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Home Sweet Home  作者: ミナ
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制服着用の義務が無い二日間が始まる。

私服で歩く学生たちに混じって、有衣は少しだけ浮かれた気分で学校へと向かった。

今日から学園祭が始まるのだ。

一日目は学校内のみだが、二日目は一般公開もされるため毎年大勢の人が訪れる。

昨晩ようやく直輝から行くという約束を―ほとんど無理矢理取り付けたのだが、とにかく直輝も来てくれることになった。

そのことが有衣の浮かれ気分をいっそう浮き立たせている。

教室は既にカフェのようにセッティングが終わっている。

更衣室でナース姿へ着替えを済ませた有衣は、これから始まる非日常への期待でいっぱいだった。


クラスの人員は4分の1ずつ、時間帯によって交替することになっている。

有衣はみどりと同じグループで、最初の2時間の担当だ。

くじ引きによって決まった時間帯だが、直輝が来ることを考えればかなり都合がよかった。

担当の時間が終わった後は、ずっと直輝と一緒に過ごせるのだ。

「有衣3番、みどり5番で指名だよー」

「はーい」

有衣は返事をしながら、またかとみどりと顔を見合わせる。

今サーブを終えて控室に戻ってきたばかりだったというのに、また指名だ。

入口に写真を貼ったコルクボードを置き、客がウェイターを選べることになっているのだが、先ほどから指名がかなり多い。

有衣が指名された3番テーブルへ行くと、譲が座っていた。

「あれっ、譲くん来てくれたの」

「どんなんかな、と思って」

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

マニュアル通り言うが、譲はじっと有衣を見るばかりでなかなか答えない。

「譲くん?」

「いやぁ、なんつーか、チラシとか見た時も思ったけど、実際見たらマジで…すげぇね」

「え、変?」

途端に心配になってきて、有衣はスカートの裾を軽く握りしめる。

何もわかっていない有衣の反応を見て、譲は軽く苦笑いを浮かべた。

「いや、似合ってるけど。指名かなり多いだろ?」

「あ、うん。そうなの。なんでだろうね?」

「…まぁいいや。それで、明日ハルパパは来んの?」

「うん、来てくれるって」

「あんたがこのカッコしてるって、知ってる?」

「ううん。当日まで秘密、って言ってあるの。そのほうが楽しみでしょ?」

「いや、てか…大丈夫なのかよ、それ」

「だって譲くん今似合ってるって言ってくれたし」

そういう問題じゃない、と譲は心の中で呟きながらますます苦笑を深めた。

直輝もかなり鈍いが、それに負けず劣らず有衣も自覚が無くて困る。

譲が心配したのは、似合いすぎているコスプレと、有衣目当てで順番待ちさえしている男たちの多さだ。

実際、譲も有衣を指名したため整理券を渡されたのである。

直輝の独占欲の強さを身を以て感じ取っている譲としては、直輝が心配であり、また有衣の無自覚さを思うと哀れでもあった。

好きな子がこんなカッコをしていたら、男としてはイロンナ意味でツライだろうに、と。


なんとか忙しい2時間をこなすと、今度はみどりと一緒に校内を回る。

だがふたりとも、何度も指名されたためかなり疲れていた。

朝はしゃいでいた気分はかなり落ち着き、なんとなく見ながらぶらぶらと歩く。

「明日は今日より忙しいかもね」

「うーん…ちょっと疲れた」

「有衣はさ、彼が来たら打ち切ってもらえば?」

「でも悪いよそれは」

そう言いながら、“彼”という言葉の響きがなんだか新鮮で嬉しくて、有衣は思わず笑みを浮かべた。

有衣が幸せな気分なのがわかっているのか、最近のみどりは直輝のことを悪く言わない。

何というか、認めてくれたのだと思うと嬉しい。

小さい頃からいつもみどりを頼ってきたし、直輝とのことでも何度も頼っている。

自分もこれで少しは、みどりのお荷物から成長できたのではないかと思い、有衣はほっとした。


いろいろな食品のにおいに、お腹がすいてきた頃。

中庭に続く道沿いのテントでキムチチャーハンを作っている譲に出くわした。

「あ、譲くんたちここでやってたんだ」

「食ってく? つか、むしろ食ってけ」

「いいよ~。うちらのにも来てくれたもんね」

「まいどあり」

何個か作り置きがあったが、譲が作ってくれるというのでそれを待つ。

「今ね、明日の下見してるんだよ。直輝さん来たら回るとこ決めとこうと思って」

「へぇ。…明日はここ来るなよ」

「え、なんでよ」

「なんでって、多分俺には会いたくないと思うんだけど」

そう言われて、有衣は直輝に学校へ送ってもらった日のことを思い出した。

朝一緒に保育園へ行き、そのとき譲と話していたことに、直輝は嫉妬していたのだ。

楽しそうに話しているのが、腹が立つ、と言った。

ついでに車から降りるとき自分からキスをしたことまで思い出してしまい、有衣は頬が熱くなるのを感じた。

「…ちょっと有衣。何思い出してんの」

「え? う、ううん何でもない」

譲とみどりが訝しげに有衣を見たので、有衣は慌てて首を振る。

「でもあの、ハルくんも来るし。ハルくんは多分譲くんのこういう姿見たいと思うんだよね」

「ハル?」

「うん。ハルくん、譲くんのこと尊敬しちゃってるし」

「いや、そこじゃなくて。何、ハルパパはひとりで来るんじゃないの?」

「え、子連れデート?」

譲とみどりが口々に尋ねるのを、有衣は不思議そうに見返しながらあっさりと頷く。

「当たり前じゃん」

「当たり前じゃ、ねぇし」

がっくりしてしまった譲は思わず炒めるのに使っていたへらを取り落とす。

子連れの学祭デートってどうなの、と譲とみどりはふたりで顔を見合わせた。

「俺、預かってやろうか?」

「なんで?」

「なんで、って…学祭デートだし」

「ふたりきりじゃなくて、いいの?」

有衣は、直輝を誘った時には既に晴基もセットだと思っていた。

ふたりにそう言われて、初めて考えてみる。

直輝とふたりきりでデートができるというのは、実のところかなり魅力的な話ではある。

直輝と付き合い始めてからも、外でデートらしきものをしたことはまだほとんどない。

それに、いつも晴基と一緒にいるため、直輝とふたりきりの時間が過ごせるのは、夜部屋で過ごす少しの間だけだ。

だがそれでも、晴基が傍にいるのはもうすでにほとんど当たり前のことになっているため、べつにそれはそれでいいと思っていた。

だから明日も、晴基と一緒でもいっこうにかまわないのだ。

それに、あの日3人で歩いた時のように、親子手繋ぎをまたできるかもしれない。

そう思うと、有衣は自然に笑顔になる。

「全然大丈夫だよ。ハルくんと一緒だと、ハルくん真ん中にして手繋いだりして、楽しいよ」

笑ってきっぱりと言い切る有衣に、譲とみどりは仕方ないと言うように目を合わせて小さな溜息を零した。

晴基を連れてこようとする直輝も直輝だが、何の抵抗も無くそれを受け入れようとする有衣も有衣だ、と思ったのである。

既に“恋人”を超えてしまったような雰囲気さえ感じられるような気がした。

「なんか、もう結婚しちゃったみたいだね」

みどりは思わずそう言ったが、有衣はそれを聞いてもただ嬉しそうに笑っていた。


譲と別れて、道をまっすぐに下っていくと中庭に到着する。

中庭には、都市工学科の3年生が作成した橋がある。

ちょうど学園祭の時期に3年生が作るため、橋の構造はもちろん、色や形状も毎年異なっている。

「うわ、やっぱりカップルすごいね」

「だね」

「明日来るんでしょ?」

「の、つもり」

「アレは子連れでもいいのかね」

「さぁ…」

疑わしそうなみどりの言葉に、有衣は少しだけ苦笑した。

この橋には、橋の真ん中でキスをしたカップルは永遠に幸せになる、というジンクスがある。

みどりがアレと言ったのはこのことだ。

そんなに昔のことではないそうだが、橋の真ん中でキスをしたあるカップルが、そのままめでたく結婚したというのが始まりらしい。

高校生という年代は、とにかくそういうものには肖れるだけ肖りたいものなのだ。

そんなわけで、この橋は学生や卒業生の間で密かにかなりの人気がある。

有衣も明日、もちろん直輝が頷いてくれればの話ではあるが、ここに来るつもりでいた。

確かに、子連れでという話は今までに聞いたことはないが、とにかく直輝と来られればいいのだ。


直輝も、ここではないにしろ、高校へ通っていた頃があったはずだ。

その時代は決して重なり合うことがないが、それでも一緒に学校という特殊なエリアを歩けるだけで嬉しい。

自分の姿を見てから後ろの校舎を振り返り、学校内とはいえ制服ではないから、直輝も少しは気楽だろう、と希望的観測をする。

明日を想像して、有衣はほほ笑んだ。


そんなわけで、学祭一日目でした!

二日目デートの前振りです(笑)。


ちなみに橋は母校での実話です^^

授業の一環と一種の出し物と、両方を兼ねて作っていたとのこと(友人談)。

ジンクスは特にはありませんでしたが、まあ似たような話はちらほら…。

観覧車の一番高いところで…っていうのと似てる感じですかね。


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