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1. 不実な婚約者

1~3.は短編版+ちょっとだけ加筆したもの、4.以降が新規エピソードになります。

「エルヴィラとは、君が思っているような関係ではないよ」

 

 ヘンリック様は微笑みながら私の手を取った。金髪碧眼の麗しいヘンリック王子は、私の婚約者だ。

 彼に手を触れられただけでも、大抵の令嬢が胸をときめかせるだろう。かつての私もそうだった。しかし今は何も感じない。まるで心が凍っているみたいだ。


「ローゼマリー、君にそんな心配をさせてしまった俺を許してくれ。だがそうやって嫉妬を見せる君も愛らしいな」

「嫉妬をしているわけではございません、ヘンリック様。彼女をお傍に置くなとは申しませんが、過度な触れ合いはお控え下さいと言っているだけですわ」

「ちょっとした戯れだよ。心配せずとも、俺が妻にしたいのは君だけだ」

 

「ですからそういう事を言っているのではございません。お振る舞いが目に余ると、生徒たちの間でも噂になっているのです。王太子候補であるヘンリック様のご評判に傷が付くことを、私は恐れているのですわ」

「言わせておけばいいさ。俺は王位に興味が無い。王に相応しいのは俺ではなく、姉上だ」


 ヘンリック様が肩をすくめながら城の方へと目を向ける。彼の目線の先にあるのは、姉君であるエルフリーデ王女殿下の部屋だ。その仕草を目にした途端、心の氷に少しだけひびが入り、ちくりと胸を刺した。

 

 

 

 大国ダルロザとグラドネリア帝国に挟まれた位置にある小国レクイオス。その国王には三人の子供がいる。

 長子がエルフリーデ王女殿下、その下に第一王子ヘンリック殿下と第二王子フィリベルト殿下。

 

 我が国は女性の継承権も認められており、過去に女王が即位したこともある。とはいえ、男性の方が尊重されるのも事実。そのため貴族たちは長子が相続すべしというエルフリーデ派と、王位に就くのは男子にすべしというヘンリック派に割れている。

 さらにエルフリーデ殿下を可愛がる王太后と、長男を溺愛する王妃の嫁姑争いまで加わり、陛下も決めかねている状態だ。

 

 私の父、ファインベルグ公爵はヘンリック派である。

 幼い頃のヘンリック様は神童かと言われるほどに頭が良く、父は彼こそが王太子に相応しいと期待した。私が婚約者になったということ、それはつまりファインベルグ公爵家が彼の後ろ盾になったことを意味する。そのためヘンリック様の立太子は確実だろうと言われていた……かつては。

 

 父の思惑に反し、ヘンリック派は最近その勢いを失いつつある。その原因はヘンリック様自身だ。

 素行が悪いわけではない。成績も上位には入っており、生徒会長も務めている。

 生徒から相談を受けて一肌脱ぐような面倒見の良い面も見せるため、それなりに人望も高い。

 

 しかし学院在籍時代は生徒会長として様々な改革を行ったエルフリーデ殿下に比べれば、いまひとつ弱いというのが周囲の評価だ。

 生徒会にしろ執務にしろ、前例に倣って淡々とこなしているだけ。

 王族としては及第点だが、国王として仰ぐにはリーダーシップに欠けている。そんな噂が広がるにつれ、ヘンリック派から離れる者も現れ始めた。


「仕方ないだろう、向いてないものは」

「ですがヘンリック様は才のある方。王になれば良い治世を行われると、私は信じております」

「幼い頃は天才かと騒がれた子供が、長じると凡人になるというのはよくある話だよ」


 ヘンリック様は気にする様子も無い。

 周囲には彼が野心の無い平凡な王子に見えているかもしれない。だけど、傍らでずっとヘンリック様を見つめていた私は知っている。

 

 ヘンリック様はエルフリーデ殿下を慕っている――恋慕している。崇拝といっていい程に。


 エルフリーデ王女殿下は女の私から見ても、見惚れるほどに美しい方だ。

 艶やかなハニーブロンドの髪にエメラルドの瞳、透き通るような白い肌。唇から紡がれる麗しい声は聴く者を魅了する。洗練された物腰と気品あふれる姿に、立場を問わず恋焦がれる殿方は山のようにいると聞く。

 

 国内の高位貴族は元より、他国からも縁談は引く手数多。国力の弱いレクイオスにとって、エルフリーデ殿下は大国と縁を結ぶために最高の駒だ。

 

 ヘンリック様はそれを防ぎたいのだろう。

 王子という立場を保ちつつも、王太子には相応しくないという評価を得る。そうすればエルフリーデ殿下が女王になり、ずっと彼女の傍に居られる……。なまじ頭が切れる故に、彼にはそれが出来てしまうのだ。


 ヘンリック様がここ最近、エルヴィラ・ボーデ子爵令嬢をお気に入りとして傍らに置いているのもその布石の一つに違いない。

 人目もはばからず触れ合う二人の姿に、誰もがエルヴィラ嬢はヘンリック王子の寵愛を受けていると思っている。そして当然、そんな王子は国王には相応しくないとも考えるだろう。

 それこそが彼の目的だと知らずに。

 

 だって。彼がエルヴィラ嬢に注ぐ瞳に、エルフリーデ殿下へ向けるほどの熱は無いのだもの。

 

 少し稚気な所もあるが争いを好まず、気さくで面倒見が良い平凡な王子。それが、皆が思い描くヘンリック様の姿。

 しかし柔和な仮面の裏に、見え隠れする狡猾な顔――きっと、それが彼の本質なのだ。


 

「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」

「妻にするのは私だけと仰っていませんでしたかしら?」

「済まない。俺はエルヴィラを愛してしまったんだ」


 ……嘘ばかりね、貴方は。

 哀しげに見えるよう顔を伏せた陰で、こっそりと溜息を吐く。

 

 グラドネリア帝国の皇太子がエルフリーデ殿下を求めているらしい。皇太子には既に正妃がいるため、側妃として。

 

 レクイオスは数年前、国土を襲った嵐と長雨により大きな被害を被った。その際に多大な支援をしたのがグラドネリア帝国だ。そして復興が成った今、帝国は支援の見返りに様々な要求をしてきている。婚姻の申し出があれば断り切れない。

 ヘンリック様は焦ったのだ。正式な縁談が来る前に、エルフリーデ殿下を王太女にしなくてはならないと。

 

 しかも婚約解消を言い渡す場を、王宮ではなく学院のカフェテリアを選ぶ念の入れようだ。

 周囲にいた学生たちは固唾をのんで私たちを盗み見ている。この話は今夜にでも貴族たちの間を駆け巡るだろう。


「ローゼマリー様、申し訳ございません。私のせいでこんなことに……」


 へンリック様の傍らで涙を浮かべているのはエルヴィラ様だ。

 美しい金の髪を震わせて泣く可憐な姿は、男性ならば庇護欲をそそられるだろう。しかしその瞳には愉悦の色が浮かんでいる。毒蛇のような、邪な色。


 ヘンリック殿下に選ばれ公爵令嬢(わたし)に勝利したと、内心ではほくそ笑んでいるのでしょうね。

 なんて滑稽なのかしら。

 貴方だって代わりに過ぎないのよ。

 ただエルフリーデ殿下に髪と瞳の色が似ているというだけの、代用品。

 

「婚約解消を受け入れますわ。陛下や父の説得は、ヘンリックさ……殿下が責任を持って行ってくださいませ」

「ああ、無論だ。ローゼマリーには非が無い事は、きちんと説明する。それと君の縁談についても、王家で嫁ぎ先を用意するように進言するつもりだ」

 

「……その件は、謹んで辞退申し上げますわ。父の意向も確認しないとなりませんし」

 

 ヘンリック様の魂胆は分かっている。

 公爵令嬢である私は、この国でエルフリーデ殿下の次に高貴な身分の女性だ。王女の代わりとして、グラドネリア帝国へ私を差し出す気だろう。

 

「いや、俺の身勝手のせいで君を放り出してしまうのは、いささか収まりが悪い。国外になってしまうかもしれないが、王族かそれに準ずる相手となる。悪い話じゃないだろう?ファインベルグ公爵家にとっても、益となるはずだ」

「そうですわ。お気持は分かりますが、そのように意地を張らないで下さいませ。このままでは嫁ぎ先を探すのも大変でしょうから」

 

 少し慌てた様子のヘンリック様へ、被せるようにエルヴィラ様が発言した。

 婚約を解消されたという瑕疵のついた令嬢など、嫁ぎ先はないだろうと言いたいらしい。

 その原因の一端を担った者が、何を言うかという話だ。


「いいえ。陛下のお手を煩わせなくとも、父が相応しい嫁ぎ先を見つけてくれますわ。ですからお気になさらず。お二人の幸せを、心より祈っておりますわ。エルヴィラ様、これからは貴方がヘンリック殿下をお支えになって下さいましね」


 肩を震わせる私に、居合わせた生徒たちが気の毒そうな視線を向ける。

 ヘンリック様とエルヴィラ様が気まずそうな顔で黙った隙に、私は足早にその場から立ち去った。


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