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八話

 日曜日。小春は朝食を作りながらため息をついた。今日は一日中、雅臣が家にいる。彼の気を損ねないよう努めなければ、と考えると憂鬱だ。

 朝食を食べて、洗濯物を干していると、

「おい」

 背後から雅臣の声が聞こえた。

「はい」

 小春は振り返る。縁側に立つ雅臣は、上等な着物に着替えている。

「出かけるから十時までに支度を済ませろ」

「承知しました」

 小春が言うと、雅臣は足音を立てながら去って行った。小春は急いで洗濯物を干し、自室に入った。

 十時まであと二十分しかない。きちんと化粧をする時間はなさそうだ。小春は外出用の着物に着替え、ひっつめ髪を団子にし、最低限身なりを整えて雅臣の元に向かった。

「お待たせいたしました」

 居間で本を読んでいた雅臣に声をかける。雅臣は本をちゃぶ台の下に置くと立ち上がり、部屋から出た。小春は彼の後ろをついて行く。

 家屋を出て、敷地からも出る。敷地を囲う塀の側に自動車が停まっていた。雅臣は自動車に向かって歩いて行く。

 雅臣は自動車の戸を開けると、それに乗り込んだ。小春も雅臣のあとに続いた。小春は、自動車に乗るのは初めてだ。乗り心地はどんなものかドキドキする。

「では、出発いたします」

「お願いします」

 エンジン音と共に、自動車は発進した。

 自動車が動き出すと雅臣は腕を組み、大股を広げて窓の外に顔を向けた。ただでさえ狭い車内を彼が占領する。小春は身を縮こまらせて我慢する。「狭いです」なんてとても言い出せない。

 小春は車窓に視線をやった。祝言のときに乗った馬車よりも速く景色が流れていく。これなら、すぐ町を一周できそうだ。

 自動車は町を出た。どこか別の町に行くようだ。

 それからいくつか町を越え、都市に入った。小春は都市に来たことがない。背の高い洋風の建物に路面電車。目に映る全てのものが新鮮だ。それと同時に、街行く人々も目に入る。都市の力だろうか。彼らが洒落て見える。最低限の身なりしか整えていない自分が場違いのように思えて、恥ずかしくなった。

 動いていた景色とエンジン音が止まった。

「到着いたしました」

「ありがとうございました。帰りもよろしくお願いします」

 雅臣は運転手に丁寧に礼を言い、自動車から降りた。小春も自動車から降り、雅臣を追う。

 彼の背中について行き入った店は、婦人向けの洋服屋だった。店内は、色とりどりの洋服が美しく陳列されている。

 小春はずらりと並ぶワンピースに目を輝かせた。雑誌でワンピースを見て、いつか着てみたい、と憧れを持っていた。

 もしかして、選ばせてくれるのかな。首元に襟がついていてプリーツが入ったものは素敵だし、水玉模様もかわいい。小春が期待に胸を膨らませていると、雅臣は店員に声をかけた。

「この店で一番上等なワンピースを」

「少々お待ちください」

 店員がワンピースの山を探る。

「こちらになります」

 店員が持ってきたのは、黒地に複数羽の鶴が描かれたものだった。派手なそれは、花嫁着物のようだった。小春の好みではない。ただでくれると言ってもいらない。だが、雅臣は気に入ったようだ。

「これを包んでください」

 と、即決だった。

「かしこまりました」

 店員は嬉々として、勘定場に鶴柄のワンピースを持っていく。小春も雅臣と一緒に勘定場に行った。

 鶴柄のワンピースが、包装紙に包まれていく。

「お待たせいたしました」

 店員は包んだ物を小春に渡した。

「ありがとうございます……」

 小春は礼を言いながら、雅臣を一瞥した。雅臣は支払いをしていて、小春の視線には気がつかなかった。

 支払いも終わり、退店するために勘定場に背を向ける。

 店内を見ると、夫婦らしき男女が楽しそうに洋服を選んでいた。

「これがかわいいわ」

 女性は、小春が気になった水玉模様のワンピースを体に当てていた。

「気に入ったなら、それにしようか」

 と、男性は女性からワンピースを受け取った。二人は肩を並べて、勘定場に歩いて行った。

 小春は女性の笑顔が眩しく見えて仕方がなかった。彼も優しそうで羨ましい。唇を巻き込み、ワンピースをぎゅっと抱く。包装紙がカサッと音を立てた。

 洋服屋を退店後、二人はレストランで昼食を摂った。その後は街をぶらつき、早目の夕食を食べて家路についた。

 帰宅し、居間に入る直前、

「さっき買ってやったワンピースを着て見せろ」

 雅臣が言った。

「は、はい」

 小春は居間ではなく自室に入った。包装紙を開け、畳まれているワンピースを広げ、まじまじと見つめる。初めてのワンピースが、全く好みではない鶴柄のものになるなんて思いもしなかった。

 袖を通し、姿見で自分を見た。ワンピースの形はいい。一回転してみると、スカートがふわりと膨らんだ。

 小春は嘆息を漏らした。これが、襟付のプリーツが入ったものか、女性が買ってもらっていた水玉模様のならよかったのに。

 居間に戻った小春は、

「どうですか?」

 と、雅臣の正面に立った。

 雅臣は美術品を品定めするような目で、小春を見る。反応は芳しくない。似合っていない、ということだろう。お世辞でもいいから、何か言ってほしかった。

「気に入りました。大切に着ます……」

 気乗りしないが、雅臣が家にいる日曜日は絶対に着ることを決めた。

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