後日談②噛み合わない恋敵と、唯一の特等席
「君が、澪奈くんと付き合っているという男かね」
居丈高に話しかけてきたのは……誰だ、この人。
見覚えがない。他のクラスの人かな?
同じクラスの連中の名前を覚えるのさえ怪しい俺が、他クラスの生徒なんて知るはずもない。
「君が澪奈くんに纏わりついていると、彼女の将来に暗雲が立ち込める!即刻身を引きたまえ!」
「はぁ……」
なるほど、これが噂に聞く「自称・彼氏候補」の一人か。鈴音さんには毎日のように男子が群がるらしいが、中には断られても諦めず、ストーカー紛いの行為を繰り返して注意される猛者もいると聞く。
「君に澪奈くんは釣り合わないんだよ!」
「そうですか」
特に否定はしない。否定できる材料を俺は持っていない。
「そう。僕は澪奈くんに相応しい男になりたいんだ!だから君は邪魔なんだよ!」
「はぁ」
さようですか、としか言いようがない。
「僕は彼女にとって必要な男だ!誰よりも彼女のことを理解している!」
「……あのですね」
あんまり話を聞いてくれなさそうだが、一応誤解だけは解いておく。
「俺と鈴音さんは、別にお付き合いしているわけではないですよ」
「な、なにぃ!?」
なぜか、今日一番の衝撃を受けている。
「遊園地でデートしていたと聞いたが!」
「デートかどうかは置いておいて、遊びには行きましたね」
(というか、俺自身もデートだと思いたい!)
「仲睦まじく手を繋いで歩いていたとも聞いているぞ!」
「まあ、そうですけど」
「だったらなぜ付き合ってないのだ!!」
……なぜか怒られた。
付き合っていない方が彼にとっては好都合なはずだが、どうにも不思議な御仁だ。
「なぜこんな奴が好かれて、僕みたいなイケメンが相手にされないのだ!?」
自分で自分をイケメンと言い切る人間を、鈴音さんが好きになるとは思えない。
それに……。
俺には視える。彼の後ろにべったりと張り付く、どす黒いナニカが。「感覚」でナニカを察知してしまう彼女が、これほど大きなナニカを纏った男に好意を持つはずがないのだ。
「神崎くん!」
まだ何事か喚き散らそうとしていた彼を遮るように、鈴音さんが現れた。
彼女はいつもの勢いで俺の腕を取ると、身体を寄せながら満面の笑みを浮かべる。学校という手前、二人きりの時よりは幾分抑え気味ではあるが、それでも周囲の視線が痛いほどの密着度だ。
「もう行かないと、授業に遅れてしまいますよ」
「え?ああ、そうだね」
時計を見れば、次が始まる五分前だ。この場を切り上げようと、俺は彼に別れを告げた。
「すみません、失礼します」
「ま、待て!!」
「……えっと、神崎くん。この方は?」
鈴音さんが小首を傾げて彼を見る。
「ああ。僕は――」
「神崎くんのお友達ですか?」
「いや、僕は……」
「仲良くしていただいて嬉しいです。ね、神崎くん」
「え?ああ……まあ……」
鈴音さんは、どうやら彼のことを全く覚えていないらしい。多分、過去に一度や二度は告白されているはずなのだが、彼女の記憶のフォルダに彼が保存されることはなかったようだ。さっきまで威勢の良かった「イケメンくん」が、見る間に項垂れていく。
少しだけ哀れに思った俺は、去り際に彼の背後の『影』を凝視した。
――霧散。あっさりと消え失せる。これで彼の性格が変わるわけではないだろうが、体調が良くなるくらいの効果はあるかもしれない。しらんけど。
「やっぱり、神崎くんは優しいですね」
並んで歩き出した途端、彼女がチラリと俺を見て微笑んだ。その笑顔に、俺の胸はまた大きく高鳴る。
「……なんのことやら」
「はい!『なんのことやら』です!」
彼女は楽しそうに、歌うように笑った。
きっと、彼女は分かって言っている。俺が今、何をしたのかを。彼女になら、この『影』のことを話しても平気だろうか。そんな考えが脳裏をよぎるが、今はまだ、その時ではないと自分を制した。
今はただ、この笑顔を守るために、彼女の隣に居られればそれでいい。こんな俺を認めてくれた。それだけで、俺の孤独だった視界は十分に救われている。だから今は、これでいいんだ。
俺は隣を歩く彼女の歩調に合わせ、少しだけ胸を張って、騒がしい教室への道を歩き出した。




