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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 オメガを司る者
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 5節 不穏な空気漂う

「その……組織、ってなに?」

 叶里八にて平穏無事に過ごす反面、茴はフィーネから世界の真実についてのレクチャーを受けていた。フィーネ曰く、来たる日に備えて学んでおけ、ということらしい。

“シャドウ・システム。通称、組織。全国のシャドウ・コンダクターを統括するコンダクターの総本部だ”

 放課後、柊との待ち合わせまで時間の余った茴は、中等部と高等部それぞれの校舎の間にて、フィーネに指示されるまま地面に図を描いていた。それは天秤の図だった。天秤の両方の皿には、丸い円が描かれている。

“その図を頭に叩き込んでおけよ。後に説明する世界の仕組みと大いに関係があるからな”

「うん……」

“組織は、常に世界を裏から監視している。影人が発生したら、直ちにシャドウ・コンダクターを派遣し、始末させるのだ。監視の方法は様々で、一般人や役所、警察、軍隊、政界など様々なところに組織関係者を送り込み、第三者の記憶操作を施すなりして影人狩りをしやすい世の中を築いている”

「とても巨大な組織なのね……。蓮華村のシャドウ・コンダクターも、組織の人間なの?」

“いや、見たところやつらは単独で動いている様子だ。いわば規模の小さい組織といったところか。しかしその思想は酷く歪んでいる様子だが”

「私はシャドウ・コンダクターだわ。組織に属さないといけないかしら?」

“属す属さないは本人の自由。自らの使命を放り出して第三者として生きるのも、良いだろう。だが我は、能力を持って生まれたのなら、その能力を行使すべきだと思うている。たとえ使い道が悪でも、善でも”

「でも私が司る力は……悪以外のなにものでもないと思うわ……」

 地面に描いていた天秤の図を靴裏で擦り消し、溜め息を吐く。しかし近くで砂利を踏む足音が聞こえ、茴はすぐに顔を上げて気配を探した。

「……あんた、誰と喋ってたの」

「…………」

 そこにいたのは、同じクラスの女生徒だった。名は確か名倉。

(聞かれた……? しまった、念話にしておくべきだったか)

 しかし念話にまだ慣れていない茴は、声が直接頭に響くことが頭痛の原因となる為、あまり使いたくない手段なのであった。

「ねぇ……」

 あまり騒がれては困る。茴は口止めしようと名倉に接近すると、名倉はすぐ近くにいた友人2人の名を叫んだ。

「由実! 里奈! ついに化け物が本性を現したわよ!」

「! ちょっと……!」

 茴は名倉の腕を掴んで黙らせようとする。

「放して! 私、知ってるのよ。あんたが死んでること」

「……は?」

「この前、叶里八に死体が運び込まれたのを見たわ。それが、あんただった。だからあんたはゾンビよ! 何が目的? ゾンビ仲間を増やすっての?」

 そうか、と茴は思った。死体かと見紛うほどの怪我を負った自分。何も知らない人間が見ると、本当にただの死体だと判断するのが当然だ。

「確かにあんたは綺麗よ、美人よ。でも化け物は美しさで人を引き寄せて取り殺すのを知ってる」

「勘違いしないで、私は正真正銘、生きた人間よ」

「なら今、誰と話してたのよ、地面に向かって喋ったりして! ゾンビ仲間と一緒に町人たちを殺す計画を企ててたんでしょうが!」

 騒ぐ名倉はもう止められない。やがて名を呼ばれた2人の女生徒も駆けつけ、茴は3人から化け物だと罵られるハメとなる。

 警察に突き出そうか、マスコミに売ろうか、研究所で実験してもらおうか、など話題は飛躍していく。これはまずい、どうにかせねばと思うが方法が見つからない。

“聞くに耐えんな。臆病者で頭の弱い女ではあるが、それでも我が主人よ”

 影から放たれる殺気に、茴はビクリとする。

(フィーネ?! な、なにをするつもり……?)

“我が主人を愚弄すること、万死に値する”

(まさか殺すの?!)

“当然。ゆっくりとなぶり殺しにしてくれる”

(それは絶対にしてはいけないことよ! あんたが教えてくれたんでしょ? シャドウ・コンダクターが殺すべきは影人のみだ、世界を守る救世主だって! それが一時の怒りに身を任せて殺戮を行ってどうすんのよ!)

“……茴。貴様が言ったことは、正しい”

(あ、分かってくれたの?)

 女生徒からの罵声は止まないものの、意外と呆気なくフィーネが落ち着いたことに安堵する。しかし。

“貴様が、自分が司る属性は悪だと……それは、正しいのかもしれない”

(…………え?)

 影が、徐々に巨大化していく。この場所は校舎と校舎の間であり、陽が射さない為に女生徒たちは影が巨大化していることに気付かない。

“我はオメガを司る者。全ての終わりは、絶大なる力となって我に降り注ぐ――……”

(フィーネ!!)

 これは、非常に、まずい事態だ。女生徒が騒いでいることなど、取るに足らない問題となってきた。

(でも、名前さえ呼ばなければフィーネが起き上がることはないわ……)

 打開策は案外簡単なものだと考えながらも、自分の両手に全身の血が集まっている感覚に驚く。指が意志とは関係なくボキボキと動き、終わりを求めて彷徨い始める。

(なに……これ……フィーネ、あんたの意志なの……)

 嫌だ、誰も殺したくない。なのに、止められない。

(た、助けて)

 そう願うものの、誰がこんな自分を助けてくれるのというのか。いや、そもそも助けられる者などいるのか。

 もう、限界だと諦めた時、助けの手は差し出された。

「茴さん、探しましたよ。さぁ帰りましょう」

「――――……」

 光が射した。暗い闇でうずくまり、泣いていた自分に。

(柊……くん)

 女生徒を押しのけ、柔らかい微笑みを浮かべた柊ゆうが、茴に対して手を差し伸べていたのだ。あれほど巨大化していた影はもうおさまり、静かになっている。茴は泣きたい衝動を我慢し、柊の手を握った。

 校庭に出ると、伊織が高等部の校舎から飛び出してきた。

「見つかった?! あー、良かったぁぁ。どこ行ってたのよ、心配したんだから!」

「ごめんなさい……」

 伊織は茴の頭をぽんぽんと叩き、「今日は皆で帰りましょう」と言った。

 茴は何も告げずに1人で行動してしまったことを詫び、しかしあの女生徒たちの口をどうやって塞ごうかと考えを巡らせていた。

 その夜、桔梗院家の廊下にて、帰ったはずの柊ゆうと出くわす。茴は夕方の礼を言おうと駆け寄るが、柊の口から出てきた言葉に硬直することとなる。

「僕、しばらく叶里八を離れることになりました」

「え……?」

「急用が出来てしまいまして。すみません、護衛を途中で放り出す形になってしまい……」

「…………」

 身体が震えた。ようやく射した光が、また暗雲に覆われてしまった。

「大丈夫ですよ。信楽さんと相模さんのお二方は、年下の僕なんかよりもずっと頼りになります。それに、用事がどれくらいの日数を要するかわかりませんが、必ず戻ってきますので」

「……はい」

 柊は茴に頭を下げ、振り返ることなく桔梗院家を出た。

 茴は、閉じられた扉を見つめたまま、腑抜けたように座り込む。そして自分の手を見下ろし、動かなくなる。

“茴?”

「……手」

“?”

「柊くんに手、差し伸べてもらいたかったな。一緒に連れて行ってもらいたかったな」

“何を言っている?”

「……なんでもない」

 年上の自分が何を甘えているのだと思う。何も掴んでいない手の平をギュッと握り、茴は廊下を戻った。


(あれ?)

 自分がゾンビだという噂が広まっているはずの次の日の暮滝中高一貫校。いつのもように男子生徒たちが世話を焼きに来たり、女子生徒からは嫉妬の眼差しで見られていた。昨日騒いでいた女子生徒3人も、他の女子生徒と変わらぬ態度だ。

(もしかして、黙ってくれているのかしら)

 あれほど憎しみを込めて怒鳴られていたというのに、不思議なことがあるものだなと茴は呑気に考えていた。

 しかし異変は間もなく訪れる。

「なに? このにおいは」

 用事があって中等部の校舎へ訪れていた時、鼻に纏わりつくような甘ったるいにおいを感じた。しかしどこか泥臭く、気分が悪くなる。

「え、におう?」

 伊織は嗅覚に鈍感なせいか、このにおいに気付いていない。

(でも、こんなに強烈なのに)

 まぁ、たかがにおいだと思い直し、茴は生徒会室の扉をノックした。

「はーい」

 出てきた男子生徒を見て、思わず茴は仰け反った。男子生徒も伊織もきょとんとしている。

「あ、えーっと……茴先輩っすよね」

 男子生徒は望見涼という名前で、柊ゆうの友人であった。学校案内の初日、柊のクラスで授業を受けた際に顔を合わせたことがある。

(この子がにおいの発生源??)

 そう、先程から茴が感じていた嫌なにおいは、望見に会ってから急激に増したのだ。蒸せ返るほどに、それはキツい。

(これ香水? におい袋? 体臭? なんなの??)

 しかし当の本人や伊織に反応は無い。さすがにこれはおかしい。

「ごめんなさい、伊織さん。書類への判子を頼んでも良いですか。私、気分悪くて……お手洗いへ行ってきます」

「え、大丈夫? 早く行ってきなさい」

 茴は足早にその場を立ち去り、誰もいない教室にて、今度は誰にも聞かれぬよう念話で影に語り掛けた。

“あれは人間が影人化する際に発せられるにおいだ。第三者にも影人本人にも感じ取ることは出来ない”

(やっぱり……! でもどうして彼は……)

“知らん。人間が影人化する理由など様々すぎていちいち追及してられん。ともかく、殺せ”

(私が?)

“そうだ。貴様が殺さずして、誰が望見を殺すのだ。望見を殺さねばならないと知ってるのは、茴だけなんだぞ”

(でも、柊くんの友達を殺すなんてこと、私には出来ないわ)

“ならどうする。影人を野放しにしておいて、町全体が感染するのを指をくわえて見ているつもりか”

 今、望見を殺さないと影の被害が広がる。

(ほら、この町には私以外のシャドウ・コンダクターがいるんでしょ? その人が影の気配を感じ取って、殺してくれるわよ)

“茴”

(それに世界にはシャドウ・システムっていう巨大組織があるわ。そこからコンダクターが派遣されてくるかもしれないし)

“茴!”

(……無理よ、私には。悪の力を持った分際で、正義を振りかざして人の命を奪うなんて)

“…………。どうなっても知らんぞ”

 どうにもならない。絶対に、誰かが助けてくれる。

 茴は、見て見ぬフリをすることにした。これが大きな間違いであったと気付くのは、6日後のことである。

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