第83話 『あからさまな適任』
*
ギルドハウスが立ち並ぶ区域から、隣接するレストラン街へと入る。
街並みの雰囲気はそう変わらないが、整然とした、どこか格調高いような印象はより強いか。町全体を覆うような今のアーカディアの不穏さも、この一帯だけは薄まっているようだ。
事実、ここいらの店を日常的に利用する転移者は、PPの枯渇などという憂き目とは当分無縁だろう。
そんな小奇麗な街の一角に、その店はあった。
「ここが例の立てこもり店か。……えらく静かじゃないか。どういう状況なんだ?」
重厚な天然石の外壁と、そこに造られた大きなガラス張りの窓。市井との隔絶と開放感を同時に演出するような外観は、いかにもな高級さを醸し出している——往時であれば。
「昼は元々やってないのか?」
「ううん。NPCが運営してるから、二十四時間営業だよ」
「だよな」
レストランに限らず、カフェから道具屋から書店まで、アーカディアではどこもかしこも休みナシだ。NPCたちに労働基準法は適用されないのだった。
それだけに、やや離れて街路越しに眺めるその店の閑散とした具合は寂寥感を伴っていた。洗練されたガラス張りの意匠など、ガラガラに空いた店内をさらけ出すだけの悲愴なオブジェ同然である。
「それより、シグレさんは……あ、いた! こっちこっち、戻ってきたよ! じゃじゃんっ、とっても頼りになる助っ人です!」
「助っ人を呼んでくる、と言っていましたが。一体どなたを……え? こ、子どもっ?」
隣の建物の陰に潜むようにして、転移者の一団がいた。こそこそとしていて不審極まりない彼らに対し、ノゾミは警戒を知らぬハムスターのように近づいていって話しかける。
ノゾミが示す先には、連れて来られたアレンとエル、それから後ろにユウ。
「いや……そのID、まさか……アレンさん?」
転移者の一団は、男が四人と、少女がひとりで構成されていた。
先頭の少女がアレンの頭上を見て驚いたようにこぼす。わずかに青みがかった黒髪の、ノゾミと同じ年頃の少女だ。長い髪を編んでまとめており、縮こまった肩は大人しそうな性格を印象させる。
(エルの異常なIDより俺の方に驚くとは……それに、この雰囲気。覚えがあるぞ)
『鷹の眼』の才能ゆえか。アレンは、一見すると控えめそうで、男たちの中に混じるには少々不釣り合いな彼女が持つ微細な違和を感じ取った。
物怖じしそうな見た目でありながら、先頭に立つ姿。そして、前へ出た彼女の背を、仲間の四人はじっと見つめている。少女よりも年上の男たちが、だ。
彼らはなにも発さず、動こうともしなかったが、それは応対を丸投げしているといった風ではなく、少女に任せているようだった。
そう。自分よりも一回り、者によっては二回り年下の女に、信頼をあずけて成り行きを見守っている。
(……ゲームの世界じゃ珍しくない。十歳そこらのガキが、大人たちよりずっと上手くことを運び、上手く状況を理解する。大人たちがサポートに回って、年端もいかない子どもの方が指揮を執る)
腕力も、人生経験も、そこでは意味を為さない。優先されるべきは才能であり、能力であり、勝利に対して最も合理的な選択。
アレンに覚えがあるのも当然だ。三年前、14でプロゲーマーになったアレンはチームに所属する以前から、まさにそのような経験を何度も経てきた。若くしてプロゲーマーになる者——ひいては、年長者を差し置いて結果を出す神童の類とは概してそういうものだろう。
「ゲーマー、だな。それも腕が立つ。どこかのギルドの人間か?」
「私は……いえ、私たちのことは、またあとでお話します。〈デタミネーション〉のアレンさん、ですよね? どうかお力をお貸しください。人質の方たちを救えるのはアレンさんだけです!」
「そりゃあ、まあ、そのために来たけどさ」
——俺のことを知っているということは、FPSプレイヤーか。
ぺこりと頭を下げる少女。そのやや上には、『SIG』という転移者IDがふよふよと浮かんでいる。
シグレ。そうノゾミは呼んでいた。
アレンはいまいち状況の飲み込めないまま、シグレに重ねて問う。
「ノゾミに聞いた話だと、あの店に立てこもり犯がいるんだよな? そいつらと戦おうにも自分たちだけじゃ頭数が足りないから、俺たちを待ってたってことか?」
「わたしが待っててって言ったの。わたしとシグレさん、店の中にいたわけじゃないんだけど、偶然騒ぎに鉢合わせて。シグレさんたちは一か八かで突入しようとしてたんだけど、小さな子まで人質に取られてるから……」
「成功率を上げるために、俺たちを呼んできた、と」
「うん。アレンとユウさん、ミーティングのあとも残ってたでしょ? なに話してたか知らないけど、だったまだギルドハウスにいるんじゃないかって」
意外によく見ている。少し驚いたアレンだったが、シグレは「実は、それだけではなくて」とおずおずしながらアレンを見つめる。
「ノゾミさんが助っ人を呼んでくると走っていったあと、犯人たちから、追加の要求がされたんです」
「ええっ、そうなの?」
「要求の追加……?」
「つまりはそのために、ここで遠巻きに様子を見ていたってところかな。だけど、100万PPってだけで法外な要求だと思うけどねぇ、僕は」
「要求は、その100万PPの受け渡しにかかわるものです。現実の硬貨や紙幣と違って、アーカディアのPPは実体を持たないので、その場で犯人と近距離で受け渡しのやり取りをしなければいけませんから」
ダイブ式のVRデバイスがリリースされるような世の中だ。日本社会もキャッシュレス化が進んで久しいが、現金による身代金の受け渡しとなれば、金の入ったアタッシュケースなどの容器をどこかへ置き、後から犯人がそれを回収するといった方法が考えられる。
こうすれば犯人は相手と直接顔を合わせ、対峙する必要がないというわけだ。
しかしPPは実体を持たず、それはどこまでいっても数字上のやり取りに過ぎない。また、PPの譲渡は、NPCの店員から物を買うときなんかと同じように、手の触れるほどの近距離でなければ行えない。
「そうか……アーカディアじゃ、武装を解いている相手だろうが油断はできないのか」
シグレは形のよい顎を引くようにしてうなずく。
PPの受け渡しが犯人たちにとって最大のリスクとなるのは自明だった。なにせアーカディアでは、一秒もあれば空の手に武器を手繰り寄せることができる。インベントリという、無際限の虚空から。
加えてユニークスキルのこともある。仮に裸一貫の相手だろうと、犯人たちにしてみれば警戒は必至なのだ。
ゆえに、追加された要求こそが——
「——子どもに持たせて来い、と。そう、彼らは言いました」
子ども。その一言を聞いた途端に一同が沈黙する。
それは奇妙な瞬間だった。彼らにあったのは、困惑でも納得でもない。
「子ども……」
「子どもかぁ」
「……子ども」
ノゾミやユウ、エルがそろってアレンの方を見る。
その場の全員から突き刺さるような視線に晒され、アレンもまた、自分自身で思うのだった。
(これは……どう考えても……俺が適任だ……!!)
——いかにボーナスウェポンやユニークスキルを持っていようとも、年端もいかぬ子どもであれば、大それたことはできまい。
そんな犯人らの目算を撃ち砕くような存在、それがアレンだ。
なにせ見た目は子ども、中身は凄腕プロゲーマー。名探偵もびっくりのイレギュラーなのだった。
「話はわかった。でも、シグレは俺のこと、本物の『アレン』だって信じてくれるんだな。こんな見た目なのに」
シグレとは初対面のはず。ふつう、シンダーなどがそうであったように、このような金髪碧眼幼女が元プロゲーマーの男性だったと言われても疑念を持つものだ。
あるいは次にパンドラと対峙した時に問いかければ、どうしてアレンだけがこのような現実と似ても似つかぬ肉体を得てしまったのか、その答えも得られるのだろうか。
「マグナさんを倒したのは、きっとあなたなんでしょう。でしたら、それができるのは同じ〈デタミネーション〉だった方か、それこそフランボワーズさんをはじめとする、連覇を成し遂げた〈ゼロクオリア〉のメンバーくらいです」
「マグナさんに会った……会っていたのか? このアーカディアで?」
「……すみません。それも、またあとで」
シグレは目を伏せるようにしながら、謝意を表す。
なにかを隠そうとしている、とアレンは思った。覚えた疑問はアレン自身が意識せずともその才覚、『鷹の眼』によって別の疑問と結びつく。
ノゾミはさっき、シグレたちとは偶然鉢合わせたのだと言った。
だが、本当だろうか? ノゾミの方はたまたま居合わせただけだろう。
けれどもシグレたちもそうであると、証明するようなものはなにもない。
「——そうか。わかった、ならともかく、PPの引き渡しは俺の役割だな。……いやまあ、100万PPなんてとても用意はできないんだけど。引き渡すふりをして、隙を突いて倒すってことでいいな?」
疑いは晴れないが、アレンはそれでもうなずいた。
シグレを信じることにした根拠はひとつ。マグナの名を呼んだその表情が、どこか懐かしむような、それでいて悔やむようなものだったから。
「アレンさん——はい。ありがとうございます。ですが……このことだけは、アレンさんに対して隠すのは卑怯だと思うので、先に伝えておきます。力を貸してほしいと言ったのは私ですが、協力していただけるかどうかは、それを聞いてから決めてくれて結構です」
「このこと? もったい付けた言い方だな」
「立てこもり犯は、〈エカルラート〉のメンバーです」




