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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第四章 アルファとオメガ
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 7節 虹色の鳥

 ゆうと七叉の一触即発の睨み合いが続く中、ゼウスの雷をその身に受けたフィーネが地面に倒れる。巨体が倒れたことにより発生した振動が激しい地震を引き起こし、地割れが発生する。

「フィーネ?! どうしたのよっ……!」

“……くっ……これは計算外のことが起きた。笹楽坂市蓮は生きており……やつは、影人と化していた”

「え……」

 辺り一面に充満し始める、甘ったるくて泥くさい臭い。これは、ヒトが影人化する際に発せられるモノ――。

 茴とゆう、そして七叉は同時に同じ方向を見上げた。狗歪のすぐ後ろに、もう1つの巨大な影。あれは。

「うわっ、アサシン型じゃん! あんな最凶最悪の影人がなんでこんなところに――」

 伊佐薙マオが無事な姿を見せ、この場に似つかわしくない呑気な声を上げている。

「シャドウ・コンダクターが影人化した時ほど、厄介なことはねーぞ」

 アサシン型はこの世に存在する影人の中で最強の形態であり、それ単体で国1つを滅ぼす力を有する。外見的特徴としては、身の丈50メートル、顔面に3つの赤い眼、口には異常に発達した犬歯。両手は鋭利な刃物に変形し、そんなアサシン型を倒すには分子レベルにまで分解する必要があり、普通に切り裂くだけではすぐに再生してしまうという。

 もとより市蓮のシャドウであった狗歪は、主人の身体と魂を乗っ取ってアサシン型と成り果たせ、当然の如く取り込んだ。その姿、能力を増幅させ、リヴァイアサンですら立ち向かえない、本物の悪魔の誕生である。

「そんな……父は、どこまで愚かな人なの」

 長年の計画が失敗した、その悔しさ、憎しみ、落胆が招いた影。

「大丈夫」

「!」

 か細く、普通では聞き取れないほど小さな声だが、茴の耳にはしっかりと届いた。

「兄さん……」

 村人たちに身体を支えられた笹楽坂泪が、渾身の力を振り絞って立ち上がっている。

「ごめんな、茴。俺……何も知らなかった。何も助けてやれなかった」

「…………」

「アルファは神に等しい存在で、オメガは悪魔。そう叩き込まれて生きてきたけど、本当の悪魔は、俺の方だった」

「ちっ、違うわよ……! あれは、父の差し金でっ……」

「俺の力があれほど強大でなければ、俺がちゃんと父さんの思惑に気付いていれば、父さんだってこんな馬鹿げたことは出来なかっただろう。親の不始末は子の責任……そう思わないか? でも、茴に責任は無い。背負うのは、俺だけでいい」

「兄さん……?? 何を言って……」

 泪は荒くなる呼吸を整え、それまで茴にしか聞こえなかったほど小さな声を、精一杯の大きな声にして叫ぶ。

「茴――俺を殺せ!」

「?!」

「いいか? 本来、アルファとオメガは1人が司るものなんだ。分裂しているからこそ、力が不安定で暴走しやすい。だから、俺をその手で殺して、本来の力を取り戻せ!!」

「そんなこと……出来るわけないじゃない!」

 また涙が流れる。どうして自分の手で、血を分けた兄を殺さねばならないのだ。それも、父親のせいで。

「大丈夫だ。父さんはアルファの器ではないからああなってしまったけれど、茴はアルファの器でもありオメガの器でもある。今、ゼウスの暴走と父さんを止められるのは、茴だけなんだよ――」

「でもっ」

「でもじゃない。茴が俺を殺してゼウスを解放しない限り、あれは本当に世界を破滅させてしまうぞ。悪魔に、なりたくないんだろ? 俺を悪魔にしたくないんだろ?」

 リヴァイアサンを召喚する前のゆうとの会話が聞こえていたらしい。泪は心の底から茴に感謝をしたという。

「お前に酷い仕打ちをした俺が言えることじゃないけどさ……今までお前が不幸で俺が幸せだった分、茴には幸せになってもらいたい。それに――俺は死んでも、魂は茴と共にあるし」

「……そうなの?」

「だって、俺はアルファだぞ? 茴がアルファと融合するってことは、俺も一緒になるってことだ。大丈夫。俺はいつだって、茴の中に在る」

「――――」

 自分の中に。

(そう、兄は、消滅するわけではないのね)

 その考えに至った時、茴の心は驚くほど平穏に保たれていた。

「よぉ、久しぶり」

 泪は、茴が手を握って放さない少年に声を掛ける。

「俺、今から死ぬから。妹を……世界を、頼むな」

 ゆうは泪の濁りの無い瞳を見つめ、

「無論です。すでにフィーネからも頼まれていますので」

 と言った。

 茴は目を閉じ、右手を頭上に翳す。

「変容剣フェルツァよ、この手に戻れ!!」

 波動によって吹き飛ばされ、行方知れずになっていたオメガ専用の武器が、茴の呼び掛けにより舞い戻ってくる。茴は右手にしっかりとフェルツァを握り締め、刃を泪に向ける。

「私、オメガがアルファを殺します。あなたたちは、それで良いのね?」

 泪の身体を支える村人たち。村人たちの心は、茴が決めるよりも前にすでに決まっていたようだ。

 茴はスゥっと深呼吸をして息を整え、次に息を吐き出すと同時に泪の心臓をフェルツァで貫いた。

 涙は出なかった。剣を通じて、泪の魂が自分の中へ<帰ってくる>ような感覚があり、どさりと倒れたアルファの抜け殻を見ても、何も感じなかった。

(……おかえり)

 そう思えたことが、泪に対するなによりもの餞であった。

「……! 茴、フィーネとゼウスが……」

 ゆうに指差された方向。枝の中にいるゼウスと、倒れているフィーネ、その2つのシャドウの身体が虹色に輝いていた。

「元の姿に戻るのよ」

 茴は気付いたのだ。フィーネが何故、あの墓の主のことを知らないのか。それは、まだアルファとオメガが1つの存在であった時。フィーネでもゼウスでもないシャドウがこの世に存在していた。

 神の化身、偉大なるベネデット・アラー。始まりと終わりを司るシャドウ・コンダクターは、ごく普通の中流家庭に生まれた少年であった。

 だがその能力故に神と奉られ、望んでもいない生贄を捧げられ、思ってもいない傲慢な言葉を無理矢理言わされ、少年の心は次第に傾いていった。

“そう……私は、そんなベネデット様を見ていられなかった。世を救うべき御方なのに、彼は歪み、影人へと転落した”

 天に浮かぶは、ゼウスでもフィーネでもない――虹色の鳥。

“ベネデット様は最期におっしゃられました。始まりと終わりの能力は、自分の代をもってして終わりにしたい。ですが私の存在が消滅しないことを知っている彼は、最期の力を振り絞り、私を分裂させたのです”

「それが……後のアルファとオメガ。ゼウスとフィーネの誕生だったのね……」

“この能力の継承者のことを思い、ベネデット様が下された決断です。しかし、長い時の果てに皮肉にもその継承者がアルファとオメガを再び融合させるとは”

 虹色の鳥は、オメガの継承者である茴を見下ろし、溜め息混じりに言う。対して茴はにっこりと微笑んで問い掛ける。

「自分の目覚めが、残念だと思う?」

 アサシン型を取り込んた市蓮のシャドウ、狗歪。その身からはゼウスの姿が消えてなくなっているとはいえ、国を滅ぼしてしまう強大な力は健在だ。

“いいえ”

「そうよね。何故なら、あなたは世界を救う為に再び目覚めたのだもの」

 ベネデット・アラー。神とされた彼の望みは、平穏に暮らすこと。茴には、彼の気持ちが痛いほどに理解出来た。

“では、始まりと終わりを司る者よ、我が名を呼び、御命じ下さい”

 虹色の鳥は、ゼウスでもフィーネでもないし、そのどちらでもある。しかし16年間、自分のシャドウであり続けたあのフィーネは、もうどこにもいない。

 茴はゆうに目配せをし、ゆうが頷くのを確認する。

「――我が名は笹楽坂茴。始まりと終わりを司るシャドウ・コンダクター! その下僕に命じる――ヨハネよ、あの悪魔を始末し、世界の傾きを修正しなさい!」

“承知致しました”

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