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Home Sweet Home  作者: ミナ
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みどりと約束している買い物の資金調達に銀行に来ていた有衣は、機械から吐き出された通帳を確認して微かに顔を顰める。

久しぶりの記帳によると、8月から始まっているバイト代の振り込みは、今月もまだ続いていた。

ハウスキーピングは続けているが、直輝と付き合い始めた後もお金を貰っているということに、なんとなく納得がいかない気分になる。

今の有衣の中では既に、お金をもらってする仕事という意識ではなくなっている。

銀行から出ると、有衣はすぐに清香に電話をかけた。

「どうかした? 今ちょっと時間無いから手短にお願い」

「バイト代入ってた」

「ああ、それで?」

「貰えない」

「どうして」

「どうして、って…」

「あの人と付き合ってるから?」

「…うん」

「でも、そもそものお金はあの人が出してるのよ」

「わかってるけど! でも」

「あぁごめん有衣、ほんとに時間。

 その話は本人に聞いてみるから、とりあえず待ってなさい。

 じゃ、悪いけど切るわよ」

「え、ちょっと…」

抗議も虚しく、電話は既に切れてしまっていた。

確かに今日清香は直輝に会うことになっているのだが、本人に聞いてみたってどうせ払うと言うに決まってるじゃない、と有衣は不満気に溜息を零した。

けれどとりあえず、下ろした金額はバイト代が入る前の残高で賄えるから、バイト代を使うことにはならない。

一応そう納得して、有衣は待ち合わせ場所である駅に向かうため、バス停へ歩いた。


応接室に通されていた直輝は、傍目にはそうは見えなくとも、内心ひどくそわそわしていた。

ハウスキーピングに関する打ち合わせで何度か来てはいる場所であるものの、今日の来訪の目的は私的なことであり、緊張がひどい。

ドアが開いた瞬間、直輝はソファから立ち上がって礼をする。

「お待たせいたしました」

緊張のあまり頭を上げるタイミングがわからずにいると、凛とした清香の声が耳に滑り込んだ。

それでようやく体を起こし、もつれる舌を叱咤しつつ挨拶を返す。

「いえ、こちらこそ、お時間取らせてしまいまして」

「どうぞお掛けください」

「あ、はい。では失礼いたします」

もう一度ソファに座ると、やっと少し気持ちが落ち着いてきた。

向かい側のソファに座っている清香を、直輝はそっと窺う。

有衣とはあまり似ていないように見える。

ただ強いて言うならば、目元は少し似ているかもしれない。

清香の観察をしながら、何から話せば良いか頭の中で整理をつけようとしたが、やはり焦りと緊張でうまくいかない。

これでは時間の無駄になってしまう、と考えていた時に、清香が先に口を開いた。

「有衣とは、…失礼ですけど、

 どのくらい真面目にお付き合いされてるのかしら」

最初から直球で聞かれたことに、直輝は目を瞠り、一瞬反応が遅れた。

清香はそんな直輝に、いきなりでごめんなさいね、と付け足して笑う。

「どのくらい、とは」

「有衣の年齢は、ご存知…ですよね?」

「ええ、はい」

つい最近知った、と余計なことは言わないでおいた。

覚悟していたとはいえ、実際有衣の親から年齢のことを言われるのは少し辛い思いがする。

それでも、真剣に付き合っているのだと、堂々としていたいと思う。

「最初は知りませんでした。

 知った時は、さすがに…といいますか、自分の年齢も顧みて戸惑いもしました。

 でも今は、それでも一緒にいたいと願っています。

 この先も、その気持ちは変わらないと思っています」

「…この先もということは、将来について具体的にお考えだ、ということかしら」

具体的な将来、つまり、イコール結婚ということだ。

あの日師長に言われてから、少しずつ考えてはきた。

確かに、結婚はしたいと思う。

だが有衣は未成年であり、合格している大学にも通わねばならない。

そういった有衣の事情も考えると、結婚を考えるというのは些か時期尚早ではないかと思えた。

「いずれ、時期が来たら、結婚を申し込みたいとは、思っていますが」

「時期…」

清香はぽつりと言ったきり、考え込んだように黙ってしまった。

何かまずいことを言っただろうか、と直輝は内心どぎまぎしていたが、そういうわけではなさそうだった。

「ところで、ハウスキーピングのことなんですが」

「え、はい?」

唐突と思える話題の転換に、直輝はついていこうと必死になる。

「有衣が、お金を受け取りたくないと言ってきてるんです」

「それは……」

「お付き合いしているから、貰えないと」

直輝は、有衣の気持ちを図りかねて言葉に詰まった。

いくら付き合っていても、もともと仕事で来ていたのだし、結婚もしていないのにあの仕事を対価なしというのはどうかと思う。

考え込んだ直輝に、清香は小さく笑みを漏らして尋ねる。

「西岡さんとしては、どう思われてます?」

「結婚もしてないのに、お金を払わないわけには」

「そう言われると思いました。

 でしたらやはり、時期が来たらということですね。

 そうなるともう、有衣とお話していただくしか無いみたいです。

 あの子、けっこう頑固なんですけど」

清香の言い方に、直輝は少し引っかかりを感じて清香の顔を見つめた。

先ほどから、結婚の時期については突っ込まれているような気がするが、結婚自体については何も言われていない。

しかも、有衣と直接話せ、というのはどういうことか。

「あの、お付き合いしていることや、

 結婚しようとしていることについては、異存は…」

「特にはありませんよ。あったほうがよかったかしら」

「え? いえ、そういうわけでは、決して無く…」

慌てて否定する直輝を、清香は楽しそうに見た。

「私は、有衣が選んで、有衣が幸せならそれで言うことは無いです。

 正直、以前泣いて帰ってきたときはどうしようかと思いましたけど」

ぐ、と変な喉の音がした。

有衣が泣いて帰ったのは、直輝が自分の気持ちを自覚できずに傷つけたあの夜のことだろう。

若干情けない顔になりながら直輝は頭を下げ、清香はころころと笑った。

「でも、有衣の親としては、逆に感謝したいと思ってるんですよ」

「感謝、ですか?」

思いもよらない単語に、直輝は目を瞬かせた。

いい大人が高校生を、と恨まれこそすれ感謝されるとは、全く解せない。

「西岡さんは、奥さまは確かご病気で亡くなられてますよね。

 それなのに、有衣を受け入れてくれたんですから。

 私は、主人を事故で亡くしましたけど、

 他の誰かを受け入れる余裕も気力も、ずっと無いままです。

 そうすることが、どれだけ大変か、私にも少しはわかりますから、

 西岡さんには本当に感謝しています」

「いえ。感謝するのは、こちらのほうです。

 私も息子も、彼女のおかげで本当にいろいろな面で助けられていますから」

様々な想いのこもった直輝の言葉に、清香は嬉しそうに笑った。

改めて真っ直ぐ清香を見つめると、有衣の母親らしく、優しさと温かさに満ち溢れた女性だった。


清香と会った帰り道、通り沿いにあるジュエリーショップに、直輝は吸い寄せられるように足を運んだ。

今お互いの小指に嵌めているこの指輪も悪くはないけれど、きちんとした約束の証しをやはりプレゼントしたい。

将来的には、いつかは、と思ってはいたものの、形にするのはもっと後でいいと思っていたのに、今日清香と会ったことで気が変わった。

ショーケースの中できらきらと光っているものたちを見つめながら、有衣の表情を思い浮かべる。

そして、帰りがけに清香が意を決したように話してくれたことを、直輝はもう一度思い出した。

緊張しすぎて先に渡すはずだったのに忘れていた手土産を清香に渡した時だった。

清香が、先日のお礼だと言って、逆にたくさんの手土産を持たされてしまったのだ。

「有衣が入院した時にはお世話になりまして、ありがとうございました」

「いえ。逆に、お気遣いいただいて申し訳ありません」

「…実はあの日から、有衣の様子が少し変わったんです」

そこでいったん言葉を切った清香が、直輝をじっと見つめる。

不思議に思いながらも視線を返すと、清香は幸せそうな、それでいて少しだけ寂しさを感じさせる笑顔を浮かべた。

「遠慮ばかりしていたあの子が、堂々とするようになりました。

 きっと、西岡さんといると、あの子はあの子らしく在れて、とても幸せなんだと思います。

 今日はずっと西岡さんに質問ばかりしてしまいましたけど…、

 本当は私がお願いしなければいけなかったんです。

 どうぞ、これからも有衣を宜しくお願いしますね」

嬉しさとか切なさとか、いろいろな感情が直輝の内奥から沸き上がった。

「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

応えることで、今までよりもさらに責任の重みが増し加わった気がして、直輝は気を引き締めて礼をしたのだ。

今思い出してもやはり気が引き締まる。

結局、詳しくないアクセサリは、スタッフの説明を聞いた後でも選びきれず、買わないままショップを出た。

今度有衣と一緒に来てみよう、と密かに計画し、直輝は幸せな笑みを浮かべた。


買い物から帰った有衣は、真っ直ぐに清香のもとへ向かった。

「清香さんただいま! 直輝さんと何話したの?」

「秘密。大人同士のお話よ」

「何それ。まあいいけど。それで、バイト代のこと聞いてくれた?」

「結婚するまでは払うって言ってたわよ。諦めなさい」

「結婚するまで?」

ずっと一緒にいるとは言ってくれたけれど、結婚するなんていう話はまだ直輝の口からは出ていない。

けれど清香との会話で結婚という単語が出たということは、結婚するつもりはある、ということだ。

「ほんとに言ったの? 結婚するって?」

「有衣、都合のいいところだけ抜き出さないの」

「でも言ったんでしょ?」

「私は何とも。西岡さんにも言っておいたから、そういうことはふたりで話し合いなさい」

否定しないということは、つまりそういうことだ。

買い物をしながらも一日やきもきしていた有衣の気持ちは、一気に晴れて上昇した。

上機嫌でバスルームに向かう有衣の背中を見て、押し切られる直輝が容易に想像できた清香は、苦笑しつつ心の中で直輝に謝罪した。


“直輝、清香さんとご対面”の巻でした。

ド緊張でしたが、なんとか無事に乗り切りました。

清香さんも、有衣を手放す覚悟をもう決めているようです。

有衣の持つ頑固な面についてもよく知っている清香さんは、押し切られる直輝を想像しました。

恐らく、それが正解と思われます。

直輝と有衣は結局のところそういう力関係…^^;

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