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11. 作戦会議


 魔界都市の外縁部は、人口の七割近くが居住している区画である。人間や半魔族、そして下級魔族といった労働者階級に属する者が多く住んでおり、治安は中心部ほど良くはない。

 そんな外縁部の奥深く、増築に増築を重ねた特に寂れた区画に〈解放派〉と呼ばれる組織の隠れ家があった。彼らの目的は、自由と平等。魔王家による圧政と搾取に抗い、人間排除の動きに抵抗する組織である。



「はーい、すっごくまずいけど効果抜群な聖魔女印の『宝石薬』はあと四瓶だけでーす」


「こちらでは試作品『夢回廊』の治験者をシトラシア様が募集中です。寝ている間に人の夢に干渉できる不思議なポプリですよー。夢の続きが見られるかもしれない『夢回帰』の在庫もまだありますので、欲しい方はこちらへどうぞー」


「それから新作『偽りの鏡』はいかがですかー? 現実を見たくない方、理想の自分だけを見ていたい方に必見でーす」


「あっ、そこの方、シトラシア様の半径二メートル以内には近づかないでください! もれなく勇者様に頭から酢をぶっかけられてボコボコにされて側溝に突き落とされてしまいますので!」



 そんな解放派の隠れ家にて、なぜかシシィはエセルとフィルを売り子にして、手持ちの雑貨品をガンガン配りまくっていた。金を取れとかいう血も涙もない主張をしたダンを完全無視し、この日は無料開放である。シシィ曰く「商品ではなく恩を売る」のが目的であるため、むしろ無料のほうが都合がいいらしいが。


 ダンは聖剣を片手に睨みを効かせつつ、体調が随分と良くなったことに首を傾げていた。魔界都市に来てからずっと、シシィの守りを掻い潜るように呪いが強まっていたというのに。包帯が頻繁に解け、今にも体がバラけそうに不安定で、歩くのもやっとだったのが嘘みたいだ。

 傍らの聖剣を見る。昨日までの違いといえば、聖剣がほのかな光を放ち始めたことくらいか。ダンが本気で振るう時以外はほとんど手を貸さなかったくせに、ここにきてようやくダンを魔剣の影響から守り始めたようだった。どうせならもっと早くから力を発揮して欲しいものだ。



「ダン、疲れた? 大丈夫?」


「平気。それよりシシィ、誰にもなにもされてない?」


「あなたがそばにいて、誰かになにかされるほうが難しいと思うわよ……」



 休憩ついでに近寄ってきたシシィに遠い目をされる。別にダンはそこまで万能じゃないのだが、すでに視線だけで十人くらいは撃退しているため途中からフィルが間に入るようになっていた。さすがに味方である解放派の面々に、勇者が私怨で酢をぶっかけたら大変なことになる。

 とりあえずシシィの手を引っ張って自分の膝の上に座らせてから、ダンはようやく息をついた。雑貨屋にいた時もそうだったが、接客中のシシィを見守るのは気が気じゃない。なんなら魔界都市までの道中よりも気を張っているかもしれない。



「シシィが知らない誰かと話していると、すごく心がざわつく」


「お店をやっている以上はどうしようもないわよ。慣れてちょうだい」


「百年経っても慣れないままなんだけど」


「……じゃあ、今度からその誰かをエセルかフィルだと思ったらいいわ。それなら腹も立たないでしょ」



 そうだろうかとダンは思ったが、確かにあの二人はダンにとって知らない誰かではなかった。というか、ダンが名前を覚える気になった時点でほぼ奇跡である。なにせ一度目の勇者パーティでは、最後まで誰の名前も覚えなかったダンなので。

 疲れたのか、シシィがダンにもたれかかってきた。魔力を回復してからずっと、聖魔女として行動しているのだ。疲れていないわけがない。ダンがシシィの頬を撫でる。



「このままちょっと寝たらいいよ。ちゃんと起こすから」


「ううん。そろそろ戻るわ。エセルとフィルもずっと立ちっぱなしだし交代してくる」


「いま来たばかりなのに?」



 ダンの指摘に、シシィは困った顔で眉を下げた。



「あんまり寝たくないの。動いていたほうが気が紛れていいのよね」


「……ヴェルザードのことを考えるから?」



 シシィの顔から表情が消えた。

 ダンはじっとシシィを見つめる。静かなその視線に、シシィは観念したように目を閉じた。



「そうね。私にとって彼は兄みたいな存在だった。……グロリアーナが私を敵視する理由もわかるのよ。たぶんヴェルザードは実の妹であるあの子より、私のことを可愛がってくれていたから」



 グロリアーナが憧れていた『聖魔女』という立場と、ヴェルザードからの親愛の、両方を持っていたシトラシア。当時、人間でいうなら十代前半くらいだったグロリアーナは、シシィへの嫉妬と羨望からよく突っかかってきたものだ。それはシシィにとっては微笑ましい程度のものだったので、いつも後ろに引っ付いてくる彼女のことが結構気に入っていたのだが。

 いま考えれば、もう少しなにかしてあげられたのではないかと思うのだ。そうしたら、ヴェルザードもグロリアーナも、ここまで歪むことはなかっただろうに。


 けれど当時のシシィは、ヴェルザードにもグロリアーナにも、親族という以上の感情を抱いていなかった。彼らと仲良くできればもちろん嬉しいが、それだけだ。あの二人がシシィの心を大きく揺り動かしたことは一度もない。ダンとは違って。



「猶予はあと一日。明日、魔王城に乗り込みましょう」


「わかった」


「真正面から行くのは、私とあなた。エセルとフィルには別ルートでこっそり侵入してもらいましょうか。私たちが魔王城から脱出する時に使ったルートを通ってもらおうと思うんだけど、どう思う?」


「いいんじゃないの。あの二人ならうまくやるだろうし」



 おや、とシシィが伏せていた顔を上げた。てっきり「どうでもいい」という言葉が返ってくるとばかり思っていたのだが。

 どうやらこの旅を通して、ダンも多少は成長しているらしい。少なくともエセルとフィルは、ダンをもってして「うまくやる」という評価を得たようだ。はっきり言って快挙である。



「……ふふ」


「? どうしたの、シシィ」


「あなたも変わったなと思っただけよ」



 きっとこれからも、ダンの世界は広がり続けるのだろう。シシィの世界がダンと出会って広がったように。

 それはシシィにとって少し寂しいことだった。けれどそれ以上に嬉しくて、くすくす笑いながらダンを見る。



「この旅が終わったら、王都にお店を構えてもいいかもしれないわね」


「やだ」


「あら即答。どうして?」


「今以上に客が増えたら困る。ただでさえシシィは人気なんだから」


「子供姿の話でしょ。今の私に萌え要素はないわよ」



 前はあったということか。意味不明なシシィの言葉に、ダンは「なにそれ」と怪訝な顔をした。ダンが気にしているのは別に萌えではないのだ。



「……そうじゃなくて、今の姿が綺麗すぎて変なのが寄ってこないか心配ってこと」


「大袈裟ね。魔王家時代を含めてこれまで一度もそういうことはなかったわよ」


「ヴェルザードに好かれてるのは?」


「血縁者は別でしょう。なんの心配をしているのよ、あなたは」



 そうだろうかとダンは渋い顔をする。シシィはヴェルザードを従兄だとしか思っていないようだが、向こうは違うかもしれないじゃないか。

 ちなみに二人のこの会話はその場にいる全員に筒抜けであった。なんならダンがシシィを膝の上に座らせたあたりから全員がガン見だった。勇者と聖魔女の仲睦まじい姿に、解放派の面々が無駄に勇気づけられているのだが、そんなこと当の二人は全然気づいていない。



「エセル、そろそろ代わ……ちょっとやだ、鼻血が出てるわよ」


「え? あ、あまりに尊い光景に興奮しちゃった」



 隣にいたフィルが慌ててエセルの鼻にハンカチを押し当てるのを見ながら、シシィはちょうど列に並んでいたグェンに声をかけた。



「グェンさん、ちょっと協力していただきたいことがあるんですが」


「なんなりと、シトラシア様。我々解放派はあなたと勇者様の手足です」



 頼もしく胸を叩いたグェンに感謝して、シシィは彼にいくつかの頼み事をした。近くにいた他の解放派たちもそれを聞いていて、力強く頷いてくれる。


 それからシシィは持っていた雑貨品をすべて捌き、ダンたちと一緒に部屋へと引っ込んだ。

 ちなみに今いる解放派の拠点は、シシィが急遽作った『撹乱の(とばり)』によって覆われている。そのため現在はエセルもフィルも鋼鉄のシルク製の上着を脱いでいた。


 撹乱の帳:聖魔女の魔力が多めに込められた仕切り布。魔力監視網を欺ける。ただし二十四時間で効果が切れる。



「魔力炉のメンテナンス用通路?」


「そう。私とダンが魔王城を脱出する時にも使った通路なの。外縁部から中心部に侵入した時に使った通路もその一部よ。エセルとフィルはここを通って魔王城に潜入してね」


「わかりました。誰かに遭遇する可能性とかはありますか?」


「魔力炉は魔王城の動力だから、魔導衛兵が一日に二回メンテナンスに入るわ。私がいた頃と見回りの時間が違う可能性があるから一概には言えないけど、当時は……」



 シシィがエセルとフィルに侵入経路を教えている傍ら、ダンは聖剣をじっと見つめる。……やはり、以前よりもはるかに軽い。別にもともと重いとは思っていなかったが、なんというか、少し前よりもずっと扱いやすくなっている気がする。

 そんなことを考えていたら、ダンの手の中で聖剣がかすかに光った。そしてまるで挨拶でもするかのように明滅する。



「…………?」


「ダン? どうしたの?」



 聖剣を手になにやら考え込んでいるダンに気づいてシシィが声をかければ、ダンは「なんでもない」と首を横に振った。しかしシシィは聖剣の変化に気づいたのかちょっとだけ眉を上げる。



「……大丈夫よ。聖剣はちゃんとあなたを守るわ」


「どうかな。ギリギリまで助けてくれなかったけど。こいつ気まぐれだし」


「そこは否定しないけど。でも勇者あっての存在だもの。それに片割れが近くにいることで刺激を受けているみたいだし」



 本来、聖剣と魔剣は二つで一つの代物だった。しかし使用されていくうちに二つは次第に意志を持ち始め、しかも似て非なる性質を発揮し始めた。そのため最終的には磁石の同極のように互いに反発し合って今に至る。どのくらい反発するかというと、聖剣がシシィに対してするような反発はまだ全然可愛い部類に入る。



「でもまあ、聖剣のおかげであなたはバラバラにされた時にもぎりぎり命を繋いでいられたのよ。そうじゃなかったら即死しているはず」


「……そうなの?」


「そうよ。あの時のあなたはものすごいバラけようだったんだから。常人ならとっくに死んでるわ」



 普通は四肢を切断された時点でショック死するだろうし、かろうじて意識を保っていても大量出血で最終的には失血死するはずだ。それなのにダンは幸か不幸か生き残った。すべては聖剣が勇者である彼を守っていたから。

 聖剣カレトヴルッフ。その能力は破壊と再生。地形を変えるほどの破壊力がある一方で、勇者を守る剣でもあるのだ。ちなみに対する魔剣の能力は、創造と消滅。そのため聖剣に守られていたダン以外のパーティの面々は全員、遺体ごとこの世界から消え去っている。



「ヴェルザードが目指す『魔族のための楽園』計画も、魔剣の創造性のおかげで着々と進んでいるわ。人間にとっては文字通り息苦しい魔界都市の空気も、私にとってはかなり心地がいいの。きっと魔族の体質と相性がいい状態になっているのね」


「僕はあんまり感じないけど」


「あなたは人間と魔族の中間みたいな存在だから。人間よりは過ごしやすいでしょうけど、魔族ほど快適ではないんでしょうね」



 そんなことを話しながら、シシィはこの二日間のことを思い出していた。

 力を取り戻した一日目。本来であれば膨大な魔力が体に馴染むまで安静にしているべきなのだが、それでも寝込むダンのことが心配で、ずっと起きてそばについていた。

 二日目になって、ようやく体が軽くなってきた。全身の隅々にまで魔力が行き渡り、髪の一筋、血の一滴に至るまで浄化されていくような心地になる。ただ、やっぱりまだ疲れやすくて、全盛期の頃のようには力を自在に操ることができない。


 ヴェルザードが提示した三日の猶予は、明日で切れる。


 シシィが聖剣をじっと見つめると、聖剣は一度だけ返事をするように光って、そして沈黙した。まるで「はいはい」とでも言わんばかりの投げやりさではあったが、それでもシシィの視線の意味はわかったらしい。

 勇者を守れ。シシィに言われなくても、そんなこと聖剣だってわかっている。だから文句を言うように聖剣がチラチラ明滅すると、シシィは溜め息をついた。



「……まあ、わかっているならいいわ」



 シシィの独り言に、ダンは不思議そうに首を傾げるだけだった。


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