第八話 知らない君
私は今、貴大君と第1試合の綱引きに向かっている。
優勝したいわけでもないし、この暑苦しい会場は正直好きじゃない。
「初戦から優勝候補のクラスかよ、身体のデカさ違うだろ」
「あれは勝てなさそうね…」
あまりにも感情のない言葉で、本音が出てしまった。
でも目の前の貴大君はワクワクしてるような顔で
「ここで勝ったらかっこいいだろ。強いチームが勝つんじゃない!勝ったチームが強いんだ」
私はつい笑ってしまった。私にもふざけた態度を見せて、貴大君の心の扉が開いたような感覚に嬉しかった。
それでも勝負は一瞬。
私は力を入れたのもわからなかった。
「珠凛ちゃん力入れてた?」
「笑って力が入らなかったー、誰かのせいだけどー」
学校で笑いながら男子と話すなんていつぶりだろうか。一瞬の会話でも、この時間が有意義だと心臓の鼓動が教えてくれている。
不思議な感覚から背けるように振り向くと次の試合の準備が始まろうとしている。そこには私に手を振ってくる、目がクリクリの可愛らしい女の子がいた。
「頑張ってね」
貴大君の声かけに、私以外にも気楽に話せる女子がいるのかと少し困惑した。
親離れを悲しむ親の気持ち?そんな感じだろう。
「誰あの可愛い子ー?何繋がりー?」
「バスケ部の子。ちょっと色々あって」
「色々って気になるんだけどー」
あくまで家族として貴大君のことが気になる。たぶん。少しモヤっとした気持ちで綱引きを見ていた。
いつもより薄暗いリビング。私たちは2人でテレビを見ていた。
「全滅だったねー!」
「あれはクラス替えに問題あるよ。俺たちのクラスにパワー系1人もいないじゃん」
「あ、ここで可愛い子が出てくるってことは、邪魔するタイプだよね!」
ドラマの女性とあの女の子を重ねてしまい、それでつい学校の話を遮ってしまった。
「詳しくね?珠凛ちゃんってこういうの好きなの?」
「あーー、好きかな?変かな?」
「全然!俺も好きだよ!中学の友達から少女漫画借りて読んだりしたしね」
「まじーーー?君に届けたいとか、花ざかりの私たちとか読んだー?」
音楽の趣味から漫画とかも一緒で、我を忘れて恋愛漫画のウンチクを語り続けてしまった。
それでも笑いながら聞いてくる貴大君との時間は、ほんわかと暖かかった。
「今日も晴れのち曇りでしょう」
「私は体育館だから、天気は関係ないか。あと2日頑張ろ」
テレビに映る女性に話しかけながら、玉子焼きを焼いている私。
「たかぴー全然起きてこないじゃん」
少し心配になった私は、玉子焼きをお弁当に入れる途中に貴大君の部屋に向かった。
コンコン
静まった部屋。私は音を立てずにドアノブを回して、恐る恐る覗いてみる。わずか3cmの隙間からベッドの上が盛り上がっているのはわかる。
「寝てるじゃん、たかぴー!起きないと遅刻するよー」
私の声に無反応…意を決して私はベッドに近づくと、顔をちょこんと出して小さく丸まった貴大君がいた。
「たかぴー!朝だよ、寝坊するよー」
肩を優しく揺さぶると、貴大君はヤドカリのように布団に消えてしまった。
「大丈夫!ありがとう!」
「ウチ、そろそろ行くからねー!」
こういう時は寝坊する、よくある展開だと思ってるけど、しつこいのもよくないかと私は、部屋を後にした。
お弁当を鞄に入れて玄関に向かうが、貴大君の部屋から音一つ感じない。
「まぁいっか」
貴大が遅刻したことを想像すると胸が痛むが私は学校に向かうことにした。
「貴大、来てないじゃん」
「あいついないとやばいでしょ」
フットサルに出る人たちがざわついているのを横目に、乙葉の席で私は髪を縛っていた。
基本、男子は私に話しかけてこないから、貴大君のこと聞かれないから楽である。
「あれ?藤崎君って休みなの?」
「一応、朝起こしたけどね」
「珠が毎朝起こしてるのー?めっちゃ夫婦みたいじゃ〜ん!やば〜」
「違うからー!今日だけだから!ってか、声大きいって!」
貴大君が起きている安心感とみんなの勘違いで、教室がざわついた。
それにしても本当に遅いなー。
結局、フットサルの第1試合が始まっても貴大君は現れなかった。
「萩谷なにやっての〜?これ負けるパターンじゃな〜い?」
「マジでやばくな〜い」
乙葉と美華が話している中、私は校門の方が気になって、チラチラと見ていた。
「おいおい、また点取られてるじゃん」
「また萩谷のミスじゃん」
気づけば2点差もつけられて、貴大君のプレー見れずに終わるのかと残念な気持ちになった時に、1人の男子が学校に入ってきた。
「あ、たかぴー」
私は気づけば、貴大君の方に向かって走っていた。
「せっかく起こしたのにーー、大丈夫って言ってたじゃん!」
「やっぱり俺のこと起こした?」
来た嬉しさを隠すように、私は貴大君に厳しく言ってしまう。
「そんなこといいからー!もう2点も取られちゃって、やばいよー」
もう無理だろうなって思っている私。そんな私に貴大君は笑いながら、
「まぁ見ててよ、みんなを驚かせに行ってくるから!……」
綱引きの時と同じカッコつけた言葉。でも今回は何かが違う。ジャージを脱いだ背中は、自信が溢れていた。
「あの人、去年すごかった人だよね?」
「藤崎じゃん!これはわからないぞ」
貴大君が現れた瞬間、グラウンドの活気が一段、二段も上がったのが、鳥肌になって感じる。
初めて貴大君のプレーを見た私は、目を奪われていた。たぶんこの会場にいるみんなも。
「藤崎君すごくない?めっちゃカッコいいんだけど〜!惚れたわ〜」
「美華も惚れたかも〜、やばすぎ〜」
貴大君のプレーと会場の雰囲気が、カッコいいフィルターをかけて、貴大君を輝かせていた。
そんなことを思っているくせに、前半が終わって1番最初に話しかけているのは私である。
「すごいじゃーん!たかぴーマジでカッコよかったよ」
「でしょ?このリストバンドパワーだよ!」
「ウケる!後半も頑張ってね!」
貴大君がつけている赤いリストバンド。ジャージに隠れて、私もつけている。ちょっとした優越感に嬉しくなった。
「そろそろ私たちも試合だよー」
「上本さん!頑張ろうね!」
バスケに出るクラスメイトが呼び出しに、体育館に向かう。
「あの銀髪の子、めっちゃ上手いじゃん」
「ギャルチーム強すぎ!」
体育館では床とシューズの擦れる音と、歓声が響いている。その中心にいるのは派手な髪で目立っているのか、プレーで目立っているのか私がいる。
「珠、めっちゃ気合い入ってんじゃ〜ん」
「今日は調子良いみたいー」
貴大君のかっこいい姿を見た影響は多少だけど関係していると思う。
タイミング的にフットサルの人たちは応援には間に合わないのはわかっている。
それでも試合中の数秒の空白でスタンドに目を向けてしまう。
ラストワンプレー
3ポイントシュートを放ってボールはゆっくりと放物線を描いている。
「あ、たかぴーだ」
バサッ
ネットが揺れるゴール裏に貴大君を見つけた。
「見ててくれたんだ」
私の言葉は歓声で誰も聞いてない。
歓声が止まないまま、私たちはスタンドに向かう。
私の鼓動も治らずにいた。
「めっちゃ揺れてるな!貴大って何カップが好きなんだ?俺はD以上だけどな」
「んー…まぁそこまで気にしてないけど、あればいいかもね」
こいつら変な話をしている。まぁ高校生の男子ってそんなもんだろうとは思っていたけど。気にせず貴大君の横に腰掛けた。
「ちゃんと応援してくれたー?ウチめちゃくちゃ活躍したんだけど」
「お、あぁ、最後のシュートカッコよかったよ。途中の切り替えも良かったし」
意外にちゃんと見ていてくれていた。私は熱くなった頬をタオルで自然と隠しながら、目線をコートに向けた。
「あの子、可愛いよねー!」
貴大君が好きなのか確認するように、口から勝手に出てしまった。
「たかぴーが好きそうなタイプだよねー。なんかそんな気がするー」
「まぁ嫌いではないよね。運動している子は好きではあるし」
なぜそんなことを言っているのか、私もわからない。
やっぱりあの子が好きなのかと思わせる返答に、私の胸を締め付ける。
「運動出来る女の子ってかっこいいし、可愛いもんね」
「それなら珠凛ちゃんもそうじゃん!さっきの試合も活躍してたし」
「えっ、ありがとう」
自分を納得させるように答えた私に、貴大君の言葉は意外だった。「えっ」って、なんで動揺してるの私。
「貴大!そろそろ俺たち試合だから行くぞ!」
貴大君の顔を見れなくなった時に、萩谷に助けられた。
「たかぴーも萩谷も頑張ってねー」
途中から後ろにいた美華が
「なんか珠、焦ってなかった〜?」
「そうなことないよー」
「少し顔が赤いし〜」
体育館が暑いだけ。
そう思わないと、落ち着けなかった。
ハオリンピック最終日の朝。いつもの3人で昨日の振り返りをしていた。
「今日決勝はやばいね〜」
「昨日の乙葉のゴールなかったら、今日ないからね」
「負けたと思ったら、あんなところがテキトーに投げて入っちゃうんだも〜ん。乙葉マジで神〜!」
なんだかんだドラマがあって、私たちのバスケは決勝まで行けた。
「決勝って何組〜?」
「4組らしいよ〜。あ、あの女バスの子がいるクラスね〜」
「ウチらには珠がいるから大丈夫でしょ〜?」
「それな〜。負けそうなったら、乙葉もいるし〜」
乙葉と美華の会話を聞きながら、今日だけは色んな意味で勝ちたいと、緊張感に包まれていた。
体育館に着くと、スタンドからの声援で押しつぶされそうになる。
想像以上の緊張の中、目の前に現れたのは貴大君だった。何を言っているかわからないけど、雰囲気で応援だろうと思う。
「なにーー?聞こえなーーい!」
私の言葉を聞いて、貴大君の顔が迫ってくる。
なになに?近いって。と、いきなり耳元で
「頑張ってーーーーーー」
鼓膜が破れるんじゃないかと、条件反射で私は貴大君を突き飛ばしてしまった。
「付けてくれたんだ。めっちゃ似合ってるじゃん」
一瞬、この歓声の中でも貴大君の声だけがクリアに聞こえて、すぐに歓声に包まれた。
「2年の女子バスケ決勝を始めます!」
私はリストバンドを強く握りしめて、コートに向かった。
整列で目の前にいるのは、胸に前川と入っている女バスの子。
「とりあえず怪我しないように、前の人と握手」
私は無意識にいつもよりも強く握っていた。
試合が始まるとすぐに私は、挨拶代わりの3ポイントシュートを決めた。
「ひゅ〜!めっちゃ上手いね!じゃあ私も!」
彼女がすかさず3ポイントシュートを決めてすぐに同点。
この10秒ぐらいのやり取りに体育館のボルテージがMAXに達した。
「バスケ部入ればいいのに!」
「はぁ、はぁ、部活大変そう、だし」
試合を楽しんでいる彼女とそれに必死に食らいついて私。
点差は離れていないけど、私だけが、その差を痛いほど感じていた。
「はぁ、はぁ、きっつ」
前半が終わっても鳴り止まない鼓動と、喉から血の味がする。
「珠、凄すぎ〜!でも無理すんなよ〜」
「とりあえず飲みな〜」
意識がぼーっとして、身体は鉛のように重い。そんな状態でも顔は平然を装う私。
「後半始めます」
審判の生徒の呼び出しに、休憩の短さに唖然とする。
「後半も頑張るよ〜」
「珠、頼んだぞ〜」
乙葉と美華が肩を叩いてくれたあたりから、実はあんまり記憶ない。
声が遠くなっていって、気づいたら保健室にいた。
「珠〜〜、死んだと思った〜」
「ごめんね〜、珠に任せすぎた〜〜」
目が覚めると乙葉と美華が泣きながら、抱きついてきた。
「死なないってー!もう元気だよ」
負けちゃって悔しいけど、2人の暖かさにそれ以上の嬉しさがあった。
ガラガラ
スライド式のドアが開く音がした。
「大丈夫〜〜?」
そこにいたのは、少し緊張している前川さんだった。
「あはは、大丈夫だよー!前川さん上手すぎー」
「すごく楽しかったよー!バスケ入りなよー」
「いやいや、体力が無理だよー」
「あんなに上手かったら、すぐに試合出るよー」
ちゃんと話をしてみると優しい子だとわかる。貴大君も好きになるだろうな。
「元気になったら、また話そう!フットサルの決勝見に行ってくるね!」
「たかぴー、あ、貴大君に「頑張って」って言っといて」
「オーケー!たかぴーに言っとくね!」
廊下に向かう前川さん、太陽の光に包まれた彼女の後ろ姿に可愛いと思ってしまった。
「めっちゃ可愛いし、いい子じゃね?」
「運動出来るとかマジで完璧じゃ〜ん」
乙葉と美華も同じ気持ちだった。
「そうだね」
乙葉と美華の頭を撫でながら、優しく答えた。
「上本さん大丈夫そう?」
「先生のおかげで大丈夫ー!」
「とりあえず今日は打ち上げとかはダメね」
「えーーー」
「また倒れちゃったら、大変だからね!」
「はーーーい」
けっこう打ち上げを楽しみにしてた私。行ってもいつも通り男子は寄せ付けずだろうけど。
とりあえずグラウンドに向かう私たち。
「まだ試合やってるみたいだね〜」
ホイッスルと同時に歓声が大きくなった。
「あ、今終わったね〜」
「とりあえずみんなのところに行くか〜」
グラウンドの大人数の中で私はすぐに貴大君を見つけられた。
でも貴大君と前川さんがハイタッチしている姿。
時はゆっくりと周りはぼけて、2人にだけピントが合ってるように見える。
歩く速さを落として、前川さんがいなくなるタイミングに合わせて、気づいてもらえるように。
「あ、珠凛ちゃん!大丈夫?」
「たかぴー!優勝おめでとう!ウチは全然大丈夫だよ!」
身体は大丈夫だけど、胸の中は切ない気持ち。
「けっこう心配したんだよ!あ、一応家族だからさ」
そうだよね。家族だから。そう。私たちは家族だからね。
邪念をぐちゃぐちゃに潰して、胸の奥の奥にしまい込んだ。部屋の片付けと言って、押し入れに物を隠すように。
「これでハオリンピックを終わります」
表彰式が終わって、教室でみんなは打ち上げモードに入っている。
「貴大はもちろん行くべ?」
「え?行かないよ」
「なんでーー?」
「あ、そうだよね」
私はドキッと、胸が痛くなった。貴大君が指を指している方に私がいる。
「たかぴー、なにー?」
貴大君は、はにかんだ笑顔で
「一緒に帰ろ?」
水になる前の何かが込み上がってきそうになっている。
いつもの貴大君に、ここ数日のギャップを思い出して安堵な気持ちになった。
2人での帰り道は貴大君を独り占めしてるような気分だった。そんな安心感から私は
「別に打ち上げ行ってくれば良かったのに!1人帰れるし、そこまで大したことないのに」
「珠凛ちゃんが1人だと寂しいかなって思ったから、今日は2人だけで打ち上げでもしようよ」
夕陽が眩しくて、貴大君の顔が見えない。
やっと視線を合わせた瞬間、橙色に染まった横顔に、見惚れてしまった。




