ゆきうさぎ
雪の上に兎の足あとが続いている。とふとふと続く足あとの先には、とふとふと歩く姿が見える。その姿はどこから見ても兎ではなくて。
とふとふと歩くのは雪ん子のような藁帽子をすっぽりとかぶった少女だった。
少女の通った雪の上には兎の足あとがついている。藁沓を履いているはずのそれは重みも兎のように浅い。藁帽子をかぶっているせいで後ろ姿はきれいな三角形に見える。
ぎゅい。
兎のようなわずかな重みにさえ雪は踏まれた音を云う。多く降り積もった底の方まで届くことはなく、ぎゅい。ぎゅい、と。兎の足あとをつけて歩く少女についてゆく。つい先ほどまで降っていたのだろう白の結晶たちは今は沈黙を持って地に木立にと這っている。思い出したように木から落ちる塊は一時の喧騒に凍る空気を翻させる。
後姿の三角形は。少女は歩みを止めることなく兎の足あとを続き続ける。どこまでも続くような雪景色とどこまでも続くような木立を気にも留めずに。ぎゅい、ぎゅいと沈黙に音を書いて藁沓の兎の足あとで進んでゆく。白い息は景色の色に囚われてしまい。空に上る様子さえ見えなかった。
いくつものいくつもの兎の足あとが続いた後に、木立が森になった景色の後に。冬木の葉のない真白の森に。少女は小さな穴ぼこの前にかがみこむ。雪が奥にまで入らぬよう、曲がりくねった穴ぼこの前で、冷たさを厭わず少女は膝を着く。後姿は雪に建った小さな小さな藁小屋のよう。
少女の顔が藁帽子から覗く。兎のような真っ赤な瞳と兎のような真っ白な髪と兎のような白い肌と。兎をそのまま少女に作り直したような色彩の少女。ぽてと藁の手袋をはずして少女は抱えていたらしい菜っ葉を穴ぼこの奥へと差し入れる。穴ぼこの入口が奥まで埋まってしまいそうなほどの菜っ葉や芋を、ごろごろぎゅうぎゅうと差し入れる。
持っていたものを全て押し込むように穴ぼこへ入れた少女は少し笑み、手袋を持って立ち上がる。
ちぃ。
聞こえた声を見やれば、そこにはもふもふとした雪兎が一匹。少女の藁沓に前足をかけていた。
ちぃ。ちぃ。ちぃ。
その一匹につられたのか、穴ぼこの中からまた雪兎が出てきて真っ赤な瞳で少女を見上げる。嬉しそうに、寂しそうに微笑んだ少女は出てきた数匹の頭を撫で。
ちぃ。
最後に出てきた一番大きな雪兎には、そっとそっと、けれど雪に倒れ込むように柔らかに抱きついた。少しの間、兎たちと少女はぴったりと寄り添って、白の中に埋もれてしまいそうなくらい寄り添って、いた。
ばさっ。と。
柔らかで寂しそうな沈黙を破る音は少女にかけられた雪で告げられた。少女が起き上がると、立派な角をした牡鹿が再び雪をすくい少女へとかけるところだった。ばさっ。振り向いた少女の顔に雪があたる。それを見た兎たちは少女の前に回り牡鹿へ向かって何事かを云う。
ちぃ。ちぃ。と鳴く兎たちに、牡鹿は下げた頭を上げずに少女をにらむ。白く冷えた手で、兎の頭を撫でる少女は首を振り。
手袋を着け立ち上がると、牡鹿に一礼をして兎たちに背を向けた。
ちぃ。
一番大きな兎がその背に一声鳴く。
ちらとだけ振り返った少女は、白に溶け込みそうな笑顔で小さく手を振った。
森が木立になった頃に、再び白の結晶たちは降り始め。それに紛れて雪兎の少女の頬には、いくつもの雫がつたい落ちた。
村へと続く雪の道には、兎の足あとが続いている。