第89話 『絶望の先で』
「やっとわかった。お前、孤児院に顔を見せなかったのは、エルに情が移らないようにするためだったんだな」
「切り捨てなければならないと、思ったんだ。情も、良心も、人間性も。そうしなければあの管理者には届かない……託された責務を果たせない、と」
「託されたってのは、『前回』の俺にか?」
「——っ」
表情こそ変えず。しかし、その瞳はかすかな動揺に揺れ動いた。
「はぁ。まあ、ヒントをあげすぎたかな。『前回』、僕が『クラウン』の力でユニークスキルの効果をブーストして、デウス・エクス・マキナが行う世界のリセットをやり過ごしたことは言ったわけだし」
「問題はその『クラウン』の出処だ。あれを出すにはキルスコアの王が要る。つまりは、最悪のプレイヤーキラーが」
最悪のプレイヤーキラー。『前回』に限り、該当する人物を一名、アレンは知っている。
正確には伝え聞いている。眼前に佇む、アーカディアきってのイレギュラーから。
「俺なんだろ。お前の『クラウン』の出処は。『前回』の俺は、カフカと同類のクソ野郎だったってわけだ」
「……そこまでじゃないさ。キミは純粋にアーカディアをクリアしようとしていた。ただ、『前回』は転移者同士でうまく団結できなくてね……個人単位、ギルド単位の抗争。内部争いもひっきりなしさ。転移初期の混沌がずっと続いているような地獄だった」
「なんで『前回』はそんなことに……いや、『今回』はそうならないよう、お前が手を回していたのか?」
「まあ、できることに限界はあったけれど、ね。抗争が起こること自体は避けられなくとも、数を減らしたり、ひとつにまとめたり……その結果、『無彩行雲』との戦いでカフカは『クラウン』に触れることにもなった。うまくいかなかったことだらけだよ」
あの日、アレンにマグナを倒させるよう仕向け、〈エカルラート〉を崩壊させ、ひいてはカフカの陰謀をも瓦解すべく暗躍していたユウ。同じようなことをアーカディア初期、『今回』の初めからやっていた。
しかし、考えてもみれば当然のことだ。デウス・エクス・マキナによる世界のリセットを、ブーストした『糠に供犠』でやり過ごしたユウは、再構築された世界へ真っ先に存在することになる。
要するに『今回』において、ユウは実質的に一番目の転移者なのだ。策を巡らせるための準備、その時間は充分にあった。
「聞かせろよ。『前回』のお前が託されたもの。あー……その、なんだ。なんだかんだ、ここまでいっしょにいて、これからパンドラに挑むって話だろ。だから俺たちももう、関係的には仲間、っていうか」
「おおっと。うれしいね、ついにアレンちゃんも僕を仲間だと認めてくれたわけだ! いやあ、面と向かって言われると照れちゃうなぁ」
「だぁっ、うぜえ、やっぱなし! おちょくりやがって、やっぱりそのちゃん付けを改めないうちは認めてやるかよっ。そんなことより『前回』の俺だ、お前とは敵同士だったのか? それとも、『クラウン』を託すくらいだから協力関係か?」
「まさか、敵同士だよ。僕はキミの天敵だ。ただ、あの時の僕らはアーカディアのループなんて知らなかったからね。バベルの頂きで、『前回』のパンドラに真相を伝えられた時、キミはとっさの機転で僕を撃つよう言った。当時まだふたつとない、キングスレイヤーのボーナスウェポンを渡してね」
「そう、か。『前回』の俺は、ループのことを知った時点で詰んでいた。だから、『次』に望みを託したんだな……」
管理者を倒さぬ限り、この箱庭のループを逃れるすべはない。
だが、そのことに気付くにはあまりに遅かったのだろう。ループの垣根を超えたイレギュラーもいない『前回』では、管理者の存在そのものも第100層に着いてから知ったに違いないのだ。
そこで『前回』の自分がなにをしたのか。我がことなので、アレンには想像が付いた。
ユウのユニークスキルであれば、ひょっとすれば『次』へたどり着けるかもしれないと考え、自身を撃たせて『クラウン』を顕現させる。自分のキルスコアの高さを自覚して利用し、『次』へ不確かな希望をつなぐため犠牲になる。
『鷹の眼』ならやるだろう。考え、実行に移す。そのほかに打つ手がないのだとすれば。
「正気じゃないってさ、思ったよ。その時の僕はね。だいたいほんの少し前まで殺しあってた相手に頼むようなことかな? いきなり託されて、こっちはいい迷惑だよ」
「う……」
「こちとらボーナスウェポンは大ハズレ、ユニークスキルも攻撃力ゼロだ。もちろんアレンちゃんのようなプレイヤースキルもないし、アーカディアの様相も『前回』とまったく同じじゃあない。まったくとんでもない苦労を押し付けられたものさ」
決して『今回』のアレンに言っているわけではないのだろうが、その行動に理解を示してしまっていたため、アレンはなんとなくたじろぐ。
アレンの機転で『前回』から『今回』へ渡ってきたユウは、ただひとり真実を知った状態で投げ出されたに等しい。管理者という絶対的な存在を相手に、孤軍奮闘を強いられたのだ。
「……ただ、まあ。それでも、やり抜こうと思った。僕は非力で、才能のない、ただのカードゲーマーだ。キミのような戦闘力はない。だけど、託されたのはこの僕なんだから、僕がやるんだ」
「それは、『前回』の人々の無念を晴らすために?」
「それもある。『前回』だけじゃなく、六万と五千のすべての時間に報いるために。でもそれだけじゃない」
ユウはアレンを見た。
しかしアレンは、すぐにその目が今この時に限っては、この場にいるアレンを見てみるわけではないのだと察した。
ユウは、アレンを通じて、既に過ぎた残像を見ていた。
「……キミに託されたんだ。一方的でも、強制的でも、ほかでもないキミに。自分の成してきたことがすべて無為に終わるのだと知って、これ以上はないってくらい絶望した顔をしながら、それでもキミは僕に銃と王冠を遺した」
「『前回』の——俺の、ために? お前は、ずっと最初から……?」
「キミの遺志が、あの時つないだ一縷の望みが、決して無意味ではなかったのだと。『前回』のキミが——僕たちが歩んだ道のりには意味があったのだと証明する。それが、僕の責務だ」
これこそが、ユウの本当の理由だった。
なにということはない。もとより自らに根差す願いなど持たない彼は、『前回』のループで身を焦がすほどの目的意識を得た。
それは、最悪のプレイヤーキラーとまで呼ばれた誰かの絶望を救うため。夢も心も炉にくべて、ただひとつの成果のためにすべてを賭したその歩み、誰より傷つきながらもループの闇に呑まれて痕跡さえ残さず消えてしまった道のりに、『意味があった』とラベリングをすること。
このなんでもない男は、そのために奮起した。カードを切る才はあっても戦闘の腕はなく、持ち越した知識はさほど役立たず、勝算も見つからず、前途は多難で、できることなどあまり多くはなかったけれど、男は軽薄に笑ってみせた。
その心に、決して屈さぬ鋼鉄の意志を宿しながら。
「……そんなだからさ、アレンちゃんには期待しちゃうんだよ。ノゾミ君のおかげかな、僕にとってもうれしい誤算だったが、『今回』のキミはあの恐ろしいプレイヤーキラーにはならなかった。こうして肩を並べられるというのは、素直に心強いよ」
「そう思うなら、態度にも表してほしいところだが……」
「ハハ、こればっかりは僕の性格だからねぇ」
へらへらと肩を揺らす。本人の言う通り、性分なのだろう。ひょっとするとそれはカードゲーマーとして染み付いた癖のようなもので、事を有利に運ぶための盤外戦術の一環でもあるのかもしれない。
ともあれアレンはようやく、出会った時から謎めいていたこの男の本音に、初めて触れられた気がした。




