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01. 雑貨屋のシシィと用心棒のダン


 その雑貨屋は、よほど注意深く探していてもうっかり見落としてしまうくらいには目立たない店だった。不自然なまでに風景の中に溶け込んでおり、しかし一度認識すればどうして気づかなかったのかと疑問に思うほど普通に存在している店だ。


 中に入れば店主の少女がにこりと笑顔で迎えてくれる。名前はシシィ。見た目こそ十二歳の少女だが、実際のところは年齢不詳。何年経っても見た目は変わらず、しかし口調や雰囲気は完全に大人のそれだ。そのため常連客は誰も彼女を子供扱いしたりはしない。

 そんなシシィのそばにはいつも、マントのフードで顔を隠した包帯男――なぜか全身に包帯を巻いている――ダンが控えていた。用心棒である彼は、悪質な客に対して一切の容赦がない。大抵は相手の頭に酢をぶっかけてボコボコにして、雁字搦めに縛ったあとは街道に放り出して見せしめの刑に処す。どんなに腕っぷしが強い者でもこの用心棒には敵わない。そのくらい彼は強かった。


 そんな二人が営む『シシィの雑貨屋』には、王都でも手に入らない不思議な商品ばかりが並んでいる。


 夢回帰:枕元に置いておけば低確率で夢の続きが見られるポプリ。なぜか悪夢の続きを見やすい。

 消えぬ灯火:千時間ずっと消えないランプ。水をかけようが叩き壊そうがテコでも消えない。

 宝石薬:ルビーやサファイアなどの宝石にそっくりな風邪薬。削って粉にしてから飲む。非常に即効性が高いが死ぬほどまずい。


 普段使いするような代物ではないものの、なぜか一つくらいは持っておきたくなる商品ばかりだ。しかしそれなりの値段がすることもあり、客の多くは金に困っていないベテラン冒険者や道楽貴族だったりする。



「そういやシシィちゃん、例の勇者の噂は聞いたか?」



 この日、常連である壮年の冒険者が持ち出した話題にシシィは怪訝な顔をした。



「初耳だけど……勇者だなんて穏やかじゃないわね。魔王復活の兆しがあるってこと?」


「だろうなあ。で、二日前に王都で勇者選抜が開催されたから俺も行ってきたんだが」


「なに、まさか選ばれたの?」


「んなわけねえだろが。つーか有力候補だった連中も全員弾かれてた。結局選ばれたのは無名の男で、賭けをしてた連中があちこちで破産手続きしてたな。予想外の大番狂せだったんだろ」



 ふーん、とシシィは相槌を打つ。まあ勇者なんて聖剣の気まぐれで選ばれるものだから、知名度なんて二の次であろう。今までもずっとそうだったわけだし、シシィは別に驚かない。



「でもそいつが急にいなくなったらしくてな。いま国軍が総力を挙げて行方を捜索してるとさ」


「へえ、いなくなっ……うん?」



 予想外の展開に、シシィは思わず彼を二度見した。



「いなくなったって、勇者が?」


「ああ。まだ見つかってないっぽいな」



 魔王が復活するかもしれない時に、よりにもよって勇者が不在とは。国軍が必死になるのも頷ける。

 しかし勇者側にも猶予期間は必要だろうとシシィは思った。理由は不明だが、なぜか望まぬ者ほど勇者に選ばれやすい傾向があるのだ。それでも魔王に立ち向かうあたり、やはり勇者は勇者なのだが。



「つっても、近いうちに見つかるだろうけどな。いくら無名でも聖剣持ってりゃ嫌でも目立つし……お、これ新商品か?」


「あら、目敏い。それ冒険者にも大人気の『鋼鉄のシルク』よ。素材になる巨大蜘蛛をダンが仕留めてきてくれて」


「……マジかよ、あの用心棒そんなに強ぇのか」



 鋼鉄のシルク:見た目も質感も上質のシルクと変わりないが、下手な防具よりもはるかに強靭。とにかく素材が出回らないうえ、加工も難しいとされる伝説級の逸品。



「巨大蜘蛛ってあれだろ、『腐敗の大森林』の最奥にいるボスだろ?」


「ええ。あの蜘蛛の糸じゃないと鋼鉄のシルクは作れないもの」



 しかし冒険者は信じがたいという顔をした。気持ちはわかる。なぜなら腐敗の大森林は、あらゆるものを腐敗させる毒と呪いに満ちた死地として有名なのだ。最奥に棲まうその巨大蜘蛛以外にも耐毒性の魔物が数多く棲息しており、足を踏み入れたが最後、五体満足で生還しただけで英雄扱いされるほどには危険な場所だった。それなのに。

 ふふ、とシシィが小さく笑う。それはどこまでも完璧で、息を呑むほどに美しく、それでいてどこか寂しげな微笑みだった。



「うちのダンはね、あまねく死地を渡り歩いては、そこにしかない希少な素材をよく採ってきてくれるのよ。ちょっと体がバラけやすいから心配なんだけどね」


「は? バラけるって……」



 どういうことだ、と冒険者が続けようとしたその時。

 突然、誰かが彼の頭に派手に何かをぶっかけた。急な事態にさすがのシシィもぎょっとする。……酢、ではないようだが。

 シシィの視界に見慣れたマントが映り込んできた。顔を確認するまでもない。用心棒のダンである。



「『余計な追及はしないでさっさと出ていけ』」



 仮にも客に対してあるまじき命令口調であったが、髪の先から水滴を滴らせた冒険者は「仰せのままに」と丁寧に一礼して、そして本当に店から出て行ってしまった。見ていたシシィは半眼になる。ダンが彼に何をしたのか、すぐに察しがついたので。



「ダン……勝手にあなたのことを話題にしたのは謝るわ。でもいきなり『綸言(りんげん)の秘薬』を使うのはどうかと思うの」



 綸言の秘薬:非売品。実行可能な命令を一つだけ相手に遵守させる薬。飲ませず浴びせかけるだけでも効果あり。



「僕を話題にするのは全然いい。でもいい加減あいつを追い出したかったから」


「どうして?」


「あいつシシィと喋りすぎ。長居しすぎ。僕から見れば当然の排除対象だよ」



 恐るべき持論を展開するダンにシシィは戦慄した。まずい。今からでも軌道修正を試みないと将来大変なことになる。



「あー……でもねダン、綸言の秘薬はおもに敵に使うことを想定して」


「あいつは敵だから問題ない」



 きっぱりと言い切るダンには取り付く島もなかった。ないものは仕方ないので、シシィは何も聞かなかったことにする。怖くてこれ以上は深掘りできない。

 何か別の話題を、と現実逃避しかけた時、意外にも話題を変えたのはダンのほうだった。



「ところでシシィ。さっきあいつが言ってた勇者の話なんだけど」


「え? ああ、いなくなった勇者を国軍が絶賛捜索中って話ね」



 それがどうしたのかと首を傾げるシシィだったが、ダンがマントの下から取り出した長剣を見るなり言葉を失い凍りついた。見覚えがありすぎるそれは、間違いなく聖剣だった。



「…………。…………ダン、これは……」


「ごめん。でも何度捨てても戻ってくるからもう諦めた」



 明らかに不本意そうなダンであるが、不本意なのはシシィとて同じだった。

 何度捨てても主人のもとへと戻ってくる剣。そんな追っかけのごとき剣は、聖剣か魔剣のどちらかしかあり得ない。なぜよりにもよって、また。



「……どうしてこれを? 勇者選抜に行ってきたの?」


「好きで行ったわけじゃないよ。でも二日前に買い出しで王都に行った時に、何を勘違いされたのかお城の衛兵に『どこへ行く。並べ』って言われてさ。気づいたらなんかの行列に並ばされてて」



 早く買い物を済ませて帰りたかったダンであるが、下手に揉めるとシシィに迷惑がかかるかもと思い渋々列に並ぶことにした。並んでいる間にも衛兵による説明は続き、曰く「聖剣がなんらかの形で勇者を選ぶ」とのこと。いい加減な説明だなと呆れている間にも列は進み、聖剣に挑んだ冒険者たちが次々と脱落していく様子が見えてきた。台座に突き刺さっている聖剣は、誰がどれだけ力を入れても抜ける気配が微塵もない。なのに。



「僕が触った瞬間に台座からあっさり抜け落ちてきてさ。あれ絶対に聖剣の嫌がらせだよね」



 無機物であるはずの聖剣だが、ないとは言い切れないあたり非常に世知辛い。

 シシィは無言で天を仰いだ。聖剣が気まぐれなのは知っている。でも、これはあまりにも。……あまりにも。



「そんな顔しないで、シシィ。聖剣の無茶振りには慣れてるしさ」


「…………」


「勇者になるのも二度目だし。そう簡単には死なないから安心してよ」



 黙り込んでしまったシシィを気遣うように、ダンは彼女を抱き上げた。その拍子に目深に被ったフードが脱げて、普段は隠されている彼の素顔が晒される。

 そら恐ろしいほどに美しく、時に酷薄さが滲むその美貌。百年経っても変わらぬそれは、恐らくシシィが彼を助けるために自身の魔力の大半を分け与えたことが原因だろう。


 ややあって、シシィは詰めていた息を吐き出した。



「そうね。あなたは全身がバラバラになっても生きてたものね。今回もきっと大丈夫よね」


「あれはシシィと『再構築包帯』のおかげだけどね。そうじゃなきゃさすがの僕も死んでたよ」



 再構築包帯:バラバラになった肉体を繋ぎ合わせる驚異の包帯。人体以外にも使用可能。



 百年前、ダンの体は魔王と相討ちになったことでバラバラになった。しかし生きることを全然諦めていなかった彼は、通りすがりのシシィを捕まえて強く願ったのだ。生かしてほしい、と。そしてシシィは、ダンのその願いに応えてくれたのだ。


 雑貨屋のシシィ。またの名を、聖魔女シトラシア。

 かつては魔王家の一員であった彼女だが、その名はすでに系図上から抹消されている。あろうことか魔王を(たお)した勇者ロダンの命を救ったからだ。そして。



「失礼する。ここに勇者殿はおられるか」



 戸口から聞こえた声に振り返る。そこに立っていたのは国軍の鎧を身につけた誰か。

 シシィを抱き上げたダンの腕に、さらに力が込められた。


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