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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第88話 『意志、遺志、意識』

(マグナさんのやつ、こんな子にも責任感を背負わせやがって。ったく、本当に仕方のない……)


 当人が目の前にいれば引っぱたいてやりたいところ。それは叶わないので、アレンは嘆息するほかなかった。


「『スクワッド』の駄犬が。わかったぞ、アレンもお前の手引きだな? 一番の裏切り者はお前だ、シグレ! そもそもお前がっ、始めからもっと〈エカルラート〉の助けになっていればこんなことにはならなかったんだ……!」

「そうですね。プロゲーマーとしての姿を知るからこそ、道を外れたあの人を正すべきだった。目を背けて逃げ続けたのは、いくら悔やんでも悔やみきれない、私の失敗です。ですが——」


 シグレが銃を向ける。その先にはクラック、同じ〈エカルラート〉の残党。


「——誤ったのはあなたも同じ。せめて力尽くでもあなたを止め、過ちを正すことが、私の最後の責任です」

「責任だと? 責任を取るというのなら……お前こそがゲームオーバーになれ、塵芥と消えろ! 役立たずの能無しめ!!」


 破れかぶれといった有り様で、クラックはシグレへと突進する。しかし両者の距離には五歩ほどの開きがある。

 シグレは既に射撃体勢だ。五歩の隔たりを埋めるよりも、その指が引き金を引く方が早い。

 ……それは、たとえ頭に血が上っていようとも、クラックとて承知のことだった。

 パン、と発砲の音。キングスレイヤーよりも少し軽めの銃声を響かせ、シグレのにぎる銃から弾丸が発射される。


「甘いッ! 『シャドウダイバー』ァ!!」

「えっ……!?」


 このキッチンに入ってすぐ、アレンはクラックの発砲するタイミングを読んで弾を回避した。

 あるいはそれを真似たのかもしれない。プロ経験など皆無のいち転移者(プレイヤー)である彼だが、この土壇場の窮地が才気を研ぎ澄まさせたのか、それとも単に当てずっぽうのタイミングがたまたまうまくはまっただけだったのか、それは誰にもわからないが。

 とにかく、そのユニークスキルにより、クラックの体は下へと潜り。

 弾丸は沈みゆく頭上を過ぎ去った。


「バカ女が! ゲームばっかりやってるからバカになるんだよFPSゲーマー! ゲーム脳だゲーム脳、はははァッ!」

「は、速いっ!?」


 そのまま床下へ姿を消したクラックは、床の表面に黒い影のような軌道を残しながらうねうねとミミズよろしく地中を進む。数十年前に流行した根拠に乏しい疑似科学の造語を喚き散らしながら。

 地面の中へ潜るあのユニークスキルは、歩行よりも素早い移動を可能にするらしく、五歩の距離は瞬く間に埋められ、クラックはシグレの背後を取る。そのまま黒い飛沫とともに、床から飛び出すようにして浮上する。


「このまま組み伏せて、くびり殺してやる!! 死ねぇ!!」

「性根も悪けりゃ往生際も悪いらしいな。さっきも言ったが観念しろ、ゲス野郎!」

「あがァ——ッ!?」


 地中の移動がいかに高速でも、プロゲーマーのエイムを振り切れるほどではなかった。王殺しの銃の射線は現れたクラックに完璧に追従し、放たれた弾丸がその胸を捉える。


「ぁア、アレンンンンン————ッ!! このックソプロゲーマーがぁっ!!」

「ありがとうございます、アレンさん……!」


 空中で体勢を崩し、キッチンの床へと倒れ込むクラック。そこへ、再度地中へと逃げられないようにするためシグレの仲間たち——『スクワッド』のメンバーが両肩をつかんで抑え込む。


「な、なんだお前ら……! くそっ、放せ! 放せェ!」

「クラックさんのレベルがどれだけなのかはわかりませんが、私の残弾すべては耐えきれないはずです」

「待て……シグレ、撃つな! 同じ〈エカルラート〉の仲間じゃないかぁ!! お前も思い出せ、マグナさんの夢を! 言ってただろう、このアーカディアこそが理想郷(ユートピア)だと……!」

「それこそ幻ですよ。私たちの理想は、こんな歪んだ世界に求めちゃいけなかったんです」


 冷たい銃口が、乱れたスーツの胸元へ向けられる。どんな素人だろうと外しようのない至近距離。


「私は間違っていない! 正しいのは私だ、マグナさんの遺志を継いだこの——」

「さようなら。もしも『次』があったなら、その時こそ、みんなで笑い合えるようなギルドにしましょうね」

「——ぐああっ!?」


 パンッ。乾いた銃声が響く。今度こそ、シグレの弾丸はクラックのHPを削り取る。

 しかし非ボーナスウェポンというのもあり、一発で仕留めきれはしなかった。

 なので、もう一度、シグレは引き金を引く。

 パン。


「ま……待ッ、がああぁっ!!」


 パン。


()ぅッ、やめ、助けっ——ああああああああッ!!」


 パン。パン。パン。パン。

 銃声と男の悲鳴が交互に上がる。キッチンは即興のコンサートホールと化した。

 シグレが撃つ前、ユウとノゾミ、エルが人質の親子を裏口から外へ連れ出してやっていたのは幸いだった。いくら血の出ないアーカディアとはいえ、子どもが見るには凄惨だ。


「ぁ——あっ、ぅう……」


 だが、次第に声は衰え、反応も薄くなっていく。

 HPが底をつく前に、精神が限界を迎えたようだ。


「……ごめんなさい」


 もう一度だけ、シグレはそう口にした。

 それは眼前の男への謝罪。それとも、救えなかったギルドマスターへの謝罪だったのか。

 アレンにはわかりかねたが、最後の銃声は、一段と乾いて耳に届いた。


「終わったな、シグレ」

「ええ、改めてありがとうございます。アレンさんのおかげで、けじめをつけることができました」


 もはやうめきさえ漏らさず、クラックはデータの粒子となって消える。

 その塵のようなきらめきを見送ってから、シグレは銃をインベントリへと仕舞い、振り向いて言った。

 ……取り繕った笑顔。かすかに震えた手。見逃す『鷹の眼』ではなかった。


「私たちが〈エカルラート〉だったこと、隠していてごめんなさい。償いはします。報いも受けます。なんなりとおっしゃってください」


 同じ気持ちだ、とばかりに仲間の四人もアレンを見据える。

 分隊(スクワッド)。〈エカルラート〉というギルドの中でも排斥された彼らは、一蓮托生の絆を築いたのだろう。

 そのまっすぐな眼差しに、決して乱れぬその意志に、アレンはふと懐かしいものを見た。そんな気がしたのだ。


「俺、最近さ。〈サンダーソニア〉と組んでバベルの攻略をしてるんだけど」

「へ? え、ええ。噂で聞いてます。騎士団の攻略を継ぐ形で、先の層へと進んでいるとか……」

「ところが、こちとら専門は対人なわけ。モンスター相手は楽じゃなくてさ、人手が足りないんだよ」


 アレンの言わんとすることを理解したのか、シグレは丸い瞳を大きく見開く。


「手伝ってくれないか? 『スクワッド』の力、よかったら貸してくれ」

「はい……っ。喜んでお手伝いさせていただきます!」


 おおっ、と歓声が上がる。『スクワッド』の面々はやる気を出してくれたらしい。

 人手不足なのは本当なので、アレンにとっても喜ばしい。頼もしい仲間の誕生にアレンも頬がほころんだ。


「じゃあ、俺は外に出た連中の様子を見てくる。人質にされてた親子のことも気がかりだしな。落ち着いたらシグレたちも来てくれ」


 うなずく『スクワッド』を見届け、アレンは裏口からレストランを出る。

 するとちょうど、人質になっていた夫婦が、ノゾミやエルに何度も礼を言っている場面に出くわした。

 子どもの見た目もあり、自分が出るとまた説明などで面倒になる。それに感謝をされるのも面映ゆい。

 そんな思いで、アレンは距離を取ったまま、その成り行きをひっそりと見守る。


「お姉ちゃん、助けてくれて、ありがとう!」


 親に倣ってか、幼い少年が純真な感謝を口にする。

 彼よりも少しだけ背の高かったエルは、屈むようにして目線を合わせ、はにかんだ。


「ううん。きみが、無事でよかった。怖かった、でしょ?」

「お母さんと、お父さんがいたから。ぼく、大丈夫だったよ!」

「そう。それは、偉い。……がんばったね」


 エルもまた、その表情に穢れはなく。自らクラックに捕まることで少年を助けた行動、たった今口にした少年を労わる言葉、そのどちらもが無垢で、純粋な心に満ちている。

 アレンにはそう感じられた。だから初めからそこにいた、同じように離れて様子を窺っていた男に対して、語りかけるように言った。


「お前。あれを見てもまだ、あの子がただのNPCだなんて言うつもりか?」


 ボーナスウェポンも、ユニークスキルもなく。レベルだってきっと1しかないのに。

 エルは危険を冒し、見ず知らずの他者を救ってみせた。

 その在り方は誰がどう見ても、箱庭を輪廻させ、転移者(プレイヤー)を滅亡に導く管理者などではない。

 アレンの問いかけを受け、沈黙を保っていたユウは、波のない声音で答えた。


「……あれもまた、プログラムに沿った受け答えをしているに過ぎない。少なくとも表面上、そう捉えることはできる」

「お前なぁっ、まだそんな——」

「でも」


 一度、息を吐いて。感情の奥底を絞り出すように言う。


「わかってる。こんなの、誰だってそうだ。思考の中身、意志の所在なんてわかりはしない。確かなのは自分だけ……あの子を疑うというのなら、すべての他者を同様に疑わなければならない」


 それは論理的な帰結だった。

 他者の意識を測ることなどできはしない。笑ったり怒ったりしているように見えても、それは単なる肉の反応で、主観的な感覚は介在していないとしたら。

 もしそうでも、そのことを判じるすべなどない。

 それでも、だからこそ。不確かな他者に、確かな意志が宿っているのだと信じること。

 他者への信頼の前提とは、きっとそういうものなのだ。


「ユウ……」

「いいか、頭から信じるわけじゃない。彼女が最初に言っていた『目的』とやらもわからないままだ。ただ……『クラウン』に懸けるというのは撤回する」


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