弐条 吹羅谷湖の処妖伝説
莉羅の実家に行く前日。
「寂しくなるなぁ」
公園で優那は友達と話していた。傘田凛玖という女の子だ。彼女とは幼稚園からずっと一緒の親友というべき存在だ。
「…まぁ、夏休みが終わる1週間前には帰ってくるから」
「でも、優那ちゃんを狙うストーカーとはおさらばだね!」
「うん!」
優那は、ネット界のアイドルだからか、ストーカーに追われている。何も危害を加えないので通報はしていないのだが。
そんな優那は明日から、父の姉の莉羅たちがいる実家へ遊びに行くのだ。父たちからしたら里帰りということだ。場所は福島県のある山奥。吹羅谷地区と言われる場所だ。
「そうだ!吹羅谷湖の真相を暴きに行くんだ」
「えっ?」
突然の優那の言葉に凛玖はついていけない。
「…ほら、ネットで吹羅谷湖の処妖伝説って騒がれてたじゃん」
「あぁ、オカルトかー」
「私も怖いけど、行くことにして…」
優那はもう腹を括っているようだ。
「優那、気を付けてね」
凛玖がそう言うと、優那は「分かってるよ」と頷いた。その目は不安げな感情も混ざっていたが。
半年前の殺人現場に…。
優那はひとり家へ帰っていた。いつもなら黒服の男がいるのだが、ここ最近は何故か現れない。最後に黒服をみたのは終業式だったか?
「良かったぁ、男はいない…」
正直怖かったが、最近は陰すら見なくなった。安心したが、明日からは親の里帰りなので勿体ないな、と思った。
「新学期になってからも、現れないでほしいなぁ」
だ 間 大 そ し
っ 違 き れ か
た い な は し
翌日。
新幹線に乗った優那たちは、福島駅へと向かった。福島は少し涼しかった。
「うー、涼しい」
優那のリュックの中にはパソコンが入っている。
「福島なんて1年ぶりねぇ」
「うん!」
母も弟と喜んでいるみたいだ。
すると、美女が駅の構内へ小走りを決め込む。
「お待たせー、いや、待ってないか!」
その美女を見た優那の表情が更に明るくなる。
「莉羅お姉ちゃーん!」
泉愛莉羅。優那の父の姉だ。
「久し振りやん!篤樹!」
「ああ、莉羅姉さん、久し振り」
「お義姉さん、ご無沙汰してます」
「なになにー、いいのよ!それよりあの子、君たち待ってるよ!」
すると弟の綾之介の表情が変わる。
「う、あの子…」
『あの子』の話しには、優那もその反応に少しだけ同意した。
莉羅の両親は旅館を運営している。
「…お母さん、帰ったよー」
莉羅が言うと、彼女の母は「おかえりー」と歓迎の混じった声を飛ばす。
「…こ、こんにちは。お義母さん、お久しぶりです」
「あら、愛彩さん。久し振りだねぇ」
すると莉羅の父もこちらへ来る。
「伊吹んとこの坊ちゃん、君等を待ってるよ」
挨拶もそこそそに、爺はそう言った。
「綾之介、行く?」
「行ってみよ」
その後、伊吹武道稽古場と書かれた古い建物へ優那たちは入る。
「あ、あのー、お邪魔しまぁす」
その時だった。
ひゅう!と入りたての空気を切り裂き、矢が的へスパン!と命中する音が響き渡る。
「あ、ネット界のアイドルとその弟だ」
すると弓を構えた男の子がこちらを見る。
「来たんだ。遊び相手が来てくれたのは嬉しいよ。莉羅は僕と遊んでくれないし…」
その男の子は弓と矢を片付けると、道場へ一礼し出ていった。一連の行動を見守った後、優那は彼へ口を開く。
「久し振りだね。鵺琳君」
「ああ、久し振りだね。うたゆなちゃん」
男の子の声は穏やかなのに無駄に破壊力があった。
『うたゆな』とは優那のアカウント名だ。
「何か言い方悪ー!!」
優那がムズムズとした感情を隠さずに言うと、
「…ネットしか脳の無い人間は好きじゃないからね」
と鵺琳は得意げに言った。
それから、莉羅たちの旅館の広間で宴会が始まった。旅館と言っても、場所が場所なので最近は観光客すらも来ない。だから月に1回は地元民みんなで宴会ができるらしい。
「伊吹さんも飲んで飲んで」
「いや、我々は仕事があるので…」
優那の爺が杯を誘うも、鵺琳の父は苦笑交じりに断る。
「良いんじゃない?今日は仕事しなくて。急ぎじゃないし」
そんな彼に鵺琳がそう言った。結局押しに負け鵺琳の父は酒を飲んでしまった。
「鵺琳くん」
優那は注意の声を掛けるが、鵺琳は気にも留めていない様子だ。
「問題ないよ。夕飯だって優那ちゃんたちと食べるんだから」
それどころか、何とこう言ったのだ。
「えー、鵺琳兄ちゃんとご飯一緒なのー」
綾之介は音を上げたが、鵺琳は「嫌なの?」と圧をかける。どこか大人びて嫌らしい彼が、ふたりはあまり好きではない。
「い、嫌じゃないよ!!嫌じゃない!」
圧に負けた綾之介は、必死に嘘を塗りたくった言葉を彼へ連打した。
その時だった。
「お父さん、宿泊者さん!」
莉羅がそう言って、宴会場に滑り込んできた。
「ああ。今いくばい」
爺は少し慣れていない様子だった。
「全く、ここ2カ月はお客さん来なかったのにねぇ」
そんなことよりも寄らず知らずの土地に宿泊する変わり者が気になった。
一方の莉羅は優那へ抱きつく。
「優那ちゃん、いつ行く?吹羅谷湖!」
「えぇー、来週まではいるし、今週末とかは?」
「いいねー」
ふたりは吹羅谷湖の処妖伝説を暴く気でいた。
「もしかして…吹羅谷湖の処妖伝説?やめなよ?犯人に消されるよ」
そんな2人へ鵺琳が冷たい水を掛けるように言う。
半年前、吹羅谷湖で少女がストーカーに殺されたのだが、被害者は少女で、犯人は捕まらず隠れていることから妖怪と揶揄され、『吹羅谷湖の処妖伝説』と世間では噂されている。
だが、その真相を知った者は犯人に殺されるらしい。
「大丈夫だよ!」
しかし優那は確信たる頷きを見せる。
その会話を聞いていた愛彩は、
「事件は大丈夫だろうけど、水辺での事故には気を付けなさいよー」
と言った。流石に事件が起こるわけ無いと思いながらも。
しかし水難事故には気をつけなければ、ふたりは「はーい!」と元気な声で返事をした。
優那は許可を貰えたことにご機嫌だった。
「…ふぅー、午後は何をしようかなぁ…」
そんな事を考えていた、次の瞬間…。
ゾクリ…!
「ひッ」
優那の背筋に悪寒が走る。辺りを見回すと、宿泊者らしき黒服の男が客室へと歩いていた。
(あの男…!?)
その宿泊者は、優那を付きまとうストーカーに少しだけ似ていた…。
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