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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
終章 始まりと終わりを司る者
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 そして輝く

 まだ人の手が及んでいない、緑溢れる大地。大きな湖を見下ろせるこの崖の上にて、1人の少女が独り言にしては少々大きな声で喋っていた。

「だから! 違うのよ! 一人称は“私”ではなく“我”。敬語も要らない。むしろ偉そうにしていなさい。そして私のことは“茴様”ではなく“茴”の呼び捨て! または“貴様”でも可」

“我が主人に対し、そんな無礼は働けません”

「私は無礼だとは思ってないから大丈夫。ほらほら、言う通りに直しなさいよ」

“で、ですから……”

 しかし少女は1人ではなかった。大きすぎる独り言に対して、応える声があるのだ。それでも、少女の姿しか確認出来ないことに変わりはないが。

「ふふふ。ねぇ、茴。ヨハネが困ってるよ」

 少女に近付く、少年。クスクスと笑う仕草はむしろ少女よりも可愛らしく、少年が少女よりも年下であることが雰囲気でわかる。

「だって、ヨハネったら主人である私の言うことを聞いてくれないんだもの……」

「君、あんなに忌み嫌っていたはずなのに、いなくなってしまった今ではフィーネが恋しいんだね」

「…………」

 少女――笹楽坂茴は少し遠い目をしながら、初夏の風に髪を揺らす。

「なんだかんだ言って、フィーネは私をあの地獄から救い、生きる希望を与えてくれたから」

 ヨハネの半分がフィーネであるとはいえ、彼の声、性格、記憶はもう茴の中でしか再生されない。

「でも、いいの。ヨハネはヨハネで、私とゆうを処刑の危機から救ってくれたから!」

 アルファとオメガの能力はシャドウ・システムに危険視され、始末の対象となっていた。オメガである茴を護ろうとした少年――柊ゆうも同罪として。

 しかし、危険視されていた理由は、アルファとオメガの能力が分裂していた故。それら2つが融合し、始まりと終わりを司る1つの能力となったことにより危機は去った。この奇跡に近い事象と、強大な影人――狗歪を始末した功績が重なり、茴とゆうの罪は不問とされた。

 ゆうは無期限の休暇をシャドウ・システムに申請し、受諾された。しかしこのままシャドウ・システムに戻るつもりはないという。

「アルイェン」

 ゆうがその名を呼ぶと、どこからともなくキメラが現れる。そして2人に頭を下げ、いつもの間延びした口調で言う。

“さて、どこ行きますねん?”

 茴は「ちょっと待って」と言い、摘んでいた花を古びた石碑の前に置く。石碑に記された文字は、言語学者にしか解読不可能なほどに、古い。茴はその石碑の下に眠る少年に、こう語りかける。

「もう大丈夫よ。始まりの脅威も終わりの脅威も去った。私を狙う者もいない。あなたが危惧していた未来は、私の代で終わりなの」

 蓮華村は焼け落ちた。生き残った村人は、組織によって記憶操作を施され、今はこの世界のどこかで平穏無事に生きている。

 叶里八にはまだ戻るつもりもない。

 今まで閉じ込められていた分、外の世界をたくさん知りたい。ゆうと2人で、どこまでも行きたい。そして、始まりと終わりを司る者として、誰の干渉を受けることもなく、この世界の行く末を見守ろう。

「じゃ、行ってくるね」

 茴は、その石碑の傍らに最近出来たと思われる簡素な墓にも花を供え、挨拶をする。

「茴」

 先にキメラに跨っていたゆうが、茴に手を差し伸べている。

「これで何度目かしらね。あなたに手を差し伸べられるのは」

(その度に私の心は、満たされてゆくのよ)

 茴はゆうの手を取り、3人は空高く舞い上がる。

“私も召喚して下さい。ベネデット様が望んでいた自由で美しい世界を、私にも見せて下さい”

 下僕の頼みを茴は快諾する。

「いいわよ。――ヨハネ」

 名を呼ばれた虹色の鳥は、何千年ぶりかの世界を堪能するかのように翼を羽ばたかす。

 かつての主人が絶望した世界は、こんなにも美しくなった。そして現在の主人は、奈落の不幸を這い上がり、自らの手で自由を掴み取った。その傍らには、幼いながらも強く逞しい少年の姿が常に在る。



“――ふん。茴よ、愛する者同士の世界旅行も良いが、我は世界の均等を保つ為に影人と戦いたいわ”



 夏風に乗って流れてきた声に、茴はハッとする。そしてアルイェンと平行して飛行するヨハネを凝視する。

“何か?”

 キョトンとするヨハネを見て、茴は「なんでもない」と言う。あれは空耳だったのだろうか。

「僕にも、聞こえたよ」

 そっと耳打ちをするゆう。茴は微かに微笑み、小さく頷いた。

「そうね。それが私たちシャドウ・コンダクターの使命だものね……フィーネ」

 遥か地平線の彼方を目指し、飛び去る2つの巨大な影と2つの小さな影。それは陽の光をいっぱいに浴びてキラキラと輝いていた。




end.

お読み頂き、ありがとうございました!


『影操師』シリーズはまだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。

現在は『影操師 ー絶対の血ー』が連載中です。


1月5日深夜2時に『短編集。』の

「『影操師 ー始まりと終わりの物語ー』が完結したからキャラ総出で打ち上げパーティーの様子。(部外者もいる件)」

を更新しますのでよろしくお願いいたします。

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