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影操師 ―始まりと終わりの物語―  作者: 伯灼ろこ
第三章 アルファを司る者
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 2節 個人契約

「……どう? 落ち着いた?」

 茴は柊を抱き締めながら、頭をぽんぽんと叩く。珍しく年上らしいことをしている自分が、なんだか奇妙であった。

「はい。すみません……どうやら僕は、修行が足りないようです。もっと、強くならないと」

 柊は両手を茴から放し、少し頬を赤くした。

「ごめんなさい、甘えてしまって」

「いいのよ。たまにはお姉さんらしいこともしてみたかったし」

「お姉さん……ですか。ふふ、なんだか僕、紫遠さんの気持ちが分かった気がします」

「紫遠? 誰?」

「いえ、こちらの話です」

 柊はいつものように微笑むと、再び宣言する。

「茴さんを護らせて下さい。もう僕には、大切な人が茴さんしかいないので……この命に代えても、必ず護ってみせます」

 大切な人。その言葉に茴は、心にぎゅっと締め付けられる愛しい痛みを感じる。

「だから」

 柊は右手の小指を差し出す。

「これは芳乃様からの依頼ではなく、僕と茴さんとの個人契約にしませんか」

「……じゃあ、契約の内容、ちょっと追加してもいいですか?」

「はい」

「お互い、敬称と敬語は無しで」

「えっ……」

「だって、今のままだとなんだか私が偉そうな立場なんだもの。確かに1つ年上ではあるけども、人生経験では柊くんの方がずっと先輩だわ。私、柊くん……ううん、ゆうと同等の立場でありたい」

「…………」

 柊はしばらく戸惑っていたが、やがて心を決めたように口を開く。

「契約成立だね、茴」

 互いの小指と小指を絡め、誓い合った。


「大荷物ね……どうしたの?」

 その夜、大きなボストンバッグを抱えたゆうが桔梗院家を尋ねてきた。出迎えに出る家政婦の一恵に引っ付いてきた茴は、目を丸くして理由を聞いた。

「芳乃様のご好意です。両親が長期旅行の為にしばらく不在なので、茴さんの護衛も兼ねて空いてる部屋を貸して頂けると」

 一恵は「そうですか」と納得し、ゆうを部屋へ案内した。しかし。

「あれ、嘘だよ」

 と、悪びれもせずにゆうが種明かしをしたのは、一恵がいなくなった後だ。

「芳乃様の思考を操作させてもらった。僕を招いてくれるようにと」

「なんでそんなことを?」

「決まってるじゃないか。君を護る為だよ」

「そこまでしてくれるのは嬉しいけど……あなた、組織の力を悪用してない?」

「そうかな」

 だが、ゆうが同じ屋敷に住んでくれることは有り難いし、なによりも嬉しい。茴は自ら進んで部屋を整え、ゆうが生活出来る環境を作り上げた。

「桔梗院家の大まかな1日の流れは、朝食7時、夕食19時、消灯23時よ」

「だいぶんと桔梗院家に馴染んでいるようだね」

「そりゃあね。笹楽坂家に軟禁されていた頃とは、比べものにならないくらい毎日が充実してるし……」

 笹楽坂家の名を出すと、どうしてもしんみりとしてしまう。茴は慌てて話題転換をする。

「明日は土曜日だし、学校は休みよ。どこかへ連れて行って頂戴な」

「どこか? うーん……」

 叶里八はド田舎だ。観光スポットなんてあるはずが無く、広がるのは広大な自然だけ。茴の申し出に、ゆうはかなり悩んでいる様子だ。

「では、少し遠出しようか」

 よく組織の任務とやらで叶里八を離れるゆうには、思い当たる場所があるらしい。茴は表情を輝かせ、じゃあ明日ね、と軽い足取りで自室へ戻った。

“楽しそうだな”

 鼻歌混じりに髪をとかす茴に、重々しい声が語り掛ける。

「そう見える?」

“今まで我が感じたことのない、貴様の気分の高揚さだ”

「そうね。確かに私も、今まで感じたことのない気分を味わってるわ」

“あの男を、柊ゆうを特別と感じているか”

 核心を突くフィーネの発言に、茴は持っていたブラシを畳に落としてしまう。

「な、なによ急に。ゆうは特別よ、当たり前じゃないの。こんな私を見捨てず、追い掛けてきてくれたんだもの」

 オメガである自分を、虐げることもなく。

“そうか。だが忘れるな。やつは、組織の人間だ”

「だから?」

“総帥には絶対服従。その命には如何なる理由があろうとも、逆らうことは出来ない。もし、逆らえば――”

「逆らえば?」

“処刑される”

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