口調で言う。一般生徒どころか教師でもほとんど知らされてないような学校の秘密をさらりと言う一輝に対し、美緒も苦笑いをうかべつつ答えた。


「あれか……。あれはVIP専用だからな。特別だ」


 そう言いながら美緒は再び足を組みかえる。

先程は側面からだったのでよくは見えなかったが、今度は正面からだったのでよりはっきりと捲れ上がるスカートの中が見えた。だが肝心のところが見える前に再び足が閉じられスカートが元に戻る。


 知らぬ間に食い入るようにその部分を見つつ、若干残念がっていた自分に一輝はかぶりを振って戒める。見知った一輝の前だからか今の美緒のガードは色々とあまい。生徒や同僚の前では決して見せない光景だ。


 長めの黒髪に身体のラインが出るタイトなスーツを着た美緒は例えるならば凄腕のキャリアウーマンといった所か。

 美人である上に仕事もでき、そして人気もある。

 弱点らしいもののない彼女の唯一の弱点といえば、ガードが固すぎることくらいだろう。他人の前では決して隙を見せないのだ。

 もしも普段から一輝の目の前にいるような柔らかい表情をした美緒であったのなら、彼氏などいくらでも出来ていたのだろう。


 そんな余計なことを考えつつ、彼女の表情を探る。どうやら一輝の失態は

ばれていない様だ。


「それでも一輝が淹れてくれたこのコーヒー。校長の淹れた物よりかは随分とうまいぞ」


 机の上に置いてあったお茶菓子を見ながら美緒はそう言った。

 どうやら午前中の来客時に出したものが出しっ放しになっていたようだ。

 しばらくしてから右手を出すも籠の上であちこちと彷徨わせる。どうやら何を食べるかで悩んでいるとみた。じっくりと彷徨った後彼女が手にしたのはクッキーだった。

 それをおいしそうに齧る美緒を見ながら一輝はため息をこぼす。そしてそんな彼女を見て一輝はこう思った。


 もったいない、と。


「それは喜んでいいのか悩みますね」


 そんな事を言いながら美緒に習って一輝もお茶菓子に手を出す。こちらは一切迷わずに煎餅を手にする。一輝はいつもこれにしか手を出さなかった。


「いいに決まっている。良かったな、お前の腕は一級品だ。店が出せるぞ」

「だからと言ってこの前のようなことはやめてくださいね。もう頼まれてもしませんから」

「そりゃ無理だ。校長がお前のことを気に入ったからな。上司の命令は絶対、これは教師でも変わらん」


 自慢げに言う美緒の顔には意地の悪い笑みが浮かんでいた。


 学校の備品費を流用した裏資金。

 なぜそんな事を一輝が知っているのか。


 それは唐突の出来事だった。




 ある日の授業中、突然校内放送が流れる。

 その内容はひどく単純なものだった。


「鬼庭一輝、至急職員室まで来なさい。繰り返します。鬼庭一輝、大至急職員室まで来なさい」


 全く見に覚えのない呼び出しに一輝は一瞬、家族の誰かに何かあったのかと顔を緊張で強張らせながら、急いで職員室に行くと事情も説明されずにすぐさま校長室に連れ出された。


 校長室には初老の校長と美緒が立っていた。そして扉が閉められたと同時に校長がゆっくりと喋りだす。もちろん一輝に向かってだ。


「堀川君からキミが良いと推薦されたのだ」


 窓の外を見ながらそう言う校長に一輝は戸惑いながらも返事を返す。


「はぁ」

「どうやらキミは……」


 もったいぶりながらこちらを向く校長。

 その顔には歳を重ねたものにしか出せない貫禄と威厳、そして少しの焦りがあり、どうやら真剣な話なのだと一輝は理解した。そして自然と背筋が伸びていくのを感じる。


 だが次の一言で一輝の中の感想は全て引っ繰り返ることとなった。


「……紅茶をおいしく入れることが出来るそうだね」

「はぁ?」


 ナニヲイッテルノダ、コノオッサンハ……。


 近くで様子を見ていた美緒によると一輝はこの時ほど口を開けて間抜け面をさらしたことは無いと思えるほどの顔をしていたそうだ。その後の美緒の説明で状況が飲み込めるまで一輝はずっとそのままだった。


 どうやらその日、突然教育委員会のお偉いさんが学校に来ることになったらしい。そして不幸にもいつも校長と共に接待をしていた教師は現在、出張で留守にしておりその教師がいつもお茶を用意しているということだった。

 そのお偉いさんはかなり影響力があり、不味いお茶一つで学校の評価が左右されるなどという一輝にとっては全く無意味な説明をされた後うまいお茶を入れてほしいといわれたのだった。


「はぁ。別に構いませんが……」


 いまいち状況が飲み込めなかったがとりあえず返事を返した一輝をおいて、美緒は戸棚に近づき、その中にある一冊の本を奥に押しやる。

 するといきなり戸棚が前に出てきたかと思えば左右に別れ、そこからもう一つの戸棚が出てくるというからくり屋敷もビックリな事が起こったのだ。 そしてその戸棚からは一目で高級と判断できる箱が出てくるではないか。


 突然の出来事に再び置いてきぼりの一輝をよそに校長はその箱の中から一つ選び、一輝に手渡した。


「まずはこれでおいしいコーヒーを淹れてくれ」

「?」


 なぜ紅茶からコーヒーに変わったのかは疑問ではある。

 だがそもそも何一つついていけてはいない一輝はそのまま言われた通り、箱の中にある豆を取り出し、コーヒーを淹れることにした。


 一輝は紅茶からコーヒー、果ては日本茶まで様々なものをおいしく淹れることが出来るという自負があった。そしてそれは他者からのお墨付きがもらえるほどのものでもあったのだ。それは一輝がいつも世話になっている片倉家に少しでも恩返しをしようと思いついたものであり、やっていくうちにどっぷりとはまり込んでしまった彼の数少ない趣味のうちの一つだった。

 長年の研究の成果をここでも遺憾なく発揮して、一輝は言われるままにコーヒーを淹れる。それを口にした校長とそれにちゃっかり便乗して高いコーヒーを飲む美緒。


 一口、コーヒーを口にした後、校長は美緒を見て頷き、言うのだった。


「うまい。実にうまい……。では堀川君。手筈通りに頼む」

「分かりました」


 ドヤ顔でそう言った美緒が指を鳴らすといきなり校長室のドアを開けて二人の教師がやってきて一輝を連行。そして半ば強制的にスーツに着替えさせられたのだった。しかもこのスーツがなぜか一輝にピッタリと合うのだ。


 首を傾げるもこのことに対する問いかけをする暇もなく、とんぼ返りで校長室へ連れて行かれる一輝。

 再び入った部屋には校長よりも年配の男性が座っていた。どうやら着替えている間にお偉いさんとやらが来てしまったようだ。もしかすると一輝の準備のため別室で待たせていたのかもしれない。


 そして入ってきた一輝に向かって校長から一言。


「鬼庭君。紅茶を頼む」


 ここで意を決して校長にもう一度しっかりとした事態の説明を要求しようと一輝は廊下で決めていたのだ。

 

 だが、結果は出来なかった。

 それは一輝を見る校長の目線があまりにも鋭く、ごちゃごちゃ言えば殺すぞと言わんばかりだったのだ。

 こうして一輝はただただ無言で二時間紅茶を入れ続けるのだった。




 それ以来さすがに授業中はないが、たびたび校長室に呼ばれると「鬼庭君、コーヒー」とだけ言う校長につき合わされるのだ。

 しかもなぜか回数を重ねるごとに教師の人数が増えていったりもしていた。一輝にとっては腕を認知される機会なので嫌ではないが、それでも面倒なことには代わりがなかった。


「ちなみに言うとこのお茶菓子も裏資金の賜物だぞ。感謝しろ」


 すでにクッキーを5枚以上口にしながら美緒はそう言う。

 

 そして再び足を組みかえる。

 今度はさらにスカートが捲り上がり、とうとう秘密のデルタゾーンが目に飛び込んでくる。その光景に無意識に鼻の穴が広がっていくのを感じ、ここまで来てしまったらむしろ美緒が悪いと開き直りつつ、一輝は素直に男の性に従うことにした。

 

 そしてハッと慌てて美緒を見た。彼女に気づかれてないのか確認するためだ。

 すると目が合った瞬間に美緒はにやりと口角を上げる。どうやら思い切り気づかれていたようだ。


「マセガキが……」

「う、うるさい。だいたい無防備すぎやしないか?」


 簡単に認めるのも何だか負けた気がするので一輝は不味いお茶を再び口にしながら気まずそうに言う。それに対して美緒は先程と同じ顔で言うのだった。


「顔を赤らめながら言っても説得力ないぞ」


 ここで再び美緒は足を組みかえる。

 この時になってワザと彼女が一輝の反応を見て楽しむために足を組み替えていたことに気づく。負けるもなにも初めから彼女の手のひらで弄ばれていただけだったのだ。

 

 それでもめくれていくスカートに視線が吸い寄せられていく辺り、一輝は自分がどうしようもなく男だなぁと感じてしまうのだった。


2014.0419 改変。(文章をより読みやすくしました)

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