6節 僕は知っている
「茴、大丈夫?」
ゆうに身体を揺り動かされて意識を取り戻した茴は、自分が何故こんな暗い室内にいるのか理解が出来なかった。
ゆっくりと視線を動かし、すぐ近くに横たわる泪の姿があることから、ここが笹楽坂家の屋敷であることに気付く。廊下には蓮華村の村人たちが肩を寄せ合い、震えている。
(私、何か大きな力に吹き飛ばされて……)
飛ばされた先が、笹楽坂家の屋敷だった。そして、この暗闇の正体は屋敷全体を覆い尽くす鋼鉄のバリア。
「蓮華村の地上、地中に存在する全ての金属成分たちに呼び掛けて力を貸してもらったのさ」
ゆうの護りの力が、ここにいる人々を救っていた。
(私……またゆうに助けてもらってる)
だが、屋敷内で確認出来る生命体は村人だけだ。
「他の組織の人たちはっ……?」
「彼らはプロのシャドウ・コンダクターだから、自分の身を護るくらいの心得はあるよ。けど、問題はこのバリアの外で嵐のように吹き荒れている波動。まさに八方塞がりだ」
ゆうの報告では、笹楽坂市蓮のシャドウ、木の狗歪とゼウスが完全なる融合を果たしてしまったという。しかしゼウスの強大なる力に耐えられなく、逆に狗歪がゼウスに取り込まれてしまった。市蓮の姿は確認出来ない、と。
「……このままでは世界が、滅びてしまう。兄さんが、悪魔になってしまう」
茴は、足元にいる可愛らしいフェネックの姿をしたシャドウを見下ろし、深呼吸をする。
「ねぇ、ゆう……私はこの力を、自分を護りたいとか、自由になりたいとか、そんな利己的なことの為に使いたいんじゃない。私は、兄を、ゆうを、世界を、守りたい」
静かに、決意を語り出す茴をゆうはジッと見つめる。
ゼウスに取り込まれた狗歪は、己の意志とは関係なく枝を伸ばし、山を破壊し、地割れを起こす。絶え間なく続く地震が足場を不安定にする。ゼウスがこのまま都市部へ出ると、甚大なる被害が発生するだろう。
「私も兄も、出来損ないで不安定な存在だけど、決して悪魔になりたくて生まれてきたわけじゃない。その悪魔に無理やり成らされているアルファを止めることが出来るのは、オメガだけだと思う……」
震える手。茴はゆうの手を握る。
「でもやっぱり、1人じゃ怖い。オメガの能力を操りきれないかもしれない。でも、ゆうが一緒にいてくれるなら、何でも成し遂げられる……そんな気がする」
「…………」
柔らかく微笑むゆうの両手が、茴の顔を包み込む。
「茴……その覚悟を決められるまで、君がどれだけ悩み、恐怖していたか、僕は知っているよ。だからこそ――」
ゆうの唇が、茴のそれに重なる。茴の瞳から流れ落ちる雫がフィーネの額に落ち、フィーネはこそばそうに顔を振った。
「――茴が望むなら、僕は常に君と共に在る」
「ありがとう……」
茴とゆうは互いに離れ離れにならぬよう、しっかりと指を絡ませる。
「準備は良い? バリアを解除するよ」
茴は頷き、バリアが解除されるのと同時に最大声量で叫んだ。
「――我が名は笹楽坂茴。オメガを司るシャドウ・コンダクター。お前に本来の力を与える――フィーネ!!!!」
その名を叫んだ時から、爆風が吹き荒れる。茴を見上げていた小さくて愛らしいフェネックは、爆風に飛ばされることなく、その体長を30センチから100メートルの巨大な蛇へと変貌させる。眼はギラリと濁った黄色で、長い身体は鋼の皮膚で覆われている。禍々しいその姿は、終末を告げし獣リヴァイアサンだ。
“我が名はフィーネ。オメガを司りし笹楽坂茴の下僕なり。――主人よ、命令を”
心臓にまで轟く声、巻き起こる竜巻。茴は、遥か高見から自分を見下ろすフィーネの顔を見上げ、両手を広げる。
「狗歪を倒し、ゼウスを解放しなさい!!」
“――心得た”
フィーネは巨大な木の姿をした狗歪へとググッと視線を動かし、オメガの力を解放した。
「――あのシャドウと互角にやり合うか。確かに危険な能力だよ、オメガは」
七叉がリヴァイアサンと狗歪の戦いを眺めながら、茴とゆうのすぐ近くに現れる。
「七叉さん。その場所から一歩でもこちらに近付こうものなら――……容赦しませんよ」
ゆうの影から飛び出したアルイェンが、七叉と白輝を威嚇する。七叉はわざとらしく肩をすくめ、
「まだ近付かない。狗歪とアルファが倒された後、茴を始末する手筈になっているからな。無論、柊――お前は処刑だ」
そう宣告した。ゆうは顔色一つ変えない。
「そうですか。しかし、僕は一筋縄ではいきません。ご存知のはず」
「ああ、勿論」




