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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第87話 『盲点の手札』

 クラックは邪魔だとばかりにノゾミを突き飛ばすと、人質となっていた、今にも泣きだしそうに怯えた表情を浮かべる男児へとにじり寄る。

 その手には拳銃ではなくナイフがある。剥き出しの刃物は、日本人にとって馴染みの薄い銃よりも直接的な暴力の気配を感じさせる。脅迫の道具としてはこれ以上ない。

 アレンが射撃する間もなく、クラックはナイフを持つのとは逆の手で男児へと手を伸ばし……ぴたりと一瞬、動きを止める。


「見ず知らずの子どもよりは、お仲間の方が大切でしょうかねぇ。来い!」

「う……っ」

「エルッ!」


 その手は、ノゾミと同じく先んじて人質のそばまで近づいていた、エルのことを強引に引き寄せた。


「アレ、ン……」

「てめえっ、エルを放せ! 頭を撃ち抜いて殺すぞ……!」

「はははッ、怖い怖い! ありきたりな脅し文句でも、プロゲーマーが言うと恐ろしいものです。えぇ、ですが……あなたに撃てますかぁ? いかにプロでも、ちょっぴり照準がズレるだけで大惨事ですよ?」

「——っ」


 唇を噛むアレン。視線の先には、エルを引き寄せ、その首元にナイフを突きつけるクラック。ご丁寧に、アレンからの射線に対しエルを盾にするような位置を取っている。

 だが、自信はあった。エルを避け、クラックの頭のみを撃ち抜く自信は。

 けれど、もし失敗すれば? あるいは撃つタイミングを読まれ、発射直前にクラックがエルの体を動かせば?

 試すには危険すぎる。そもそも引き金を引く気配を見せるだけで、あのナイフの刃はエルの首元に突き刺さるかもしれないのだ。


「お仲間のあなたたちも動かないことだ。一歩でもこちらへ近づけば、この可憐な少女の首元をブスリ! ああ、哀れにもゲームオーバーの憂き目に遭うでしょう! あッは、はははははッ!!」


 ユウやシグレも動けぬ状況。クラックはこのまま、エルを盾にしたまま外まで逃げおおせるつもりに違いない。

 そうわかっていても、止める手段などない。『鷹の眼』であっても既に詰んだ盤面は覆せない。


(まさかエルを盾にされるなんて……俺の判断ミスだ! 煙の中、人質を助けに向かってくれていたのは気付いてたのに……!)


 悔しさにキングスレイヤーのグリップを強くにぎる。

 危険を冒すくらいなら、このままクラックが逃げるのを認めるしかないのだ。エルの安全のためにはそうするしかないのだから。

 もはやアレンに打つ手はない。どうすることもできない。

 では、エル自身は?


「……ねえ」


 小さな、しかし鈴を転がすように澄んだ声が、静まり返るキッチンに響いた。


「——あ? まさか、私に話しかけているのか?」

「ほかに誰がいるの。わざわざ、聞くまでもない、こと」

「生意気ですねぇ。この状況で声を発する度胸は大したものですが……いえ、状況がわかっていないのでしょうか? まったく親の顔が見てみたいですよ。ほら、面倒だから静かにしていなさい。無駄にHPを削られたくはないでしょう?」

「親の顔……ふふ。エルも、いるのなら、見てみたい」

「なにを、笑って——」

「エルの転移者(プレイヤー)ID、気にならないの?」


 瞬間、アレンは集中力を最大限に高める。バチンとスイッチが切り替わるように『鷹の眼』が起動して、あきらめかけていた思考が情報処理のためのモノへと変化する。

 求めるものはただひとつ。エルを助ける方法ではなく、エルの意図。

 考えなしに言葉を発するような子ではない。なにかを狙って、そしてなにかを期待して、今エルはクラックとの対話を試みている。


(拾い上げろ——エルの思考を)


 汲み上げろ。エルのアイデアを。

『鷹の眼』の真骨頂、発散的思考。遍在する情報から多くを読み取り、それらを多角的に分析し、あらゆる可能性を考慮し、氾濫する事項を整理し、一瞬のうちに統合し、適切な解釈で処理をする。

 ノゾミが突き飛ばされたあの時、既にエルは人質のそばにいた。

 床に潜んでいたクラックには気が付けずとも、ノゾミが稼いだ一瞬の猶予があれば、実際に逃げられるかはともかく、逃げることを試みるには充分だったはず。

 だがエルにそんな素振りはなく、結果、クラックにとっては好都合にも人質のそばにいたエルは、アレンたちに対してより効果的な人質となった。

 エルは、わざとクラックに捕まったのではないか?


(エルにボーナスウェポンはない。ユニークスキルもない。ユウが渡したアイテムはあるが、どれもしょせんは店売りの品、できることなんてたかが知れている……)


 ……否。

 誰もが見落とした彼女の手札。

 ボーナスウェポンでも、ユニークスキルでも、アイテムでもなく。転移者(プレイヤー)すべてが持つ能力。


「その手が、あったか——」


『鷹の眼』の考察は刹那、少女の結論に届いたのだった。

 同時にクラックが、『転移者(プレイヤー)IDが気にならないのか?』という問いを受け、おそらくは反射的にエルの頭上に目線をよぎらせる。


「なっ……なんだ、このIDは?」


 動揺するな、というのも無理な話だろう。そこにあったのはアレンたちも見た、黒く塗りつぶされたような異質のIDだったのだから。

 それはまるで、黒いペンキで……あるいは黒い廃棄物の泥で塗りたくられたかのような。


「——っ!」

「ぐッ!?」


 一瞬の隙を突き、エルが全体重をかけてクラックに肩からぶつかる。

 しかしクラックの手には、エルの動きを封じ、周囲を脅すためのナイフがある。思わぬ抵抗を受け、そのナイフはエルの首筋へ無慈悲に突き刺さる。

 が、刃先が首の薄皮を破るより先に、エルの小さな手が刀身をつかみ取った。

 現実であればそれは無意味な行動だっただろう。大人が力を込めて突き刺そうとする刃に対し、子どもが素手でにぎろうとしたところで止められるはずもない。むしろ手の方まで斬り裂かれ、被害が増大するのがオチだ。

 けれど、ここはアーカディアであり。

 その元管理者には、ボーナスウェポンもユニークスキルもなかったが——

 アイテムを格納するための、インベントリは存在した。


「ナイフが……消え、た、だとぉッ!?」

「アレンっ!」


 クラックの手からナイフが消える。手品でも魔法でもなく、それはただ、エルによって仕舞われただけだ。

 インベントリ。全転移者(プレイヤー)がシステム的に有している、無際限の虚空へと。

 アーカディアの中だからこそ可能な、インベントリを用いた白刃取りという変則的な防御によりクラックは武器を失い、エルの体当たりで両者の間にわずかな距離が生じる。


「——ああ。よくがんばったな、エル。もう大丈夫だ」


 その常識外の策を予期したアレンは、遅れることなく発砲。

 弾丸は間隙を縫い、クラックの額を貫いた。


「が——ぁあアアアアッ!?」


 趨勢を決する一発。倒れこそせずとも大きくよろめいたクラックに対し、エルはこれ幸いと脱兎のごとく離れる。

 脅迫の手立てを失った男に対し、王殺しの銃口が向けられる。


「これで終わりだ。観念しろ、クラック」

「く……ぅ、アレン……! アレン、アレン、アレン——! くそッ、この〈デタミネーション〉の裏切り者! マグナさんを殺した、この裏切り者がああああぁぁッ!!」

「お前に〈デタミネーション〉(おれたち)を語る権利はない。お前はなにもわかってない。〈デタミネーション〉のことも、俺のことも……マグナさんのことも」

「なにをぉッ……!」


 整えた髪も、誂えた服も乱し、クラックは憤怒の形相でアレンをにらむ。

 アレンは怯むことなく、碧色の瞳でその視線を受け止めた。

 眼前の男にとってマグナという男がどのようなものであったのか、アレンに知る由はない。

 けれど同時に、眼前の男も、アレンにとってマグナがどのような男だったのかは知れないのだ。

 そう——この箱庭を理想郷と謳い、外道に堕ちたあの男がかつて、人好きする笑みでどれだけチームの和を取りなしてきたか。何度、戦場での窮地をその卓越した狙撃能力で救ってきたか。

 勝利という二文字のために、ともにどれほどの努力と時間を費やしてきたのかを。


「——もうやめましょう、クラックさん。間違っていたのは私たちです。この寄る辺ない箱庭で、私たちはマグナさんに多くを頼り過ぎた。どれだけ強いプロゲーマーでも、同じ人間で、同じように悩み苦しむものだったのに」

「……シグレ?」


 投降の様子などまるでないクラックに、ゲームオーバーにするしかないのかとアレンが決心を固めようとしていると、シグレが前へと歩み出した。


「なんだ小娘、誰だお前……は——、確か。『スクワッド』の」

「はい。あなたと同じ、〈エカルラート〉のシグレです。ひょっとすればお忘れかと思いましたが、覚えてもらえていてうれしく思います」

「はんッ、なにが同じだ。お前たち五人はつまはじき者だったじゃないか。初期からメンバーにいるわりにろくにギルドの方針にも従わない、マグナさんのお情けで籍だけは残されていた役立たず! お前らなんかと同じにしないでもらいたいねぇ!」


 罵るクラックの言葉は、かえってアレンに納得をもたらした。

 シグレたちは〈エカルラート〉の残党だったのだ。そういった意味ではこのクラックと同じなのかもしれない。

 けれど、無法ギルドの方針に従わなかったということは、その悪逆を否定したということでもある。


「シグレ……そうか。最初から見ず知らずのトラブルじゃなかったんだな」

「……騙すような真似をしてごめんなさい、アレンさん。私たちは今度こそ止めたかったのです。過ちを見過ごした結果、かけがえのない人を亡くしてしまいましたから。もう取り返しは付かないのだとしても」


 シグレはプロゲーマーであるアレンのことも知っていた。ならばきっと、マグナのこともアーカディアに来る前から知っていたのだ。

 いや、あのクリアリングの統率の取れた動きを見れば、FPSゲーマーなのはほぼ間違いない。ただ知っているというだけではなく、国内二位という結果を残したアレンやマグナに対して憧れめいたものを抱いていても不思議ではないだろう。

 そんなシグレがアーカディアで、マグナの作ったギルドがあると知れば、そこへ入ろうとするのは当然の成り行きだ。


(だが、〈エカルラート〉はプレイヤーキルも厭わない無法ギルドになり、クラックのような転移者(プレイヤー)が増えていった。シグレたちは次第に居場所をなくして——)


 やがて、マグナは消え失せた。ゲームオーバーになったのだ。

 その最期は自死だったが、アレンがそうさせたようなもの。しかし当人はどこか解放されたような面持ちで、愛銃とともにその遺志をアレンに託した。

 その顛末を、シグレたちは知らない。

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