参条 怪しい男
※これは犯人側の記憶です。考察等にお使い下さい。
泡沫が少し重い水中を舞う。こぽこぽという音と女の子が藻搔く音だけが聞こえてくる。
だが、すぐに息ができなくなり、水面から顔を上げた男は女の子を溺れさせ続けた。彼女の意識が途絶えるまで何度も。
やがて少女は意識が無くなった。
男は流れ行く川から上がると、冷たくなった少女を岬の見える砂浜めがけて転げ落とした。
少女の遺体は損傷している。まさか…、まさか…、川で溺れ死んだとは思わないだろう。
そして次は…『アイツ』の番だ…。
「やっぱり、ホラーゲームは嫌い!」
優那はスマホで動画を見ていた。エアコンの付いた2階客室は、宿泊客が来ないので優那たち一家が貸し切っている。
「私も釣りに行けば良かったかなぁ」
優那はスマホをポケットへ仕舞い、旅館から近くの釣りのできる川へ歩いて行った。
「…それにしても」
優那は先程の宴会でチラリと見えた宿泊客のことが気になった。その宿泊客は自分をストーキングしていた男にとても似ていたから。
あの背筋の震える感覚は今でも忘れられない。あの客を見てからというものの、外には出ないと心に決めたが、宿泊室でゴロゴロしてばかりでは体が鈍るので、鵺琳たちのいる川へと向かった。
透明な川。波が休む間もなく音をかき鳴らす。そんな中、ぽちゃんという音がひとつ。
「よし、釣れた」
伊吹鵺琳は、優那の爺と釣りをしている最中だった。
「…ずるーい、どうして鵺琳兄ちゃんばっかり」
優那の弟、綾之介の言葉に鵺琳は眉一つ動かさない。
「釣り歴5年を舐めないでくれる?」
そして冷たい声でそう言った。
「大体、100均のルアーでここの淡水魚が捕まえられるわけ…おっ!」
すると鵺琳は再び腕を上げる。それだけで魚が空中を踊り狂う。
「…もう一匹!ここは本当よく釣れるよ。まぁ、本当は岬の方がよく釣れるんだけど…」
「岬?」
綾之介が疑問を投げ掛けようとすると、「おーい!」と優那が駆け寄ってきた。
「はぁ、撮影の準備をしてるのかと思ったよ」
そう言って鵺琳はため息をついた。
「…暇だから来ちゃった」
「そう。君も釣る?魚」
「あ、うん!釣りたい!ありがとー!!」
優那は嬉しそうに釣り竿を受け取った。
しかし一匹しか釣ることができなかった。
「うぇーん、釣れなかったぁ」
優那は悔しそうに言う。
「ネット民の頂点が、大漁なんてできたらお笑い者だよ」
そんな彼女に、鵺琳は容赦なくそう言った。
「ひどぉい、そんなこと…」
その時だった。
「あん?」
鵺琳の声色が低いものに変わる。まるで何かに警戒しているかのように。
「ねぇ、寛介さん、あんな警官いたっけ?」
視線の先には、見るからに若い警察官が、近隣の住民と仲睦まじく話していた。
「…俺も初めて見るばい」
しかし優那の爺も知らなかったのだ。
「…えっ、怖い…」
優那も思わず怖くなった。もしも偽の警官だったら…。
その時だった。警察官が寛介たちへ振り返る。
「こんにちは。わたくし吹羅谷台駐在所の渡瀬と申します」
そう言って渡瀬は警察手帳を見せる。それを鵺琳は食い入るように見つめる。
(警察手帳は…本物みたいだな)
確信するなり、優那を見つめる。
(もしかしたら、優那ちゃんのストーカーが変装して来てるとも限らない…。ここにいる間は注意しないと。それに…)
渡瀬が寛介と話している所を背に彼は確信する。
(間違いなく、あの子のストーカーと殺人事件の犯人は、この山の中にいるはずだ!)
その考察を、山の中にいる誰かが見破っていた。
確信する彼を、奴は眼に焼き付けていた。そして腰に隠したナイフを叩く。コンコンと不穏な音がした。
そして、その視線を鵺琳から渡瀬へと移すと、男は即座に湖のある山道へと消えた。
これが恐怖の逃走劇の引き金になるとも知らずに。
それから2日後の夜。
ナイフを持った男は、パトカーに乗ろうとする渡瀬を発見する。
《おい、そこの警官》
彼が声を掛ける。しかし渡瀬は男のナイフに気づいていない。
「はい?あなたは…」
次の瞬間、男がナイフを渡瀬の腹へ突き刺す。グサリという鈍い男と共に、生温い温度の血がスーツへじわじわと広がる。
「…ぐ、ぐ…あぁ」
渡瀬は倒れてしまった。意識を失った彼を男は背負い、山へ続く小道を歩いていく。その凶行を見た者は誰もいなかった。
男は渡瀬から拳銃を奪う。
《ククク、これさえ有れば…》
そして写真を広げる。それは学生服姿の優那だった。その他にも家族写真や出掛け先の彼女を撮っていた。
《あの子は俺のモノ、グヘヘヘへへ》
男は嫌な笑みを浮かべながら、渡瀬を湖へと突き落とす。肺や心臓を刺したわけでは無いが、1日経たずに命を落としてしまうだろう。
山道からガサガサと草がぶつかり合う音と、喋り声が聴こえてきた。
『こわいよー』
『何言ってんだ?まだ6時すぎだぞ』
男は咄嗟に声のする方へ拳銃を構える。その銃口が誰かを捉えた瞬間、
バンッ!
拳銃を男は発砲した。
凶弾は人影へ容赦なく空気を裂き、突き進んで行く…。