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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 オメガを司る者
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 6節 ごめんなさい

「どうして? どうして誰も叶里八を助けに来てくれないの……」

 6日後、叶里八の人口の1割が影人と化していた。皆が皆、見た目は生前と何一つ変わらないヒューマン型になっていた為、第三者もヒトがすでにヒトではないことに気付いていないし、影人本人も自分がすでに死んでいることに気付いていない。

 全てに気付き、全てに目を瞑っているのはただ1人。

“茴……貴様、叶里八を壊滅させるつもりか。これは世話になった桔梗院家や柊ゆうに対し、恩を徒で返す行為に他ならんぞ! いや、それ以前に世界が危ない”

 茴は、恐怖ゆえに部屋に閉じこもるようになっていた。護衛の信楽伊織や相模隆臣とも顔を合わさず、芳乃からも逃れ、愚かにも震えていた。

 紙に描いた天秤の絵が机からパラリと落ちる。茴はフィーネに教わっていた。<世界の仕組み>と呼ばれる天秤と影人の関係を。


“この世界は2つある。だが全く同じではない。茴たち表側の人間が住む表世界。我々影が住む影世界。2つの世界は1つの天秤の上に成り立ち、互いに均等を保ちながら存在している。

 だがその均等を崩すのが影人の存在だ。影人は表側の人間を乗っ取り、表世界へ移動する。……と、どうなる? 天秤は、表世界側に傾くな? これが世界の傾き。影人を殺さないと傾きは修正されず、そのまま放っておくと傾きはどんどん進み――……。

 世界は、崩壊する。

 わかったか、影人はいかに殺さねばならない存在かを。

 だが、いつ誰がどんな理由で影人化するかはわからない。たとえ家族や愛する者が影人化したとしても、我々は容赦なく殺さねばならぬのだ”


 あの時、望見涼を殺してさえいれば、皆が影人化することはなかった。見たところ桔梗院家の人たちはまだ感染していない。これは奇跡ともいうべきか。

(だから、やるなら、今しかない)

 もうこの屋敷には、戻れなくなるけれど。

「芳乃さん」

 叶里八に起きた異変など知るよしもなく、趣味の生け花に没頭していた芳乃は、茴の姿に気付くなり動きを止めて手招きをする。

「茴、見てご覧なさい。この生け花はね、これからのあなたの成長を願って生けたの。名は始まり。ふふ、良いでしょう」

「…………」

 生け花は本当に美しかった。皮肉にもその名は茴の存在と対局にあったが、これから茴の中で始まることを予見しているような気味の悪さもあった。

「芳乃さん……」

 茴の様子がおかしいと感じた芳乃は、正座をして話を聞く。

「今までお世話になりました。本当に感謝しています。だから、これから私がする行いは、村の皆さんに対するほんの少しばかりのお礼だと、受け取ってもらえれば幸いです」

「? どうしたの、突然」

「そして門をかたく閉じ、全てが終わるまでは決して開けてはいけません」

「茴??」

 茴はそれだけを言うと立ち上がり、玄関へ向かった。

「待ちなさい、茴……きゃっ?!」

 茴の後を追おうとした芳乃の眼前に、巨大な蛇の顔があった気がした。芳乃は腰を抜かし、動けるようになったのは全てが始まった後だった。

“我の協力は要らぬのか”

 門を出て、叶里八に充満する甘ったるいにおいに顔をしかめながら、茴は首を振る。

「私1人で十分よ」

 その右手には、横縞模様の入った長剣が握られていた。

「やっと外に出てきたわね、茴! どうすんの? 学校行く?」

 護衛の信楽伊織が、長らく引きこもっていた茴が姿を現したことに喜んでいた。

(…………)

「ん? なに持ってんの?」

(伊織さんは感染してない)

 伊織は茴が所持しているものが刃物であることに気付き、顔色を変える。

「そんな危ないモノ、どこから持ってきたの」

「伊織さん、早くこの町から離れてください。全てが終わるまで、どこかに隠れて……」

 その時、郵便配達員が配達の為に桔梗院家の門を潜ろうとしていた。茴の本能を掠める、一筋の影の気配。

「この家に近付くんじゃないわよ!!」

「茴っっ?!」

 茴は素早く鞘から剣を引き抜き、郵便配達員の首筋を切りつけた。それは一瞬の出来事であり、郵便配達員は喉から血を噴き出し、自転車から崩れ落ちる。

「ぎゃああ!!」

 郵便を受け取ろうと出てきた家政婦の一恵が一部始終を目撃し、悲鳴を上げた。伊織は一恵を護るべく、常時隠し持っていたダガーナイフを茴に向けて構えた。

「茴! 乱心したの?!」

「…………」

 茴は郵便配達員が事切れていることを確認するとその場を離れ、次なる影人を求めて剣を振るった。

 茴にしか扱えないこの変容剣フェルツァは、遠くにいる獲物も仕留められるよう、鞭に変形する。茴は鋭い刃が連なった鞭を振るい、影人の命を奪ってゆく。影人の命が終わると同時に増幅してゆく力。

 呪われし、オメガの能力。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 警察官が銃を茴に向けて警告する。茴は構わずフェルツァを振るい、発砲される銃弾を瞬時に避けて警察官の首を狩り取った。

 ごとりと虚無の表情を浮かべて転がる首、それを見て腰が抜けてしまい、ただガタガタと震える老女。茴は、考える間もなく老女の首も斬り落とした。

“ほう。情け容赦ない、鬼畜の如き剣裁きだな。見直したぞ、茴”

 そんなフィーネの声すら耳に届かないほど、茴の心臓は大きく鼓動していた。不規則な振動はまるで不協和音で、正しい判断もつかないまま、目につくもの全てを斬り捨てた。

「学校……」

 全ての元凶である、望見涼がいる場所。茴は生徒会室がある中等部の校舎へ飛び入り、数分後に捕まえることに成功する。

「ひぃぃいい!! なんで、俺が! 俺、なんか悪いことしたか?!」

 喚き暴れる望見の髪を掴み、廊下へ引きずり出す。

「したわよ……あんたが、影人になんか、ならなければ!!」

 茴は望見の大きく開けられた口内に剣を突っ込み、引き抜く。ずるずると倒れていく望見の死体を見下ろし、これではまるで八つ当たりだな、と自嘲気味に笑った。

「あと、どれくらい影人は残ってるかしら」

“200ほどだ。 人口の約1割が影人であることを計算すると、この数時間で茴はおよそ800の影人を始末したことになる。決して褒められたことではないが、良い実績だ”

「そう……とんだ殺人鬼ね、私は」

 暮滝中高一貫校の校庭を埋め尽くすほどの遺体の数に、目眩がした。

「茴」

「!」

 茴は反射的に気配に向けてフェルツァを振るう。その気配は腹を切り裂かれ、地面に倒れる。

「……伊織、さん!」

 それは茴を追って暮滝までやってきた信楽伊織だった。そうとは気付かず、茴は攻撃を加えていた。今の茴にとって、動くもの全てが始末すべき対象であったのだ。

「あんた……マジで、乱心したの……? こんなことして、許されると……?」

「あ……あ……。ああ……ごめんなさい……」

 腹が大きく裂け、小腸が飛び出している。この状態では信楽伊織はもう助からないだろう。茴はひたすら謝り、しかし謝っている時間すら惜しいと感じ、次なる影人を探して叶里八を彷徨った。

 叶里八では茴の奇行がすでに広まっており、外を出歩いている者はいなくなっていた。家に閉じこもり、戸締まりをして、息を殺していた。そんな住宅地へ続く一本道には、警察官が粗末な盾を並べて銃を構え、これ以上の茴の進行を止めようとしていた。その中には、相模隆臣の姿もあった。

「茴、こんなことはもう止めろ! お前が叶里八へ来たのは、皆殺しが目的だったのか!」

 どんな説得の言葉も、所詮は何も知らぬ第三者の戯れ言。茴はフェルツァで盾の壁を崩し、影人だけを狙って仕留める。

「助かったわね、相模さん。あなた、感染してないわよ」

「…………?!」

 相模は、急接近する茴の人間離れした動きに虚を突かれ、死を覚悟した。だが茴は謎の言葉を残すだけで相模は殺さず、そのまま住宅地へ駆け抜けていった。

“町役場だ、急げ”

 平日の昼間なのに閉鎖された町役場。窓の閉められたカーテンの隙間から中を覗くと、皆一様に怯えた表情で事件の打開策を練っていた。

「なんだか、わからなくなってきちゃった」

“何がだ”

「私が。私がしてる行為は、本当に正しいのか」

“無論、正しい以外の何ものでもない”

「世界の崩壊を防ぐという大義名分の元に殺戮してるだけみたいに思えちゃう」

 だが、やらねば。叶里八の人口を、これ以上減らすわけにはいかないのだ。

 茴は厳重なる施錠が施されているガラス扉を蹴り破り、中にいた人々に悲鳴を上げさせる前に命を狩り取った。

「…………あ」

 狩り取った命の中に、柊ゆうの父親の顔があった。

「…………」

 あの日、気分の悪い自分を気遣って、柊ゆうが両親の結婚記念日の祝いの席に他人の自分を招いてくれた。とても温かい家族。20年後の記念日も、元気よく迎えようと言っていた。

(それを奪ったのは、私)

「茴……ちゃん」

 柊家の居間にて、柊ゆうの母親が哀れみの眼差しを茴に向けた後、事切れる。

「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい……っっ」

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

「ああぁあぁぁぁあぁぁあああああああぁぁ!!!!」

 今まで我慢してきた感情が爆発したように、茴は絶叫した。

「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 柊家を飛び出し、畦道を走る。血と肉片が飛び散った叶里八。いくら影人が始末せねばならない存在とはいえ、それを招いたのは他人本願のまま見て見ぬフリをしてきた自分だ。

 叶里八をこんな血濡れた町にしたのは、自分だ。

「ごめんなさい!! ごめんなさいぃぃっっ」

 走る。叶里八を出て、どこまでも。

 謝る。叶里八の人々に、柊に、世界に。

 やっと止まったのは、窪んだ地面に片足を引っ掛けて転んだ時だった。

「……………」

 そこはだだっ広い平野で、凸凹とした野道の脇に小さな地蔵がポツンとあるような場所だった。民家も無く、ただ自然だけが広がっている。

 陽が落ち、薄暗い春の夜。茴は自分がまた1人になってしまったことを自覚する。

「…………はは」

 茴は、笑っていた。

 頭から影人の血を被り、ところどころに肉片や臓物を付着させた自分は、本当に化け物だ。

 女生徒が言っていたことは正しい。両親に軟禁されたのは正しい。

「間違っていたのは、私」

 生まれてきてごめんなさい。

 オメガを司ってごめんなさい。

 笑い声はやがて涙を含み始める。茴は野道に座り込み、子供のように声を上げて泣いた。その涙は枯れることを知らず、ボタボタと地面を濡らす。


(ごめんなさい……)


 世界が完全に闇に閉ざされ、唯一の光が月明かりだけとなった頃。

「……茴さん」

 掛けられるはずのなかった声に、茴の反応は少し、鈍かった。

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