第二話 今日から新しい家族
「今日は大仕事だぞ!とりあえず貴大君は自分の部屋から片付けだな」
「わかりました」
「わからないことは珠凛に聞いて」
卓哉さんの気合いを感じながら、今日からこの家に住むのだと実感していた。その事実より、珠凛とどう接すればいいのか、それだけが頭を占めていた。
「たかぴーの手伝いにきたぞぉ〜」
「あ、ありがとう」
「家族だし、たかぴーでい〜よね?」
俺が一人で悩んでいたのが馬鹿みたいに思えるほど、珠凛は軽い調子で話しかけてきた。
同い年で、しかも同じクラスの男子と住むことに、こんなに抵抗がなさそうなのが正直不思議だった。
「だ、大丈夫」
「ウチのことは珠凛って呼んでね〜」
「あ、わかった珠凛ちゃん」
流石に呼び捨てするのは恥ずかしい俺は、誤魔化すように[ちゃん]をつけてることにした。
「珠凛ちゃんかぁ〜、小学生から呼ばれてないなぁ〜!まぁいっか!」
「あ、僕の部屋ってどこ?」
「ここだよ」
前の部屋より二回りほど広い。思わず顔が緩むのを抑えられなかった。
「なんか嬉しそうだね」
「そんなことないよ、段ボール多いし」
「何からやろうか?開けちゃいけない段ボールとかある?」
「特にないと思う」
珠凛の脱力感のある話し方のおかげで、時間が経つにつれて胸の高鳴りもいつの間にか収まっていた。
「これから開けてみるか!えっMissy好きなの〜」
「あ、好きなんだけど変かな?」
「全然!ウチも好き!周りにMissy好きな人いないから、ちょー嬉しいんだけどー!やばー」
同じ趣味が合ったことで一安心した俺。勝手に、ゴリゴリのマッチョダンサーが並ぶグループを聴いてるんだと思っていたから、正直かなり意外だった。
「新曲聴いた?」
「めちゃくちゃ可愛い曲だったよね〜!ミュージックビデオもI tuveで見れるけど可愛いよー」
「本当だ!可愛い!」
引越しの片付けを他所に、気づけば俺たちは肩を寄せ合って珠凛のスマホを覗き込んでいた。
「貴大も珠凛ちゃんも仲良いのね」
自然と素を出せる頃には部屋の片付けは終わり、ちょうどそのタイミングで母が部屋に入ってきた。
「そうなんですよー!」
「珠凛ちゃんありがとうね。貴大はちゃんとお礼言った?」
「ありがとぅ」
「これくらい当たり前よ!」
母の前で女の子と話すのに慣れていない俺は、少し恥ずかしさもありながらも、珠凛には悟られたくない気持ちになっている。
「今日の夜はピザになりました」
「いいですね〜」
「じゃあ私は卓哉さんとピザ受け取りに行ってくるね」
「お願いしますー」
母は珠凛にそう告げて卓哉さんと買い物に行ってしまった。
「たかぴーはだいぶウチに慣れてきたね」
「まだ緊張するかな!」
「えーー、まだー?」
まだ緊張はする俺だけど、もう慣れたと思わせるように珠凛に伝えた。
珠凛は笑ったまま、視線だけを俺から外した。
「でもたかぴーは由紀恵さんと仲良くていいよね」
「そうでもないよ。仲良く見えるだけだよ」
一瞬だけ、さっきまでの笑顔が嘘みたいに消えた。
ほんの一秒にも満たない、その表情を、俺はなぜか見逃せなかった。
その瞬間、卓哉さんと珠凛が仲良く話している姿が、どうしても頭に浮かばなかった。母とはよく話しているのに。
「珠凛ちゃんは僕より仲良さそうに見えるけどね」
「あんまり話してないけどね」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
俺の言葉は、ちゃんと伝わらなかった。珠凛と卓哉さんの関係の話をしたつもりではなかった。
「あ、たしかに」
「そこまで気にはしていないけど」
珠凛に勘違いと説明するのも、この流れだと空気が重くなると思った俺は気づいてないフリをした。
徐々に珠凛の顔が俯いていく。
その選択が、あとからどれだけ後悔することになるのか。
この時の俺は、まだ知らなかった。
「じゃあ部屋に戻るよ」
「うん、手伝ってくれてありがとう」
部屋から出ていく悲しそうな背中を見ながら、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。
「ピザ食べるの久しぶりだな」
「卓哉さんこの前、私のお店で食べてなかったっけ?」
「そうだっけ?」
母と卓哉さんが仲良く話しているテーブルで、珠凛の言葉を意識している俺がいる。珠凛は親のやりとりに笑っている。
けれど、その笑顔がどこを向いているのか、俺にはわからなかった。
「貴大君、全然食べてないじゃん」
「あ、僕食べるの遅いんですよ、ははは」
「じゃあウチが食べちゃうよ〜」
「それはダメ」
「いいじゃ〜ん」
俺を通して卓哉さんと珠凛、二人が言葉を交わすたび、
胸の奥に、名前のつけられない違和感が溜まっていった。
その夜のピザは、
なぜか味がよくわからなかった。
ガチャと玄関が開く音で目が覚めた俺は、一瞬どこにいるのかわからなかった。
「あ、新しい家か」
修学旅行の朝のような気分と、家族に顔を合わせるのに緊張しながら
「おはよう!」「おはようございます!」「おはー」小さく声で挨拶の練習しながらリビングに向かう。
「なんだ、誰もいないじゃん」
家族になったが、4人が揃う時間はあまり多くなかった。唯一、母が夜の仕事を減らして、夜に4人が揃う事がたまにあるぐらいだ。
少し安心している俺は、誰もいない事をいいことに、大胆に椅子に座る。テーブルにはお弁当と手紙がある。
「たかぴーの弁当。今日は朝早く行かないとだから先に行ってるね」
いつも食堂かコンビニで買っていた俺は、愛妻弁当みたいだなって思いながらニヤけてしまっていた。
「冷蔵庫…腹減ったけど…」
水を一杯飲んで、まだ“他人の家”みたいなリビングを後にした。
前の家から少し先に今の家があるから、そこまで変わらない通学路を新鮮な気持ちで歩いている俺。いつもは見かけない人とすれ違い、やたらと目が合う気がしていた。
「遠くなったけど、まぁ聴ける曲が増えたからいっか」
「…ません。…れてます!ちょ…」
そんな独り言を言いながら音楽を聴いている俺に、誰か話しかけているような気がする。
少し振り向くと黒髪で、背筋が妙にまっすぐな女の子だった。すかさず片方のイヤホンを外した。
「あ、はい?」
「音漏れてますよ」
スマホとイヤホンが接続されていなかった俺は、ズボンのポケットから、音楽が爆音で流れているのに気づいた。
「え、まじ?やば」
「すごいよ」
急に耳に熱くなった感覚が襲い、焦りと恥じらいが顔を赤くさせている。それを見て笑っている同じ学校の制服の少女。
「は、恥ずすぎ、死ぬかと思った。あ、ありがとう」
「そのまま声かけないつもりだったけど、さすがにね。。。可哀想だと思って」
「い、命の恩人だよ」
「じゃあそこの自動販売機でジュース奢ってよ」
「あ、いいよ」
「えーー、いいの?」
まだ冷静になれていないことと、断ったらダサいと思われたくない俺は、その少女の言われるままにスポーツドリンクを買わされた。初めてなのに、なぜかこの子といると息がしやすかった。
「バ、バスケ部みたいだね、寺門涼知ってる?」
「バレたか。寺門知ってるよ」
「鞄に女子バスケって書いてあるもん。涼って上手いの?」
「寺門はすごいね。しかもムカつくのが頭もいいんだよね。授業中けっこう寝てるくせに」
「そ、そうなんだ」
その会話で少女が同学年で、涼と仲が良いことに少し胸の奥が、理由もなくざわついた。
同じスポーツをしているからなのか、彼女に対して、同じ種族のような感覚を抱いていた。
初めて女子と並んで歩く桜並木が、妙な高揚感を連れてきた。
「おはーー!昨日やっとメッスーのスーパーレアが出たんだわ」
「すごくね?」
教室に着くと今日もいつも通り優也が話しかけてくる。スマホのサッカーゲームの話を聞きながら、珠凛の席を一瞬だけ見て、何もなかったように優也に視線を戻した。
「なんか貴大いつも違くね?」
「え、そうか?いつも通りだよ」
「空返事じゃね?おいおい」
優也でも気づくぐらい雰囲気に出ているのか、実はそういうものに敏感なのか、優也の唐突な言葉に一瞬肩が上がってしまった。
「おはよう」
「おはようございます」
「セーフ」
担任の先生が教室に入ってきて、数秒後に珠凛が入ってきた。
「上本さんギリアウトよ」
「えー、セーフでしょ?ゆりちゃん?」
「まぁいいわよ、席に座ってー」
担任の先生をあだ名で呼ぶあたりが、俺とは違うなと尊敬の眼差しで珠凛を見ていた。
「あ、」
一瞬、珠凛と目が合った俺はすかさず目を逸らす。そのまま黒板を見つめながら、胸の奥が静かに重くなっていくのを感じていた。
「トイレ行ってくる」
「じゃあ俺も」
「漏れそうだから急ぐわ」
優也を自然にまいて
朝のホームルーム終わりにトイレに行くと見せかけて、珠凛にお弁当をお礼を言いに行くことにした。
「お、お弁当ありがとう」
「美味しいと思うよ〜、嫌いなものある?」
周りに聞かれないように小さな声で言ってる俺に対して、あえて逆をいくように珠凛は話しかけてくる。
「じゅ、珠凛ちゃん声大きいよ」
「なんで?いいじゃーん」
「なにー?珠と藤崎仲良くね〜」
俺の想像した一番最悪な展開が起きてしまった。焦る俺と楽しんでいる珠凛を見て、ギャル2人が近寄ってきてしまった。
「うちらの親再婚して、兄妹になったんだよ」
「まじ〜?やばくな〜い?」
「そ、それ言っていいの?」
「別にいいじゃーん、もう兄妹なんだしさ。言わない方が良かった?」
「こ、心の準備が…」
「もうバレたから、大丈夫だよー」
心の準備をしてない俺を見て、そんなこと恥ずかしくないよと言ってしまう珠凛。
「まじかよ!いいなー」
「上本と藤崎が同じ住んでるのかよ」
「漫画の世界みたいじゃん」
色んな声がクラス中に広がり、俺の背中に寒気が走る感覚を感じた。
「ってことで、よろー」
「同じ部屋?」
「んなわけないから」
珠凛は気にするそぶりを見せず、ギャル軍団で話盛り上がっていた。
「お前いいなー、羨ましいぞ」
俺の肩に手を回してきた優也の力はいつも以上に強かったが、寒気から無感覚になった背中には何も伝わらなかった。
「とりあえず話聞かせろよ」
「……あぁ」
席に戻る俺を囲んでいる男子たち。彼らの興味は確実に珠凛の事だろう。俺には興味がないはず。
「裸見たか?」
「どんな話するの?」
「俺も上本と兄妹になりてぇーよ」
「昨日からだから、わからないよ」
芸能人が不祥事を起こした時みたいに、質問の嵐が起こっている。
昨日しか一緒に住んでいないのだから、わかるはずもないのだから何も答えられない俺は一限のチャイムの音に助けられた。
「おいおい、早速愛妻弁当かよ。俺なんて母ちゃんが作った、茶色ばっかりの弁当だぞ」
「俺はそういうの好きだけどな、す、すごい」
優也の肉ばかりの弁当を横目に、弁当の蓋を開けた瞬間、カラフルな光景をみた。
「お前の弁当女子じゃん、上本ってすごいんだな」
「ありがたきです。上本に感謝です」
優也の前では下の名前を呼ばなかったけど、久しぶりの心の籠った弁当に嬉しさが溢れていた。
「玉子焼き美味っ。もう無くなっちゃった。お礼言ってくるわ!」
「お、おう、行ってこーい」
小さな弁当でもあったが、秒で完食してしまいその勢いで俺は珠凛の方に向かった。
「あ、ありがとう!弁当美味しかったよ!特に玉子焼きが…」
「なんだ急に?それならよかった」
俺はお礼を言っている最中に恥ずかしくなってきて、一方的に伝えて、すぐに席に戻り一度も振り返らなかった。
「なんかお前照れてね?」
「照れないわー」
「顔赤いぞ、これは照れてるわ」
「うるせぇー」
勇気を出した俺を優也はいつも通り笑って茶化してきた。
俺はそれを、兄妹として始まった証拠だと思うことにした。




