第84話 『即興劇の結果は』
聞き違いか、とアレンは一瞬己の耳を疑ったが、ノゾミとユウの表情に驚愕が表れていたことでそうではないと理解する。
……〈エカルラート〉。かつて現実でアレンと同じ、〈デタミネーション〉のチームを組んでいたスナイパー・マグナがアーカディアに来てから創設した、殺人をも厭わぬ無法ギルドだ。
アレンにとって、印象深いギルドと言える。それは『ゴーストエコー』のユニークスキルを理由に付け狙われていたノゾミや、〈エカルラート〉を利用する〈解放騎士団〉の策謀を食い止めんとしていたユウにとっても同様だろう。
「メンバーと言っても、もうマグナさんはいなくなって、〈エカルラート〉もなくなりましたから。今や、残党……と呼ぶべきなのかもしれませんね」
「シグレ——」
——お前は、一体なんなんだ。
問いは喉元まで出かかっていたが、シグレの自嘲にも似たかすかな笑みを見て言葉を失う。
それはどこか、アーカディアで出会ってすぐのノゾミを思わせた。自らに罪を科した人間だけが浮かべる、自罰的な儚い笑み。
追及は、とてもではないができない。少なくともこの一件が終わるまでは。
「……それも、わかったよ。マグナさん本人には思うところはあるが、マグナさんの作った〈エカルラート〉にはなんの思い入れもない。それを聞いたって降りたりはしない」
「重ねて、感謝申し上げます」
深々と腰を折るシグレ。その姿に倣い、成り行きを見守っていた背後の男たちも、アレンに向かって頭を下げた。
そこへ、ぱん、と誰かが両手を打ち鳴らす。
音にアレンが振り向いてみれば、そこにはユウがいつもの軽薄な表情を湛えていた。
「そうなると作戦が必要だね。急ごしらえの作戦立案、そういうのは僕にお任せだ。あの建物、レストランならバックヤードにつながる裏口みたいなのがあるんじゃないかな?」
「はい、一応それは確認済みです。ただ、見張りがいます……中にいるのはおそらく四人で、表の入り口にふたり、裏口にひとりが配置されていました」
「なるほど、挟撃か。シンプルだけどそれがよさそうだな」
「ま、建物は一階建てだし、あの無駄に大きなガラス張りから犯人たちの姿が窺えない以上、陣取ってるのは厨房やスタッフルームみたいなバックヤードの可能性が高い。裏口があるなら正面のアレンちゃんと挟む段取りが無難じゃないかな」
既に犯人たちの位置に当たりを付けていたらしい。相変わらずの抜け目のなさだった。
アレンがPP引き渡しの名目で犯人たちと接触し、気を引いたところで裏口からユウたちで襲撃する。単純だが、それゆえに効果的な策に思えた。
ただ、意外にも不服そうな反応を示す人物がひとり。
「……だめ」
「エル?」
「それは、だめ」
エルはアレンの前に立ち、頬を膨らませて猛抗議。彼女にしてはかなり強めの感情表現だ。
「アレンだけひとり。単独行動は、危険だから」
「そうは言ってもだな。適任は俺しかいないんだから、ここは多少のリスクを承知でだな……」
「適任なら、エルだってそう。子どもであれば、要求は満たしているはず」
「……そりゃあ……そう、かもしれないけどさ」
どんとこい、と胸を張るエル。幼女そのものの未成熟という言葉がふさわしい胸部に安心感めいたものはないように思われた。
どう説得したものかとアレンは頭を悩ませたが、ここへ付いてくると言った時と同じく、どう諭したところで無駄だろうという予感もあった。
「ええーっ、エル、それは危ないよ! ボーナスウェポンも、ユニークスキルもないのに!」
「アレンも、みんなも、危険なことを進んでしている。エルも力になりたい。守られてばかりは、いや」
「だからってっ」
「アレン……エルのお願い、聞いてほしい。エルも役に立つ。ひとりよりもふたりで引き渡しに応じる方が、安全」
目をそらすことなく、じっとアレンを見つめる。
交差する視線。輝くような黄金の瞳と、スカイブルーの瞳とが向かい合う。
しかしアレンが返答をする前に、横からユウが言った。
「身を守るための武器やアイテムについては、僕の方から渡す。そうすればいくらかは安全の度合いも上がるんじゃないかな」
「ユウ……お前はエルを危険に晒すことに賛成なのか」
「アレンちゃんが単独で出向くのだって危険。少なくともその意見には十分な正当性があると思うよ、僕は。ふたりいれば戦闘になった時、相手からしてもターゲットが分散する。アーカディアなら一度や二度の攻撃で命を落とすってこともないんだし、彼女の言う通り安全は増すかもしれない」
「……もっともらしいことを。そういう腹かよ、お前」
ぎり、と小さく歯ぎしりの音が漏れる。
ここへ来る直前の問答のことを忘れたアレンではない。ユウはおそらく、本人が乗り気なのをこれ幸いと、この一件にエルを巻き込んで彼女を見極めようとしているのだ。
眼前の少女が、記憶を持たず、しかしアレンたちに味方しようとする少女、エルなのか。
作られた知性としての本懐、機能を果たそうとする管理者、『前回』のパンドラなのかを。
リスク排除のために、今がエルをゲームオーバーにする好機であるとまで嘯いた男のことだ。ともすれば、不慮の事故でエルがゲームオーバーになれば、それはそれでいいとまで思っているのではないか。
だとすれば——
「ア、アレン? どうしたの……らしくないよ。そんな怖い顔して」
「あ——いや、悪い。なんでもない」
ノゾミに指摘され、アレンは顔を伏せる。
ユウの魂胆がどうであれ、このまま孤児院に戻れと言ったところで、エルは素直に従わないだろう。後からこっそり来られるくらいなら、最初から目の届くところにいてくれた方がずっとマシだ。
「わかった。正面からは俺とエルのふたりで行く。エルも、それでいいな?」
「……うん。ありがとう、アレン」
「うぅ、アレンがついてるなら大丈夫だと思うけど、それでも心配だよぉ。最近の小学生って背の高い子も結構多いし、わたしもなんとか同年代ってことで誤魔化せないかな?」
「無理だろ」
「即答っ!?」
——だって、その胸じゃ。
言いかけた言葉を、アレンはぐっと喉奥へと押し込んだ。
「さあ、もう一度作戦の練り直しだな。ベースはさっきの案でいいと思うが」
「僕としては、アレンちゃんの振る舞いの方が心配だね。見た目がいくらそんなでも、ちゃんと子どもらしい受け答えをしなくちゃあならないはずだ。ふたりで行くって言うならなおさら、アレンちゃんだけちぐはぐな印象にならないか懸念が残る」
「うぅーん、確かに。きちんと子どもらしくしてないと、怪しまれて警戒されちゃうかも? エルはともかくとしても、アレンってばうまくこなせる?」
「なんだよ、ふたりして。ずいぶん言ってくれるなぁ、子どものふりなんて簡単だろ。誰だって小さい時分は子どもだったんだぞ?」
「そこまで言うなら……よし、お手並みを拝見がてら、練習といこうじゃないか。シグレ君。今からアレンちゃんが子どものふりをするから、シグレ君も見た目通りの幼女だと思って接してくれるかな?」
「わ、私ですかっ? わかりました……」
シグレを指名したのは、おそらくアレンと初対面の方がやりやすいと踏んだためだろう。
向かい合うアレンとシグレ。作戦の決行に備えて行われるのは、アレンのための練習。実際に立てこもり犯たちの前へ現れ、取引に応じたふりをする際の予行演習だ。
かくして幼女になりきるべく、待ったなしの即興劇が突如幕を開ける——!
「えぇと……ね、ねえきみ。迷子になっちゃったの? お母さんからはぐれちゃったのかなー?」
「おぉっと、これは意外! シグレ君の初手は迷子シチュ! これによってアレンちゃんは『はぐれた子ども』という役を強制されたに等しいぞっ!」
「妙手だと思いますね。即興劇は最初に動く側が状況を作りますから。シグレさんはアレンを縛ると同時に、自らにお姉さん属性を付与したという側面もあると思います。ここからどう展開していくのか両者の機転が試されるところです」
「なんで実況してんだよ、お前ら……」
即興劇に実況役がいるものか。ただでさえ急に始まった劇にアレンは付いていけず、眉間にしわを寄せる。
そこへ発破をかけたのはノゾミだった。
「ほらほらアレン、役になりきって! そんなやさぐれた顔してちゃあプロゲーマーだって犯人たちにバレちゃうよ!」
「プロゲーマーだとはわからないだろ」
「細かいことはいーのっ! ほら、シグレさん! もう一回!!」
「ひえぇ、わかりましたっ。あ、あなた、迷子なの? お母さんやお父さんはっ?」
「う……。えーと、あー、そうそう。気付いたらどっか行っちゃってて?」
「そ——そうなの。じゃあ、えーと……こ、心細いはずなのに、泣いてなくて偉いね?」
「へ? あ、あぁ……ありがと」
「どういたしまして……」
会話が途切れる。迷子設定のはずなのに、なぜか気付いたらお礼を言っていた。
ノゾミの方を見ると、『続行せよ』と目で訴えかけていた。かつて見たことがないレベルの眼力だった。
ユウは終始ニヤニヤしていた。アレンはあとで銃で脅すことにした。
「え、偉いから……頭をなでますか?」
「……? じゃあ、せっかくだから?」
どう続けていいかわからなかったのか、素っ頓狂な提案をするシグレ。アレンもなんとなく流れでうなずいてしまう。
結果、細い腕が伸ばされ、柔らかな手のひらが金の髪をくすぐるように、優しい動きでアレンの頭をなでる。
「…………?」
「————」
なでり、なでり。
互いに言葉はなく、ただ頭をなでる、なでられるだけの数十秒が過ぎる。
(これなんの時間?)
実況席——そんなものはないが——のふたりも、どう反応すればいいのかわからないのか沈黙を保っている。エルは飽きて蝶々を追っている。
そのまま、止め時を失ったらしいシグレに、髪がぐちゃりとなってしまうほど頭をなでられ——
ふとした拍子に、目が合った。
「あ」
「……っ!?」
瞬間、どちらからともなく目をそらす。
どうしてか無性に気恥ずかしい。そう思ったのはアレンだけではなかったらしく、ちらと上目に窺う碧色の瞳には、顔を真っ赤にして茹でダコみたいになったシグレの姿が映る。
——なんだこのいたたまれなさはっ。
気まずさが増す。アレンは自分の顔も熱くなってきているのを感じ、顔を伏せた。
もはや互いに動くことも、声を出すこともできない。沈黙は深まるばかりだ。
「これは……相打ちってところかな? うん、両者引き分け!」
そこで実況席からジャッジが下され——
即興劇は『相打ち』という前代未聞の結果で幕を下ろしたのだった。




