【9】早すぎた集合と、はにかみの朝
日曜日。待ち合わせは午前十時。
俺は数時間前から目を覚まし、鏡の前でのたうち回るような時間を過ごしていた。
服装には心底迷った。クローゼットにある数少ない服を組み合わせては脱ぎ捨て、結局、背伸びしすぎない清潔感重視のカジュアルスタイルに落ち着いた。
一応、昨日アイロンをかけたシャツを選び、靴も汚れのないスニーカーをチョイスする。財布には、万が一の支払いにも困らないよう、バイト代から捻出した諭吉を多めに詰め込んだ。
(べ、別にデートってわけじゃない。ただの『友達』としての外出だ……。いや、でも休日に男女がわざわざ待ち合わせて出かけることを、世間一般ではデートと言うのでは?いや待て、鈴音さんのことだ、当日になって「友達も呼んじゃいました!」なんて展開も……いやいや、あのメッセージの文脈で第三者が来たらそれこそ別の意味でホラーだろ!)
そんな一人ノリツッコミと葛藤を無限に繰り返し、落ち着かない気分のまま目的地へと向かった。
結局、約束の一時間も前に到着してしまった。
自分自身の気合の入りっぷりに辟易しながら、駅前の噴水近くに陣取る。当然、鈴音さんの姿はない。そりゃそうだ、一時間前だぞ。早すぎる。自分でもどうかしていると思う。どこか時間を潰せる場所を探そうか、それともスマホでもいじって平静を装おうか。そう考えた、その時だった。
駅の改札から、見覚えのある、けれど見違えるほど華やかな姿がふわりと現れた。彼女だ。清潔感のある白のワンピースに、淡い青色のカーディガン。風になびく裾が、朝の光を浴びて発光しているように見えた。髪はいつもと違い、サイドでゆるくまとめられ、うなじが少しだけ覗いている。薄く施された化粧のせいか、今日の彼女はいつもよりずっと大人びて、同時に少女のような可憐さも持ち合わせていた。
そして何より目を引いたのは、彼女の首元に揺れる十字架のペンダントだ。中央に嵌め込まれた宝石が、彼女の鼓動に合わせるようにキラキラと輝いている。その輝きは、まるで彼女を守る結界のようにも見えた。
俺が呆然と見惚れていると、彼女もこちらに気づいたようだ。パッと顔を輝かせ、驚いたように目を丸くして、小走りでこちらへ駆け寄ってくる。
「おはようございます!あれ?神崎くん、約束の一時間も前ですよ?」
「……いや、その。遅刻したら悪いと思って、早めに出たら早すぎただけだ」
「ふふ、でも一時間は早すぎませんか?私は楽しみで、つい早く準備が終わっちゃったんですけど」
「それは……俺も同じだ。だから、お互い様だろ」
「えへへ。そうですね。お揃いですね」
そう言ってはにかむ彼女の笑顔は、暴力的なまでに可愛かった。
これほど綺麗な子が、自分と過ごすためにわざわざお洒落をして、しかも一時間も前に来てくれている。その事実だけで、心臓の奥がじわりと熱くなる。俺のようなモブが、こんな贅沢な時間を過ごしていいのだろうか。
「ちょっと早いですけど、せっかくだから行きましょうか。水族館、混む前にゆっくり見たいですし!」
「……ああ、そうだな。行こう」
どちらからともなく歩き出す。人混みの中で、時折触れそうになるほどに縮まる肩と肩。彼女から漂う、石鹸のような淡く甘い香りが鼻をくすぐり、俺の思考を白く染めていく。水族館に到着する前から、俺の心拍数はすでに限界値を突破しようとしていた。




