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Home Sweet Home  作者: ミナ
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直輝と清香が会った日から早一週間。

有衣としては、その内容が気になってしかたがなかったのだが、なかなかゆったりと話す時間が無い。

直輝が仕事から帰ってからの夜の時間は、今まで以上に時間を気にするようになった直輝のせいで、アテにならなかった。

認めてもらっているのだからと甘くなるのではなく、より真っ当であろうとする辺りは、なんとも直輝らしく反論する気にもなれない。

密かに有衣が悶々としていたところ、土曜日に半休を取ったからとデートに誘われた。

直輝は基本的に日曜しか休みが無く、その日曜は晴基と過ごすのが原則だと決めている。

そのため有衣と直輝がふたりきりで過ごすことは滅多になく、ふたりでデートなるものをしたのは学園祭のときだけだ。

だからわざわざ休みを取ってくれたことは、直輝も話したいと思ってくれているのだということで、有衣は素直に嬉しかった

清香の口から出た“結婚”のことも、相変わらず支払われているバイト代のことも、ようやく聞けると息巻いてさえいた。


けれど、連れて行かれた先は、どこかカフェにでも行くのかと思っていた有衣の予想を遥かに超えた場所だった。

日中の明るい時間帯でも、そのきらびやかな雰囲気は際立っている。

窓ガラスの向こうに見える、遠目にもきらきらしたものたちからすると、間違いなくジュエリーショップという場所である。

しかも見るからに高級で、まだ弱冠18歳の有衣にはまったくもって縁遠そうな佇まいだ。

その狭い駐車場に当然のように車を入れ、今にもドアを開けようとしていた直輝の腕を、有衣は咄嗟に押さえて引き止めてしまった。

「…直輝さん?」

「うん?」

「今日はまたなぜここに」

「この間ひとりで来たんだけど、結局よくわからなくて。だから一緒に来たくてね」

「そうなんですか」

って、そういう事じゃない!と、有衣は声に出さず突っ込む。

なぜここに来ることになったのか、根本的な理由が聞きたいのだ。

「あの、でも、急にどうして」

困惑した有衣の表情を見て、直輝はようやく自分の失策に気づく。

自分の中で勝手に決定事項にしていたが、清香との会話の内容を知らない有衣にとっては確かに意味がわからないだろう。

車の中で話すことになるとは、と無策ぶりに我ながら内心呆れてしまった。

「…指輪、買いたくて」

ユビワ、と有衣は鸚鵡返しに呟いた。

だからそれはなぜなのだ、という思いを込めて直輝の瞳をじっと見つめる。

「ずっと一緒にいる、って約束の印に」

どきり、と有衣の心臓が大きく音をたてた。

本当に、本当に、直輝はずっと一緒にいたいと思ってくれているのだ。

そして清香から聞いたことからすると、約束の印ということはつまり、エンゲージリングというものではないか。

と、思ったが、さすがに自分から聞けることではないので、有衣は黙ったまま直輝の言葉を待つ。

「形にするのはもっと後でもいいと思っていたんだけど、

 君のお母さんと話をして気が変わったんだ。

 俺は、君とこの先ずっと一緒にいたいって本当に思ってるし、

 その……結婚、も視野に入れたい、とも思ってる。

 だから、その気持ちを込めて指輪を君に贈りたくて、

 それで今日君と一緒に来たんだけど。…驚かせて、ごめんね」

最後に小さく謝り、少しだけ眉を下げた情けない顔で笑った直輝に対して、有衣は嬉しそうな笑みを満面に浮かべた。

直輝の気持ちを疑うことはもう無いけれど、こうして改めて気持ちを伝えてもらえることは幸せなことだと思う。

そして、そんなたくさんの気持ちに、有衣も同じように応えたいと願った。


店を出た時には、陽が既に落ち始めており、ふたりとも少しだけ疲れていた。

あれこれと店員から説明を聞き、デザインや石を決めるのにかなり時間がかかった。

直輝は二度目の経験となるが慣れるはずも無く、有衣も初めてのことに緊張していたせいだ。

結局、プラチナで浅いV字のリングに、中石がダイヤ、そしてピンクメレダイヤを脇に3つ入れるということで決まった。

「今さらだけど、今日だけで、一店だけで決めちゃってよかったの?」

「どうしてですか?」

「いや、気に入るのを見つけるまで何日も何軒も回る人も多いみたいだから」

確かに、一生物だから、そうする人も多いのだろう。

納得はしたが、有衣はそこまで物に対する意気込みを持つタイプではない。

もちろん素敵だと思ったから決めたのだが、それよりもただひたすらに直輝の気持ちがありがたく、そして嬉しかった。

だから、直輝の問いには直接答えずに、素直な気持ちだけを伝えることにする。

「指輪、すごく嬉しいです。すごく、幸せです」

言った途端、変な力が働いて、一瞬シートに押しつけられた体が前に押しやられてガクリと揺れた。

何だろう、と目を白黒させている間に、車は勢いよく路肩に停車し、一度前に揺られた体がまたしてもシートにぶつかる。

「え、なに、なん…」

運転席に視線をやろうと右を向くと、直輝の顔が目の前に迫っていた。

心の中で小さく悲鳴を上げつつも、おとなしく直輝のキスを受けるために目を瞑る。

急にどうしちゃったのかな、などと考える余裕が残るくらいの軽いものだったが、有衣は首を傾げる。

「…ごめ」

一瞬で離れた直輝は、呻くように小さな声で謝ると、口元を手で押さえてそっぽを向いた。

「直輝さん?」

「あー…ほんと、不意打ち」

「え?」

よくわからないまま直輝を見るが、直輝はまだ目を合わせない。

けれどその耳が赤くなっているのが見えて、悪いことではないらしいと有衣は安堵した。

ようやく落ち着いたらしい直輝は、ひとつ深く息をつくと、上目づかいに有衣を見る。

「なんで、そんなかわいいのかなぁ」

「へっ」

思ってもみなかった言葉に驚いた有衣は、妙な声を出してしまう。

そんな有衣の反応も、直輝にとってはかわいいだけだ。

「君は素直で、かわいくて。

 幸せだなんて言ってくれたから、ちょっと…なんていうか、堪らなかった」

言いながら、直輝は有衣の左手をそっと取り、指輪が嵌るはずの薬指を撫でる。

それから、手を持ち上げて、薬指の付け根に小さくキスを落とした。

「早く、着けたところ見たい」

引き渡しは三週間後ということで、有衣にとってはまだ少しだけ遠い世界のことのように感じていた。

それが、直輝にそんな風に言われたことで、一気に現実味を帯びる。

「私も楽しみ、です」

「…あんまり、煽るなって」

はにかむ有衣に、ため息をつきながら苦笑混じりにぼそりと呟いた言葉は、本人の耳には届かなかった。

直輝は有衣の手から離した手で、有衣の髪をそっと撫でると、運転を再開した。


直輝とふたりで晴基を迎えに行き、三人で買い物をして家に帰る。

直輝と晴基をバスルームへ送り、その間に有衣が夕食の支度をし、ふたりが上がった後は三人で食事をする。

そんな温かで和やかな時間を過ごせることが、有衣はこの上なく喜ばしいことだと思った。

眠りに落ちそうな晴基を見つめながら今日決めた指輪のデザインを思い浮かべ、まだ何も嵌っていない左手の薬指にぼんやりと視線を遣る。

ここに指輪が嵌った後は、どうなるのだろうか。

直輝と晴基と三人で過ごすことが、本当に当たり前のことになるとき、どんな気持ちになるのだろうか。

そんなことを倩倩と考えていたところに、そういえばバイト代のことを聞きそびれていた、と思い出す。

このままだと有耶無耶になったまま、結局いつまでも支払われることになりそうだ。

それだけは避けたい、と有衣は静かに戦闘モードに入る。

晴基に視線を戻すとどうやら眠ったらしく、握っていた手をそっと外しても晴基の呼吸は乱れなかった。

有衣はぎゅっと唇を引き締めると、直輝の待つリビングへ向かった。


直輝は、表現は違えど考えは変わらない有衣の何度目かの返事に、内心頭を抱えた。

有衣のバイト代について先ほどから繰り返されている押し問答の主旨は、つまり次の通りである。

「払うべきだ」

「貰えません」

全く歩み寄りを見せないやり取りに、ついに直輝は溜息を漏らした。

「でもね、仕事は仕事なんだよ」

「今は、お金貰うためにしてるんじゃないです」

「それはわかってるけど、ありがたいけど。でも俺にも責任があって」

「じゃあ、直輝さんはいつまでも払い続けるつもりなんですか?」

直輝の言葉を遮っていつになく強い調子で話す有衣に、直輝はたじたじになる。

だが、一応常識を重んじる大人としては、ここで引くわけにもいくまい。

「結婚するまでは」

有衣の年齢を考えると、結婚という単語には怯むだろう、という目論見があった。

だからこう答えればこの話題は終わるだろう、と直輝は思っていたが、当然ながら有衣が怯むはずは無い。

むしろ直輝のその言葉を待っていたくらいなのだ、と有衣は攻勢を強めた。

「それは、いつですか」

「いつって、少なくとも今じゃないだろう。

 君はまだ高校生だし、未成年だ。

 それに、合格した大学だって通うべきだ。

 どんなに早くても君が大学を卒業しないことにはね」

直輝の答えは、有衣の予想の範囲内であり、しかも反論の足がかりにできると思ったが、それほど気分の良いものではなかった。

結局のところ直輝の中では、有衣の年齢のことはやはり気がかりなものなのだ、と思うと自然と声が尖る。

「…私が子どもだからですか」

「そんなことを言っているんじゃないよ」

「でもそれって、私が子どものうちは一緒にいたくない、ってことですよね」

「そうじゃない」

「もっと大人になった私しかいらないなら、どうして今日指輪を買ったんですか」

「有衣ちゃん」

止まりそうにない有衣を、名前を強く呼ぶことで制止しながら、直輝の脳裏に清香との会話が甦った。

清香は、結婚の時期はふたりで話し合えと言いながらも、有衣を頑固だと言ったのだ。

もしかして、この展開を清香は予想していたのではないか。

この様子では確かに有衣が引くのを期待することは難しいし、今更ながらどうもかなり形勢が不利らしいと悟る。

このままでは押し切られる、と直輝が危惧したのを察知したかのようなタイミングで、有衣が今までとは打って変わって静かな口調で話す。

「直輝さんは、私と一緒にいたいって言ってくれましたよね。

 一緒にいることに変わりはないなら、

 問題が、時期が遅いか早いかだけなら、私は…早い方がいいです」

有衣の言葉に、直輝は一気に脱力した。

形勢が不利とかいうレベルではなく、完全に負けている。

つまり、バイト代の話題を出した時から、有衣は物事を絶対にこう運ぶと決めていたのに違いない。

それに最初から気づかなかった直輝は、既に負けが確定していたも同様なのだ。

「…君には敵わないね」

ついに白旗を振った直輝は、その途端有衣の唇の端が上がるのを目にして、本当に押し切られたのだなと実感する。

直輝は、有衣に聞こえないよう口の中でだけ、頑固者め、と呟きつつ、今後挨拶に行かねばならない自分の両親、特に父親のことを考えて嘆息した。


はい、押し切られましたー(笑)。

急ぐ必要は無いと思いながらも、基本的に一緒にいたいので、押し切られるのも簡単です^^;

そんなわけで、次回は直輝の実家へご挨拶です。


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