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Home Sweet Home  作者: ミナ
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翌朝、副作用も出ず気分も安定していた有衣は退院して良いことになった。

直輝が清香から預かった保険証やら何やらで会計を済ませるのを、有衣は晴基とベンチに座って待っているところだ。

本来病院が開く時間にはまだ達していないが、慧と直輝で特別に早くしてくれるよう取り計らってくれたらしい。

この後は、学校へ行くと言った有衣を心配した直輝が、送ってくれることになっている。

そういうわけで、有衣はまた制服着用でいるのだが、先ほどから通りがかる看護士たちの視線をいちいち感じる。

有衣自身は昨日は具合が悪かったせいもあり、あまりよくわかっていなかったが、実はかなり注目を浴びていたのである。

客観的に見ても、直輝は人から好かれやすいタイプであり、実際病院内でも密かに人気があった。

これまで女性を寄せ付けなかった直輝が―しかもお姫様だっこで連れてきた人物ということで、既に噂も広まっている。

そんなことは露ほども知らない有衣は、控え目ながらも値踏みされているような視線に、かなり居心地の悪い思いをしていた。

直輝絡みで見られているのだろうと予想はついたものの、どうにもできない。

看護士は、どういうわけか綺麗なひとが多いし…と、だんだんネガティブな考えが頭の中に渦巻く。

制服なんて着ないでいたほうが、よかっただろうか。

そんなことを思っていると、自然と視線も下がっていってしまい、膝の上の自分の手だけが見える。

「ゆいちゃん。だいじょうぶ?」

下を向いてしまった有衣を、晴基は心配そうに見上げる。

「大丈夫。ありがとう。心配させちゃって、ごめんね」

「うん」

返事はするものの、晴基はまだ心配そうな顔のままだ。

安心させるように、手を繋いで笑いかけてあげると、ようやく晴基も笑顔を見せた。


出口まで見送ってくれた慧にお礼を言うと、駐車場へ向かって歩き出す。

荷物は直輝が持っており、有衣は右手に晴基の左手を繋いでいる。

本当は、晴基は直輝が抱っこしようとしたのだが、晴基が有衣から離れようとしなかったため、晴基を挟む形になった。

有衣はこの歩き方がなんとなく本当の親子のように感じられて内心嬉しかった。

しかしやはり、制服がアンバランスでいけない。

有衣は、直輝もこんなふうに感じていたのかな、と思いちらりと直輝を見上げた。

有衣の視線に気づいた直輝が柔らかな視線を返し、有衣はそれだけでも再び幸せな気分に浸れるような気がした。


朝の保育園に行くのは、有衣は初めてだ。

門のところには、何人かの先生方がお迎えに出ている。

その中に、譲の姿を見つけた有衣は、昨日のお礼を言おうと手を振った。

譲は手を振る有衣に気づいたが、同時にその横で憮然とした直輝にも気づき、内心苦笑した。

まず最初に園児に挨拶をして引き受ける決まりであるため、譲は晴基と挨拶をして中に入れてから次に直輝に挨拶をする。

「おはようございます」

「…おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」

むっつりと挨拶を返し、棒読みじみたお願いの言葉を言った直輝を、有衣は不思議そうに見る。

ここまで不機嫌さを顕著に出しながら誰かに応対している直輝は見たことがない。

だがその理由がよくわからないまま、有衣はいつも通り譲に接する。

「譲くん、おはよう。昨日はありがとうね」

「おはよ。もう大丈夫?」

「うん。大丈、…」

言いかけた有衣は、途中で言葉を切った。

今まで晴基と繋いでいたその空いている手に、直輝の手がするりと絡められ、驚いたからだ。

心なしか、もう帰ろう、と後ろに引かれている気もする。

直輝の様子を窺いながら有衣と話していた譲もそれに気づき、笑ってしまいそうになりながら有衣を帰らせる。

「じゃ、また学校でな」

「え? あ、うん。後でね」

有衣はよくわからないまま、直輝に連れられて車へ戻る。

そんなふたりの後ろ姿を見ながら、鈍すぎる似た者同士だな、と譲は笑いをかみ殺した。


直輝はしばらく無言で車を走らせた後、広めの道路の路上に駐車した。

有衣が譲に手を振り、笑顔を向けたのを見て、胸の中にもやもやとしたものを感じていた。

昨日マンションの下で譲と会ったことを思い出し、ついでに運動会の日楽しそうに話していた有衣まで思い出し、不機嫌が深まってしまう。

しかも、有衣は直輝が不機嫌になった理由に全く気付いていないというのがもどかしい。

「…武先生と、仲いいよね」

「え?」

自分でも、陳腐な言葉を吐いてしまった、と思った。

一回りも年下の子を好きになって、それよりもさらに年下の男に嫉妬するなんて、情けない。

しかも、その相手にはそれを知られているらしいというのも、なんとなく腹立たしい。

そして案の定意味のわかっていなさそうな有衣の表情に、直輝は小さくため息をつく。

「ごめん、なんでもないんだ」

有衣は、よくわからないまま直輝が言葉を収めようとしたことが不満だった。

昨日直輝が言ったのと同じように、有衣だって直輝に何でも話してほしいと思っているのだ。

「…ずるいです」

「え?」

「私には全部言わせて、自分が言わないのはずるいです」

有衣の言葉で、直輝は自分が昨日有衣に言ったことを思い出した。

確かに、有衣には何でも話してほしいと言ったのだから、自分もそうしなければ不公平であり発展性も限られる。

情けないとか、かっこ悪いとか、いろいろと思うことはあるが仕方がない、とある意味開き直る。

「武先生と話してる君は、楽しそうだな、って思って。……腹が立つ」

有衣は、ぽかんと口を半開きにして直輝を見つめた。

まるで、嫉妬されているように聞こえる。

直輝は大人の男性で、高校生の男の子なんて相手にしない、と有衣は思っていた。

もしかして、直輝は譲が自分と同じ高校生だとは知らないのかもしれない、と思いつく。

「あの、譲くんは、私の1コ下で…」

「知ってるよ。後輩なんだってね」

「え? 知ってたんですか?」

「まあ…成り行きで」

今まで見たことのない、拗ねているような直輝の表情を、有衣はじぃっと見つめる。

有衣の視線をまともに受けた直輝は、思わず赤面しそうになって目を逸らした。

自分は、昔からこんなに独占欲が強く嫉妬深かっただろうか。

30過ぎると男はねちっこくなると聞くし、もしやその影響か、と直輝は居たたまれなくなり窓の外に目をやった。


ふっ、と空気が動いたような気がして有衣のほうへ向きなおると、有衣は口元を押さえていたが目元は笑っているのがわかる。

「どうして、笑うの」

少しだけ、むっとしながら聞くと、有衣はますます笑みを深める。

「…嬉しくて」

「嬉しい?」

「これって、やきもち、なんですよね? だから、嬉しいです。

 直輝さんは大人だから、高校生の男の子なんて気にもしないと思ってたし…」

「するよ。君と歳が近いってだけでも、俺には懸念材料だ。

 それに、彼相手だと、君がいつも俺に話すときとは違う感じで喋ってるから余計にね」

違いがあるとするならばそれは、好きな人相手とただの友達相手との違いだ。

有衣は咄嗟にそう思い、それでもそんな些細と思えることで直輝が心を割いてくれるのが、またさらに嬉しく思う。

白井や慧に言われた通り、直輝に想われているということが、現実として実感できた気がした。

「…また笑ってる。まじめに聞いてる?」

「聞いてます。でもやっぱり嬉しいんです」

直輝は、そんな有衣を見て苦笑を漏らした。

やきもちを妬かれて嬉しい、と笑う有衣もかわいいと思ってしまうのだから、もうどうしようもない。

「まあ、あんまり心配させないでもらえるといいかな…」

「心配なんて、いらないですよ。だって私は、…直輝さんが好きなんです」

照れたように小さめの声で、それでもきっぱりと言い切る有衣に、直輝はいとしくてしょうがないという顔をする。

こんな有衣が相手だからこそ、今まで自分ですら知らなかった自分を次々と発見してしまうのだ。

直輝は通りをちらりと見て人が少ないのを確認すると、助手席のほうへ体を動かしてシートの端に手をつくと、有衣にキスをした。

車が停まってもベルトを締めたままだった有衣は、身動きもできないまま覆いかぶさられているような体勢に、鼓動を速める。

いつもよりも少しだけ性急に口内を探られて、有衣はくったりとシートに全体重を預けることになる。

直輝の服に縋りつくように添えられていた有衣の手が、力を失くしてぱたりと落ちたところで、直輝はようやく唇を解放した。

そして、仕上げのように軽く音を立ててキスを落とすと、元の姿勢に戻ってシートベルトを締め直す。

「じゃ、行こっか」

「う…こ、これじゃ、行けないじゃないですか…」

まだふにゃふにゃになったままの有衣が、ギアに手を伸ばした直輝の手に、抗議するように手をかける。

いつもより、加減せずにキスを仕掛けた自覚のある直輝は、小さく笑った。

「学校までもうちょっとあるから、大丈夫でしょ」

「直輝さんばっかり余裕で、ずるいです…」

まだ続く有衣の抗議は聞こえないふりをして、有衣の手を巻き込んでギアを入れる。

手を繋いでドライブなんてあまりしたこと無かったな、と思いながらも、学校までのしばらくの時間手は離さなかった。


門の前まで行くと言ったが、有衣が一本手前の道でいいと言うので、直輝はそれに従った。

有衣と同じ制服を着た学生がだんだん道に増え、門まで行くのは実は気が引けていたので助かった。

車を停めて、シートベルトを外す有衣を見ていると、急に有衣が直輝の顔を見た。

「あの、直輝さん、譲くんのことで気にしてくれたじゃないですか。

 私も実はちょっと気にしてました。病院にいっぱいきれいな看護士さんたちがいたから」

「ああ、でも俺、彼女たちとあんまり付き合い無いんだよ。病院の外で会ったりとか全然しないし。だから、大丈夫」

きれいな看護士、というところを否定しなかったので、有衣は内心ほんのちょっぴりむっとした。

しかも病院の中なら大丈夫なんて、さきほど感じたあの視線の数々からはとてもそうは思えない。

自分のことは棚に上げ、有衣は直輝の鈍さを嘆いた。

「でも白井さんとか、仲よさそうでした…」

「しろ…、冗談でもそれは無いと思うけど」

直輝は白井の顔を思い出し、げんなりしたように言った。

それでも、さきほどの有衣と直輝の立場を逆にしたような会話に、不思議と笑みが浮かぶ。

「わ、笑わないでください」

「うん。ごめんね。さっきと逆だから、君もこんな気持ちだったんだなって思ってね」

結局のところ年齢の差なのだろうが、有衣は余裕の窺えるように見える直輝を少しだけ複雑な気持ちで見ていた。

少しでも意表を衝いてみたくて、降りる間際、直輝の頬に軽くキスをしてみた。

驚いたように有衣を見た直輝の表情を一瞬だけ見て満足したが、恥ずかしさであとは見られずそのまま歩きだしてしまった。

呆気に取られその後ろ姿を目で追った直輝は、だんだん顔に熱が上るのを感じながら、有衣にさきほど余裕でずるいと言われたことを思い出す。

「どこが、余裕だよ…」

制服を着た有衣に路駐した車の中でキスを迫り、やきもちを妬く妬かないで喜んだりして、全然どこも余裕なんてない。

有衣の唇が触れた部分を指先でなぞりながら、直輝は完ぺきに赤面した顔を俯けてハンドルに突っ伏した。


甘っ…。

今回は、譲のことでやきもち妬いちゃいました!な直輝でした。

人通りが少ないことを確認する辺りまだ常識人&小市民な直輝ですが(笑)。

開き直った直輝は、相変わらず大胆です。

でもそれに対する有衣も、ちょびっとずつ大胆になってきました。

こんな感じで、言いたいこと言い合って、らぶらぶしていかせてあげたいかな~と思ってます^^


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