捌条 冬林檎鼓斗の過去
冬林檎鼓斗。24歳というのに僅か3年で、警察署の重役を担っていた。
そんな彼には…17歳違いの妹がいた。可愛らしくてとても明るい子供だった。その名前は冬林檎茅咲。
『おとーさん!』
しかし、産後父が死に、年が離れすぎているせいで、鼓斗を父だと勘違いしていた。鼓斗はいつか、自分の妹が『お兄ちゃん』と呼んでくれる時を、ずっと楽しみにしていた。
去年までは…。
去年の夏…。鼓斗が茅咲をプールへ出かけた時だった。
『…茅咲、何食べたい?』
『うーん、おとーさんは?』
『うーん、かき氷とか?暑いからねー』
『じゃあ、それ食べたーい』
『茅咲…』
茅咲は待っている間、ずっと大人しかった。
【うたゆなチャンネル】
『かぁわいい〜♪』
ずっと、優那の動画を見ていたから。
あまりにも大人しいものだから、目を離してしまった。しかし、それが悪夢の胎動だった。
『…わぁあ~』
『…!?』
鼓斗が不意に茅咲のいる場所を見やる。だが、彼女はどこにもいなかった。預けていたスマホもどこかへ消えた。
『…ちさきッ!?』
慌てて、茅咲探す鼓斗。すると、信じ難い光景が目に飛び込んできた。
『ち、茅咲ー!!』
それは男性が茅咲を、プールサイドまで、無理矢理に連れていた所だ。
『やめてぇ〜!』
『うたゆな…ちゃんねる?そんなの見てないで俺と遊ぼうよ〜♪』
茅咲が嫌がっている。変質者確定だ。
『何してるんだ!?』
『やべっ!!』
鼓斗が力のかぎり叫ぶと、奴は突然逃げ出した。
鼓斗は茅咲を優先した。
『大丈夫か?』
『…ここ触られた』
『!?』
水着姿の茅咲は胸の上部を指さし、泣きそうな顔をしていた。
『…はぁ、ごめんな。1人にして』
『…帰りたい』
『ごめんね。嫌だよな。帰るか…』
しかし、男性は取り逃してしまった。その後はどうやら、人混みのプールへ飛び込んで、紛れるように逃げたらしい。
ようやく彼女のトラウマが消えた頃、50代前半の母が、温泉村に誘ってきた。
そこが吹羅谷村だった。冬の温泉を見ながら…と楽しみにしていたが、それが最後だった。
『湖、行ってくるね〜』
『ああ、待って。僕も行く!』
『…おとーさんは、良いよ』
『駄目!!』
んもー、と茅咲は、鼓斗と吹羅谷湖に行くことにした。
湖の道中。
『あれれ~、あれ何だろう?』
『ん?』
茅咲が大きな冷凍トラックを指さした。湖浜に停まるにしては大き過ぎる。
『…ちょっと見てくるね!』
『気をつけてねー』
目の前だし、流石に心配ないだろう。鼓斗は、目の前の冷凍トラックに目を輝かせる茅咲を、ただ見守った。
茅咲は物珍しさに、目を輝かせていた。しかし…、
『…ん?』
トラックの荷台には、血のようなものが付いていた。思わず気になり声を掛けようとした時だった…。
『…』
『ひっ!?』
2人の男性が、茅咲を睨みつけてきた。
『ご、ごめんなちゃい…』
茅咲が縮こまって謝る。それが可愛らしすぎたのか、睨見つける視線から笑顔へと変わる。
『い、いいんだ、いいんだ!』
慌てて、荷台を閉じた2人は、何かコソコソと話し合っていた。
『れちう?』
茅咲には、その言葉しか聞こえなかった。
その日の夜だった。
温泉から上がり、部屋へ戻ると、母が泣いていた。
『…お母さん?』
『ち、茅咲が…、いなくなっちゃった…!!』
『は?』
茅咲が消えた……。
ふたりは、すぐさま旅館から村の遊び場まで、捜し回った。
だが…茅咲は先ほどの湖浜にいた。
『いたっ、いたい…よっ、やめて…』
村瀬が茅咲の小さな体躯に、深く覆いかぶさっていた。 至近距離の男性の下卑た笑いに、下からは性器を挿れられた強烈な異物感と恐怖。視界は茅咲自身の涙でよく見えない。
『おいっ!ヤリ過ぎんなよ〜』
『…んなもん、つまんねーだろうが!』
すると、奴は胸から地面へ手を付く。
『まさか、プールで出会った君と、又すぐに出会えるなんて…』
楽しもうね〜、ふざけた言葉と激痛。そんなもの、小学1年生がとても耐えられるものではない。
『あい、どけ』
『ちっ、1回ヤったら変われよ』
『わあってるよ』
再びもう1人に、茅咲は胸を揉まれ、性器を突っ込まれる。強烈な異物感に襲われた。そこにあったのは、やはり快感とは遠く離れた激痛だ。再び至近で獣を見てるような気分に襲われる。
『うぐっ…、いたい、よっ、やめてぇ…』
喘ぎ声のせいか、その叫びは届かない。
『かわいいねぇ〜』
『いやぁぁあああ〜〜〜!!!!』
性器と血に塗れる度、自分を失うような気がした。
それからも、至悪な行為は何時間も続いた。
2人もの男に、悪夢を植え付けられた彼女は、もう我を失いかけていた。
気付けば、彼女は全身が骨折したような痛みを伴っていた。
血塗れになった下半身。虚ろな目。もはや、肉体破壊の境地に達していた。
『チッ、これ強姦だよな?』
『バレたら世間体わりーし、殺すか』
『丁度、鮫の輸入も見られたしな』
『そうじゃん!どうすんだよ?櫓城』
『鮫と強姦、バレれば大変だからな。でも、選ぶのは…』
櫓城幽介という男は、とんでもない暴挙に出る。
『…川で一旦溺死させるぞ』
『おう』
何と…瀕死の茅咲を川で殺したのだ。
最後に櫓城は、彼女の胸へナイフを突き刺した。
「川なら湖へ捜査の目は向かねぇ」
「櫓城〜、おま天才!」
「満足したし、帰るぞー」
「ふふ、こんなクソ田舎で面白かったわ」
彼女の凄惨な遺体を、地面へ放り投げた櫓城は、ニヤリと笑う。
「次は、アイツの番だ」
「アイツ?」
村瀬が訊ねると、奴はスマホを取り出した。
「うたゆなって奴だよ。裏社会の人間に追わせたら、ここら辺に夏頃、来るらしいぜ」
「ふひひひっ!なら、奴の地元を特定するだけだな」
「ああ。何かあったら、俺を頼れよ」
「わかってる、じゃ隠蔽して帰るか…」
ふたりは、悍ましい犯罪を放置して、村から消えた。
翌日。
鼓斗が川まで捜索の範囲を広げていた時だった。
『…!?』
血塗れの何かを見つけた。
『ちさきっ…!?』
なんと茅咲が血まみれで息絶えていた。
『…あ、あぁ』
やつれた目。首を強くつかまれた紫色の跡。そして、胸からは血が流れ、下半身からは血と白い粘液がこぼれていた。
…何があったか理解できる。
『ちさき…、ごめんな、ごめんなぁ、ごめんなァ…』
体から力が抜ける。茅咲は幼いにも関わらず、この世の地獄を味わったのだと。
妹が死んでから、何もできなくなった。少しずつミスが増えてきたことを危惧し、彼は重役さえも手放した。
それから、成り行きで未解決事件防止省へと就いたのだった。
凄惨な過去が、頭の中を強く殴る。その衝撃に打たれたように、鼓斗は引き金を引いた。
バンッ!!
それは…村瀬の生殖器(性器)を撃ち抜いた。悲鳴を叫び散らかすように、真っ赤な何かが穴を越えて弾ける。
「ギャアアアハア…ハア!!」
未知の痛みに、村瀬は気絶しようとする。
「…ふざけんなよ」
鼓斗は殺意のまま、村瀬の髪を掴んで引っ張り上げた。気味悪く蠢く奴の四肢を、投げ捨てるように地へ放る。
「少しでもいい、茅咲の痛みと恐怖を味わって死ね」
「は、はぁあ…!た、たしゅけてっ!!ガッ!?」
村瀬は必死に助けを懇願した。しかし鼓斗に顎を蹴り抜かれてしまう。
それから、胸倉を思い切り掴んだ。
「安心しろ。殺しはしない。お前の共犯…処妖を殺すまでは、ね」
頰を一方的に一閃させる。村瀬は手を離され、地面を転がった。その先には、綾之助の仕掛けた大きな落し穴があった。
「がふぁ…!?」
落ちた奴は、木の先端で肌を傷つけた。
姿が消えた奴を追うように、鼓斗はゆるりと歩き出す。
「…ってか、殺せないなぁ。鵺琳くんたちがいなかったら、お前を暴くなんてできなかった」
またも、容赦なく髪を掴んで、左足で強烈な蹴りを入れる。
「やめてください…よっ…」
村瀬は力なく制止を呼びかける。股間を撃たれた上に、肉体的苦痛は常軌を逸するほどの責め苦だ。
「…だから、鵺琳くんたちが来るまで、一方的に制圧する」
「…い、いたいよ…っ!やめて…」
「知らないよ、どうする?それとも風雅さんたちを呼ぶか?」
「…!?」
バレた!そう言う前に、追撃の踵落としが振り下ろされる。
「がぁあああああ〜〜〜あぁ〜んッ!!」
撃たれた患部を、鼓斗は徹底的に踏みつける。ゴリゴリ…と鈍い男と、悲鳴が一致する。
「処妖の正体を吐け…」
「…か、寛介だっ!泉愛寛介!!」
「…もういいよ。サヨナラ」
反省の意がないと諦めた鼓斗は、無気力に銃を向ける。奴の脳天へ放たれようとした銃弾。
だが、それは止められた…。
「冬林檎さん、待ってください!」
「…優那ちゃん!?」
止めたのは、泉愛優那だった。
「穴の中に隠れてて…って言ったのに!」
しかし、危害がないと分かった優那は無視した。
「殺さないでください!コイツは確かに、私を狙って…何度も殺そうとしたけど…、もっと悪い奴がいるなら、絶対に殺さずに罪を償わせてください!!」
そして、そう懇願したのだ。
「…くっ!」
「お願いっ!!」
『お願いっ!!』
その時、優那の必死そうな表情が、茅咲と重なった。きっと…茅咲は優那のことが大好きで、優那が許してと言えば、きっと…許してくれる。
「…分かった」
その時、鼓斗は銃床で延髄をたたき、村瀬時雅を気絶させた。




