表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

2. 手に入れたかったのはただ一つ side.ヘンリック

 幼い頃から、自分が他者より優れていることは自覚していた。

 

 王子という生まれ、見目麗しい容姿、そして知能の高さ。

 大抵の人間は思い通りに動かせた。純真な少年、優秀な生徒、母親思いな息子……相手の望む姿を演じてやればいいだけだ。

 

 欲しいものは何だって手に入った。

 だけどそんな俺にも一つだけ、どうにもできないものがある。


 俺の姉上、エルフリーデ王女。


 賢くて美しくて誇り高い、最上の女性。だがどんなに恋い焦がれたところで、彼女は俺のものにはならない。

 なぜ姉弟では結婚出来ないのだろう。あの美しい身体に他の男が触れるなど、考えただけで気が狂いそうになる。


 結婚以外で俺が彼女の傍に在るには、姉上を王にするしかない。

 幸いにも我が国は女性でも王位継承権がある。姉上が女王となり、俺が摂政となればいい。

 

 それから俺は自分の実力を隠し、平凡な王子を演じるようになった。

 とはいえ、あまりにもダメ王子では将来女王を支える立場になれない。ある程度のところで手を抜き、そこそこの評価を保つように尽力した。

 

 弟のフィリベルトも王位継承権を持ってはいるが、あいつは何をやらせても俺より下だから気にする必要はない。

 しかし念のため、俺や姉より目立つ振る舞いをしないよう脅しつけた。侍従や使用人のいない所で殴ってやったら、びくびくして俺へ従うようになったのは面白かったな。


「侍従から、フィリベルトの身体に痣が出来ているとの報告があった。誰かに殴られたような跡だと。身に覚えはあるか?」


 弟への暴力を繰り返していたところ、父上に呼び出されて詰問された。

 

「兄弟喧嘩に少々熱が入ってしまって……申し訳ありません。反省しています」

「何故すぐに報告しなかったのだ?」

「そんなに強く殴ったつもりはなかったのです。軽く押したつもりでした」

「ヘンリックが理由もなく暴力を振るうはずはありませんわ。きっとフィリベルトがタチの悪い悪戯をして、ヘンリックを怒らせたのでしょう」


 母上が味方をしてくれたおかげで、説教と数日の謹慎だけで済んだ。

 弟も思い知っただろう。言いつけたって無駄なことだ。負け犬王子を顧みる奴なんて、誰もいないんだよ。

 


 しばらく後、フィリベルトはダルロザへと留学した。当人の強い希望だったらしい。

 負け犬でいる状況に耐えられなくて逃げたんだろう。

 目障りな奴が消えて清々する。そのままダルロザで婿入りでもすればいい。

 

 あとは俺がこのまま平凡王子を演じ続ければ、王位継承者は姉上に絞られるだろう。

 

 姉上を欲しがる身の程知らずの男たちもいたが、全て手を回して陥れてやった。

 実際に事を行ったのは取り巻きの奴らだが。特にファクラー侯爵令息ギルバートは使い勝手の良い駒だ。いずれ王配にしてやると言うと奴は喜んで従った。

 

 勿論、あんな男に姉上を渡すつもりはない。

 初夜の前に薬を盛って不能にしてしまうつもりだ。形だけの王配でも、男避けくらいにはなるだろう。

 姉上には清らかな身でいて欲しい。美しくて賢くて、俺だけの姉上のままで……。

 

 婚約者のローゼマリーに興味はなかったが、俺が摂政となって国政を握るためには、ファインベルグ公爵家の助力はあった方がいいだろう。それに万が一にも弟と結びつかれては困る。

 優しい王子様を演じてやれば、ローゼマリーはすぐに俺を慕うようになった。


 いずれはローゼマリーとの子供を姉上の養子にするのもいい。

 そうすれば姉上と俺は、王太子の父と母として並び立てる……そんな、甘美な妄想に浸る日々。


 エルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を側に置いたのは、本当に気まぐれだった。

 姉上どころかローゼマリーの足下にも及ばない、下賤な女。妻にする気など毛頭ない。だがハニーブロンドの髪に顔を埋めれば、まるで姉上を抱きしめているようで気分が良かった。


 

「グラドネリア帝国の皇太子が姉上を?しかし彼には妃がいたはずだが」

「は。ですから側妃にと」

「姉上ほどの方を側妃だと!?無礼にも程がある!」


 側近から、グラドネリアの皇太子が姉上を望んでいるという情報が入った。

 重臣たちの一部も賛同しているらしい。どうせグラドネリアの利権目的だろう、馬鹿どもが。次期女王たる姉上を他国へ嫁がせるなど、損失でしかないと何故分からないのか。

 

 俺はローゼマリーへ婚約の解消を言い渡した。

 多少強引だが、一刻も早く姉上を王太女にする必要がある。

 グラドネリアには代わりにローゼマリーを嫁がせればいい。姉上ほどではないにしろ、ローゼマリーは公女で容貌も良く教養も高いのだ。皇太子も彼女を見れば気に入るだろう。


 次の縁談を用意すると言ったのに、ローゼマリーは拒否した。

 慕っていた俺に振られて拗ねているのかもしれない。女はこれだから面倒だ。嫌がるようなら、父上から王命を出して貰うか。

 

 

 これで姉上を守ることが出来たと安堵していた、その数週間後。


「フィリベルトを王太子とする。お前はいずれ王族から除籍し、爵位を与える」

 

 父からそう申し渡された。突然の事に頭が回らない。

 弟が王太子で俺が王族から除籍?どうしてそうなる?

 

「は?次期国王は姉上でしょう?」

「エルフリーデはダルロザの第三王子との婚約が内定しておる」

「なっ……」

 

 グラドネリアからの縁談は回避したはずなのに。ダルロザからも縁談が来ていたなんて話は聞いてない。

 しかも内定だと!?俺に知らせもせず、何を勝手なことを……!

 

「父上、正気ですか!?フィリベルトなんかに王が務まるわけがない。王太子に相応しい人間は、姉上だけです」

「フィリベルトは帰国してのち様々な献策を行い、国政に貢献している。今や貴族の半数以上がフィリベルトを推しているのだ」

 

「し、しかし。姉上や俺をさしおいて弟が王になると言うのは、筋が通らないのでは」

「お前は国王になりたくないとさんざん言ってきたではないか。それに臣籍降下すれば、あの子爵令嬢との結婚を認めてやる。ファインベルグ公爵家を敵に回してまで、あの娘と添い遂げたかったのだろう?」


 色々と言い訳をしたが、父上は「もう決めたことだ」と取り合ってくれなかった。

 クソっ。エルヴィラは子爵令嬢だ。俺の妃に出来るような女じゃない。姉上の縁談を回避するための大義名分が、まさか足を引っ張ることになろうとは……。


 

「立太子を辞退しろ。お前なんぞに国王が務まるわけないだろう、身の程知らずめ」

「私利私欲で跡継ぎ選びを混乱させている兄上にだけは、言われたくありませんね」

 

 俺は弟をこっそりと呼び出して脅したが、奴は全く動じない上に口答えまでしてきた。いつも怯えて俺に従っていたくせに。

 

「王に相応しいのは姉上だ。お前じゃない」

「姉上はユストゥス殿下へ嫁ぐことを望まれているんですよ。弟なら、姉の幸せを喜ぶべきでは?」

「政略結婚の駒にされて、幸せなわけがあるか!姉上はこの国で、清らかなまま女王として君臨するんだ。それこそが彼女に相応しい、輝かしい未来だ!」


 フィリベルトが冷ややかな視線を向けてくる。可哀想なものを見るような、見下した目で。


「今や貴族の半数近くが俺を支持しています。姉上の嫁ぎ先が他国に決まったこと、そしてローゼマリーとの婚約でファインベルグ公爵が俺に付いたと知れば。ほとんどの貴族が俺に付くでしょうね」

「は?ローゼマリーがお前と婚約?あいつがお前を選ぶわけない」

「彼女との婚約を解消したのは下策でしたね。大人しくしていれば、侯爵位くらいは与えられるよう手配してあげますよ、兄上」

「この……出来損ないのくせに!」


 目の前が怒りで赤くなる。

 俺はフィリベルトの襟をつかみ、殴り掛かった。留学先で持ち上げられて、いい気になったんだろう。俺には敵わないのだと思い知らせてやらねば――。

 

 しかし次の瞬間、俺は地面に転がっていた。


「え……?」


 頭がふらふらする。弟に投げ飛ばされたのだと理解するまで、しばらく時間を要した。


「やれやれ、この程度ですか。ずいぶんと鍛錬を怠っていたようですね、兄上」

「貴様……兄に向かってこんなことをして、良いと思っているのかっ」

「先に手をあげたのはそちらですよ。話がこれだけなら失礼します。この後、来賓との会食があるので」

「ま、待てっ」


 俺の制止に耳を貸すことなく奴は去っていった。その背中を呆然と眺める。

 こんなのはおかしい。

 弟は出来損ないのはずだ。俺の下にいるべき人間だ。こんなこと、あっていいはずがない!


 何より、このままでは姉上がダルロザへ嫁いでしまう。

 どうすれば。どうすればこの状況を覆せる?


 

 

「俺が間違っていた。ローゼマリー、やはり俺には君が必要だと気付いたんだ。俺ともう一度婚約してくれ」

 

 思いついた起死回生の策が、ローゼマリーとの再婚約だった。

 ローゼマリーは俺を慕っていた。俺が愛を囁けば、喜んでフィリベルトとの婚約を解消するに違いない。

 愛娘が強く願えば、ファインベルグ公爵も俺の派閥へ戻ってくるだろう。そうすれば、フィリベルトの立太子を阻止できる。


「婚約を解消なさったのはヘンリック殿下ではありませんか。エルヴィラ様はどうなさるのです?」

「俺が愛しているのはローゼマリーだ。エルヴィラは王族の妃として何もかも足りない。あの女へ入れ込んだのはひと時の過ちだ。寛大な君なら、許してくれるだろう?」

 

 優しくローゼマリーの手を握り、唇に押し当てる。しかし彼女は表情を変えることなくその手を振り払った。


「私はもう、フィリベルト様との婚約が決まっておりますわ」

「公表はされていないだろう。今なら間に合う。君だって不本意だろ?フィリベルトなんかと婚約させられて」

「いいえ。フィリベルト殿下は夫として、敬愛に足る人だと思っております」

「意地を張らなくていい。ローゼマリー、君だって俺を愛していた筈だ」


 あんな男より俺の方がいいに決まってるだろう。

 さあ、早く「はい」と言え。あの生意気な弟に、思い知らせてやるために。

 

「貴方を慕っていたこともありましたわね。ですがそれは過去の事。私はフィリベルト様と結婚致します。私自身がそう決めたのです。ヘンリック様も、エルヴィラ様とお幸せに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
連載版、ありがとうございます! 短編の時から思っていたのですが…姉王女って本当に優秀だったのかな? まぁ、“完璧な人間”はいないので、どこかにマイナス要素があるのは本来なら当たり前のこと。だけど、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ