第一話 今日もいつも通り
「あれ、パパは?」
「おじさんって言いなさい」
「おじさん?」
次の瞬間、耳元でスマホのアラームが鳴り響き、夢の中から現実へ戻された。
「なんか懐かしい夢を見ていたみたいだな」
余韻に浸りながら、スマホで昨日の海外サッカーの結果をチェック。
「なんだよ!引き分けかよ。二位と勝ち点縮んでるじゃん」
俺の名前は藤崎貴大。
鏡に映った自分は、相変わらず背が低い。
中学時代サッカー部のメンバーと並ぶと、いつも一段下に見える。
高校ではサッカー部には入らなかったが、クラスでは浮かなかった。
見た目のせいか、声はよくかけられる。
とりあえず制服に着替えて、リビングに行くけど親はいない。
母子家庭で俺が学校に行くタイミングで母が帰ってきて、夕方頃に学校から帰宅すると入れ替わりで母は仕事に行ってしまう。
酷い時は一度も顔を合わさない事もある。
「何もないじゃん。ドーナツでも食べていくか」
冷蔵庫には何もなく、テーブルにあるお菓子の小さなドーナツをポケットに入れて玄関に向かう。
「ガチャ」
「今行くのね、ちゃんと朝食べた?」
ちょうど母が帰ってきて、僕を心配しての一言。
「食べたから大丈夫!じゃあ、行ってくる!」
いつも疲れて帰ってくる母が今日は、いつもと雰囲気が違うように見えた。
スマホが鳴ってる。母からの電話だった。
「なに?」
「今日夕方話したい事があるから、早く帰ってきて」
「予定ないから大丈夫」
「よろしくー」
なんかあるのかな。初めてのことだからソワソワする。
再婚とか、彼氏を連れてくるとか。
そんな想像が、頭の中を勝手に走る。
俺の母ってこともあって、可愛い系の顔をしている。
だからこそ、離婚してから10年も男の雰囲気を感じないのも不思議だった。
まぁいつも大事な話の時は、予想は外れて進路とかの将来の話になる。
いつものルーティンで音楽を聴きながら、歩いて学校へ。
「ドキドキ…♪痛っ」
気持ち良く口ずさんでいたら、後ろから背中に痛みが…。
「おっす!何聴いてるの?」
悪気も無く挨拶してくるのは、中学から親友の寺門涼だった。
「Missyの新曲だよ」
「新曲出たの?俺、Missy聴かないからな。ちょっとだけZZZの曲なら知ってるけど」
「だよね。聴かなそうだもん」
「ってか今日、放課後って暇?」
「バイト無いし大丈夫!嘘!ごめん!今日親に大事な話あるから帰って来いって言われてるんだ!」
Missyの新曲がラブソングで心浮かれていて、朝のことを忘れかけていた。
「マジか、まぁオッケー!」
涼はいつも遊びに誘ってくれる良いヤツ。バスケ部で1年生からエースという、スーパースター。
そんな彼が僕を色々と誘ってくれるのはありがたい。
2人でくだらない話をしながら、気づけば学校に着いていた。
俺と涼は隣のクラス。
「またね」
「おう」
テキトーな挨拶を交わして、自分のクラスに入る。
「昨日の試合見たか?クロリナやばくね?」
「まだ見てないけど、ハットトリックしてたね」
「マジでこれ見て」
スマホで動画を見せくれるのは、サッカー部の萩谷優也。かなりのサッカーオタクで、席も近くずっと話しかけてくる陽キャラってやつかな。
「これやばくね?ここでトラップして反転シュートよ」
「すげー」
いつも月曜日は週末のサッカーの試合の話をしてくれる。そして人見知りの僕がクラスで馴染めているのは、優也のお陰である。
「そして3点目よ」
教室に入ってすぐに声をかけられて、窓際の僕の席までなかなか辿りつかない。それぐらいサッカー熱がすごいのだ。
やっと自分の席に座れた瞬間、教室に銀髪の髪の長い女子が入ってきた。
「上本ってマジでギャルだよな」
「そ、そうだね」
「しかもスタイル良いし、可愛いよな」
「だね」
僕とは真逆で優也はそういうことを普通に言える。
「まぁ夜におじさんと歩いてた噂もあるし、あんまり良い話聞かないけどな」
「らしいね」
「ってか貴大って、女の話になると全然乗ってこないよな」
「そ、そうかな」
誰かに聞かれたら危ないと思い、言葉を選んで答えた。
優しい人で見られている俺は、陰口を言う人だと思われたくなかった。
「でも可愛いよね」
「まぁ男子と話しているところってあんまり見た事ないし、子供には興味ないんだろうな」
「確かに」
女子には人気がある上本が男子と話している姿はあんまり見た事ない。
まぁ人見知りの俺には上本珠凛は遠い存在である。
「さようなら」
やっと最後の授業が終わった。今日は母の話が気になりすぎて授業にも集中出来ないし、なんかわからないけど上本と目がよく合った気がした。
(俺が気になって見てただけかな?え、めっちゃ見てきてキモいとか思われてたらどうしよう)
勝手な想像でかなり不安な気持ちになっていた。
「藤崎君、じゃあね」
「あ、さようなら」
隣の女子に挨拶されて緊張。人見知りが全然治らない。
声をかけられないようにそそくさと家に向かって帰ることにした。
家の前で少し足が震えている。なんか大事な話がある時は緊張している。
(怒られるのかなー)
ドアの前で大きく深呼吸。
「ただいまー」
「おかえり」
リビングに向かう足が異常に重い。モモの前の筋肉に感覚がない。
警戒しながら冷蔵庫から麦茶を出していると、
「ママ再婚しようと思ってるの」
「え?」
少しは予想をしていたけど、いつも無いパターン。
想像してたけど、想像よりかなりインパクトが強いぞ。
「貴大はどう思う?」
「あんまり気にしないし、良いじゃない」
内心は嘘である。親が知らない男の人とイチャイチャしているのを想像したくない。
「僕も17だし大丈夫だよ」
母がすごく苦労して育ててくれた事に感謝しているし、再婚して生活が楽になるならって気持ちもある。
でも親を取られたような気持ちで胸がいっぱい。
「本当に大丈夫?」
母は嬉しそうだけど、少し心配そうにも聞こえる声で話しかけてくる。
「大丈夫だよ」
「良かった!来週にも顔合わせ出来ればって思うけど、大丈夫?急すぎ?」
「バイト無いし、大丈夫!」
(早すぎだろ。心の準備間に合ってないぞ)
嬉しそうな顔になっていて、母の幸せを邪魔出来ない。
「もうこんな時間。行ってくるねー!」
「いってらっしゃーい」
ウキウキしてる母を横目に、心が落ち着かない。
ちょっと涼に連絡してみることにした。
「予定入れちゃった?」
「なんだ?暇になったのか?」
「もう終わったって感じ」
「じゃあファミレスで集合するか!」
こういう時に頼りになる。連絡してすぐに会える親友っていいよね。大切にしようと心に思った。
先に着いた俺はコーラを飲みながら待っていると
「おっすー。なんか元気なくね?」
「ちょっとなー」
さすが親友である。俺の顔見て落ち込んでいるのがすぐわかってしまう。
(けっこう表情に出さないように気をつけてたんだけど)
ことの流れを説明して
「貴大のお母さん、今まで1人だったし大変だったしね。再婚は良いことだけど。貴大的にはなんとも言えないよな。知らない男の人と急に暮らすんだし」
「親には幸せなって欲しいからね」
「まぁ来週会ってみてから、考えてみてもいいじゃね?会った時の相性みたいものあるじゃん」
「そうだね。めっちゃヤンキーみたいな人連れてきたらどうしよう(笑)」
「それなら俺の家に住め!」
「そうしようかな!寺門貴大になります!」
涼に全てを打ち明けたことで、胸に秘めていたモノがスッーと消えて軽くなった感じがした。
それからはずっと爆笑して、気づいたら店内の人数も両手で数えられるほどになっていた。
「3時間もいたのかよ」
「ありがとう!マジで涼は親友だわ!」
「おうよ!またなんかあったら言ってくれ」
「てんきゅー、また明日!」
(そうだね。会ってみないとわからないし)
ファミレスから家に帰るいつもの道なのに、なぜかいつも違った様に感じられた。相当、精神的にきていたみたいだった。
「とりあえずMissyでも聴いて帰るか」
イヤホンを耳に差し込んだ。
「今日の夜何時?」
「19時に向こうの家に行くから」
「服は?」
「変じゃなきゃいいよ」
遂に顔合わせの日がきてしまった。不思議だけど楽しみなことがあると時間の流れが遅いのに、嫌なことがある時は一瞬でその時を迎えてしまう。
ここ1週間の記憶がない。
「移動教室って上がるよな!」
優也の一言で我に戻り、理科室に向かっている。
「今週、貴大おかしくねぇ?」
「普通じゃね?」
確かに色んなことを考えていて、ぼーっとしてると周りから見て不思議じゃない。
「理科室すげー、自由席だし、あそこ座ろうぜ」
優也に言われるままに席に座った。
なんとなく間接視野に金髪が見える。優也と話しながら、バレないように一瞬チラ見してみると
「乙葉!ここにしよ〜かぁ〜」
「美華いいねぇ〜」
金髪と茶髪のギャルが同じ机にいる。
「珠もここにきなよぉ〜」
「おっけー」
上本もこっちに来ようとしている。
男子2人しかいない大きな机にギャルが3人座ろうとしている。
人見知りの俺と違って優也は平然としていて、むしろギャルが3人が来たことにテンションが上がっているように見える。
「今日はよろしくね」
上本は俺に一言。
「あ、よろしくお願いし…」
「よろしく!」
俺の勇気の挨拶を遮るように優也が入ってくる。
「話すの初めてだよね?金髪ショートの笹川美華で〜す〜!」
「なにそれ〜?ウケる〜!じゃあ茶髪ボムの前鶴乙葉で〜す!」
「パクリすぎ〜」
俺は圧倒されて、目も合わせられない。愛想笑いをしていると
「スポーツ刈りの萩谷優也です!」
「めちゃウケる〜」
「ヤバすぎ〜」
「お前の番だぞ!」
流れ的に俺が話すのは、わかっているけど髪型の名前なんて知らない。どう答えれば良いのかわからない。
心臓の鼓動が早くなり、この雰囲気を壊したくない気持ちで焦っている。
「え、えーと」
「それマッシュだよね」
答え方に困っていた俺を上本が助けてくれた。
「そ、そうなの?じゃあマッシュの藤崎貴大です!」
「いえーい」
「はははー」
「お前上本さんに助けられたな!」
優也は俺的に恥ずかしいことをズバズバ言ってくる。
こういう時に緊張しないところを尊敬する。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ銀髪ロングの上本珠凛です!」
思っていたより、上本って普通に男子と話すんだなって俺は思った。
前に優也が言ってたことを気にしていたけど、上本への印象が柔らかくなった。
「珠、今日新しく出来たパフェ食べに行かな〜い?」
「今日予定あるんだわー」
「じゃあ2人だね〜〜」
「俺たちもパフェ食べに行こうぜ!」
ギャルの会話から優也は俺にパフェの誘いをしてくるが、
「俺もダメだ!ごめん!」
今日は俺には人生大一番のイベントがあるからだ。
「マジかよ、じゃあ俺も一緒に連れてってもらえませんか?」
「むりぃ〜〜、藤崎君いれば良かったけどね〜〜」
美華は俺がこの場に慣れていないことを良いことに、俺をいじってきていた。
俺はそんな事はどうでも良かった。俺が断った時に上本が少しニッコリしていたのが気になっていた。
(もしかして俺のこと好きなのかな?いや、さすがに考えすぎかな)
女性とは上手く話せないのに、そういうところは自意識過剰になる。
その後の学校はいつも通りの上本に戻っていて、男子とは話しているのを見ていない。
「あっ」
「俺たちは特別な時間を与えられたな」
上本と目が合ったと思ったら優也が声をかけてきた。
帰りのホームルームが終わって俺の肩に手を回して、もうあの奇跡は起きないと優しく教えてくれているけど、優也の声は耳に入ってこない。
もう一度、上本の方を見たがいなくなっていた。
「だな」
その一言で今日の顔合わせのことを思い出してしまった。また足が重くなってきている。
やっとの思いで家に着いたが、授業参観の時の匂いがする。
「なんか気合い入れすぎじゃない?」
咄嗟に出た言葉だった。
好きな相手の前では気合いを入れるもんだ。まぁ俺は中3の夏に置いてきたよ。サッカーをやっていない自分に自信を持てないのだから。
親の顔を最近ちゃんと見ていないからなのか、いつもよりウキウキしている気がする。
「緊張してる?」
「そんなに緊張しないかな」
「サッカーやってた頃から緊張しないよね」
親からはそう見えているらしい。めちゃくちゃ緊張している。もう足が無いのではないかと思うぐらい感覚がない。
「ここなのよ」
見上げると首が痛くなるんじゃないかと思うぐらいのマンションだ。
「え〜っと、1.2.01だ」
ピンポーン
「はーい」
インターホンの音の後に優しそうな声が聞こえた。少しその声で安心している俺がいた。
「12階ってすごいね!」
「そうでしょ?」
2階建てのアパートに住む俺からしたら、12階ってだけでワクワクするはずだけど、それどころではなかった。
親子だけどエレベーターの中の、無の感じが居心地悪く感じている。
「12階です」
遂に着いてしまった。
「あ、」
立ち止まってしまい、夕日を見てしまった。
12階から見る夕方の景色はいつもより赤く鮮やかに、なぜかこの世の全てを手に入れたように思えた。
先に進んでいた親が玄関の前で待っていると、メガネを掛けている仕事が出来そうな男の人が出てきた。
「卓哉さん、今日はよろしくお願いします」
「由紀恵さんよろしくね!貴大君、初めまして上本卓哉です」
見ただけで仕事ができる人だとわかる姿勢の良さ、そして優しいけど、怒るとかなり怖そうな声の質。もし先輩にいたら尊敬してしまうような人だと感じた。
俺は人見知りだから人をよく見てしまう傾向があって、それもあって初対面で感じた事がけっこう当たってしまう。
「よ、よ、よろしくお、お願いします」
「緊張しなくていいよ!娘もいるから仲良くしてあげてね。僕もサッカーやってたんだぞ!」
「あ、そうなんですか!」
過度な緊張に気付いたのか俺の肩を揉みながら、共通の話で緊張をほぐそうとしてくれた。
俺はこの人やっぱり良い人だなってその時点で親になっても良いかもって思っていた。
「・・・ちゃ〜ん!お邪魔します〜!今日はありがとうね」
「由紀恵さん久しぶりだねー!」
娘さんと親の声が部屋の奥から聞こえる。でも娘さんの声を聞いたことある気がする。
卓哉さんに肩を揉まれ続けて、リビングに行くと
「えっ」
「よぉ〜!藤崎君!」
「上本さん?」
「今日はよろしくね!ってこれのことだったんだよ!」
あまりにも緊張して気付いていなかったけど、卓哉さんは上本だ。娘って勝手に小学生ぐらいの子だと思っていた。
「あれお知り合い?」
「同じクラスなんですよー!」
2人は仲良くしている姿を見ていると、数回は会っていて関係が出来ていそうだった。
「貴大君は大丈夫そう?」
「娘さんがいる事も聞いてなくて、ビックリしましたけど大丈夫です」
卓哉さんは優しく聞いてくれるが、大丈夫としか言えない状況である。
「言ったじゃない。絶対言ったからね。聞いてないだけだよ」
母のパワープレーでいつも俺は言い返せない。記憶力には自信があるからこそ、母が言ってないのはわかっている。
でも今日は特に母の悪いところは見せたくない思いと、若干卓哉さんの珠凛を見る目が悲しそうなのも気になっていたから
「そうだっけなぁ〜」
笑って誤魔化しながら、胸の奥のざわつきだけは消えなかった。
「貴大君はポジションはどこだったの?」
「フォワードでした!」
「俺と一緒だな!サッカーゲームとかしないのか?」「やりますよ!そんなに強くないですけど」
4人でご飯を食べながら、卓哉さんは俺とサッカーの話をしてくれる。その横では珠凛と母は楽しそうに話している。
昔はヤンキーだった母だから、ギャルの珠凛と話が会うのかと俺は勝手に思っている。
「貴大君サッカーゲームやろうよ!」
「あ、やりますよ!」
2人を見ていたらデカいテレビ前で卓哉さんはゲーム付けて待っていた。
「僕クロリナ好きなんですよ!」
「クロリナすごいよな!」
長い間、父がいなかった俺にとってはとても嬉しいと思っていた。たぶん卓哉さんも息子が出来て嬉しいような気がした。
「卓哉さん、そろそろ帰ります」
「もう一回だけ!」
卓哉さんは想像以上にゲームが弱くて、5試合やって全試合俺が勝ってしまった。
「しょうがない、またやろうな!次は本気出すから」
「やりましょう!」
人見知りだけど、人懐っこい俺は卓哉さんには緊張しなくなっていた。
「藤崎君、また学校でね!」
「あ、また明日」
一緒に暮らして大丈夫かなと思うほど、珠凛に話しかけられると緊張している俺がいた。
「ありがとうございました」
マンションの下までお見送りをしてくれる2人を背に、
「ちょっと心配していたんだけど、良かったよ」
母は俺に言った。
「何が?」
「貴大って子供の頃から人見知りがすごいから」
「卓哉さんが話しやすかったからかな!」
「優しい人だよね!珠凛ちゃんも良い子だよ」
「そうだね」
なんか母と話していたら、未来のことに緊張はするけど少し楽しみが上回ってきた気持ちになった。




