壱条 プロローグ
『みなさん、こんばんはぁー!優那でーす♪』
大きな機械たちが部屋を囲う。彼女はマイクへ向けて柔らかい声を発していた。
女の子の名前は、泉愛優那。中学2年生の女の子だ。
そんな彼女はネット界でも顔の売れたアイドルだった。初めてから半年でチャンネル登録者も数万人を突破する彼女には秘密があった。
それは数ヶ月前から謎の男にストーカーをされていることだった…。
中学校の終業式。
「優那ちゃんとも会えないのかぁ」
友達が残念そうに言うと、優那は苦笑という笑みを浮かべた。
「そんな、1カ月くらいで会えるでしょ?」
「そうだけどー」
その友達、三笠礼子も優那の大ファンだ。
「礼子ちゃん、また2学期ねー」
優那はそう言って手を振った。
「優那ちゃーん、楽しみにしてるからね。新しい動画!!」
「あ、ありがとう」
すると、
「泉愛さん」
誰かに呼ばれてしまった。
「は、はぁーい」
優那は教卓へと小走りで向かう。すると女性が彼女へ顔を近づける。
『夏休み、あんまり危ないことしないのよ?それとストーカーされたら、ちゃんと家族に言うこと』
優那は「分かりました」と頷く。
「先生、さようならー」
「さようなら。ちゃんと宿題もするのよー」
「はぁーい!」
優那は部活動には所属していない。ずっとネット活動をしているからだ。それでも成績は中の上を何とか維持している。期末テストも順位は100人中30位ほどだった。それでも国語が大好きな彼女は毎日本を読んでいる。
その日の夜もリビングでネット小説を読んでいた。
「えぇー、瑠璃ちゃんと想大くん、別れたのー。この2人推してたのにー」
今読んでいる本は『吹奏万華鏡』という小説だ。部活に所属しない彼女は、部活に憧れていて成り行きでその小説を見つけた。
この本は好きな人に憧れて吹奏楽をはじめた主人公を中心に、様々な人物の物語が展開される小説だ。恋愛話も複雑で予測不可能というのもどこか現実味のある話で優那は好きだった。
「この本、私のライブで宣伝したいなぁ」
そう思っていると、父が話しかけてきた。
「優那、8月のお盆頃に実家に帰るから準備しておいてくれ」
「あ、やったぁ!莉羅お姉ちゃんの所だー」
莉羅お姉ちゃんとは、優那の父の姉である。彼女もネットでライブをしていて、チャンネル登録者は100万人超えだ。その莫大な広告収入から実家にお金を仕入れながら暮らしている。
優那も莉羅から教わってライブ配信を始めた。
「莉羅姉さんのこと、本当に好きなんだな」
「うん!」
ちなみに莉羅たちの住んでいる場所は福島県のとある山深くだ。だが温泉が湧いていて、近くに川と湖がある。そこは相当な絶景だ。
しかし『川や湖』には怖い噂が広がっていた。
翌日、優那は朝一番に莉羅に電話した。
「お姉ちゃん、おはよう」
『あ、優那じゃん!おはよ!』
電話口からは早朝だというのに元気はつらつな声が耳を打つ。
「8月から莉羅お姉ちゃんと遊べるの楽しみだなぁ」
『私も。あ、そうだ!優那ちゃんに誘いたいことがあったの…』
「えっ?なぁに?」
『吹羅谷湖、行かない?』
「…えっ?吹羅谷湖?もしかして…」
吹羅谷湖とは、莉羅の家の近くにある湖である。入水自殺者やその土地の怖い妖怪が住み着いているという噂である。そんな噂は県外にまで広がり、オカルト好きの溜まり場となっていた。……数年前までは。
しかし半年前の冬。ストーカーに少女が殺されたのだ。その遺体が発見された場所が吹羅谷湖だ。以降、誰も吹羅谷湖には誰も安易には近寄らなくなった。
殺された少女は、莉羅たちの住む実家から少し離れた土地に住んでいたらしい。というのに、犯人はまだ捕まっていない。
ちなみに、この事件は世間が面白がって…
「吹羅谷湖の処妖伝説?」
優那が今言った。その台詞通り、そう名付けられた。処女を襲い、犯人は捕まらず妖怪のように姿を隠していることから、略して『処妖伝説』といわれている。
その正体を知った者は本気で殺されるらしい。
『そうそう!一緒に明かさない?』
「えぇー、まぁ、良いけど」
所詮オカルトだ。犯人が捕まらないのも国外へ逃げた可能性がある。
だから優那は了承した。状況が状況なので撮れ高は気にしていないが。
莉羅はネタがあれば何でも食いつく。しかし優那は子供故に慎重にネタを選んでいる。
「でも、地元ならストーカーの心配は要らないなぁ」
安心、安心♪
優那はそう思っていた。
しかし『吹羅谷湖の処妖伝説』は静かに優那の喉元へと迫っていた。
初のホラー作品、読んでくれてありがとうございます!
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次回をお楽しみに!