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知りたい男

作者: 御水うまい

 某コンビニエンスストア。止めどなく来店していたお客が途切れてやっと一息つけた。事務所のパイプ椅子に腰掛けておにぎりを頬張る。あと一口で食べ終わるという所で、人の気配に気がついた。

 顔を上げてディスプレイに映る店内の監視カメラの映像に目をやるが、誰もいない。……あ、いや、でてきた。

 売り場を歩く男を確認すると、重い腰を上げて事務所をでた。すぐ隣りのトイレのドアが電気つけっぱなしで開いていた。どうやらトイレから出てきたようだ。そりゃトイレに監視カメラはついていないから誰も映るわけがない。自主的にとった休憩を抜けて、ため息まじりにいらっしゃいませとお客様に挨拶をする。

 男は僕に気がついたようでこちらを向くと、こちらへ小走りしてきた。

「すみません」

 わざわざ僕に話しかけてきたということは、探している商品でもあるのだろう。なんでしょうかと伺うニュアンスを込めて「はい?」と返事をした。

 彼はいった。

「ちょっと、三角折りを確認して欲しいんですけど」

「はい?」

 僕の疑問のはいがとどいているのかいないのか、彼は急ぎ足で歩いて行く。

 無言で後ろをついていく僕。何も分かっていないけど付いて行く。ほとんど反射だ。お客が呼んでいれば付いて行くのが普通。脳みそは三角折りという何気ない単語でオーバーヒートを起こそうとしていたから頼りにはならなかったから無意識な行動に頼る他なかった。

 もしかしたら聞き間違いかもしれないと思った。自主休憩上がりで少し気が緩んでいたからちゃんと耳を立ててなかったが故の聞き間違い。いやきっとそうに違いない。だって、三角折りってあれだろ? そんな人を呼び止めてまで訊くことじゃ……。

 彼の足が止まった。

 電気つけっぱなしで開いているトイレの前で。

「三角折りってあれであってますか? ちょっと見てもらえます?」

 マジだった。

 彼の人差し指は、確かにトイレに設置されているトイレットペーパーを指している。あの逆三角形、三角折りしてあるトイレットペーパーを。

 そう。彼は三角折りを指差して、あれで合っているか僕に確認をとったのだった。しかもなぜか急いでいる様子でだ。

 わけがわからない。意味不明、理解不能。どう考えてもわざわざ確認することではない。歩く人を指差して人は歩きますか、空を指差して空はこれですかと大差ない、質問するまでもない、もっと言えば、質問するに値しない質問だった。

 裏の裏のそのまた裏をつかれた気分。ほのかに感じる恐怖から顔を合わせられないが、淡々とした声のトーンからすわっている目が用意に想像できた。

 僕はこう思った。

 どうしよう。ちょっと怖い。

 そう思いつつも口が動く。

「はい」

 無意識な苦し紛れの返事。でも的を射ている回答だ。

 僕の肯定に、彼はこういった。

「あれって三角折りであってますよね? 三角折りでいいんですよね?」

 質問が変わっていた。

 三角折りとはあの方法で間違いはないか、という方法の確認ではない。

 トイレットペーパーを掴む所を三角形に折ってあるあの方法の名称は何か、という、知らなかった情報を得るための質問になっていた。

 怖い。わけがわからない。この人、もしかしなくても怖い。

 そんなこと訊いて、しかも平日の夕方にコンビニ店員に訊いて何になるというのだ。それならインターネットとか辞書で調べればいい。監視カメラでみえた顔を思い出す。たぶん所帯持ちだ。妻にでもトイレで実演してこれってなんていうのと質問すればそれで解決するはずだ。

 どうして、コンビニでする必要があるのだろうか。

 単純明快にして意味不明。僕の持ち合わせている人間であるという普遍的な秩序を何倍も超越していた。

 理解できないことがコレほど怖いとは思いもよらなかった。

 でも、理解できることもあった。それは、彼は中に入って確認してほしそうにしているということ。

 キケンキケンキケン。アタマンナカ真っ白で混乱しているがどう考えてもキケンだ。僕が入った途端に鍵を閉めかねない。絶対キケンだ。何をされるかわからない。これだけはやっちゃいけないと僕は理解できた。

 しかし急かしてくる。早く入って確認してほしそうにこっちを見ている。

 どうする。どうすればいい。

 入らなければ帰ってくれなさそうだ。とんでもないことだ。じゃあどうすればいいというんだ? 考えすぎか? 入れば終わるのか? 入るか? 入る? ハイル??

 僕は……。

「はい、そうですね」

「三角折りであってますよね? いいんですね?」

「はい、三角折りですね」

「はい。ありがとうございました」

 そういうと彼は早足で店をでていった。

 僕はあっけにとられる事も忘れて、ありがとうございましたといつも通りに挨拶していた。

 誰もいない店内に、有線の流行歌が脳天気に漂っている。

 薄ら寒い物を感じながら、僕は自主休憩へと戻った。

 一歩間違えていたら、もしもトイレに入っていたら、僕はどうなってしまっていたのだろう。

 答えはあの三角折りの男しか知らない。

 最後の一口を口へと放り込んだ。おにぎりを包んでいた包装のビニールをたたむ。ビニールの三角形。それを机に置いて逆さまにした。

 僕の前に現れた三角折りをみつめて、あの男のことを少しだけ知りたいと思った。

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