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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 オメガを司る者
9/23

 7節 追っ手

「……茴さん」

 掛けられるはずのなかった声に、茴の反応は少し、鈍かった。

「……! 柊……くん!」

 こんなところにいるはずがない、少年。用事から帰宅した彼はきっと、叶里八からの追っ手となって自分を追いかけてきたに違いない。

「茴さん、泣いてるのですか……?」

「いっ、嫌っ! 近寄らないで!!」

 殺されるのはまだ良い。だが、こんな醜い自分を、化け物となった自分を見てもらいたくない。茴は地面を這いずり、逃れようとする。

「辛かったでしょう。一体、何があったんですか?」

「……え?」

 しかし柊ゆうは、茴を責めるでもなく殺そうとするでもなく、心配をしていた。

 茴は上体を起こし、柊に振り返る。

(これは――これは本当のことを話すべきなの? でも、信じてもらえるわけが……)

 いなくなる前と同じように優しげな瞳をしている柊ゆう。茴は、この微かな希望に託してみることにした。

「あ……あの……」

「いたぞ! 脱走上手なお嬢様が!」

(?!)

 暗い野道に新たな人影が3つ、現れる。だが、茴の目には、6つの気配が映っていた。

(まさか……まさか、蓮華村の……追っ手)

 こんな時に。

 黒い服に身を包んだ、男性3人。どこから現れたのかわからないが、座り込む茴の元へ着実に近付いている。

「探したぞ。まさかこんなところに隠れていたとは……外界のことなど知らぬクセに、なかなかやるな」

 空気が張り詰めてくる。これは殺気だ。男の中の1人が、茴の腕を掴み上げる。

「痛っ……放し……」

「その手を放して下さい」

 しばらく静観していた柊が、茴の腕を掴む男の腕を掴む。男はきょとんとするがやがて高笑いを始める。

「悪いな、坊ちゃん。女の子を護って格好いいところを見せたいのはわかるが、今回ばかりは相手が悪いぞ」

「そうでしょうか」

 あっけらかんとした柊の物言いを皮切りに、男の殺気の対象が茴から柊へと移り変わる。

「柊くん! 私に構わず、逃げっ……」

 一体、何が起きたのか。その男は体内から無数の針を突き出し、倒れた。理解が出来ぬまま呆然としていると、残った2人がシャドウを召喚し、柊との間合いを取った。

「柊くん……?」

「なんだかよく分かりませんが、どうやら彼らは敵のようですね」

 柊はそう見做すと、自らの胸に右手をあてがい、そこから黄金に輝く弓を引き抜いた。

(!!??)

「さぁ、お相手しましょう。言っておきますが、容赦はしませんよ」

「このガキ……シャドウ・コンダクターか!!」

 2人のシャドウ・コンダクターと2体のシャドウが柊ゆうに一点集中して攻撃を仕掛ける。柊はキラキラと輝く弓を構え、放たれた矢は四方に分かれてコウモリの姿をしたシャドウを貫く。柊は手足を奪われて地に落ちゆくコウモリを踏み台とし、その主人の頭上へと舞い上がる。

「上かっ!?」

 柊の姿を探して空を見上げた男の顔に4本の矢が突き刺さり、そのまま仰向けに倒れる。

「アルイェン! そっちは頼みますよ!」

“わかりました”

 どこからともなく声が聞こえたかと思うと、柊が野道に着地するとほぼ同時に足元から合成生物――キメラが現れ、ライオンの大きな口でシャドウごと男を噛み砕く。

「ぎゃああぁあ!!」

 身体を真っ二つに千切られた男の上半身が茴の近くに落ち、ブツブツと独り言を呟く。

「この男……ただ者じゃ……ない……」

(…………)

 茴はただ目を見開き、呆然と柊ゆうを――そして、隣りに付き従う獣を見ていた。

 全ては、一瞬のうちの出来事だ。あの蓮華村のシャドウ・コンダクターとそのシャドウは、呆気なく物言わぬ遺体と成り下がった。

“こいつら誰でっしゃろ? 組織の人間ではないっぽいし、あのお嬢さんやったらご存知なんちゃいますか”

 黄金の弓を握ったまま、柊ゆうは険しい表情を浮かべていた。

「茴さん、貴女……」

“ゆう様! アカン、さっきよりも遥かに多いシャドウ・コンダクターが来ますわ!”

 アルイェンと呼ばれた合成生物キメラが警告をするが、それよりも早くに蓮華村の追っ手は現れる。ずらりと茴たちを取り囲むように立ち、シャドウも召喚して襲い掛かる準備は万端である。

「先発隊が殺られたようだが……どうやら、かなり手足れがいるようだ。いつの間に味方に引き入れた?」

 茴は俯き、震えている。

「あなた方は何者です? 大勢で1人の女性を襲うなんて、フェアじゃないですよ」

 柊の口調は丁寧だが、その目は追っ手たちを鋭く睨んでいる。

「少年よ、何故その女の味方をしているのか知らんが、これだけは教えておいてやろう。――そいつは、笹楽坂茴は、悪魔だ」

 茴の肩がビクッと揺れる。歯を食いしばり、涙を堪えている。

「そうですか……」

 柊はそんな茴の姿を見て、頷く。

「わかりました。あなた方が、以前茴さんに重傷を負わせたのですね」

「仕留め損ねた。しぶとい悪魔だ」

「ああ、言い忘れました。それ以上、茴さんを悪魔呼ばわりするならば――」

 キメラがコンドルの翼を大きく広げ、威嚇する。

「許しませんよ」

 それが合図だった。柊は全方位に向けて無数の矢を放ち、キメラは口から熱風を吐き出して追っ手を襲った。

「我々も行くぞ! あの男も女も殺せ!」

 地面が激しく揺らいだ。様々な属性攻撃が衝突し合い、気候を歪める。

「自己紹介が遅れましたね。……我が名は柊ゆう。錬金を司るシャドウ・コンダクター。よって――」

 柊が落ちている古い看板に手を当てると、それは瞬時に形を変えて鋭利な刃物――日本刀となる。

「僅かでも金属成分の含まれるものなら、こうして自由自在に操ることが出来ます」

 柊は矢で敵を射抜くだけでたく、刀で斬り捨てる能力にも長けているらしい。

(ああ……)

 シャドウ・コンダクター同士の戦いは、無抵抗の影人を一方的になぶり殺しにする戦いとはわけが違う。一瞬の隙すらも、命を落としかねない死線となる。

(柊くんが、シャドウ・コンダクター……。どうして彼は、私なんかの為に)

 だが、柊がいくら強くとも大勢のコンダクター相手では、茴に迫り来る魔の手までは捌ききれなかった。

「!!」

 斬りつけられるところを寸でのところで避ける。休む間もなく全方位から仕掛けられる攻撃は、一度でも身体に受けると致命傷となる。

「茴さん! 逃げて下さい!!」

“――逃げる? 我が主人よ、貴様はいつまで逃げ続けるつもりだ”

 低く、地鳴りのように平地に響き渡る声に、その場にいた全員が動きを止めた。

“叶里八の人々は殺せたのに、己が命を狙う輩共は殺せぬとは、片腹痛いわ!!”

「やめて!」

 茴は両耳を塞ぎ、地面にうずくまる。

「今の声……聞いたか? やつだ、終末を告げし獣――リヴァイアサンだ!!」

 リヴァイアサンを召喚される前に女を殺せ、殺せ、殺せ、と大合唱のように追っ手たちの声が響き渡る。

「茴……さん?」

 柊の目は、茴の足元に広がる影を、見つめていた。

“さぁ我が名を呼べ! 呼んで、自由を勝ち取れ!!”

「誰が……」

 ガタガタと震える茴の右手には、いつの間にか剣が握られていた。それは、叶里八の人々を惨殺した変容剣フェルツァである。

「誰がお前の名など呼ぶものですか!!」

 茴は鞘から血塗れの剣を引き抜くと、どこまでも伸びる刃で周囲に迫るコンダクターとシャドウを次々と斬り裂いた。

“こらぁたまげた。あのお嬢さん、シャドウ・コンダクターでっせ。……ま、予想は着いとりましたけど”

 キメラのアルイェンはヤレヤレといった様子で溜め息を吐き、“どうしますねん?”と自分の主人を見た。柊は、先程まで泣きじゃくりながら怯えていた少女の変貌ぶりに少々、驚いているようだ。

「……僕は、茴さんの護衛を任されています。任された仕事の途中放棄なんて、しませんよ」

 黄金に輝く矢が、四方に分かれて敵を射抜く。この戦いに茴が加わったことで、柊側の戦力が大幅に上昇していた。

“相手はプロのシャドウ・コンダクターだ。動きをよく見て、そこに生まれる矛盾を突け”

 茴はただ無心にフェルツァを振るった。今は自分のことや柊のこと、叶里八のことなど考えたくなかったのだ。

「こんなに強くなってるとは、想定外だ。すぐに村に帰って報告をせねば……」

「させないわよ」

 男の視界を遮るように、返り血を浴びた茴の顔が揺らめく。男は、目を見開いたまま顔面から地面に倒れた。

(残るは4人と4体……)

 茴は地面を蹴り、狙いを定めたシャドウ・コンダクターに高速で接近した。だがそれが誤算であった。

「きゃっ?! や、やめて……茴!」

 茴の動きが、ピタリと止まる。そのコンダクターの顔には、見覚えがあったのだ。

「…………琴祢」

 笹楽坂家に軟禁されていた時、人目を盗んでは自分の話し相手になってくれていた、食事係の少女。笹楽坂家から脱走した後も、頭のどこかで琴祢のことが引っ掛かっていた。

「琴祢、あなた、シャドウ・コンダクター……」

 ぶすっ。

 鈍く、燃えるように熱い衝撃が茴の左肩に走る。

「茴さん!!」

 茴が動きを止めた一瞬の出来事。琴祢の口元がニヤリと弧を描き、握っていた剣で茴の左肩を貫いたのだ。それは迷い無く、容赦無く。

 熱い。ほとばしる血液が、全ての思考を拭い去る。

「これは1人1人を確実に仕留めるなどという、悠長なことはしてられないな……アクーレオ(針山)!」

 柊が地面に両手を当ててブツブツと呪文のようなものを唱えた直後、半径100メートルに渡って無数の巨大な針が地面から出現した。蓮華村の追っ手たちは針山の串刺しとなり、一斉にその人生を閉じる。しかし琴祢だけは唯一、針から逃れていた。

「琴祢……」

 茴は、琴祢から剣を奪い取って左肩から引き抜くと、そのまま琴祢の心臓を突き上げた。

「ぎゃぁ……ああっ……あ」

 琴祢は、心臓に剣を抱いたまま、針山に崩れ落ちる。ぶす、ぶす、と眼球や口から針を出し、絶命した。

「……ふふふ」

 目を背けたくなるほど無残な琴祢の死体を見下ろし、茴は含み笑いをする。

 そうだったのか。琴祢が唯一、心の許せる相手だと思っていたのは、全て父親の思惑通りであったのだ。虐げられた生活を妥協させる為の、手駒。

 全て、吹っ切れた気がした。あの蓮華村には、自分のことを少しでも理解しようとする者などいない。皆が茴を悪魔だという共通の認識の元、軟禁していた。それが力を蓄えて脱走した途端、抹殺に切り替わった。

「うふふははは」

 追っ手の死体を足場にして、茴は笑っていた。自分でも何故笑ってるのかわからない。なのに瞳からは涙が流れ落る。ぐちゃぐちゃになった心は、茴から感情のコントロールを奪っていた。

「茴さん……」

“待て”

 主人に近付こうとする柊ゆうを、フィーネが制止する。

「なんですか」

 フィーネの声はなんともおぞましく、聞いた者を震え上がらせるのだが、柊は臆することなくごく自然に返事をしている。

“貴様、相当な猛者と見た。何者だ”

「言ったじゃないですか。錬金を司るシャドウ・コンダクターです」

“そうではない。どこに属しているのかと聞いている”

 フィーネの追求に、柊ゆうは流すような目つきで茴の影に視線を落とす。

「シャドウ・システム。世界を管理下に置いている巨大組織ですよ――」

 フィーネからは笑い声が漏れる。

“そうか。これでやっと合点がいった。叶里八に存在するシャドウ・コンダクターは貴様で、美浜三郎を始末し、第三者の記憶操作を行ったのも貴様。叶里八が影の汚染により壊滅状態に陥ったにも関わらず、何の処置も取られることがなかったのは、貴様が組織の任務とやらで出掛けていたせいだったのだな”

「ご明察。しかし……そうですか、やはり、叶里八は汚染されていたのですね。それを浄化して下さったのが、あなたの主人――笹楽坂茴さん」

 柊が未だ笑い続ける茴の背後に立つと、茴は笑うことを止める。

「辛かったでしょう。でも、もう大丈夫です。僕は、戻って来ましたから」

 ゆっくりと、恐る恐る背後を振り返る。そこには、いつものように自分に向けて手を差し伸べている柊ゆうの姿があった。茴の瞳からは、再び涙が流れる。

 茴はその手を取り、何度もごめんなさいと謝っていたが、柊ゆうの口からは、

「大丈夫です」

 の言葉だけが繰り返されていた。



「肩の傷、大丈夫ですか」

「……うん。あなたが、手当てをしてくれたから」

 蓮華村の追っ手との戦いがあった平地からさほど離れていない場所に、打ち捨てられたお堂がある。廃墟となって10年は経過しているその中に、2人の少年と少女が寄り添うように座っていた。

「私、大勢の叶里八の人々と、あなたのご両親を、殺したわ」

「知っています」

 少女の自白を少年は静かに受け止めている。

 少年は、黙っていれば女性と見紛うほどの美しい顔立ちをしていた。

「もっと早くに行動をしていたら、救えた命よ。私の罪は、計り知れないほど大きい……」

 少女の方も人形かと錯覚するほど美しいが、こちらには無機質さがある。

「それは違います。茴さんは世界の為に正しい判断をしたに過ぎないのです。むしろ、僕は貴女にお礼を言わねばならない」

「お礼ですって?」

 少年――柊ゆうは、少女の手を握る手に力を込める。

「叶里八を救って下さって、ありがとうございます」

 少女――笹楽坂茴は、柊の言葉を否定するように首を振る。

「親しい者の影人化及び死はもとより覚悟の上。それに……僕個人のワガママのせいで世界を崩壊の危機に晒すわけにはいきませんから」

 柊ゆうは、どこまでも逞しく、そしてどこまでも優しかった。茴はまた溢れてしまいそうな涙を堪え、やはり「ごめんなさい」と謝っていた。

「……聞かせてもらえませんか?」

「なにをです?」

「茴さん……いえ、笹楽坂茴のことを、僕に聞かせてもらえませんか」

「…………」

 お互い、シャドウ・コンダクターであることはもう承知している。柊には蓮華村の追っ手に追われていることも知られているし、悪魔だと呼ばれていることも知られてしまった。

 それに、ちょっとやそっとのことでは柊は自分のことを恐れたりしない。……そんな確信があった。

(ならば、柊くんだけにでも……)

「私は、笹楽坂茴。オメガを司るシャドウ・コンダクターなの」


 話し終わる頃には、夜が明けていた。

 柊は、茴の為に悲しみ、茴の為に怒っていた。

「何が悪魔ですか。オメガが悪だと僕には思えない。歪んだ思想の元に茴さんに奴隷以下の生活を強いてきた方々の方が、よほど責められるべきだ」

「柊くん……」

「茴さん、シャドウ・システムへ来ませんか。組織ならば茴さんを守ってくれますし、蓮華村も手出し出来ません」

 柊の誘いを、しかし茴は首を縦に振らない。

「……私は16年もの間、虐げられてきました。その不信の根は深く、私の心を支配しています。組織だって、私が終わりを告げる者だと知れば、不吉の予兆として始末するかもしれない」

 シャドウ・システムは世界規模の巨大組織だ。蓮華村に追われるのとはレベルが違ってくる。

「そうですか……では」

 柊は閃いた案をにっこりと提示する。

「僕に貴女を護らせて下さい」

「ええっ」

「護衛の任は未だ解かれていません。何か問題でも?」

「…………」

「無論、茴さんには拒否権がありますが」

 茴は首を振り、俯く。

「ありがとう……」

 涙を流し、承諾した。

「決まりですね。では、帰りましょうか。叶里八へ」

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