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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第二章 オメガを司る者
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 4節 これが家族

「聞いて! 今日は学校というところへ行ったわ。町中の子供たちが1ヵ所集まって勉学に勤しんでいるの!」

 叶里八には暮滝中高一貫校という学校がある。田舎の為、子供が少ない故に中学と高等学校が合体しているのだ。

「柊くんはそこの中等部3年らしいわ。私の1つ年下よ」

 部屋に戻るなり嬉々として報告をする茴に、シャドウは溜め息を吐く。

“知っている。我はずっと貴様と共に行動しているのだからな”

「なによー、そんなつまらないこと言わないでよ」

 茴はフフフと笑い、窓から見える緑溢れる穏やかな田舎町を眺めた。

「叶里八……良い町だわ……」

“…………”

「どうしたの、フィーネ」

 突然、足元からピリピリとした警戒の気配が伝わってくる。

“うむ。……いや、気のせいだ”

「? やめてよ、怖いじゃない。まさか、もう追っ手に嗅ぎつけられた?」

“違う。においがした気がするんだが、すぐに消えた”

「におい?」

 結局、フィーネが一体、何に警戒していたのかは分からず仕舞いであった。

 その日の夜、茴はダメ元で芳乃に頼んでみることにした。

「学校に?」

「通ってみたいの。だって、すごく楽しそうなんだもの」

「そうねぇ、茴くらいの年頃なら、学校で友達をいっぱい作って遊び呆けるのが普通だものね」

「いいんですか?!」

「構わないわよ。ただし、護衛付きでね」

「あ、でも、柊くんは学年が違うし……」

「信楽伊織に頼みます。もう高校生という年齢ではありませんが、彼女ならば快く引き受けてくれるでしょう」

 次の日から信楽伊織という護衛を伴い、さっそく茴は学校へ通うこととなった。支給された暮滝の制服に袖を通し、慣れないスカートというものにどぎまぎし、やたら集中する視線に疑問を抱きつつ、高等部1年1組のクラスにて授業を受けた。

「茴ちゃん、名字は無いの?」

「どこから引っ越して来たんだ?」

 茴が転校という名目で暮滝へやってきた日から、学校内ではちょっとした騒ぎが巻き起こっていた。

 授業と授業の合間や昼休み、果ては放課後まで男子生徒に囲まれ、質問責めに遭う。茴にとってどうでもいい内容や、意味の分からないものもある。だが、答える前にいつも伊織が割り込んで来るのだ。

「しばらくお祭り状態は続きそうね」

 伊織は楽しげに笑っていた。

「どうして?」

「そりゃあ、こんなド田舎の芋くさい田舎学校に人形みたいな美少女が転校してきたら、良いも悪いも刺激は強いもの」

「よく分からないわ」

「うふふ、茴はそれでいいの! ただ……」

「ただ?」

「女子には気をつけなさい。女の嫉妬は怖いわよぉぉー」

「?」

 その後、伊織と入れ替わるように柊ゆうと共に下校をする。柊の顔が少し曇っていたことに気付いた茴は、何かあったのかと尋ねる。

「何もないですよ? そんな風に見えていましたか、すみません」

 逆に謝られてしまい、茴は慌てる。

「でも柊くんも大変ですよね。学校が終わった後は私の護衛。疲れませんか?」

「いえ、これが僕の仕事ですから。お気遣いありがとうございます」

「へぇ……」

 年若いのに、柊ゆうはだいぶ大人びて見えた。数々の苦労を乗り越えてきたという、逞しさがある。ただ不幸にさらされてきただけの自分とはワケが違うようだ。


“茴。八守神社へ行ってくれ。確かめたいことがある”

 夜、フィーネが突然そんなことを言い出した。黙って屋敷を抜け出すことは不可能と踏んだ茴は、どうしてもお参りをしたいと芳乃に願い出てみた。すると意外とすんなり聞き入れてもらえたのだ。

「その為に護衛を雇っているのです。夜間の護衛は相模隆臣が担当します」

 暗闇に慣れている茴にとって、夜に対して恐怖を抱くことはなかった。長年の軟禁生活で、夜目が利くようになっていたのだ。

「夜間参拝とは珍しい。だが手っ取り早く済まして帰るぞ」

「はい」

 茴はフィーネに指示されるまま、境内の裏へと回る。

(どうしたのよ、急に。私はあなたの小間使いではないのよ)

“若干の残り香……黒い煤”

(聞いてるの? フィーネ)

“ああ。茴、その護衛に聞いてくれ。最近、この町から引っ越ししたやつはいないかと。狭い町なら、それくらいの情報は誰だって知ってるだろ”

(はぁ?)

“いいから”

 釈然とせぬまま、茴はフィーネと同じ質問を隆臣にする。

「そういえば美浜三郎さんが昨日、引っ越ししたな。しかし余所者がよく知ってるな、そんなこと」

「美浜さんはどこへ引っ越しなさったのです?」

「隣り町の真栄町だ。……何故、そんなことを聞く?」

「な、なんでもないわ。ふふふ」

 かなり怪しまれたが、それ以上、追求はされなかった。

「もう……フィーネ、どうしたってのよ」

 湯船に浸かりながら、今日の汗を洗い流す。桔梗院家の風呂場は大浴場ほどの広さがあり、そこに1人ぽつんと入浴するのは、若干の寂しさがある。

“貴様はまだ影人に対して敏感ではないから分からぬだろうから教えてやるが、昨夜、この町に影人が出現したようだ”

 大浴場にぼわぼわと響き渡るフィーネの声は、まるで地獄から顔を出した悪魔のようにおぞましい。

「ええっ」

“しかも、素早く始末されている。影人の正体は、昨日引っ越ししたとされている美浜三郎だろう”

「どうして断言出来るの?」

“昨日、町案内の時に役場に寄っただろう。そこでは、転居届の出し方について説明を受けている男がいた。転居届に記された引っ越し予定日は明日……つまり、今日。そいつは仕事の途中であったらしく、胸ポケットに名札を付けていた。名は美浜”

「……んと、今日引っ越しの予定だった美浜三郎が昨日影人化し、始末されたってことよね?」

“大事なところが抜けている。町人たちが全員、美浜三郎が昨日引っ越しをしたと思い込んでいるというところだ”

「……。死んだ、ことに気付いてない?」

“事実は隠蔽されている。影人化し、始末された人間の存在を都合良く捏造する。まぁシャドウ・コンダクターの世界では常識だ”

「待って。じゃあ、この町にシャドウ・コンダクターがいるということ……?」

“警戒しろ。それが、蓮華村の追っ手かもしれないぞ”

 治ったはずの傷が疼いだ。窓の外で木が風によって揺れるのを見ただけで、怯えている自分がいた。

「顔色悪いぜ? 保健室に連れて行ってあげようか?」

 学校では相も変わらず男子生徒たちが茴の世話を焼いていた。ここしばらく茴の顔色が悪いことをチャンスとばかりに、お近づきになろうという輩が増えているのだ。

「平気よ。私に構わないで……」

 男子生徒の反応がいい加減鬱陶しくなってきた茴は、逃げるように教室を出た。

「どうしたの、茴。早退するの?」

 伊織が慌てて追い掛けてくる。

「う、うん。気分が優れなくて……多分、栄養が足りないのね」

「ちゃんとご飯食べなきゃ駄目よ?」

 早退の理由を適当に誤魔化し、茴は桔梗院の屋敷に逃げ込んだ。気分が優れないのは、事実だった。

(この町にシャドウ・コンダクターがいると思ったら、怖くて外に出れないわ……)

 これでは、軟禁されていた時と同じ状態だ。だが決定的に違うのは、今は自分の意志で閉じこもっているという点。

「茴」

「は、はい」

 扉がノックされ、芳乃が顔を覗かせる。

「柊が来ています」

「……?」

 母屋の玄関へ行くと、下校途中にここへ寄ったであろう柊ゆうの姿があった。

「早退したと聞きました。どうですか、気分は。幾分、マシになりましたか?」

 どうやら柊は早退した茴を心配して、学校が終わると同時に駆けつけてきたらしい。これが仕事の為とはいえ、柊の自分に対する優しさが嬉しかった。

「ありがとう。でも大丈夫、ご飯をいっぱい食べれば元気になりますから」

「ご飯……。少し、提案があるのですが」

「なんでしょう?」

「僕の家へ来ませんか? 今日は両親の結婚記念日でして、我が家では母が食べきれないほどの料理を用意しているのです。ですから、もし、茴さんが宜しければ」

 茴は目を丸くし、キョトンとする。

「茴さん?」

「わ……私なんかが、お邪魔しても良いんですか」

「ええ、それは是非とも」

 柊はにっこりと笑い、最初に出会った時のように手を差し出す。茴は心がじんわりと温かくなり、不安や恐怖が薄れていくのを感じる。そして芳乃に出掛ける旨を告げ、柊の手に自分の手を重ねた。

 柊ゆうの家は、叶里八の端の方に位置していた。家から一歩出ると田んぼが広がるという、叶里八の中でも田舎の部類だ。寂しげな畦道を通ると、やっと辿り着く。

「ただいま戻りました」

 柊家の玄関を開けると、魚を煮込む良い香りが鼻を掠める。廊下の奥からパタパタとスリッパを走らせ、優しそうな母親が顔を出す。

「初めまして、貴女が茴さんね。どう? うちの息子はきちんと貴女を護ってる?」

「あ、はい。いつもお世話になっています」

 居間に通され、屋敷とは違う普通の家というものを初めて目の当たりにする。

 屋敷は厳かな雰囲気が無意識に肩を張らせ、疲れる。だがこういう一軒家は自然とリラックスをすることが可能だ。

「茴さん、ここでお待ち下さい。すぐに料理を運びますので」

 柊が熱いお茶を淹れながら言う。

「私も手伝いますっ」

「茴さんはお客様ですから。遠慮なく」

 すぐにキッチンへ消えていく柊。茴はなんだか申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しそうな奇妙な表情を浮かべていた。

(ここが柊くんの家)

 居間を見渡していた茴の目についたのは、壁に掛かった4月のカレンダーだ。

(あれ? このカレンダー……)

 今日の日付のところに『結婚記念日』と記されているが、茴が気になったのはそこではない。美浜三郎の本来の引っ越し予定日が書き込まれていることが気になったのだ。しかしその上から大きく×印をされ、前日の日付の枠に改めて書き直しがなされてある。

(なんか、引っ掛かる)

 柊ゆうの父親は役場で働いている。だから、町人の動きを事細かに記録することも仕事のうちだ。ゆえに美浜三郎の引っ越し予定日を記してあるのは、別に不思議ではないのだが。

「茴さん」

 考え込んでいた時、柊が大皿に盛られた料理を持って現れた。

「わぁ! 凄い……美味しそう!」

「ふふ。自分で言うのもなんですが、母の料理はかなりの腕なのです。父と結婚する前は、調理師として自慢の腕を振るっていたそうです」

「香りだけで美味しさが伝わるわ、楽しみ」

 その香りに吸い寄せられるように柊ゆうの父親が帰宅してくる。茴は慌てて立ち上がり、頭を下げた。

「お、君が噂のお嬢さんだな。確かに、飾っておきたくなるほどの美人さんだ」

「父さんっ」

 柊ゆうが苦笑いを浮かべ、茴に謝った。

「すみません。2人とも軽口が得意で」

「ううん。とても楽しいです。柊くんの家族は温かいですね」

 羨ましい。素直にそう思った。

「しかし茴ちゃんも大変だね、家族と離れてこんな遠い親戚の家まで来るなんて。余程の事情があったのだろう」

 柊の両親は、柊ゆう以上に茴の身の上を知らない。

「ご両親はさぞかし娘のことを心配しているでしょうねぇ」

 何も知らないからこそ、その悪意の無い口撃が辛い。

「父と、母は……」

 顔すら、声すら聞いたことのない両親。自分を忌み者として扱い、排除してきた冷酷な両親。考えただけで、胃がギリギリと痛む。魂が、ぎこちない音を立てて鼓動する。

「冷めないうちに食べましょう。今日はお父さんとお母さんの20回目の結婚記念日ですよ。さらに20年を目指して長生きして下さい」

 おそらく茴も自覚してないほど、自分の家族に対する負の感情が滲み出ていたのだろう。それにいち早く気付いた柊が、両親の質問を打ち消すようにめでたい語句を並べた。

「茴さんも、たくさん食べて元気になって下さいね」

「……ありがとう」

(ありがとう)

 温かい家族。温かい心遣い。茴は、心の中で柊ゆうに対して何度も何度も礼を言った。

 なんとか元気を取り戻した矢先、暮滝にて事件が勃発する。

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