肆条 恐怖の肝試し
渡瀬と知り合って2日後。
「温泉、良かったです。ありがとうございました」
渡瀬は、仕事中だったが、寛介に誘われ温泉に入っていた。
「仕事中に入ったんは内緒だっぺ!」
寛介はそう言って人の良さそうな笑みを浮かべた。
ー旅館ー
「…やっぱり、莉羅姉さんの料理はうまいなぁ」
篤樹が褒めると、莉羅は「だろ」とノリの良さそうに答えた。
「あの、僕まですみません」
「いいのよ!それに鵺琳がいてくれた方が、優那も安心するみたいだし!」
「はは、それは光栄デス」
「そんな様には見えなーい」
優那が不満そうに鵺琳の肩を小突いた。
「それより、優那ちゃんと綾之介君、夕飯終わったら肝試しする?」
「えっ?」
すると姉弟は途端に凍りついた。
「こ、怖いよ」
優那が言うと、鵺琳は「じゃあ」と人差し指を立てる。
「優那ちゃんには、ポン刀貸してあげるから」
この言葉はある意味魔法の言葉だった。
「やったぁ!」
優那は即座に行くことを決意した。
「綾之介君はひとりで待つかい?」
鵺琳がなじるように言う。結局、泉愛家の姉弟を肝試しに連れて行くことに成功した。
だがその頃、恐ろしい事態が起きていた。優那のストーカーが警官の渡瀬から拳銃を強奪したのだ。そしてこれが、新たな恐怖の沼へ引きずり込むことになる。
その後、6時30分までに帰ってくることを条件に、優那、鵺琳、綾之介、そして付き添いに莉羅が、肝試しに行くことになった。
「俺、脅かすから!」
綾之介が出張って言う。すると鵺琳が彼へスマホを手渡す。
「じゃあ、僕の携帯貸してあげる。何かあったら莉羅の所に連絡して」
「うん」
すると寛介が綾之介の肩を掴む。
「いや、小学生ひとりじゃ心配だから俺もいくばい!」
そう言って綾之介と寛介は山の中へ入って行った。
一方、脅かされる側も準備を進めていた。
「私のスマホ、充電中だから懐中電灯しか持ってないから、莉羅お姉ちゃん」
優那は頼もしそうに莉羅を見る。
「分かってるわ!」
優那は鵺琳から借りた日本刀のレプリカを握る。別に肝試しが怖いのではなく、万が一の武器が欲しいだけなのだ。
そして、一味は小さな山の小道を歩いて行った。
ー山道ー
「絶対に人を殴らないでね。怒られるの僕なんだから」
「殴らないよ!」
「本当に?ネットの女王が心配なんですけど」
鵺琳がため息をついた瞬間、ガラガラと何やら砂と石が擦れる音がする。
「…えっ?近くない?」
途端、鵺琳の表情が少し下がる。てっきりもう少し奥で仕掛けてるのかと思った。
「日和り小僧が…」
不満気な声を出しながら、ズカズカと向かう。それを優那は必死に追い掛ける。
「えっ、めっちゃ怖いよー!」
優那が泣き叫びそうな声で言う。
「まだ6時すぎだぞ」
あまりのオーバーリアクションに呆れていた次の瞬間!
バンッ!
鉄火が莉羅のズボンの裾を貫く。
「…銃声!?」
鵺琳は即座に気づいた。すぐに莉羅の体を茂みに引き戻す。
「えっ、何の音?」
「銃声だ。渡瀬が撃ったか、又は別の誰かが撃ったか…」
優那は小さく震えるしかなかった。
「いずれにせよ、ただ事じゃない」
だが、思考を遮るようにもう一発の銃声が轟いた。
「頭を覆って!!」
次の瞬間には優那の頭は、彼に押さえつけられていた。木の枝が落下する。かしゃん!と目前で枝が叩きつけられる。その威力は粉塵を吹き起こすほどだ。
「逃げるよ!」
鵺琳が叫ぶと、ふたりは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
(誰だ!?こんな所で…)
しかしその間にも、男は優那へ迫っていた。
「…!?」
一瞬だけ姿が見えた。その体格からして渡瀬ではない。
『誰だ!?おまえはぁっ!?』
男へ叫ぶと、男は瞬時に彼へ銃口を構える。バン!凶弾が山の空気を容赦なく裂いた。
「照準が甘いな…」
しかし運動神経と動体視力がずば抜けている彼は、素人如きの速射など簡単に躱してしまう。
その間に優那の手を引いて逃げ出す。
「走りながら下山は危険だ!」
「えっ?」
「射線を隠せる木々の方へ!!」
そして下山する方とは逆の方、つまり木々の生い茂る登り道へと逃げ出した。
《…ちっ!誰だ!あいつ》
バン!
銃声が再び響いた。しかし、彼の読み通り、それは大きな大木が防いでくれた。
そして、
「近くに湖がある!飛び込む!」
「えっ?何で?」
「水中なら銃弾の衝撃は死ぬ」
「わ、分かったよ…」
彼の言葉に優那は腹を括り頷いた。
「…温泉が楽しみだな」
鵺琳は気休め程度にそう言うと、優那と共に湖のある方へ走り出した。
怖い。だから、今は奴から逃げ通さなければ…!
奴は足場の悪い山道なので、中々拳銃の照準も定まらない。
それでも2発乱射する。
一発は優那の握る刀を砕き、もう一発は幹を弾いた。
「…はぁ、はぁ…」
優那が苦しそうに走る中、鵺琳はひとり考えていた。奴の目的は何なのだろうか?
だが、奴が渡瀬を襲ったことだけは確定している。しかし一体どうして?
奴が処妖の正体なのか…?
その時だった。
優那が突然止まる。
「はぁー、はぁ…はぁ…」
「優那ちゃん!?」
優那は胸を押さえ小さな体を大きく震わせる。
「…まずい!」
次の刹那、凶弾が放たれる。
その銃弾は優那を狙ったものではなかった。
「…がっ」
その銃弾が引き裂いた場所は、鵺琳の延髄だった。しかしたまたま体勢を崩した彼の首筋を掠める。
そして鵺琳は湖へ飛び込んだ。黒鉄色の波が彼の体を沈める。
(優那ちゃん!?)
その時、鵺琳はあることに気づいた。優那がいない。
そして黒い魔の手は優那へ襲いかかる。
「きゃぁぁぁああっ!」
優那は悲鳴を上げながら飛んだ。奴のその手は空を切り、優那は湖へと身を投げた。
ドボン!!
ふたりの姿は水面下へ隠れた。
《ちっ、逃がしたか!まぁ、いい》
しかし男は追わなかった。
《奴は生贄だ》
そして、悍ましい言葉をひとつ残し、奴は消えて行った。
息が苦しくなった2人は水面から上がる。当然、奴の姿はどこにもいなかった。
警戒しながらも2人は岬へと到達しようとする。だが行く手を阻む者が黒鉄の影を作り迫る。
次の瞬間、ばぁん!!と水から何かが巻き起こる。それは海坊主にも似ていた。
「…な、なんだ!?」
それは大きな魚。そして明らかに命を脅かすものだった。
「オオジロザメ…だと!?」
鵺琳は鮫の歯を見る。少し黒ずんでいる。そして僅かに鉄の嫌な匂い。
「…なるほど。これが事件の真相か…」
ようやく真実に気づいた。この湖では鮫を飼っていたのだ。恐らく『処妖』が。本来住める場所では無いが、環境を整えることが出来ればどうとでもなる。
(…渡瀬さん、すみません)
恐らく渡瀬は死んだ。
いや、この鉄の匂いが最悪な現実を突き付けている。
渡瀬は死んでしまったのだ。
「例の噂の正体がこの鮫…。なら」
その時、優那が手を引く。
「鵺琳くん、逃げるよ。この鮫、そんなに速くない」
おそらく食料が少ないからだろう。それでも鮫の目は血走っている。そして鵺琳たちを食い破ろうとした寸前、優那が彼を岬へ引っ張り上げた。
それにより、鮫は人を食えなくなり、少しの時間辺りを回っていた。
「鮫なんて…、いたんだね」
「多分、体格からしてあと1年くらいで勝手に死ぬ」
優那と共に彼は旅館を目指した。
「…ねぇ、私も協力させてくれない?」
「えっ?」
「…鵺琳くん、犯人を追うんでしょ?」
「ああ、渡瀬を殺した鮫も、鮫を放った奴も…。絶対に!」
鵺琳はそう言って復讐の炎を燃やした。
肝試しは最悪の終わり方だった。
だが、これは序章に過ぎなかった。
そして鮫をも巻き込んだ『第3の事件』が明かされる…。
次回をお楽しみに!!