第六話 ハオリンピック〜後編〜
二人の影が下駄箱の前で向かい合っていた。
「すごくカッコよかったよ!私と付き合ってください!」
「僕でよければ!渚さん!」
白いモヤの奥で、彼女が笑った。
その瞬間、光が弾けた。
「なんだ、夢かよ」
最高の気分のまま、スマホを見ると9時だった。うっすらだけど、珠凛に起こされた記憶がある。
「全然寝れなかったー」
俺は完全に遠足の前日の気持ちだった。目を閉じても試合の歓声が頭から離れず、気づけば二時まで起きていた。
「いただきます!べんおうもっだぁ、いぞぉげぇー。」
珠凛の作ってくれた目玉焼きと食パンを食べながら、ダッシュで向かう俺。さすがに食パンを咥えながら走る漫画のような事をやろうと思ったが、冷静にダサいと思ったからやめた。
学校の中からボールを蹴る音が聞こえていた。
「おぉーーーー」
「ないすーー」
歓声が大きくなった、たぶん点が入ったのだろう。
「最悪だーー、最悪だーー」
年に一度の活躍出来る貴重な日を寝坊するなんて。間に合わなかったことを想像して、俺は少し悲しい気持ちをブツブツ言いながら、小走りでグラウンドに向かった。
珠凛が俺を見つけて俺の方に向かってくる。
「せっかく起こしたのにーー、大丈夫って言ってたじゃん!」
「やっぱり俺のこと起こした?」
「そんなこといいからー!もう2点も取られちゃって、やばいよー」
「まぁ見ててよ、みんなを驚かせに行ってくるから!あ、これ持ってて」
サッカーボールを見ると心が落ち着いていく。俺のことを見ていてくれ、と胸の奥から自信が湧いてくる。ジャージを珠凛に渡して、控えの仲間のところに向かう。
「おせーーよ、前半残り2分だよ」
「まぁ後半含めて9分なら大丈夫でしょ!」
「頼んだぞ!」
手首に赤いリストバンドをつけて、
「すみませーん。交代お願いします」
「あいつじゃん!やべーぞ」
「頑張れよ、貴大!」
俺がピッチの横に現れると、会場は歓声に包まれた。
昨年のハオリンピックで活躍して、有名人ではあると自負している。
ピッチに入ると笑いながら優也が横にきて、
「普通に休みだと思ったぞ!ちなみに俺のせいで2点取られた」
「何やってんだよー!はははー」
「頼みますよー!サッカーだけはすごいんだから」
「任せて」
早速、優也は俺にボールを渡した。挨拶代わりにいきなりシュートを放った瞬間、会場が静まり返った。その数秒後…
「すげーーーー、もう1点入っちゃった」
「藤崎のシュートやばくね?」
会場がざわめき、仲間の目の色が変わった。
「たぶん前半で逆転出来るよ!」
「マジ?お前がいるならいけそうだけど」
「とりあえず藤崎に任せとくか」
相手がスタートでやることを先読みしていた俺は、すかさずボールを奪い、
「笹岡、あとは頼んだぞ」
「あいよ」
1分も経たず、俺たちのクラスは同点に追いついた。
「俺にも点取らせろよ」
「優也ならパスを出さなくても、3点ぐらい取れるでしょ?」
「マジで点取りたいんだわ!出せよ!」
残り30秒で俺にボールがきた。
左サイドにいる俺は、相手が3人にボールを取りにきている。右サイドには優也が空いている。パスを出せば優也は確実に決めるだろう。
「貴大!」
俺は相手1人抜いた。
「俺空いてるぞ」
また1人俺は抜いた。
ラスト1人とキーパーが2人でボールを取りにきている。2人を引きつけて、
「どうぞ…」
「サンキュー」
無人のゴールに流し込むだけの状況の優也にボールを預けた。
「やったぜ!ありがとう貴大!」
前半で逆転した俺たちに歓声が止まらない。たぶん俺のプレーに…優也は自分のゴールで会場が盛り上がっていると思っている。
前半終了でベンチに戻った俺に珠凛は
「すごいじゃーん!たかぴーマジでかっこよかったよ」
「でしょ?このリストバンドパワーだよ!」
「ウケる!後半も頑張ってね!」
珠凛に褒められて気分を良くしている俺。サッカーの時だけは水を得た魚のようだった。
「結局、俺たちの圧勝だったね」
「優也が調子乗って2点も取られた時はどうなるかと思ったよ」
終わってみれば、俺たちは7対2で圧勝だった。途中から相手も諦めていたので、優也の独壇場になっていたのだ。
「俺の活躍を見たか!誰も俺止められないぜ」
「優也は有名人じゃない?ってか、バスケの応援行かないと」
「あ、もう終わるんじゃね?後半ぐらいのタイミングでバスケの人たちいなくなってたし」
体育館に行くと残り数分で圧勝している珠凛たち。
珠凛の3ポイントシュートが決まった瞬間、ブザーが鳴った。
もう少し見たかったと優也と残念がっていたら、次の試合は前川さんのクラスだった。
「あ、前川さんだ」
「あの女バスの子可愛いよな!胸デカいし」
「可愛いよね!胸とか…じゃなくて!」
「貴大も胸が好きなのかー!エロっ!」
「流れで言わされちゃったんだよ!」
今日の夢に出てきたこともあって、いつもより意識してしまう俺がいた。試合中、ずっと前川さんのことを目で追いかけてしまう。
「めっちゃ揺れてるな!貴大って何カップが好きなんだ?俺はD以上だけどな」
「んー…まぁそこまで気にしてないけど、あればいいかもね」
優也と大人の話をしていると、急に背後から珠凛に話しかけられる。
「ちゃんと応援してくれたー?ウチめちゃくちゃ活躍したんだけど」
「お、あぁ、最後のシュートカッコよかったよ。途中の切り替えも良かったし」
「そうかな?でもお互い勝って良かったね」
今の会話が聞かれていないか不安になりながら、少ししか見てない内容で、全て応援してました風に話した。
「あの子、可愛いよねー!」
「誰のこと?」
「6番の子だよ」
それは前川さんことである。まさか俺が好きなことをバレているのか。男子に自分の好きな人を知られるのと、女子に知られるのでは話が全然変わってくる。しかも珠凛は家族だぞ。
「あぁ、そうだね」
「たかぴーが好きそうなタイプだよねー。なんかそんな気がするー」
「まぁ嫌いではないよね。運動している子は好きではあるし」
図星と思いながら珠凛は質問をしている気がする。そこで好きなんて答えられない性格の俺である。
「運動出来る女の子ってかっこいいし、可愛いもんね」
「それなら珠凛ちゃんもそうじゃん!さっきの試合も活躍してたし」
「えっ、ありがとう」
少しビクついた身体と、瞬きが増えた目を見て照れてるのかな?初めて見る珠凛の表情に一瞬驚いて、なぜか俺も恥ずかしくなっていた。
「貴大!そろそろ俺たち試合だから行くぞ!」
「あ、そろそろか!次の試合もお互い頑張ろ」
「たかぴーも萩谷も頑張ってねー」
優也の一言で、俺はグラウンドに向かうことにした。
ハオリンピック最終日の朝。
教室の窓際でジャージに着替えながら、俺と優也は浮かれていた。
「結局、俺たちのクラスはフットサルと女子バスケだけか」
「いやいや、2つも決勝に行けるだけでもすごいだろ」
「決勝でも俺にパス出してくれよ!今日の活躍次第で俺もモテ期到来だからな」
「なんだよそれ!かなり人生懸かってるじゃん」
優勝した事を想像しながら、2人は周りを気にせずに爆笑していた。
「女子のバスケが先にあるから、体育館でも行こうぜ」
俺たちは体育館に向かったが、熱狂が渡り廊下まで響いていた。
「ここまで聞こえるって、体育館の中どうなってるんだよ」
「いいじゃん!こういう雰囲気の方がワクワクするじゃん」
「貴大ってメンタル強いな!普段からもっと自信持てばいいのに、もったいないよなー」
「サッカーの時だけは……すげーー」
扉の前からでもわかる満員の体育館、声援で優也の声が聞こえないぐらい。そんな人混みの中でも目立つ銀の長い髪の毛。一言言うために俺はそっちの方に向かっていく。
「珠凛ちゃん頑張って!優勝しろよ!」
「なにーー?聞こえなーーい!」
全然聞こえてない珠凛に近づいて耳元に
「頑張ってーーーーーー」
「うるさーーーーーい」
音量調整が上手くいってない俺を珠凛は突き飛ばした。その腕には赤いリストバンドがついていた。
「付けてくれたんだ。めっちゃ似合ってるじゃん」
珠凛には聞こえないのはわかっているけど、言いたくなってしまった。
「2年の女子バスケ決勝始めます!」
「頑張ってーーー」
珠凛たちの決勝の相手は圧倒的な試合で勝ってきている前川さんのクラスだった。前評判は前川さんのクラスの圧勝だろう。
「差はかなりあるけど頑張ってほしいな。可愛さなら負けてないけどな」
「優也の好みは俺たちのクラスの方が多いのね…」
「上本さん、お前と同じリストバンド付けてんの?カップルかよ!」
「あれは誕プレで買ってもらって、二つあるから一つあげたら、つけてくれたんだよ」
「なんだよ!惚気話みたいのすんじゃねぇーよ」
優也だけじゃないと思う。俺と珠凛が同じリストバンドをつけているのに気づいているのは。優也の言葉のせいか、会場の熱気なのか、体の奥がじわっと熱くなった。
「めっちゃ接戦じゃん。上本さんってバスケ上手いんだな」
「それね!俺も知らなかった。意外と勝てるかもね」
意外と試合が始まってみると、前川さんと珠凛のゴールの奪い合い。周りの選手が霞むほど、2人の試合になっていた。
「前半終わって22対19か。最後の前川さんの3ポイントはさすがだったな」
「この感じなら後半もまだわからなそうだけど、珠凛ちゃんだいぶ息上がってるね」
「まぁ運動部と帰宅部の差だろ」
見ての通り平然としている前川さんと肩を大きく上下に動かしている珠凛。
後半は現実を思い知らされた。スタミナの差で上回る前川さんが動けない珠凛を子供扱いするように、得点を離していき終わってみれば、52対35と差がついてしまった。
バタっ
試合が終わってすぐ珠凛は倒れてしまった。
「上本さん大丈夫?保健室連れて行かない」
「先生が担いでいくから、道開けて!」
運ばれる珠凛を見ながら、
「俺たちもそろそろだぞ!上本さんの分まで頑張るぞ」
「死んだみたい言い方すんなよ、大丈夫かな?」
日頃運動していないから、相当無理をしてんだろう。珠凛の事で胸がざわつきながら、優也の背中を追いかけた。
グラウンドの声援もまたすごかった。
「決勝の相手は守備が硬いけど、貴大いれば大丈夫だろ!」
「頼むぞ、貴大!」
みんなが試合前に気合を入れているけど、みんな声が遠くに感じる。
「大丈夫か!」
優也の声に魂が身体に戻ってきた。みんなの声が近くなった。
「大丈夫!マジで勝とうぜ!」
大丈夫って大丈夫じゃない時に使ってしまう、あの現象。まさに今はそんな感じで。
試合が始まると相手はサッカー経験者を2人、俺の近くに配置していた。
「なかなか点が取れないな!」
「優也何本シュート打ってんだよ!!」
「守りばっかりで勝つ気あるのかよ」
応援の人たちも点の取れない試合に文句を言い始めている。
相手が守備的な戦術で俺たちは攻めているけど、なかなか点が取れない。
足を引っ張っているのは試合に集中していない俺である。
「貴大!」
「あっ」
優也が俺に送ったボールは相手に奪われて、そのまま失点してしまった。
「ごめーん。マジでやらかしたわ」
「そういうこともあるよ」
珍しく優也が落ち込んだ顔を見せている。相手の狙い通りだった。俺中心に攻めてるからこそ、ボールが集まる場所にサッカー経験者を配置して、ボール奪ってすぐに点を取りにいく作戦。
ピッピー
ホイッスルの音で前半終了。
みんなは攻め疲れているのと、すごい声援の中でプレーをするのに硬くなっていた。自分の靴を見ていると
「がんばってよ!本気出してないでしょ?」
「あ、うん!」
顔を上げてそこにいたのは前川さんだった。
「バスケすごかったね。優勝おめでとう」
「ありがとう。次は貴大君だよ!あ、あと上本さんが「頑張って」だって!」
「あれ、なんで?」
「気になって保健室に行ったら上本さんに言われたの!酸欠で倒れちゃったみたいだよ。少し休んだら大丈夫そう」
「よかったわ!ありがとう!」
頭の中のモヤが晴れ始め、視界が広がっていく。すごい声援だと、今さら実感した。
「よし!後半から俺らのショータイムだ!」
「貴大!それはダサいって!」
優也のツッコミで仲間も笑顔に、俺たちは後半戦に向かった。
後半が始まっても相変わらず俺の周りに2人配置されている。
「相変わらずマークがすごいねー」
「ん…」
急に俺に話しかけられた2人は一瞬ボールから目を離した。その瞬間、俺は走り出した。
「優也!」
声に反応した優也は俺に向かって、弾丸シュートのようなボールを打ち込んできた。あまりの速さに誰も反応できていない。
「あんなの取れないだろ!」
「シュートじゃん!」
みんなが諦めたボールは、俺の右足のつま先に吸い付くように止まった。
「ナイスボール!さすがサッカー部!とりあえず同点!」
静まっていたグラウンドが俺の同点ゴールで、耳が痛くなるぐらいの歓声に包まれた。
そこからの俺を、誰も止められなかった。
「これで3対1かよ!もう無理じゃん」
「さすが藤崎だな!」
ピッピー
試合終了のホイッスルの直後、みんながピッチに入ってきた。すごい人の中でも俺は前川さんをすぐに見つけられた。
「かっこよかったでしょ?」
「かっこよかったよ!さすが貴大君!」
ほんの少しでも、俺のことを意識してほしくて。前川さんとハイタッチをした。
「前半はなんであんなに動き悪かったの?もしかして緊張してたー?」
「緊張してたのかなー?なんか身体が動かなかったんだよ」
珠凛が心配で集中してなかったとは言えない。だから少しユーモアに前川さんの話に乗っかる。
「今日で貴大君に惚れた人多そう」
「前川さんは?」
「どうだろうね?」
惚れたと言って欲しいけど、さすがに言わないか。嘘でも言って欲しかった。やっぱり涼なんだろうなと思ってしまう。
「そろそろクラスに戻らないと。じゃあまたねー」
「あ、またねー」
優勝よりも前川さんと話している方が、ずっと浮き足立っていた。こういう時間は、ずっとは続かない。
それを、前川さんの背中が教えてくれた。
ため息をしながら振り返ると珠凛が、近づいてくる。
「はぁー、あ、珠凛ちゃん!大丈夫?」
「たかぴー!優勝おめでとう!ウチは全然大丈夫だよ!」
「けっこう心配したんだよ!あ、一応家族だからさ!」
「そうなの?でも保健室来なかったけどなー」
「行きたかったけど、試合がありまして…」
「ウチと試合、どっちが大切なのー?」
一瞬、真面目な顔をした珠凛を見て、答えを迷った。
「え、えー…」
「うそうそ!心配してくれてありがとう!」
いつもの元気な珠凛は、俺の心配を茶化すように笑っていた。
カラスが鳴き始めた学校終わり。打ち上げに向けて、みんなはお店探しをしている。
「珠凛ちゃん心配だから、今日は俺たちの分も楽しんできて」
「上本さんをしっかり守れよ」
「じゃあお疲れ様ー。またねー」
俺は珠凛の大事をとって、2人で家に帰ることにした。たぶんこれが正解だと自分に言い聞かせた。
打ち上げに向かうみんなの笑い声が、やけに遠く感じた。
「別に打ち上げ行ってくれば良かったのに!1人帰れるし、そこまで大したことないのに」
「珠凛ちゃんが1人だと寂しいかなって思ったから、今日は2人だけで打ち上げでもしようよ」
少しサッカーモードの余韻が残っていて、普通なら言わなそうなことを、恥ずかしさもなく言えていた。
「たかぴー、優しいねー!」
「コーラとかポテチとか、好きなものコンビニで買っちゃおうぜ」
「一応、ウチ体調不良者だぞー!まぁいっか!」
コンビニの前で盛り上がる2人。誰もがカップルだと思っても不思議ではない。だけど、俺たちは家族だ。
翌朝、鏡を見た俺たちは顔のポツポツに同時にため息をついた。




