第86話 『鷹の眼の計算外』
「アレン……人質、奥の部屋?」
「いや……」
「あ——」
部屋を見回し、アレンは目的のものを見つけていた。視線で促すと、遅れてエルもそれに気付いて声を漏らす。
広い厨房の端。壁際に置かれた小型のダストボックスのそばに、三人の転移者が縄で縛られている。
二十代半ばほどの男女と、十歳くらいの子ども。親子連れだ。
声を出せないよう、丁寧に口まで布を巻いて塞がれている。転移者を拘束する以上、インベントリから道具も取り出せぬよう手の方も厳重に固定されていることだろう。
怯えたような、縋るような目を向けてくる彼らに、アレンはうなずきを返した。
「エル。人質の位置は確認したな。多少予定は狂ったが、外に合図を出す。エルはインベントリのアレを準備しておいてくれ」
「ん……っ、わかった」
既に仲間たちの準備は済んでいるはず。
アレンがユニークスキルを使うため、息を吸ったのと同時に、物陰のクラックも声を張り上げた。
「出てこいっ、野郎ども!! このガキを血祭りに上げなさい!」
奥の部屋が開き、クラックの仲間たちが押し寄せてくる。数は三人、先ほどの見張りたちと合わせて五人だ。
シグレの話では、裏口にいる見張りを含めればこれで全員が集まった計算。
敵はそろい、人質の位置も確定した。不確定要素は最小限にまで切り詰めた。
では、盤面を崩す時だ。
「いくぞ。『ブラストボム』」
アレンの視界の端でSPゲージが減少し、代わりに手の中に渦を巻く火炎を閉じ込めたような、熱を持つ球体が現れる。
これこそアレンの持つユニークスキル。転移者ごとに固有——厳密には転移者個々人に定義されたIDと紐づいたその力と、初期状態からインベントリに所持しているボーナスウェポンだけは、何度アーカディアがループしようとも変質することはない。
アレンはその火球を、思いきり、壁に向かって投げつけた。
「——ッ、爆発!? なんのつもりだ!」
瞬間、はじけ飛んだ火球の内部から熱と光と音が放出され、部屋中を蹂躙する。叫ぶクラックの声はほとんどかき消され、爆風がただでさえ乱れたキッチンを嵐に見舞われたかのような様相へと変貌させる。
しかし、アレンのユニークスキル、『ブラストボム』はそのエフェクトこそ派手だがその威力は決して高くない。
嵐が過ぎ去れば、その爆発は室内を荒らしただけで、人的被害はなし。壁に黒い跡を残した程度のもの。
それでも、爆発の音は外に届き、仲間への合図として機能した。
「エル!」
「うん……!」
間髪入れず、エルがキッチンの中心に向かって白いものを投げつける。すると今度は爆発ではなく、そこから真っ白い煙が放出され、瞬く間に室内全体を覆い尽くした。
「け、煙……!? 火事——いや、煙幕! 煙玉のアイテムかっ!」
クラックの指摘通り、こちらはあくまで煙を生じさせただけで、火や爆風は発生していない。
そして、アレンのようなユニークスキルでもない。転移者ではないエルにそんなものはない。
あれはただの店売りのアイテム。ユウがエルに渡しておいた、煙を発生させる使い捨ての道具だった。
主にモンスターからの逃走時に利用され、かつてマグナもアレンとの戦闘に用いたことがある、転移者たちに広く知られた品。
そして気付いた時にはもう、裏口に面した壁側から、部屋中を精査する白い実線が迫ってきていた。
(『ゴーストエコー』……ナイスタイミングだ、ノゾミ)
事前にパーティ申請は済ませてある。一寸先も見通せぬ、白く煙る闇の中、アレンは浮き彫りになる敵のシルエットを視た。
一般人をはるかに凌駕した射撃精度を裏打ちするプレイヤースキル。視界を奪うアイテムの煙。そしてウォールハックのチートに等しいユニークスキル——
これこそ必殺の方程式だ。ユウの組み上げた奇襲の作戦は、アレンにとっても異論など挟む余地なく完璧だった。
アレンは煙の先に浮かぶシルエットに向け、照準を向ける。
(……? 数がひとつ足りない——)
すぐに不整合に疑問を抱く。
煙の中、浮かんだシルエットは九つ。
そのうち、壁際の三つとそこへ向かう小さな影はそれぞれ人質たちのエルであり、考慮は不要。
だが、クラックと見張りの男二人、それから奥の扉から現れた仲間三人を足せば、『ゴーストエコー』で炙り出される人影の数は合計10になるはずではないか。
(——くそっ、なにか手を打たれたか。とにかくあれこれ考えてる暇はない、今は見えているやつを無力化する!)
アレンは考えを棚上げした。
自身のことを知られていたイレギュラーはあったものの、作戦自体に不備があったとは思えない。ならば、今は煙玉の効果が切れる前に、できることをするべきだ。
そう即座に判断し、キングスレイヤーのトリガーを引く。
一、二、三、四、五。
立て続けに五回。先ほどクラックに撃った牽制の一発を合わせ、弾倉のすべてを吐き出す。
『ゴーストエコー』による一方的な位置把握。相手に射線を悟られてもいないこの状況下。
当然、言うまでもなく。五発の弾丸は、余さず五発とも敵の頭を撃ち抜いた。
だが『ゴーストエコー』のシルエットでは、撃ち倒した五人にクラックが含まれているかまでは判別できない。煙玉の効果時間が切れるまであと少し。警戒を解かぬまま、アレンは愛銃の銃身を折り、弾倉を露出させる。
キンッ、キンッ、キキン——
空の薬莢たちが勢いよく飛び出て、キッチンの硬い床へ散らばっては音をを立てて跳ね回り、そのままコロコロと転がっていく。
中折れ式特有の排莢。そこへ、アレンは再装填を念じて手の中に換えの弾薬を出現させ、細い指で巧みに弾倉へと滑り込ませる。
銃身を戻す。装填完了。そこで煙玉の効果が切れ、煙が晴れる。
同時に、裏口から仲間たちがなだれ込んできた。
「アレンっ!」
「首尾は……お、結構うまくいってそうじゃない? アレンちゃんさっすが~」
盾を構えたノゾミを先頭に、ユウ。さらにその後ろから、シグレとその仲間の男たち。
シグレの手にはハンドガン。なぜかボーナスウェポンではなく、ネームレスも使っていた、特に珍しくもない店売りの拳銃だ。そして後ろに続く仲間の四人も、ほとんどは手に拳銃。こちらはボーナスウェポンらしい特別そうな意匠が施されている。
状況も忘れてアレンが見入ったのは、シグレたち五人の動きだった。
室内に入るや否や仲間とともに死角をカバーしながら進み、角という角へ銃口を向けての確認。
それはプロゲーミングチームの一員だったアレンにはあまりにもなじみ深い、仲間と連携してこなすクリアリングだった。その練度はアレンたち〈デタミネーション〉のものに比べれば劣るが、一朝一夕の拙さでもない。
チーム単位での訓練経験を感じさせるそれに、わずかに気を引かれたアレンだったが、それで目的を忘れることはない。煙が晴れたことで、アレンは室内を改めて見回し、自分が撃ち抜いた五人の敵を確認した。
「……気を付けろ! クラックがいない!」
あのスーツ姿がないことに気付き、声を張り上げる。
いない——
そう、いないのだ。いくら見渡せど、姿が忽然と消えている。
(馬鹿な……!)
それは断じてありえない話だった。ホールに抜けるためのドアはアレンとエルが背にしており、裏口からはユウたちが入ってきていた。逃げる場所などあるはずがないのだ。
いや、ひとつだけ。
彼の仲間が現れた、スタッフルームかなにかと思しき奥の部屋には逃げ込めたか。
しかしそこはあからさまな閉所であり、そんなところに逃げようものなら袋のネズミそのものだ。
だがほかに候補もなく。一瞬、そちらに気を取られたアレン。
ユウやシグレとその仲間たちは、アレンが撃ち倒した男らが起き上がる前に拘束する。そしてノゾミが、人質の親子を助けようとそちらへ近づいたところで——『鷹の眼』がそのそばの床に異常を捉えた。
「下だッ! ノゾミ!!」
「え……きゃあっ!?」
ごぼり。まるで濁った池の底から浮上するように、クラックは床から黒い飛沫を立てて現れた。
「ユニークスキルか……! くそ!」
「ご名答。私のスキル、『シャドウダイバー』は地面の下へ潜る能力! はんッ、いかな『鷹の眼』も知らないことまでは計算に入れられまい! 形勢逆転、私の勝ちだぁッ!」
エルが煙玉を使った時にはもう、クラックは地中に逃れていたのだろう。ゆえに、室内を精査したノゾミの『ゴーストエコー』からも逃れ、シルエットはひとり足りなくなっていた。
そしてそのまま土を進むモグラよろしく人質のそばまで移動して、こうして床より浮上したのだ。




