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Home Sweet Home  作者: ミナ
8/34

08

日曜の夜遅く帰ってきた娘の姿を見たとき、選択を誤ったと清香は後悔した。

有衣が恋をしたと気づいた時に、あるいは最初から、有衣を西岡家に行かせるべきではなかった。

配偶者と離別ではなく死別した人間に恋慕する危険は、清香が一番理解しいる。

清香自身夫と死別し、自分にある種の頑なさがあるとわかっているからだ。

有衣が恋をした相手―西岡 直輝が、ある意味清香と同じ種類の人間だろうということは、想像に難くない。

有衣は詳細を語ろうとはしなかったが、大方の予想はついた。

かわいそうに思ったが、直輝とはビジネスとしての関わりがあり、清香は感情のバランスを取ろうと奮闘した。

複雑な気持ちで電話をかけたが、直輝は有衣の継続を希望した。

帰るなり、もう西岡家には行けないと思う、と言った有衣を思い浮かべ、清香は溜息をついた。

どうやら娘は、少々厄介な男に落ちてしまったようだ、と。

しかし一方では、娘に揺さぶられているらしい直輝に、同情めいた気持ちが湧かないでもなかった。

失った存在から心をほかへ移すことも、それを自分で認めることも、かなりのエネルギが必要なのだ。

「若いって、いいわねぇ…」

年寄りと言うにはまだ早すぎる清香だが、自分にはそんなエネルギはもう無いわ、とひとりごちた。


継続を希望された、と聞いて有衣は戸惑った。

今もまだ、最後別れ際に言われた直輝の言葉が、耳元でわんわんと鳴り響いているのだ。

それなのに、直輝は自分がいいと言ったという。

直輝がどういうつもりでそんな要望を出したのか、有衣には全くわけがわからない。

また行ってもいいのだ、ということに、嬉しさはあったが、今はただ、不安のほうが大きい。

“少しの間”休むことが許可されたため、有衣は自分の部屋で悶々とすることになった。


時間が遅く感じる。

繰返し時計を見てしまい、先ほどからたったの10分しか進んでいないのを見て、有衣はどっと疲れを覚えた。

有衣は元の日常に戻っただけだったが、既にそれは日常ではなくなってしまっている。

月曜、火曜と、学校から戻って家事に明け暮れてみたが、時計が気になり、晴基や直輝のことが気になる。

今頃本当なら晴基と一緒に買い物をしていたとか、一緒にお風呂に入っていたとか。

あともうすぐで直輝が帰ってくる頃だとか、今日の夕食はどうしただろうかとか。

晴基は、直輝も、同じように自分を気にしてくれているだろうか、とか。

結局いつもふたりのことを考えてしまう自分のことを、有衣は自分でもどうにもできずにいた。


学校にいる時ですら、ふたりのことが頭から離れなくなり、有衣は疲れきってしまった。

それを横で見ていたみどりも、有衣の心情を思いやると苦しい。

みどりは、有衣にはあの日電話をかけたことを話していなかった。

けれど、電源が落ちたのは、人為的なもの―つまり、直輝が落としたのだとわかっていた。

それは有衣にとって有利に働きそうなことだと思ったが、うかつには言えないと思っていた。

「有衣、気分転換したほうがいいと思う」

「…そうだよね」

そうは言うものの、お互い何をすれば気分を変えられるのかはわからないでいた。


ひとまず、鬱々とした気分を少しでも晴らそうと、昼休みになると有衣は屋上へ向かった。

通常屋上は立入り禁止なのだが、鍵が壊れているため、事実上解禁されている。

それでも見つかると怒られることも多く、有衣は辺りを窺いつつ向かい、ドアを開けた。

見つかりにくい貯水タンクの裏側へと行くと、先客がいる。

有衣の足音に気づいて向けられた顔を見て、有衣は驚愕した。

「あ…!?」

「…は、ハルママ!?」

「た、武先生?」

お互い、無様にも口をあんぐり開けたまま、しばらく見つめあう。

なんでここに、とお互いが思い、視線は名札へ、そしてその後足もとへ集中した。

有衣は、武 譲(たけ ゆずる)という名札を見た後、上履きのラインが黄色いのに気づいた。

黄色いラインは2年生の印だ。

ちなみに、3年生の有衣の上履きのラインは青色である。

「年下!?」

「高校生だったのか…」

「てか、それでなんで先生?」

「え、あの保育園、俺ん家だし…」

有衣にしてみれば、いくら若く見えたと言っても、仮にも“先生”が年下だとはまさか思わない。

譲にしても、いつも園で会うときは私服だったせいで、まさか高校生だとは思っていなかった。

何とも言えない微妙な空気が流れたが、譲が促して有衣はおずおずと隣に腰を下ろした。

「…具合が悪かったんじゃなかったんだ」

「え?」

「昨日、一昨日と、ハルパパが遅くに迎えに来てたから。

 ハルママが具合悪いのかと思ってたけど。…とりあえず体は元気そうだね」

有衣の表情が、あまりにも辛そうに変化したのを見て、泣いてしまうのではないかと、譲はぎくりとした。

けれど有衣は泣きはしなかった。代わりに、少し哀しそうに笑う。

「私、ハルくんのママなんかじゃ、ないよ」

「え? でも、ハルが…」

「私は、ただのハウスキーパだから」

まるで、言い聞かせているかのようだ、と譲は思う。

少なくとも、晴基や直輝の見方は違うだろう、と思った譲は、余計なことだと知りつつ口を出したくなる。

譲が見たところ、この2日間の晴基の表情は暗く、直輝の顔色も相当悪い。

有衣の顔色も冴えないところを見ると、何かがあったのは間違いないのだ、それも恐らく直輝と有衣とで。

それでも、それを直接聞くほどには親しくないため、譲は回りくどい質問をした。

「ハルの様子、気にならない?」

「…元気にしてる?」

「全然」

有衣は、弁当を広げていた手をぴたりと止めた。

一瞬譲がふざけているのかと思ったのだが、顔を見上げてみると、そうでもないらしいことがわかった。

「具合悪いの?」

「体は元気。でも表情とか仕草とか、暗い感じでいつもと全然違うよ」

有衣の知っている晴基は、いつも笑顔で、暗い顔など見たことがない。

今、そんな風に暗い顔をさせているのは、自分なのだろうか、と思うと有衣は胸が潰れそうに痛んだ。

そして同時に、直輝の様子も気になってしまう自分には、半ば飽き飽きしてしまう。

「それにハルパパも相当顔色悪いな。まともに寝てないって感じでさ」

譲が直輝についても話したため、有衣は自分の気持ちが見透かされたのではないかと、どきりとした。

そっと譲を窺ってみたが、よくわからなかった。


譲の話を聞いた後、ここ2日間頭から離れなかったことが、さらにこびりついたような気がする。

どうしても、何をしていても、ふたりのことを考えてしまう自分がいる。

考えまいと躍起になるのに、そうすればするほどさらに考え込んでしまうのだ。

直輝が有衣の継続を希望したということは、有衣が行きさえすれば、有衣は受け入れてもらえるのだろう。

だが今のところ、有衣の中ではまだ踏ん切りがつかないでいた。

「今日も迎えに来ないつもりなの?」

「……まだ、わからない」

「俺としては、ハルのためと思って、迎えに来てほしいけどね」

「ハルくんのため?」

「何があったかは知らないけどさ、どうせハルはとばっちり食ってるんだろ」

何も言い返せず、有衣はぐっと息が詰まった。

確かに、晴基は何も悪くないのだ。

いわゆる“大人の事情”のために、忙しい直輝を待って晴基は遅くまで保育園で過ごしている。

黙った有衣の態度を、肯定と勝手に解釈した譲は、話は終わったとばかりに立ちあがった。

「じゃ、待ってるから」

ひらひらと手を振って、譲は屋上を後にした。

有衣は、その後ろ姿を見つめながら、表面上は、まだ決めかねているふりをしていた。

けれど脳内では既に、今日の放課後の予定を組み立て直している。

自分の浮つき始めた気持ちに気づいた有衣は、これは晴基のためだ、と誰に対してか一生懸命言い訳した。


有衣は家に帰って急いで服を着替えると、会社に向かった。

もう行けないと思っていたため、西岡家の鍵は会社に預けていたのだ。

「清香さん、鍵ちょうだい」

「…もう、お休みはいいの? 復帰したら、もう休めないと思うわよ」

「うん、いいの。…ハルくんのために、行くことにしたの」

「そう…? まぁ、有衣がいいなら私は何も言わないわ」

鍵を受け取ると、振り返りもせずに事務所から出ていく有衣の背中に、清香は苦笑交じりのまなざしを向けた。

「言い訳なんてしちゃって、…ばかな子」

有衣が行くと言うなら、止めることはできない。

清香は小さく溜息をつきながら、直輝の職場の電話番号をダイヤルする。

今夜から有衣が行くと伝えると、あからさまにほっとした雰囲気を感じ、清香はまたしても苦笑を禁じ得ない。

どうやら有衣には追い風のようだ、と清香は電話が切れるとこっそりとほほ笑んだ。

母親としては、有衣にはできるなら辛いものを含む恋愛はしてほしくない、と思う。

それでも、どうしても振りきれない想いがあるなら、それを貫いてほしいとも思う。

またしても、若さを羨ましいと思いかけて、最近このパターンが多いな、と清香は少しだけ慌てた。


今回はなぜか、清香さんで始まり清香さんで終わりました。

特に深い意味はなかったんですが、そうなりました。


そして、武先生は高校生でした。

しかも有衣と同じ学校で、年下です。

この設定は、使おうかどうか、どうしようかな~という程度で考えてたものですが、

有衣を動かすのに一番いいキャラは譲かなぁ、と思い使うことにしました。


次回は、有衣と晴基&直輝再会です。

でもまだまだ安心はできません?^^;

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