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Home Sweet Home  作者: ミナ
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ひとりで居間に戻って来た直輝の左頬は、赤くなっていた。

それを見た瞬間、有衣はソファから立ち上がって直輝のもとに駆け寄り、思わず、といったように頬に手を伸ばす。

有衣の指先がそっと触れた途端に痛みが走り、直輝は少し顔を歪めた。

「な、直輝さん、顔、顔が…」

「あぁ、うん、大丈夫。そんなに強くはやられてないから」

「でも赤くなって、ご、ごめんなさい、私のせいで…」

痛そうでそれ以上は触れられず、けれど自分のせいで殴られたことが哀しくて、有衣はじわりと涙を浮かべた。

涙を堪えようとしてか噛んでいる有衣の唇を、直輝はそっと指で解かせる。

「君のせいじゃないから。謝らなくていいし、泣かなくていい。大丈夫だから」

「でも、痛いでしょう?」

「大丈夫だって」

「でも…」

なおも言い募ろうとする有衣の頭を撫でて落ち着かせようとしていた直輝は、周囲からの視線にはっと我に返った。

もともと居間にいたメンバたちはにやにやとしながら見ているし、いつの間にか後ろに来ていた英機も苦い顔で見ている。

思わず手が止まってしまった直輝の様子に、有衣も周囲の視線に気づき、かっと頬が熱くなる。

そのまま固まったふたりに、英機以外の西岡家の面々は皆一様に堪え切れないといったように笑った。

「いやぁねもう、見せつけてくれちゃって」

「私たちいるの完ぺき忘れてたし」

「直輝キャラ違うし」

口々に言ってはにやにやとする女性陣―ちなみに美雪、由貴、咲季の順の言葉だ―に、直輝は深くため息をつき、有衣は恥ずかしさのあまり縮こまってしまう。

入口付近で固まっているふたりのせいで、いつまでも中に入れない英機も、やれやれとため息をついてようやく相好を崩した。

「いつまでそうしているつもりだ、まったく」

その、笑いを含んだ口調は、直輝を怒鳴ったり殴ったりしたとは思えないほど、柔らかなものだった。

直輝も英機もそんなことがあったとは感じさせない素振りで、有衣はそれ以上そのことに触れることができなくなる。

結局有衣はそのままなし崩し的に新しい家族との団らんを楽しむことになった。


翌朝、携帯のアラームが鳴ったのは5時半だ。

べつに直輝の実家だから気合をいれたわけではなく、普段から一切の家事を仕切っている有衣にとっては普通の起床時間である。

いつもと同じ時間に目覚めた有衣は、しかしいつもと違う天井にぱちりと目を瞬いた。

ぼんやりと部屋を見回してから、直輝の実家に来ていることを思い出す。

有衣がいるのは床の間がきちんとある純和室で、ここに通された時はまるで高級旅館にでも来たかと思ったほどだった。

ちなみに、この部屋で夜を過ごしたのは有衣だけである。

真面目な直輝の父親はやはり真面目で、有衣は直輝と同じ部屋ではなく、客間に通されたのだ。

なんとなく寂しい気もしたが、かといって直輝といきなり同じ部屋でというのも気が引けるし、第一まだそんな仲でも無い。

「…そんな仲って」

自分の考えに妙に気恥ずかしくなってしまい、思わずひとりでツッコミを入れてしまう。

急にそわそわした気持ちになり、誤魔化すようにさっと起き上がって布団を畳むと、有衣は簡単な身支度をして部屋を出た。

洗面台を借りるために廊下を歩いていると、キッチンからの音が聞こえてきたので、有衣は支度を急いだ。


とにかくお手伝いしなくては、と思ってキッチンへ近づいて挨拶の声をかけると、美雪は驚いたように目を瞠った。

「あらっ、おはよう。もう少しゆっくりで良かったのよ」

「あ、はい。でもいつも通りなので、何かお手伝いをと思いまして」

確かに、休む前に朝はゆっくりで良いと言われていたのだが、基本的生活習慣が身に着きすぎている有衣には無理な話だ。

ゆっくり、というのがどれくらいの時間なのかもっと細かく聞いておけばよかった、と今更ながら思ったが完全に後の祭りである。

ややあって驚きを仕舞った美雪は、今度は嬉しそうな笑顔を有衣に向けた。

「ありがとう。でもいつも食事の支度はもう少し経ってからするのよ。

 だから、少しゆっくりお茶でもいかが?」

断る理由など何も無い有衣は、促されるままダイニングテーブルへと向かう。

お手伝い、と思ってここに来たのに、結局何もせず着席したままお茶を入れてもらってしまった。

向かい側の席に着いた美雪は、しばらく何も言わずに有衣を見つめた後、意を決したように口を開く。

「ふたりで、お話したいと思っていたの。早起きしてくれて、よかったわ」

美雪の表情は穏やかだったが、声に緊張感が滲んでいて、有衣も思わず姿勢を正して美雪を見つめた。

昨日受けた熱烈歓迎ぶりを考えると、何か嫌なことを言われるという可能性はほぼゼロだが、きっと大切な話だと思った。

「昨日も言ったけれど、あなたが来てくれて本当に嬉しいわ。

 私はもちろん、主人も、娘たちも、家族皆が同じ気持ちよ。

 でも、あなたが、……あなたが本当にいいのかしら、

 っていう気持ちも、実は拭いきれないの。

 直輝が再婚だっていうことや、ハルの、いえ、晴基のことを考えると、

 あなたはまだ若いし、本当に本当に、いいのかしら、って…。

 ふたりで決めたことに水を差すようなことを言ってしまって、

 ごめんなさいね。でも、どうしても、あなたの気持ちを聞きたかったのよ」

申し訳なさそうに見つめてくる美雪を、有衣は真っ直ぐ見つめ返す。

うまく言い表せる自信は無かったが、言い難いだろうことを正直に聞いてきた美雪の気持ちに、有衣も誠実に応えたいと思った。

「私、直輝さんのことが、とても好きです。

 ずっと唯さんだけを大切に想ってきて、

 ハルくんを大事に育てている直輝さんを、好きになりました。

 あの…正直に言うと、唯さんのことで、

 ものすごく落ち込んだり卑屈になったことは、あります。

 あるんですけど、でも今は違います。

 今は、ただ、直輝さんが傍にいてほしいって思ってくれた、

 ありのままの私で、直輝さんの傍にいたいんです。

 …いえ、本当はただ私のほうが直輝さんに傍にいて欲しいだけなんです、多分。

 それに結婚だって、私のわがままを直輝さんが聞いてくれただけです」

無理を言って押し切ってしまった自覚は、もちろんあるのだ。

ある種の幼さを武器にしたことも、ちゃんとわかっている。

だからこそ、直輝の家族が負い目に感じる必要などまったく無いのだと、自分のわがままなのだと強調した。

「ハルくんのことも、やっぱり大好きです。

 ハルくんがいたからこそ、直輝さんと出会って、

 直輝さんと大切な関係を築けたと思ってますし。

 たくさんの優しさや温かさをくれるハルくんの、

 お母さんになれるのは、嬉しいです。

 むしろずっと、そうなりたかったんです。…本当です」

「…ありがとう」

うまく言えたとはやはり思えなかったけれど、きれいにほほ笑んだ美雪の表情を見て、きっと気持ちは伝わったと思った。

ただし、言い終えてから、たった今したばかりの大告白に自分で照れてしまい、有衣は落ち着きなくお茶を啜る羽目になった。


朝食の支度は、美雪が今日はまだ駄目だと言って有衣をキッチンに入れなかったので、結局手伝えなかった。

まだ正式な家族ではないから、今はまだお客様の扱いなのだと理解した有衣は、美雪もやはり直輝の親なのだな、と変に感心してしまった。

そこに嫌な感じは全くなく、ただ単純に、真面目な家族なのだと納得する。

きっと次にここへ来たときは手伝えるだろう、と思うと逆に楽しみでさえある。

さて、食事の支度の代わりに、と手伝いを頼まれたのは、英機にお茶を持っていくことだった。

有衣に対しては歓迎の態度を崩さなかったものの、直輝に対してはやや厳しかった英機の昨日の態度を思い出し、有衣は鼓動を速めた。

お茶を運んだ有衣に、けれど英機は柔らかな視線を向けてきたので、有衣は安堵した。

その変化はあからさまでは無かったものの、有衣の強張りを見抜いていた英機は、小さく苦笑した。

「昨日は、驚かせてすまなかったね」

その言葉と同時に左の頬を指差した仕草に、直輝を殴ったことを言っているのだとわかる。

咄嗟に、何と答えてよいか迷った有衣は、すぐには返事を返せなかった。

実を言うと、年齢については有衣にも負い目があるのだ。

結果論とはいえ、直輝と恋愛関係になる前に本当の年齢を知らせなかった、そのせいだ。

今となっては考えることも切ないことだが、もしも直輝が最初から有衣の年齢を知っていたら、きっと恋愛対象にさえされなかったのだろうと思うから。

だから余計に、年齢のことで直輝だけが責められた昨日の状況が辛かった。

口を噤んだまま何も返さない有衣をどう思ったのか、英機はまた静かに言葉を繋げる。

「私は、本当に怒ったわけじゃない。

 単に、けじめを付けただけなんだよ。あれも、そう思ってる」

あれ、とは直輝のことだ。

本当に、英機と直輝はそっくりだ、と有衣は思った。

社会人として、大人として、男として、何も触れずに流すことができないだけだ。

けれど、一度そうした後は、受け入れる大きな心で接してくれるのだ。

生真面目で、そして優しすぎて、やっぱり損な性格だ、と有衣は小さくほほ笑む。

「…ありがとうございます」

迷った末に出たのは、その言葉だけだった。

英機が少しだけ驚いたように有衣を見たので、失敗したかと思ったが、返ってきたのはほほ笑みだったので、そうでないとわかった。


一泊二日の予定は、慌しく、まさしくあっという間に過ぎてしまった。

けれども、それは温かさに溢れていて、充実していて、幸せな時間だった。

帰りは、駐車場まで家族全員でお見送りしてくれ、それこそ見えなくなるまで手を振ってくれた。

皆の姿が見えなくなったところで、有衣はようやく前を向いて、そして深く息を吐き出し、それから真っ赤になっているだろう頬に手を当てた。

「…どうしたの」

「えっ!?」

思わず過剰反応して、すぐに、何でも無いです、と答える。

別れ際、美雪と咲季がこっそりと、次に来るときは同じ部屋ね、なんて笑って言うから、どぎまぎしてしまったのだ。

挙動不審な有衣の反応に、直輝は大方の予想がついてため息をつきつつ、もう絶対に必要以上に帰って来ない、などと決意したのだった。


直輝の実家訪問後半戦でした。

家族っていいよなぁ、なんて思いながら書きました。

そんな温かい雰囲気が伝われば嬉しいです。


でもやっぱり、直輝が危惧したとおり、有衣はいじられキャラ決定みたいです(笑)。

今後ずっと、女性陣からかわいがられいじり倒されると思われます^^;


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