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Home Sweet Home  作者: ミナ
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正門をくぐると、いかにも学校という雰囲気が当然なのだがひしひしと伝わってきて、直輝は一瞬硬直した。

だが、有衣に聞いていた通り制服姿の学生は見当たらず、それだけが救いだった。

そんな直輝の様子を、横で見ていた慧は苦笑する。

なぜ慧がいるのかというと、子連れデートを決行しようとしていた直輝に呆れ、晴基のお守という名目で付いてきたのである。

そういうわけで、慧の肩には晴基が乗っかっている。

慧は直輝よりも長身のため、晴基はその肩車を無邪気に楽しんでいる。

門から校舎までたどり着く前に、たくさんの学生たちが渡してくるチケットやチラシで手がいっぱいになってしまった。

律義に1枚1枚見ていると、その中に有衣のクラスの物を見つけ、慧は苦笑した。

載っているのは、イラスト風に加工してあるが明らかに有衣とみどりだとわかるふたりのコスプレ姿。

ちらと直輝を窺うが、直輝の様子だと同じチラシは渡されていないか、渡されていても気づいていない。

多分不機嫌になるだろう、と予想した慧は、直輝の目に触れる前にそのチラシを折りたたんでポケットにしまった。


慧の努力が無駄になったのは、直輝が入口に置いてある指名用のコルクボードに気づいた時だった。

貼ってあるのは、今の時間帯にウェイターをしている人の顔写真とコスプレ全身写真である。

“人気No.1”などという煽り文句の書かれたステッカが貼られているところに、有衣の写真を見つけた。

薄いピンクのナース姿の有衣の写真の下には、語尾にハートが付いた『有衣です』という文字の書かれたシール。

頭に血が上りそうになった。

当日のお楽しみ、と言って有衣は何を着るのか教えてくれなかった。

予備知識無しで来た直輝にとっては少々刺激が強く、しかも不特定多数に対して公開されていることが不満だった。

「じゃあ、有衣ちゃんで」

「了解でーす」

ボードを見ながら半ば茫然としていた直輝の横で、有衣を指名する男の声が聞こえる。

これ以上他の人間にこんな姿の有衣を見せたくない、という一心で、直輝は普段からは考えられない行動力を発揮した。

順番待ちもせずに受付へ歩み寄ると、たった今有衣を指名した男を牽制するように見てから、受付の女子に話す。

「悪いけど、有衣ちゃんは打切りにしてくれないかな」

受付の係をしていた女子ふたりは、突然現れた整った顔の大人の男―直輝を驚いて見上げる。

そして直輝の差し出したチケットを受け取ると、何かに気づいて顔を見合わせた。

実は有衣が直輝に渡したのは、名前入りで、しかも密かに端にハートのシールが貼られたものだった。

恋人がいる生徒は全員そうすることで、チケットの持ち主が恋人だと受付係にわからせ、順番を最優先に回すことになっていた。

「あの、…有衣、の?」

確認するように尋ねる女子に、直輝は柔らかな笑顔で頷く。

ひとのものだとわかりつつ、あまりに優しそうな笑顔に頬を染めて、係のうちのひとりが中に入っていった。

残ったひとりに、直輝はなおも言う。

「打切り、大丈夫かな」

「え? あ、あの…でも、もう受けちゃった人もいて…」

「そう。それは、ごめんね。でも、どうしてもお願いしたいんだけど、どうしてもだめかな」

話を聞いているようで聞かず、押しの強さを本当に困ったような顔で隠して話す直輝に、ついに陥落。

わたわたと慌てたように、また中に入っていった。

その隙に、直輝はコルクボードから有衣の写真を外してしまった。

そしてふたりが戻ってくると、後ろにナース姿の有衣も一緒に出てくる。

直輝の顔を見ると、有衣は嬉しそうに笑った。

係のふたりに笑顔でお礼を言うと、直輝は有衣の手を取ってとりあえずその場から離れようとする。

そこで慧と晴基と一緒だったことをようやく思い出した直輝が周囲を見回せば、ふたりは列に並んで直輝に手を振っていた。

慧の顔を見ると苦笑が浮かんでおり、直輝は少しだけばつの悪い思いをした。


この後は有衣とふたりだと思えば心地好い緊張感を覚えたが、今はそれどころではない。

ぴったりとしていて胸が強調されるような作りと膝上の―直輝から見れば膝からだいぶ上の丈、それにすれ違う人間の有衣への視線が気になる。

しかも、アップにした髪型とばっちりめに施されたメイクが、いつもの有衣とは違う雰囲気を醸し出している。

「とりあえず、更衣室どこかな。それ、早く着替えよう」

「え…」

知らずに足早になっていた直輝だが、有衣が突然立ち止まったため手が突っ張り、後ろを振り向く。

有衣がどこか哀しそうな寂しそうな顔をしていたので、直輝は驚いてしまった。

「有衣ちゃん?」

「…今日来るの、ほんとは嫌だったですか」

「え?」

「だって、直輝さんカフェでサーブもさせてくれなかったし、服も全然見てもないのに着替えろって…」

全く見当違いな有衣の言葉と、有衣の気持ちを考えてあげられなかった自分に対して、直輝は苦く笑った。

ちょうど見えた階段の陰になっているスペースへ、有衣の手を引いて誘導してから答える。

「違うよ。その逆」

「逆?」

「…似合いすぎ。すごくキレイだし、そそられる」

有衣の耳に、ひそやかにそう囁く直輝の声が滑り込む。

直輝が直接的な言葉を使ってそういうことを言うのは珍しい。

そんな直輝の口から“そそられる”という単語が出てきたことが、どこか生々しい感じがして有衣は頬を紅潮させる。

「俺以外の誰にも見せたくない。だから早く着替えてほしいと思ったんだ」

「直輝さんだけだったら、よかったですか」

「…そうだね」

ある意味、それも困ったことになりそうだけど、と直輝は内心で付け足した。

「それだったら、嬉しいです。じゃあ、着替えてきます。更衣室すぐそこなので!」

顔を赤くさせたまま有衣は直輝の手からすり抜けて走って行く。

その後ろ姿を見ながら、大人げない自分の言動を顧みて、直輝はやれやれと溜息をついた。

だがそれにしたって、あの姿は反則だろう。

“高校生”の域を超えて、有衣を“女”に見せるのに十分だった。

もし事前に知らされていたらおそらく、いや確実に断固反対していた、と直輝は思う。

今日約束の時間よりすこし早目に来ていてよかった。

昨日の一日と今日の1時間半弱、これ以上誰かの目に晒すのは嫌だ。

自分の目の届く場所で、自分だけの目が行く場所で、有衣を囲い込んでしまいたい、とさえ思う。

そんな自分の危険と言えるほどの想いに、直輝は苦笑を漏らさずにはいられなかった。


急いで着替えたいのに、直輝の言葉が耳から離れず、有衣の手はもたついた。

そそられる、って。

誰にも見せたくない、って。

止せばいいのに頭の中で復唱してしまい、真っ赤な顔で有衣はついにしゃがみ込んでしまう。

ペットボトルの水を取り出し、ごくごくと飲んで熱を冷まそうとするが、あまり効果は無い。

掌で頬を挟むと、頬が熱いせいか掌が冷たく感じる。

この間の入院したときから、直輝は少し変わったと思う。

今までは、優しくて温かくて、包まれているような感じがしていた。

今は、それに加えて熱と少しの束縛と、力いっぱい抱きしめられているような感じがする。

でもそれが嫌だとは決して思わない。

むしろ嬉しくて、恥ずかしいながらも心地好い。

想いが通じ合うというのは、こういうことなのかな、という気がして、有衣は笑みを浮かべた。


着替えだけにしては、ずいぶん時間がかかるな、と直輝は思った。

有衣が走っていってから、30分近く経とうとしている。

いろいろ支度するにしても、そんなにかかるものだろうか。

誰かに絡まれているとかじゃないだろうな、とだんだん心配になってくる。

有衣が走っていった方向へ歩き出すと、ちょうどドアを開けて出てくる有衣が目に入った。

遠めではあるが、髪も下ろされ、メイクもいつものナチュラルメイクに戻っているのがわかる。

いつもの有衣に戻っているのがわかり、直輝はなんとなくほっとしたような気分になった。

声をかけようとした時、階段から騒がしく降りてきた男子たちが直輝と有衣との間に滑り込む。

「お、川名!」

「もう終わったんか?」

「うん」

「お疲れー」

「西(にし)とツナはこれからでしょ?」

「ああ、今から着替えるとこ」

会話を聞いていると、どうやら同級生らしいことが窺えた。

苗字呼び捨てに、あだなっぽい名前で呼んでいることからして、親しげに見える。

なんとなく話しかけるタイミングを逸してしまい、仕方なく階段下で待つことにする。

「つか、もう着替えちゃったんか」

「けっこう頼まれたりとかしてて、写真撮りたかったんだよな」

その声に、直輝はぴくりと反応した。

写真?

しかも、けっこう頼まれた、って誰にだ。

冗談じゃない。

「後でもっかい着てくんねー?」

「うーん、…ムリ、かな」

「なんで」

理由を聞かれた有衣は、照れたようにえへへ、と笑った。

それを見て直輝は、有衣がムリだと言ったその理由が自分なのだと気が付いて、思わず笑顔になる。

自然と足が動き、有衣の隣に回り込んで有衣の手を取った。

有衣も、有衣の同級生たちも、驚いたように直輝を見る。

「誰?」

「あの、か…彼氏」

ひそひそと交わされたやり取りに、直輝は顔が緩むのがわかった。

有衣の口から“彼氏”という言葉で紹介されるのは初めてで、言葉の響きと有衣の照れた顔が嬉しい。

「あ、写真NGの理由って…」

ちらと視線が向けられるのを感じて、直輝は小さく笑った。

「あんまり他に見せたくないんだ。悪いけど、写真は遠慮してもらえるかな」

「あ、はい。すんません」

「そりゃそうっすよね」

あっさりと引き下がってくれたところを見ると、このふたりも彼女持ちらしい。

少し余裕を取り戻してきた直輝の横で、有衣がひとり顔を赤くして脳内パニックを起こしていた。

そんな様子もいとしくて、たとえ彼女持ちの男相手でもこんな有衣を見せたくなくて、直輝は会釈すると有衣を促して歩き出した。

「川名の彼氏、かなり年上っぽいな」

「でもってベタ惚れ」

「つか、川名も彼氏絡むとあーなんだ」

「意外だったな」

そんな会話が途中まで聞こえてきたが、距離が離れるにしたがって声は聞こえなくなった。

直輝は、まだ隣で顔を赤くさせたままぼんやりとしている有衣を覗きこむ。

「…大丈夫?」

「えっ、…あ、あの、大丈夫です。なんか、ちょっとびっくりしちゃって」

「何に?」

「あの、直輝さんが、あんまり大っぴらだから」

確かに、自分の態度は前と比べるとずいぶん変わった、と直輝は思う。

有衣が入院したあの日からだ。

抑え込んでいたものが爆発し、素直に出せるようになったのだろうが、まあ多少出し過ぎているような気もしないでもない。

「ごめんね。やだった?」

「いえ! あ、う…嬉しかった、です」

なんて、かわいい。

なんて、いとしい。

有衣を覗きこんでいた、そのついでとばかりに、直輝は小さなキスを浴びせた。

来たばかりの時に感じていた、ここが学校であるというプレッシャーなど、もう欠片も残っていない。

唇を離してほほ笑みを交わすと、午後も楽しみだな、と思った。


学祭二日目です!

やり過ぎちゃったかな~感も多少ありますが(笑)。

直輝のじぇらしー!&らぶあまで書けたので、楽しかったです。

でもまだ前半が終わったばかり。

次回は、学祭デート後半戦です!

引き続き、らぶあまの予定でございます♪


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