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推しが居る

推しが居る。ファインダーの中に彼らを捉え、シャッターを切る。毎日の日常の中に溶け込む推し。その姿を、陰から見ているだけで良かった。



学校の写真部の部室で今日の撮影分を確認する。大山珊瑚おおやまさんごは、自分の高校の学生たちを被写体に、毎日の生活を切り取って写真に仕立て上げている。今日も収穫は大量だ。


「こういう何でもなさそうな写真、うちらみたいな学生はあんま見ないと思うよ。やっぱ、ぱっと目を引く対象がないと。それ言うと前回展示した、あの試合の写真はみんな見てたと思うわ」


珊瑚の背後からパソコンを覗き見た写真部の部長、高山がそう言った。


「ふへ。誰が見るとかは関係ないんです。これは私の大切なコレクションなので」


「珊瑚は真性のオタクだよね~。私だったら自分の身の回りに推しを作ろうなんて思わないよ。普通だったら恋愛じゃん?」


高山の言葉に珊瑚はきっぱりと首を振った。


「恋愛なんて、そんな恐れ多い。あの輝いてる空間と私が居る空間は別次元なんです」


そう。地味でブスでいいとこなんかない珊瑚は、推したちの居るきらきらした空間と同じ空間になんて居られない。だから遠くから眺めて、崇め奉っているのだ。


「常に遠くから推しを見ていたので、視力だって1.0のままです」


「伊達メガネ、止めれば良いのにって思うわ」


あきれ顔でため息を吐く高山ににこっと笑って返す。


「推しと同じ高校に存在するなら、せめてガラス一枚でも隔てないと」


「良く分からないわ、その理論」


じゃあ、最後鍵かけて帰ってね~。


そう言って高山は部室を出て行った。珊瑚はその後ろ姿もパシャっと切り取った。



大山珊瑚。授業中でもカメラを机の上に置いて片時も離さない、変人だ。今日も今日とて教室の窓から部活中の生徒たちを撮っている。ランニングする陸上部、コートでボールを打ち合うテニス部、そしてピッチを縦横無尽に走るサッカー部。


特にサッカー部の活動は精力的に撮っている。サッカー部部員の岸田雄平と山内隆太は珊瑚の崇拝対象だ。小学生の頃に同じサッカークラブに所属していたという二人は、最高のコンビネーションで相手ゴールを割る攻撃の要で、同じ部員も認めるその生真面目さで珊瑚の通うこの高校でもレギュラーを勝ち取っていた。今もグラウンドで活躍する彼らの姿を応援している生徒の熱量に負けないほどの熱心さで、練習に取り組んでいる。


煌めく汗、タオルをやり取りする親密さ、そして二人の顔面偏差値とその関係性。何をとっても珊瑚の推しは素晴らしかった。


(は~~~~、今日も尊いっ!! 神がこんなに若くして運命の二人を引き合わせたもうたのだもの、二人の居る空間が輝くのは当たり前だわ!!)


きらきらと舞い散る汗のしずくも美しい。今、この高校で一番注目されているサッカー部のエース二人ということもあって、岸田と山内は生徒たちの注目の的だった。彼らを巡る女子の争いはそれはそれは過熱しており、彼女たち親衛隊の間では岸田派、山内派でバッサリ二分されている。でも珊瑚は彼らに近づくこともなく、違う空間で彼らを愛でているだけなので、温情を与えてもらっている状況だ。


今もピッチの周りには彼らを慕う女子生徒たちが群がっており、そう言う人たちと珊瑚は一線を画していた。珊瑚は好きなだけグラウンドに居る全ての生徒をファインダーに映しながら、その空間を切り取る。また、珊瑚の宝物が増えた。



日も暮れて、そろそろ撮影は終了だ。珊瑚は一人部室へ向かい、今日の収穫をパソコンで確認した。


(……うん、今日もいい写真だ)


生徒たちがそれぞれの方向を向いていて、でも其処に一体感がある。その中にちらりと岸田と山内が映っていて、それだけで満足できる。珊瑚は上機嫌でパソコンの電源を落とし、部室を出ようとした。その時。


ドン! と廊下を走って来た人と扉がぶつかり、痛っ! という声とともに、その人が扉の後ろで倒れたのが分かった。


「わっ、すみません! 怪我は……」


ないですか。そう言おうとした珊瑚は凍り付いた。其処に居たのは、岸田だったのだ。



「いつも校舎の窓からグラウンドの写真を撮ってるなと思って」


珊瑚の目の前で輝く笑みを見せている岸田が尊みに溢れていて目が合わせられない。そっと視線を逸らして、そうですか? とシラを切ると、グラウンドから見えるんだ、と岸田は朗らかに笑った。


「遠目に私だと断定できるんですか?」


「なんで敬語?」


「無理です、初めてですから」


こんな至近距離で推しと会うことになるなんて、思いもしなかった。あの時怪我を気にせず、帰ってしまえばよかった。そう思っている珊瑚に、岸田は微笑んだまま、何時もグラウンドを撮ってるの? と聞いた。


「イイエ、時々デス」


外人風発音になった珊瑚を、岸田は尚も解放しない。


「君、岸田派とか山内派とかで荒れてなくて良いよね。名前はなんていうの?」


これ以上岸田のきらきらパワーを浴びていたら、尊死してしまう! そう思っていた時に、助け船が来た。


「おい、雄平。こんなとこで何してんだよ。帰るぞ、オラ」


「あっ、山内。ちょっとこの子と話してて」


山内は不機嫌そうに岸田の腕を掴んだ。そして珊瑚を睨みつけて、こう言った。


「お前がどっち派でも良いけど、練習の邪魔だけはすんなよ」


(あーーーーー、その鋭い眼差しで岸田くんを連れていく姿、尊みの極地―――――――!!)


珊瑚は山内の言葉にそう内心叫んで、二人を見送った。推し手帳に書く項目が増えた、と珊瑚は思った。



「そうか、山内くんは人懐こいのね。だから去年のバレンタインのチョコも袋二つも持ってたんだ。そこへ行くと山内くんは硬派で近寄りがたいから、直接受け取るチョコは少なかったんだわ」


珊瑚は参加しなかった去年のバレンタインのことを思い出しながら、珊瑚はそう呟いて推し手帳にメモを残していく。遠くから写真を撮っているだけでは分からなかった情報だ。


しかし、今日は心臓に悪い日だった。あの御尊顔を間近で見た動悸はまだ収まらない。


「グラウンドの周りにいる人たちはどんだけ心臓に毛が生えてるだろうなあ」


そもそも彼らと恋愛なんて考えたことない。推しは何時でも別の次元にいて、手の届かない存在なのだ。そう、この平面しゃしんに映った彼らと珊瑚が手を触れあうことがないように。


「どっち派なんて、なるわけないじゃない。岸田くんと山内くんには、永遠に奇跡の二人なんだから」


珊瑚は一人、息巻いた。兎に角二人の邪魔をせず、こっそりひっそり。教室から撮るのがばれてしまったから、今度は屋上から撮ってみよう。望遠レンズを駆使すれば何とかなる。珊瑚は鞄にレンズと双眼鏡を準備した。



翌朝、珊瑚は女の子たちに囲まれた。みんな、目が血走っている。どうしたんだろうと思っていると、珊瑚の正面に居た子が口を開いた。


「あんた、岸田くんと喋ったんだってね?」


しゃ、喋ったって言うか、質問されただけだ。


「岸田くんを独り占めなんて、ルール違反よ」


る、ルール!? その存在を知らない上に、そもそも珊瑚は被害者だ。


「わ、私だって喋りたくて喋ったんじゃないです! 尊すぎて目が潰れそうになるのに、目の前からどいてくれなかったし、……ホント、困ります……」


ルールがあるなら、そっちでちゃんとしておいて欲しい。珊瑚はあれ以上彼らに近寄る気はない。


「? 何言ってんのか分かんないけど、今度ルール違反したら、ただじゃ置かないからね」


「ただではおかないというのは……?」


珊瑚の言葉に正面の女子はちろりと珊瑚の持ち物を見た。


「次にやったら、そのカメラのデータ、全部こっちに貰うから」


えーーーーーーー!! これは珊瑚の推し活に欠かせない、重要な写真なのに……。


でも、ルールを破るつもりはない。珊瑚はこくんと頷いた。



そんなある日。珊瑚は今日も朝からサッカー部の朝練の様子もカメラに収めていた。勿論今朝も早くから親衛隊の一部はグラウンドに居て、みんな声援を送ってる。全くもって、あんなに近くで推しを見る気のない珊瑚には分からない感覚だ。


珊瑚は屋上からグラウンドを眺めた。こんなに遠くても、岸田と山内は輝いていた。動きが他の部員と違う。隙のない動きで無駄がない。珊瑚はグラウンドを見すぎて、グラウンドから発光してるかのような錯覚に陥った。


「はー、こんなに離れてても岸田くんと山内くんは尊いわ……。アイコンタクトが多いな、今日は……」


双眼鏡で二人を確認しながらそう思う。そして朝練が終わってコーチを中心に集合した時に、珊瑚は望遠レンズを取り付けたカメラを取り出した。


当たり前のように隣同士でコーチの話を聞いている二人。何も言わずとも今日の練習の良しあしを分かち合っているかのような雰囲気。この、『言わなくても分かってる』という空気が尊いのだ。余人には醸し出せない空気だ。その空気ごとカメラに収める。カシャカシャと響く乾いたシャッターの音が、心地よかった。


(今日も推しは尊いわ……)


良い一日の始まりだった。ところが。



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