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Home Sweet Home  作者: ミナ
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有衣がふと目を開けると、照明が落とされ病室は薄暗くなっていた。

直輝の手から伝わる体温にほっとしたせいもあってか、眠ってしまっていたようだ。

起き上がって簡易ベッドに目をやると晴基が眠っていたが、病室を見回しても直輝の姿はない。

点滴を見上げると、残りはあとほんのわずかだった。

終わるまでに三時間程と言われていたから、つまりは三時間近く眠ってしまっていたことになる。

直輝に聞きたいことも話したいこともあったのに、寝てしまうなんて何たる失態、と有衣は溜息をついた。

それにしても、直輝はどこに行ったのだろう。

どこにも行かない、と言っていたのに…と、有衣は急に心細くなってしまう。

病院は、本当は苦手だ。

昔入院したときは、両親の帰った後、カーテンで仕切られた薄暗い場所でひとり眠るのが怖かった。

そしてその次の記憶は、有衣の父が亡くなった時のものだ。

あのときは何が起きているのかもわからないまま、忙しなく行き交う医師や看護師を眺めていることしかできなかった。

それに、……あぁ、もうこれ以上思い出したくない。

気温は決して低くないベッドの上で、有衣はぶるりと体を震わせた。


直輝は、アルコール綿などの載っているワゴンを取りに行っていた。

眠っている有衣をひとりにするのは心苦しかったが、もうすぐ点滴も終わるため仕方がない。

ナースステーションはこの病室からすぐの場所にある。

すぐだから取ってきてしまおう、と行ったのだが、帰ってドアを開けた途端直輝は後悔した。

有衣は目を覚ましてベッドの上に起き上がっている。

ドアの音に気づいて直輝に向けた目は、濡れて廊下の電気の光を反射してきらきらと光っていた。

病院に来てからも有衣が普通にしていたためすっかり失念していたが、有衣の父親は、病院で亡くなったのだろうか。

親を病院で亡くした子どもは、病院や白衣を嫌いになったり恐れたりすることが少なくない。

直輝は、先ほど有衣に袖口を掴まれたことを思い出した。

ひとりでここにいると気づいて、きっと心細かったに違いない。

「ひとりにして、ごめんね」

直輝は、有衣を包み込むようにそっと抱きしめた。

有衣の両腕が遠慮がちに直輝の背中に回され、やがてまるでしがみ付くようにぎゅっと力が込められる。

有衣は声もたてずに静かにぽろぽろと涙をこぼし、直輝はあやすように背中を撫で続けた。


突然鳴った機械音に、有衣も直輝もびくりと体を震わせる。

点滴の終了を告げるアラームだった。

有衣は急に泣いていたことが恥ずかしく思えて、ぱっと直輝から体を離した。

直輝はアラームを止め、持ってきていたワゴンを引き寄せると、有衣から点滴を外して片づける。

てきぱきと作業する直輝を見ながら、有衣は急いで手で涙の跡を拭う。

全てを片づけてベッドの脇へ戻った直輝に、有衣は小さく謝る。

「ごめんなさい。子どもみたいに、泣いちゃって…」

先ほどの子どもに返ったように泣いていた顔は既に消え、いつもの有衣の顔に戻っていた。

こんな調子で、有衣はいつも何かを我慢してきたのかもしれない、と直輝は思う。

そして、おそらく自分も、我慢を強いてきたのだと反省する。

「有衣ちゃん、ほんとは病院嫌いだろう」

「…少し」

遠慮がちに答える有衣に、直輝は苦笑をこぼす。

いつも明るく、その陰で我慢強く、けれど本当は寂しがりな有衣が、かわいそうでもあり、いとしくもある。

「君はいつも、何かを我慢してる気がする。我慢強いのはいいことだけど、我慢のしすぎはよくないね。

 本当は、俺にも言いたいことたくさんあるでしょう。俺が、我慢させてきちゃったんだろうな、って思うけど…。

 でもやっぱり、ちゃんと、言いたいこと言って、何でも話してくれると、俺は嬉しいよ」

有衣の手を握り、有衣の目を覗きこむように見る。

最初緩く首を振った有衣は、じっと見つめられて困ったように俯き加減になる。

上目づかいになったその目に、促すように視線を送ると、有衣はやがて口を開いた。

「…どこにも、行かないって、言ったのに」

先ほどのことだ。

目が覚めたら、いなくなっていたことを、小さく責められる。

「うん。ごめん…。それから?」

「お昼休み、メールくれないし」

確かに、最近はほとんどやり取りをしなかった。

何でも話してほしいと言いながら、直輝も実は内心の葛藤についてだんまりを続けていたのだ。

忙しかったわけではないことを、有衣は気づいていた、と知りぎくりとした。

「制服着てると、一緒にいたくなさそうにする」

この言葉に、直輝は一層ぎくりとした。

思わず有衣を凝視してしまい、有衣が言い辛そうに小さな声で付け加える。

「早く帰る、って言ったら、ほっとした顔してました」

一度早く帰ると言い出した日があったことを、直輝は思い出した。

あれは、直輝の反応を見るために、わざと言ったことだったのか、と初めて知る。

一緒にいたくない、と思っていたわけではないが、ほっとした気分になったのは間違いなかったため、身につまされる。

「…ごめんね。俺は、君が高校生だって知らなくて、驚いて、どうしていいかわからなくなってたんだ」

「それだけ、ですか?」

「どういう意味?」

「私が、亡くなった奥さんと同じ名前だから。一緒にいようと思ってたのに。

 私が高校生で、まだ子どもだから。それだと全然釣り合わないから、だから距離置こうって思ったんじゃないんですか」

最初、有衣が何を言っているのか、直輝にはその意味すらわからなかった。

そんなことは考えたこともなかったからだ。

慧に、有衣が唯の身代わりだと勘違いしていると言われたことを思い出して、ようやくその意味を悟る。

「そんなこと、考えてたの」

「最初に会った時、名前聞いて驚いてましたよね。

 それに、好きだって言ってくれた時も、奥さんに代るものになってほしかった、って」

根深い有衣の疑いに、直輝は唖然とした。

つまり、有衣は直輝の愛情の根本からして疑っているということだ。

勘違いを引き起こすような言い方と、最近の態度に問題がありすぎた、と認めて直輝は内心かなり凹んだ。

「名前を聞いた時は、確かに驚いたよ。でも良く考えればそこまで珍しい名前でもないから、ありえることだと思った。

 だけど、それで君を唯の代りにしようと思ったことは一度もないよ。というか、今君が言うまで考えもしなかった。

 唯は君とは全然似てない人だったし、君の代りがいないように、唯の代りもいないと思ってる。

 だから、代るものになってほしかったと言ったのは、人格とかじゃなくて、ポジション的なことのつもりで。

 それにだいたい、君が気になっていたのは名前を知る前からだったんだ」

言ってから、直輝ははっと口を噤んだ。

弁解する気持ちが強く出たせいか、言わなくてもいいことまで言ってしまった。

有衣の視線を感じて、直輝は自分の顔に熱が集まるのを感じた。

「名前を知る前、って…?」

「いや、その」

「いつですか?」

「…なんか、楽しそうだね」

つい先ほどまでの有衣は落ち込んでいたように見えたのに、今は期待が目に浮かんでいる。

直輝は、結局先に惚れたほうが負けだ、と苦笑した。

まあいい、これで有衣の気持ちが解れて、自分の気持ちがちゃんと伝われば、と直輝は口を開く。

「最初に会った日、緊張してた君が、ハルにつられて笑顔になったとき。

 あまりの変わりように驚いたし、その笑顔が眩しいなって思った。そんな風に、異性に惹き付けられたのは、久しぶりだった」

「唯さんの、亡くなった後、初めてでした?」

有衣の口から、唯の名前が出たのは初めてだった。

身代わりで無いと分かり、有衣も唯も一個の人間として見られるようになったらしい。

少しだけ緊張したように唯の名前を口にし、言葉を慎重に選ぶ有衣がいとしい。

「そうだね。だから正直、自分でも混乱したし。君を傷つけるようなこともしてしまって、後悔してるよ」

「あ、あれは…もういいんです。私も、勝手なことしたって反省してますし」

「うん。それで、つまりはね。俺は君を唯の身代わりだと思ったことは、無いってことだよ」

「わかりました。変なこと聞いて、ごめんなさい」

潔く謝った割に、有衣の顔は、まだ聞きたいことがあると語っている。

何でも話してほしいと言った手前、直輝も何でも聞かなければ、と思っていた。

「言いたいこと、他にもありそうだね」

「…制服、着てると、まだ気になりますか?」

「はは…」

思わず渇いた笑いが漏れてしまった。

正直なところ、我に返れば気にならないわけではないのだが、それでも離せないのだから気にしてはいられない。

「もうわざわざ着替えを持って来なくても、いいよ」

とりあえず今のところ、これが直輝の精いっぱいの答えだった。


有衣は、直輝の気持ちが初めて心まで伝わってきた気がして、嬉しかった。

多分、年齢のことは、まだ完全に払拭してはいないというのはわかる。

それでも、どうしてもあともうひとつだけ、言いたかった。

握ってくれている手をぎゅっと握りしめて自分を奮い起こすと、おずおずと言葉を出す。

「…キス、したいです」

小さな声に、直輝の手がぴくりと反応する。

その途端、とんでもないことを言ってしまったような気がして、有衣は顔を真っ赤にして俯けた。

直輝が椅子から立ち上がる気配に、そろりと顔を上げると、直輝の顔が近い。

繋いでいないほうの直輝の手が、ベッドの横の柵を掴み、まず最初に額にキスが落ちる。

また額なんだ、と有衣はかなりがっかりしてしまったのだが、直輝はそれをわかっていたように小さく笑った。

「ずっとしなかったから、不安だった?」

「…はぃ」

「ごめんね」

瞼に、頬に、鼻に、顔中にキスが落とされる。

くすぐったくて、恥ずかしくて、有衣が思わず笑いを零した時に、唇の端にキス。

「…もっと、ちゃんと」

抗議するような、でもちゃんと強請る言葉と目線に、直輝はあっさりと白旗を上げた。

久々に触れ合う唇は、わだかまりを融かすには十分な甘さだった。


仲直り終了です!!

あ~…長かったです。

ようやく、ふたりの間の問題が解決。

これで、ふたりの仲は安泰ですね♪

この後待ってるのは、らぶい生活! 明るい未来!(笑)

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