【8】通知音は、恋の予感に鳴り響く
それから二週間ほど、俺たちは頻繁にメッセージをやり取りする仲になった。
「割と」なんてレベルじゃない。
「かなり」だ。
朝起きてからの挨拶に始まり、授業の空き時間の何気ない報告、そして寝る前の「おやすみスタンプ」まで。それが完全に日課となった。通知音が鳴るたびに、心臓がわずかに跳ねる。陽キャというのは、これほどの頻度で他者と繋がっていられる生き物なのだろうか。
話題なんてすぐに尽きると思っていたが、彼女のコミュ力は俺の想像を絶していた。
趣味、食べ物、ドラマ、最近流行りの動画……。女子との交流が皆無だった俺にとって、スマホ越しに届く彼女の言葉はどれも新鮮で、こうした何気ないやり取りさえ、不覚にも「楽しい」と感じてしまう自分がいた。
やり取りを重ねるうちに、彼女の意外な一面も輪郭を現してきた。
学校では完璧な美少女として君臨しているが、実は案外大雑把で、提出物の角が折れていても気にしなかったりする。勉強は得意なくせに、家事の話になると急に歯切れが悪くなり、「卵を割るのも命がけなんです」と物騒な告白をしてきたりもする。そんな彼女の人間味に触れるたび、俺の生活の中に、鈴音澪奈という存在が当たり前のように定着していった。
……白状しよう。多分、俺は彼女を好きになりつつある。
見た目への憧れは最初からあったが、今は彼女の内面に強く惹かれていた。誰に対しても分け隔てなく接する優しさ。相手の顔色を伺うのではなく、純粋に相手を尊重しようとする姿勢。彼女が誰からも愛される理由は、その完璧な容姿以上に、その温かさにあるのだと理解してしまった。
我ながらチョロすぎるとは思う。
だが、考えてみてほしい。クラス一の美少女と毎日親密な言葉を交わして、落ちない男がいるだろうか。いや、いない(反語)。
ただ、拭いきれない不安もある。
彼女の方はどうなんだろうか。俺という一人の人間を見てくれているのか。それとも今でも、あの『影』の正体を知るための「手段」として俺を繋ぎ止めているのか。核心に触れるのが怖くて、画面越しの彼女に問いかける勇気は出ない。そんな臆病な自分に悶々としていた、ある日のことだった。
『日曜日は暇ですか?』
予定を確認するまでもない。俺のカレンダーは、真っ白な平原のように潔い。『暇』短く返すと、即座に既読がついた。
『良かったら、水族館に行きませんか?』
添えられていたのは、最近できたばかりの都市型水族館のリンクだった。ビルの中にある洗練された空間で、ペンギンやクラゲが目玉らしい。普通に考えれば最高の誘いだ。しかし、俺のモブ本能が全力でブレーキをかける。画面の向こうにいるはずの、華やかな彼女の隣に並ぶ自分の姿を想像して、胃のあたりが重くなる。
『俺でいいの?』
後ろ向きだと笑いたければ笑え。
実際、俺に自信なんてこれっぽっちもないんだから。それに、彼女と「友達」になってからというもの、教室内での視線は日増しに鋭くなっている。嫉妬、蔑み、忌避。「なぜあいつが」という無言の圧力が、モブとしての平穏を削り取っていく。だが、俺の卑屈な不安は、彼女のストレートな一言によって、木っ端微塵に粉砕された。
『はい。神崎くんがいいです!というか、神崎くんじゃなきゃダメなんです!』
「……おぉ」
自室で、思わず声が漏れた。そこまで言われて断れる男がいたら、そいつは聖人か、よほどの馬鹿だろう。心臓の鼓動が耳の奥まで響いてくる。俺は震える指で、二つ返事の了解を送った。
『OK』
『本当ですか!?やったぁ!ありがとうございます!じゃあ日曜日の10時に駅前集合でいいですか?』
画面から、彼女の弾けるような笑顔が透けて見えるようだった。その後もしばらくメッセージをやり取りし、ようやくスマホを置いてからも、高ぶった神経はなかなか鎮まらなかった。彼女は、本当に俺でいいんだろうか。何か大きな勘違いをさせているのではないか。そんな贅沢な悩みと、抑えきれない期待。
それから、当日着ていく服なんて一着も持っていないという絶望的な事実に気づき、俺は何度も寝返りを打ちながらベッドに潜り込んだ。




