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Home Sweet Home  作者: ミナ
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窓ガラスから入る道路脇に所々設置された外灯の光が、薬指に嵌る指輪をきらきらと輝かせる。

視界には、見慣れた高層ビルやネオンの代わりに、薄ぼんやりとした外灯と街路樹、そして閑静な住宅街が広がっている。

土曜の夜だと言うのに、どこかひっそりとした雰囲気で人影はほとんどなく、走っている車の台数もあまり多くない。

都心から2時間と少し、直輝の走らせる車に乗って向かう先は、直輝の実家だ。

何にも無い田舎だよ、と言われていた通り、高速道路を降りた所はほとんど真っ暗で、目を凝らして良く見れば田畑ばかりの景色だった。

それから5分余り、目的地はもう目前に迫っているらしい。

有衣は緊張が高まってくるのを感じて、無駄に深呼吸を繰り返した。


高校を卒業したら、結婚する。

指輪が届いてからすぐに、有衣はみどりや譲に報告したが、想像していたよりも驚かれなかった。

どちらかというと、予想の範囲内だったらしい。

清香もやはり、といった感じで、逆に有衣の頑固を通したことを窘められてしまったくらいだ。

晴基も、ずっと一緒にいられる、ということでかなり喜んでくれたし、慧や妙も祝福してくれた。

最後の難関とばかりに直輝の両親が残っていたが、もともと休みの少ない直輝に学校のある有衣、加えて実家が遠方という理由でなかなか訪問できずにいた。

ようやく学校が自由登校になったところで、直輝の土曜の勤務が終わってから一泊で訪ねることになったのである。


何度目かの深呼吸の後、運転席の直輝が苦笑を漏らした。

「そんなに緊張しないでも、大丈夫だよ」

「は、い。でも、やっぱり緊張します…」

事前に直輝が電話で話をしてくれたらしく、歓迎はされているようだが、初めて会うのだから緊張しないはずがない。

年齢のことも何と思われているのかやはり気になるし、そこそこ大人っぽく見える服装で来たが、外していないか不安である。

それに、向かう前にざっと聞きかじっただけのため、直輝の家の事情はほとんど知らない。

知っているのは実家が歯科医院であること、歯科医である両親が父・英機(えいき)の病気を期に母・美雪(みゆき)と共に隠居したこと、直輝に3つ上の姉・咲季(さき)と1つ下の妹・由貴(ゆき)がいるということ、跡を取ったのが咲季の婿・(すなお)であることくらいだ。

つまり、差し詰め家族構成くらいしか知らないのである。

直輝を見ていれば、人柄はきっと心配無いのだとわかるが、それでもやはり心配になってしまう。

「もう着くよ。そこ、……あ?」

訝しげな最後の声を不思議に思いつつも、直輝に指差されて視線を向けた方向には、大きな平屋の家と、病院が併設されているのが見える。

どうやらこの住宅街の中の1ブロック全体が西岡家の物のようで、有衣はかなり気遅れを感じてしまった。

戸惑いが納まる間もなく、車は病院の駐車場に入って隅のほうのスペースに停まった。

一番端に当たる隣のスペースにも、車が停まっている。

「もう遅いのに、まだ患者さんいるなんて、大変ですね…」

「…いや、妹のだ」

心底げんなりとした声で直輝が答えるのを聞いて、先ほどの訝しげな声の理由がわかり、有衣は曖昧に笑う。

恐らく有衣が来ることを聞いてわざわざ来たのだろう、対峙する直輝の家族が増えたことで、益々緊張が高めさせられる有衣だった。


家の車庫には4台の車が停まっており、有衣はまたしても気遅れを感じる。

車など無くても生活に全く困らない都内と違い、田舎は家族の人数と同じだけ車が必要なのだと直輝が説明してくれたが、ただただ驚くばかりだ。

そうして車庫を通り抜けた先に、大きくて立派な引き戸の玄関がある。

直輝が取り出したのは車のリモコンキーのようなもので、それが玄関の鍵らしく、有衣は見慣れないそれに目を瞬いた。

同時に、直輝のマンションに初めて行った時も、そういえば鍵がカード式で戸惑ったな、と思い出して小さく笑う。

直輝と出会ってからまだ半年ほどしか経っていないのだが、人生を決める瞬間が近づいてきたのだと思うと不思議な感覚がする。

横に立っている直輝を見つめ、直輝の腕の中で眠っている晴基を見つめ、有衣はせり上がってくる不安を押し込めて気持ちを引き締めた。


玄関を開けると、音を聞きつけたらしく女性陣が廊下を走って出迎えてくれた。

「おかえりぃ」

「こんばんはぁ」

良く似た声の調子で直輝と有衣に挨拶をしてきたのは咲季と由貴で、ふたりの眼には隠すことなく好奇心が爛々と光っている。

直輝は思わずふたりの視界を遮るように有衣の前に立つが、咲季のひと睨みで仕方なく横に退く。

有衣に弱い直輝だが、恐らくその下地は実家でできていたのだ、と今更ながら実感する直輝である。

咲季と由貴の顔立ちは直輝と少し似ており雰囲気は柔らかなのだが、なにせ今は期待に漲っているのが傍からもわかるため、有衣は内心びくびくしてしまった。

それでも、最初が肝心、と自分を奮い立たせた有衣は、なんとか自己紹介をする。

「こんばんは、はじめまして。あの、か、川名 有衣です。宜しくお願いします」

「姉の咲季です、よろしくね」

「妹の由貴です、よろしくね」

すぐに応じて紹介をしてくれ、さらにふたりににっこりとほほ笑まれ、嬉しくなって有衣もにこにこと笑顔を返した。

その様子を見た咲季と由貴は、お互いに顔を見合わせてから、ますます笑みを深める。

「かわいいぃぃ~」

「でかした、直輝!」

有衣に頬ずりしそうな勢いの由貴に呆れ、お前は母親かというような反応の咲季に微妙な気分になりながら、直輝は初めて有衣に会った時のことを思い出した。

あの時、緊張していた有衣がぱっと笑顔になった瞬間に惹かれ始めたのだ。

多分、あのときの自分と、今の咲季や由貴の気持ちはそう変わらないのだろう、と想像がつく。

しかし、有衣が気に入られたと喜ぶべきなのか、ふたりに玩具にされそうで憂えるべきなのか、直輝は反応に困ってしまった。

そこへ奥から美雪が、ふたりの娘たちを窘めながら静かに出てくる。

「いつまでも玄関で引き止めるなんて何してるの、もう。

 …ごめんなさいね、有衣さん。こんばんは、直輝の母です」

穏やかに笑みを浮かべて挨拶をしてきた美雪に、有衣はしどろもどろになりながらようやく挨拶を返した。

咲季や由貴に先導され、廊下を歩き始めようとした有衣だったが、美雪が直輝にひっそりと何かを耳打ちしたのを目にして、どきりとした。

不安げな有衣の視線に気づいた直輝は、美雪に晴基を預けると、すぐに有衣の隣を歩き始める。

「あの、何か…」

「いや、大丈夫だよ。有衣ちゃんは何も心配すること無いから」

そう言って直輝は有衣の頭をそっと撫で、有衣は素直に頷いた。

直輝が大丈夫と言うのなら大丈夫だろう、と納得し、いよいよ迫る応接間に向けて足を進めた。


“英機は有衣の年齢を知らない”。

美雪に耳打ちされたこのことは、直輝もある程度予想していたことだった。

直輝が有衣を連れて行くと連絡した時、電話に出たのは美雪で、その時英機は留守だった。

電話で有衣の年齢も正直に伝えはしたが、英機の反応を考えると美雪はそのことを伝えられないだろう、と思っていた。

直輝は自分が堅物だと自覚しているが、英機がそれ以上に堅物だということもよく知っている。

直輝が良識に反して高校生の有衣と交際し結婚すると決めたことを、快くは思わないだろうと容易に想像できる。

それでも、英機のその反応の矛先は、直輝にしか向かないということも想像に難くない。

ここは正念場だ、と決意も新たに、直輝は正面を真っ直ぐに見据えた。


応接間では英機と愿が待っており、別の部屋に寝かされた晴基を除いて西岡家の全員が勢ぞろいした。

歓迎ムード一色の場に、有衣はだいぶ緊張も解け、会話は和やかに進んでいく。

その雰囲気が一変したのは、英機の当然といえば当然とも言える疑問からだった。

「しかし、随分若く見えるな。直輝とはいくつ違うんだ?」

英機以外の家族はもちろん知っていて、ぎこちない表情で一斉に口を噤んだ。

直輝も覚悟を決め、有衣もさきほどの美雪の耳打ちの意味をなんとなく理解し、それでも直輝が心配無いと言ったことを信じて英機を真っ直ぐ見つめ返す。

「ちょうど、一回り違います」

答えたのは、有衣だった。

口を開きかけていた直輝は、驚いて有衣を見つめたが、凛としたその横顔に感嘆したように息をつく。

守らなければと考えていたが、有衣はやはりいざというときに強いのだと、思い知らされた。

「一回り…?」

「はい。私は、18歳です」

「じゅ……」

絶句してしまった英機は、窺うように直輝を見たが、嘘でないと悟ると直輝を睨みつけた。

湯呑みを掴むその手にぎりぎりと力が入り、注がれたお茶がゆらゆらと揺れるのを見て、直輝は自分以外の人間を退室させた。


有衣は居間に連れられてきたが、直輝のことが心配で仕方が無い。

応接間の扉が閉じられた瞬間聞こえてきた音は、多分、湯呑みがテーブルに叩きつけるように置かれたものだ。

そして、その後に続いたのは、「馬鹿者!」という英機の大きな怒鳴り声だった。

直輝が最初年齢のことを受け入れられなかったように、英機も恐らく同じ気持ちなのだと、有衣にもわかっていた。

それなのに、直輝に促されるまま直輝をひとりで残してきたことが、辛い。

ぎゅっと手を握りしめて俯いた有衣を見て、美雪がそっと肩に手を触れた。

「ごめんなさいね」

「え?」

「あの人、とっても真面目でとんでもなく堅物なのよ。

 18歳だなんて聞いて、驚いてしまっただけなの。

 事前に言うと先入観ばかりで、失礼なことになるんじゃないかと思って、

 私が言っていなかったのよ。許してね」

「いえ、そんな」

「でも本当は、直輝があなたを連れてくることを一番喜んでいるのよ。

 もちろん私たちも、あなたが来てくれてうれしいわ」

歓迎されていることは、肌で感じてよくわかっていた。

それでもこうして直接言葉にしてもらえたことで、さらに嬉しくなり、有衣は微笑んでお礼を返した。

それで有衣が落ち着いたと思ったのか、今までは黙って見守っていた咲季と由貴の目がきらりと輝きだした。

「それにしても、直輝も同じくらい堅物なはずだけど」

「どうやって有衣ちゃんみたいに若いコとこんなことになったの?」

そんな質問を皮切りに、有衣は直輝との出会いから今日に至るまでを、芸能リポータ宛らのふたりに聞きだされる羽目に陥った。

美雪も愿も黙ってはいたが実際気になっていたらしく、ふたりを咎めることはせず、むしろ聞き耳を立てている感じだ。

その勢いにたじたじになりながらも、これから増える新しい家族の成員に、嬉しさを隠せない有衣だった。


直輝の実家訪問前半戦でした。

直輝よりも、ただひたすらに有衣が歓迎されました(笑)。

直輝父の英機も、有衣のことは大歓迎なのです。

ただ、直輝の堅物度×1.5倍って感じなので、息子が高校生を…!とショックだったのです^^;

次回は実家訪問後半戦です~。


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