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Home Sweet Home  作者: ミナ
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幾分人の少なかった校舎内に比べ、外に出るとかなりの人だった。

手を繋ぎながらも前後一列で人に押し流されるように歩いていると、すれ違う人と肩がぶつかってしまった。

「痛…っ」

「大丈夫?」

直輝は握っていた有衣の手を少し強く引き寄せて一瞬離すと、後ろから両手を握りそっと抱きしめるような格好になった。

ほとんど一体化しているような格好で、こうすればぶつかっても有衣ではなく直輝とぶつかることになる形だ。

直輝は背が低いというわけでは決してないが、有衣もそう低いわけではないうえに若干ヒールを履いている。

そのままだと顔面と後頭部がぶつかってしまうため、直輝は自分の顔を有衣の頭の斜め後ろにずらした。

急に密着した姿勢と、耳に微かながら感じる直輝の呼吸に、有衣の顔はまた赤くなってしまう。

恥ずかしさにしばらく俯き加減で流されるまま歩いていると、有衣は道を間違えたことに気づいた。

このまま行くと、譲がいるテントの前を通ってしまう。

だが本来通ろうとしていた道の分岐点に戻るには、この人の流れはかなりきついものがある。

「ど、どうしよぅ」

有衣のこの声はかなり小さいものだったが、直輝は聞き落とさなかった。

「どうしたの?」

「間違えちゃいました」

「行きたいお店過ぎちゃった?」

「じゃなくて、このままだと、行けないお店の前を通っちゃいます」

「…いけないお店?」

意味のわからない直輝の頭にはクエスチョンマークが飛び交う。

元来有衣は嘘をついたりごまかしたりすることができない性格だ。

言わなくてもいいことをつい正直に言ってしまった。

「この先、譲くんのクラスがお店やってるんです。でも、今日は来るなって言われてて…」

有衣の言葉に、直輝の手に微妙に力が入った。

自分といる今日はやめたほうがいいと言われたのだ、と直輝は気づく。

同時に、自分の嫉妬心や敵愾心にもろに気づかれているということが確定し、情けなさに直輝は深くため息をついた。

「…いいよ、行こう。売上貢献してやればいい」

そう言うと、有衣の表情は途端にぱっと明るくなった。

その変化に安堵する一方で、譲に気遣われていることに直輝は内心苦りきってしまった。


直輝と有衣が前に立ったとき、譲は天を仰ぎたくなった。

昨日せっかく忠告したのに何も考えてないような顔で笑う有衣をげんなりと見る。

「どうも」

「あ、どうも。こんにちは」

直輝の短い挨拶に、譲も慌てて挨拶を返した。

微妙な空気が流れるが、有衣は相変わらず気づかないでいるのか、気づかないふりをしているのか。

「譲くん、2つね!」

「はいはい」

明るく注文する有衣に、絶対気づいていないと苦笑しながら、例のごとく、作り置きがあるができたてを渡すために作ってやる。

譲は作ることに集中しようとは思いつつ、どうしても前のふたりをちらりと見てしまう。

直輝の視線は譲の予想よりもきつくなかったが、それよりも有衣との密着具合がすごい。

あれだけ年齢にこだわって悩んでたとは思えないべたつきっぷりに、譲はこっそりと笑う。

しかも、恋愛初心者のはずの有衣が、そのことを既に普通ととらえている節が見えて、刷り込んだ直輝にある意味感心した。

できあがったものをパックに詰め、マウスケアのタブレットを付けてやる。

「橋行くんだろ」

「え、…あっ!!」

内緒話のように譲に言われて、有衣はしまった、という顔をする。

橋でキスをしなくてはいけないのに、よりにもよってキムチチャーハンを買ってしまった失態に凹んだ。

事情を知らない直輝は、有衣がどんよりするのを不思議そうに見つつも、用は済んだとばかりに譲の前から歩き出し、譲の苦笑を誘った。


その後もお好み焼きだのチョコバナナだのフライドアイスだのを買い、中庭のベンチに落ち着いた。

ベンチからは橋が見えるが、やはり何組かのカップルが密やかにキスを交わしているのがわかる。

こんなに見えると言うことはやっぱり目立つかもしれない、と有衣がひとりでどきどきしていると、直輝が顔を覗きこむ。

「何見てるの」

「は、橋、です」

見ていたものが見ていたものだけに、有衣は目を泳がせ吃りながら答えた。

有衣の様子がおかしいので、直輝も橋に視線を移してみて、一瞬固まった。

「……大胆だねぇ」

「で、ですよねぇ…」

有衣と同じ光景を目にした直輝は、若いなぁと変なところで感心した。

まさかこの後自分が同じことをすることになるとは、この時点では微塵も思っていないのである。

有衣も直輝の反応が微妙なのでどうやって言いだそうか悩み、とりあえず先に買ったものを食べることに集中することにした。


結局有衣は言い出せないまま食事の時間を終え、タブレットを舌の上で転がす。

せっかくだから文化系の展示なども見て回ろうという話になり、中庭から校舎内へと向かう。

写真部や美術部、科学部などの作品は、意外と見応えがあり、あれこれと話しながら見て回ると時間が経つのも早い。

ほとんど見終わったときに、一番端にやけに女の子やカップルが集まっているブースを見つけ、興味を惹かれてふたりで近づいてみる。

パンフレットには手芸同好会という微妙な名称が印字されていたが、中を覗くと想像以上のものが並んでいた。

ビーズ、レザー、シルバーで作った様々なアクセサリだった。

「わぁ…きれい」

「自分たちで作ったなんて、すごいな」

「ほんとですね」

手に取ってみると、普通にお店で売っているのと差がわからないほどだった。

しかも、学園祭仕様だからか、値段もお手頃だ。

せっかく直輝と一緒に過ごせた記念に、何か買おうかなと選ぶことにする。

その中で有衣の目を惹きつけて離さなかったのは、メビウスの輪のようなデザインのシルバーのピンキーリングだった。

裏側にほんの小さな石が嵌め込まれているが、表から見るとシンプルそのもの。

じっと見ていると、直輝が有衣の小指をそっとなぞってから、リングを手にとって有衣の小指に嵌める。

サイズ違いの物もあったのだが、直輝が嵌めたものは有衣の指にぴったりだった。

「気に入った?」

「あ、はい。キレイだな、って…」

「じゃあ、それにしよう」

「え?」

驚く有衣をよそに、直輝はさっと会計を済ませてしまった。

慌ててお財布を出す有衣だったが、直輝は笑顔で柔らかく制してしまわせる。

「今日の記念」

そっと囁かれ、有衣はかーっと顔に熱を上らせた。

その様子を見ていた今会計をした生徒が、もう少し上のサイズのものを指差して声をかけてくる。

「ペアでどうですか?」

直輝は、その声に片側の眉を上げた。

アクセサリ類は特別好きというわけでもなく、今まで唯一着けたことがあるのは唯との結婚指輪だけだった。

自分はいい、と断ろうとしたのだが、有衣の目を見た途端どういうわけか頷いてしまった。

多分、その中に小さく灯っていた期待感に、負けたのだ。

直輝はまた自分で会計しようとしたが、有衣の強硬な反対にあい、結局有衣がいそいそと会計をした。

久しぶりの、しかもこれまで嵌めたことのない指に着けた物は、多少の煩わしさを直輝に覚えさせる。

だが、ふたりの小指に嵌った同じリングを見て、嬉しそうにほほ笑む有衣を見ると、そんな煩わしさも飛んでいく。

有衣と繋いだ右手のほんの一部分に、ひんやりとした感触が伝わり、直輝は妙に浮かれた。


校舎から外に出ると、だいぶ日が落ちており、中庭はライトアップが始まっていた。

昼間よりも随分とロマンティックな場所に変わり、カップルはさらに増えている。

時計を確認した直輝は、慧との待ち合わせ時間を思い出して慌てた。

「あと10分しかない。急がないと」

「え!?」

歩きだした直輝の腕を、有衣は慌ててぎゅっと引っ張った。

「ま、待って!! …ください」

思ったよりも大きな声が出てしまい、後半は尻すぼみになる。

振り向いた直輝も少し驚いたような顔をしていた。

「どうしたの」

「まだ、橋に行ってないから」

「橋?」

ジンクスを説明し終わる頃には、有衣の顔は本日何度目かの完全なる赤面状態だった。

捉えようによっては、つまり、キスを強請るということになるのだと、話しながら気づいてしまったせいだ。

聞いた直輝は、昼間見た光景に納得がいったが、自分と置き換えてみると若干引き気味になる。

それでも、普段あまり自分を出そうとしない有衣が、ここまでお願いしてくるのを見れば、頷かざるを得ない。

そして、有衣がキムチチャーハンを買った後に一瞬どんよりした理由に思い当たり、かわいくてしかたなくなってしまった。

手を繋いだまま橋の真ん中へ到達すると、軽く唇を触れ合わせる。

その時すぐ隣に来たカップルがキスを始め、有衣は間近で見るそれに驚いて気が逸れてしまった。

直輝はそんな有衣に苦笑し、有衣の顎を軽く捕えて視線を戻させる。

「よそ見しないの」

ごめんなさい、と言いかけた有衣の声は、直輝の唇に吸い込まれた。

直輝に身を預けながら、有衣は意識の片隅で思う。

こんなことで、本当に永遠を手に入れられると信じているわけではもちろんない。

だが、絆を意識するという意味では、効果があるだろう。

そして、本当はこんな場所でこんな風にキスをするなんて、多分嫌なはずの直輝が応じてくれたことに感謝した。

唇を離した直輝は、いたずらっぽく有衣を覗きこむ。

「…キムチ味」

「うそっ!?」

「うそ」

「もうっ、直輝さん!」

慌てる有衣をおかしそうに見て笑う直輝に、有衣は顔を赤くして怒る。

他のカップルに場所を譲って橋を下り、門の外に出ると、非日常は静かに終わった。


―かに見えたのだが。

目聡くペアリングに気づいた慧から散々意味ありげな視線をくらい、直輝は疲弊してしまった。

しかも、その夜。

晴基も眠ってしまった後の、有衣とのふたりの時間帯。

持ち帰った衣装を着てみせた有衣が、直輝を困らせたとか、困らせなかったとか。


学祭終了です!

らぶあまデートは、やっぱり書いてて楽しかったです^^

シルバーだけど、ペアリングにこぎつけたし。

ちなみに、左の小指に付けさせてみました(特に意味は無し)。


このふたりはそのうち、ちゃんとした指輪が別の指を飾ることになるのですが☆

次回から、その方向に向かってがんばっていく予定です。


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