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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第91話 『ファンクション・キラー』

 見渡す限りの白。木立などもないが、地面には起伏があって、丘陵といった風情。視界を遮るものがないため、点在するモンスターの姿も窺えた。


「これはまた変わった階層だね。壮観だ。東京じゃ見られない光景なんで、こんな状況でもなければゆっくり見ていたい気分だよ」

「同感だ。でも壁がなくて、遠近感もつかみづらい。油断するとすぐモンスターに囲まれそうだ」

「確かに、いつもの迷宮とか迷路って感じの層じゃないねー。これじゃわたしの『ゴーストエコー』も役に立たなさそう」

「であれば、周囲の警戒は私たち『スクワッド』にお任せを。私たちのボーナスウェポンは銃ですので、射程が取れるこの地形は望むところです」


 そう言い切るシグレの手には、水色の塗装が施された銃があった。

 レストランで使っていた店売りのハンドガンではない。まるで中世の芸術品のようなしなやかで流線形のフォルムと、長い銃身に刻まれた彫刻(エングレーブ)


「……そのエングレーブにはなんのタクティカルアドバンテージもない……」

「あの、私のボーナスウェポンを見ると皆さん口をそろえてそればかり言うんですが、一体なんなんでしょうか?」


 銃の形状を見るにどうやらシグレはマグナと同じ、狙撃手(スナイパー)らしかった。閉所であったためにクラックとの戦いでは使用しなかったのだろう。

 そしてならば、この広々とした雪原は、狙撃手にとって格好の狩り場と言えた。


「まぁ、こうも遮蔽物のない場所だとちょっぴり落ち着かないッスけどね」

「あ。それは同意」


『スクワッド』のひとりが漏らした言葉に反応するアレン。

 敵の射線から即座に身を隠せるよう、遮蔽物のそばで行動することが無意識レベルで染み付いている、FPSプレイヤー同士の奇妙な連帯感があった。


「層の攻略は、エルのテストが終わってから。まずは孤立したモンスターを見つけ、接敵しましょう」


 シンダーの指示に従い、雪原を歩きつつ、ゲートではなく一匹か二匹くらいのモンスターを探す。

 さくり。さくり。柔らかい雪を踏み固めるようにしながら進む感覚は、都会に住むアレンには新鮮だ。

 どこか童心を刺激されるようだったが、あまり表に出していると容姿も相まってノゾミかユウにからかわれるので、アレンは密かな高揚を心の内のみに留めた。


「ねえアレンちゃん、雪のステージってなんだかゲーム後半の感じがしない?」


 どうでもいい話を無視し、雪の上を進んでいくと、やがて小高い丘の上に出た。

 温度変化のせいで頬を赤くしながら、アレンは周囲を見渡す。


「……あれなんて、ちょうどいいんじゃないのか」

「熊のモンスターに見えますわね。強そうですが……既にここは第79層、生半可なモンスターなどいないと考えた方がいいでしょう。ええ、見たところ周囲に別のモンスターもいないようですし、異論がなければあの個体で試すこととします」


 シルヴァをはじめとする〈サンダーソニア〉の面々、シグレたち『スクワッド』からも異論は出ず、一同は丘を下りて遠くに見えた熊のようなシルエットにモンスターへと近づく。

 相手は一匹。こちらは、十人以上の大所帯。

 エルの権能をテストするためとはいえ、それは一方的な狩りの様相を呈する。

 そう、誰もが思っていたが——


「ブモオオオオオオォォォォォォッ——!!」

「で、でかいぞこいつ……!?」


 雄叫びを上げる怪物。全身茶色い毛に覆われたその巨体は、モンスターらしく禍々しい二本の角こそ生えていたが、おおよそのカタチは熊のそれと言って差し支えなかった。

 ただひとつアレンたちの誤算は、そのスケールが大きすぎたこと。

 体長五メートルは優に超えるほどの巨躯。もはや生物ではなく建物かなにかとさえ思ってしまいそうなその影は、アレンたちに気付くと鋭い眼光を向ける。

 なにもない雪原では、物の大きさを測ることが難しい。比較対象がないせいで距離感が狂うのだ。


「ボスモンスターもかくやという巨大さ。これは……テストどころじゃない、でしょうか」


 シンダーも若干の焦りをにじませ、ボーナスウェポンの槍を構えている。

 アレンも意識を集中し、モンスターが攻撃の予備動作を見せた瞬間、機先を制して銃を抜く準備をする。

 が、そこへふらりと、小さな人影が前へ出た。


「なっ……!?」


 警戒も忘れ、アレンは驚愕する。その驚きは場の全員が共有するところだっただろう。

 少女は、なおも雄叫びを上げる怪物へ歩み寄る。


「エルッ! なにをやっているのです、戻りなさい! テストはわたくしたちがこのモンスターを弱らせてから……いえ、これだけの巨大さです。テストはもっと弱いモンスターで——」

「ううん。このくらいなら、大丈夫。抑えられる」

「——抑えられる、って」


 シンダーが戸惑いの声を漏らす。

 巨躯の魔獣は二足で立ち上がるように動き出すと、まさしくそびえる山のような威容で一同を圧倒する。そして、愚かにも無防備な体を眼前に晒した、幼い少女の柔肌に爪を振り下ろそうと、その腕を振り上げる——


「来い、『キングスレイヤー』ッ!!」


 予備動作を見るや否や、アレンは臆することなくインベントリから愛銃を手繰り寄せ、西部劇のガンマンじみた早撃ちを決める。

 雪原に轟く銃声。照準を合わせるのに要した時間はコンマ一秒以下、されど弾丸は完璧な軌道で魔獣の額に的中する。


「くそッ、怯まないか……!」


 だが、ここは第79層。敵モンスターの耐久力も上がっており、ヘッドショットを受けてなお、振り下ろす腕の勢いは健在だった。

 その直下には、盾のひとつも持ち合わせていないエルがいる。もはや避けられぬ被弾に、誰かが悲鳴を発する。

 ナイフのような爪に引き裂かれる直前、エルがなにかを口にする。

 小さな声で。端的に。その音は悲鳴にかき消されたようにも思えたが、まるで雑踏の喧騒の中でも特定の言葉だけは聞き取れるかのように、アレンの耳に届いた。


「実行……『関数殺し』」


 降り積もる雪が舞い上がる。なにもないはずの地面から、なにかが音を立てて放たれる。

 ジャリリリリリリリリリ————

 一本、二本、三本、四本、五本、六本……十二本。

 破滅的なスピードで振り下ろされていた爪が、一瞬にして停止する。都合12の黒いモノが、その腕に、肩に、四肢に絡みつき、瞬く間に自由を奪ったのだ。


「黒い——鎖?」


 恐るべき獣の膂力にも耐え、微塵も動かぬその拘束は、廃棄物(ガベージ)の海から汲み取ったかのような光を呑む暗黒の色をした鎖。

 鎖の音にはアレンにも聞き覚えがあった。

 第70層。ネームレスが時間を稼ぐ中、ゲートに向かって一目散に走っていると背中越しに聞こえた音だ。

 ならばこの鎖こそ、パンドラが使用したものと同じ。

『関数殺し』。輪廻する箱庭を管理する者のみに許された、ユニークスキルとは一線を画する権能の一種だった。


「ブ——ッ、グッ、ググゥ————ッ」


 なおも熊型の怪物は必死にもがくが、鎖はびくともしない。もしかすると、ボーナスウェポンと同じで耐久値の存在しない、不壊のオブジェクトなのかもしれなかった。


「すごい、完全に動きを止めてる。これがエルの持つ権能の力か!」

「んー……」

「エル?」


 微動だにできないモンスターを前に、エルは困ったように立ち尽くす。

 どうしたのかとアレンが伺うと、エルはくるりと振り向いて、無表情のまま、しかしわずかに助けを求めるような声音で言った。


「動き、止めた、けど。攻撃の手段が、エルにはない」

「あ……そうか、ボーナスウェポンがないから」

「エルちゃん。ほかの権能はないのかな。パンドラは複数の権能を操ることができていたようだけど」

「……エルには、できない。今、わかった。わたしに、管理者としての特権は残ってない。唯一、この『関数殺し』だけ、使える」

「使用できる権能はこの黒い鎖だけということか。そりゃまた、なんでだ?」

「これは……たぶん、残滓みたいなもの。エルは、わたしは、かつての管理者であって、今は廃棄された存在。そこから這い上がって、辛うじて、廃棄物(ガベージ)の海で溶かされずに残ったのが、この権能」


 這い上がった。すべてのデータが投棄され、どろどろに溶けて消えてしまう万物の墓場から、旧管理者たる彼女は独力で生還したのだ。


(その代償が……記憶と、大部分の権能の喪失、なのか?)


 言うまでもなく。それはある種、ユウ以上のイレギュラーだ。

『クラウン』の力を借りて世界の崩壊をやり過ごしたユウと違い、エル——記憶と力を失う以前の『前回』のパンドラは、一度世界の崩壊によって廃棄物に沈み、そのうえで『今回』へ這い上がった。

 自我を失い、単なる自然現象として氾濫するシャドウたちとは違い、そこにはなんらかの目的があったはず。

 黒い、黒いデータの海に溶け、様々なものを喪失してもなお消えないほどの思い。

『今回』のアーカディアで成し遂げたい、成し遂げねばならないという意志が、その行動には現れ出ている。

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