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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第82話 『ちぐはぐな事件』

「……くそ、この頑固者。こんな状況で内ゲバなんてしてられないってのに」

「こっちのセリフだよ。キミが折れてくれれば話はスムーズなんだけどな」

「それこそこっちが言いたいことだ。どうすんだ、勝率の高い策を、なんて言ってるやつが内部分裂で戦力減損なんてしてたらお笑いぐさだぞ」

「それについては同意するよ。もっともそのたとえについては、ループが起きれば話の種になることもなくなるだろうから安心していいね」

「安心できねーよ。誰の記憶からも消えるからオッケー、じゃなんの解決にもなってないだろ」

「ふむん、まったくもってその通りだ。ならばやはり白黒つけるほかにない。……あの時の続き、どうやらできそうだね?」


 ユウの言う『あの時』とは、ロシアンルーレットのことだろうか。それとも、おそらくはなんらかの因縁があったであろう『前回』におけるアレンとの対峙を指しているのだろうか。

 それはアレンにもわからなかったが、途端に場の雰囲気が移り変わるのを感じ取った。

 慣れ親しんだ、戦いの前の緊張が彼我の間に張りつめる。射線に晒されているのにも似たぴりぴりとした冷えた感覚が柔肌を刺す。

 なにかの弾みひとつで、互いがボーナスウェポンをインベントリより手繰り寄せてもおかしくないような雰囲気。

 沈黙を破ったのは、アレンでもユウでもなかった。


「——アレンっ、ここにいた! ユウさんも!」

「ノゾミ? 悪いけれど今、俺たち取り込み中で……」

「人目には付かない場所にいたつもりだけど、どうしてわかったのかな? 『ゴーストエコー』のユニークスキルが走ったようなエフェクトもなかったはずだよ」

「だって、ふたりともおっきい声出してたから!」


 突如やって来たノゾミの発言にアレンとユウは顔を見合わせた。せっかく人目を避けたというのに、話すうちに遠くからでも居場所がわかるほどヒートアップしていた。そのことに遅れて気付いたのだ。


「って、そんなことよりも。ふたりとも今すぐ来て! シグレさんたちが待ってるの、このままじゃあの店の中にいる転移者(プレイヤー)の人たちが……」

「な、なんだ? 落ち着いて話してくれ。シグレ? ユウ、知り合いか?」

「うーん、知らない名前……いや、『前回』で攻略組の中にそんな女の子がいたような? どちらにしろ面識はないね。『今回』じゃあ顔さえ見たことがない」


 どうやらアレンを探していたらしいノゾミは、一体どこから走ってきたのかひどく息を切らしていた。

 焦った様子なのは伝わるが、見知らぬ名にアレンたちは困惑を浮かべる。しかし、そこで重ねて投げかけた問いに対するノゾミの回答は、さらなる困惑を呼び寄せた。


「そもそも来てって、どこに? ノゾミ、先に昼食食べに行ったんじゃなかったのか?」

「レストラン街の方……! アレンとユウさん、ミーティングが終わっても応接間に残ってたから、もしかしたらまだギルドハウスにいるんじゃないかって思って戻ってきたの!」

「僕たちを探していたということは、戦力的な助けが要るということかな? 穏やかじゃないね……穏やかじゃないですね」

「なんで言い直した?」

「聞いて、あのねっ。事件が起きたの——それも、転移者(プレイヤー)を人質を取った立てこもり事件が!!」

「人質……」

「立てこもり……」


 事件。ゲームの世界に閉じ込められている時点で大事件ではあるが、それゆえに中にいる身としては縁遠い単語だ。

 アレンとユウは、さっきまで言い争っていたことも忘れ、再び顔を見合わせる。


転移者(プレイヤー)なんて人質に取ってどうするんだよ、警察だっていないのに」

「この法も国家もないアーカディアで立てこもりって、誰になにを要求するのかな?」

「ふたりして同じようなことツッコまないで! しょうがないじゃん、実際に起きてるんだから!!」


 ごもっともだった。

 焦燥を露わにしたノゾミによれば、起きたのはレストランの客の一部を人質に取った立てこもり事件であり、客の中にはそろってアーカディアに閉じ込められた転移者(プレイヤー)の親子もいるという。

 犯人は複数人で、要求は『誰でもいいから100万PPを持ってこい』。


「ひゃ、百万って。それこそギルドハウスくらいの値段じゃないのか、そんなの。おいユウ、お前いくら持ってる?」

「……8000PP」

「少なっ! なんだよお前、思ったよりボンビー生活なのな」

「僕はボーナスウェポンがクソザコだから、色々と店売りのアイテムで補わなきゃいけないんだよ。それに『前回』蓄えた貯蓄も……はァ、こんなことなら貯め込んでた『AC』を全部武器にでも換えてればなぁ……こうなるとわかっていれば今頃は……ぐぬぬ……」

「なんだこいつ」


 ぶつくさと愚痴めいたものを漏らし続けるユウを無視し、アレンは謎の立てこもり犯たちについて考える。

 100万PPなど、今のアーカディアで持っている者がいるとは思えない。巨大なギルドのマスターであればあるいは……という額だ。

 しかし〈解放騎士団〉のカフカは所持PPもろともゲームオーバーの闇へ消え、〈サンダーソニア〉のシンダーもそのカフカに全焼させられたギルドハウスを建て直したせいで今や火の車。もっとも〈サンダーソニア〉は孤児院の運営に多くのPPを費やしているので、元々そのような大金はなかっただろう。


(……やはり、マトモな要求には思えない。そもそも100万PP持ってるやつがいたとして、見知らぬレストランの客人のためにポンと渡すはずもない。バベルの狩り場が機能不全に陥ったこの状況、誰もが資産を守りたいはずだ)


 ちぐはぐな事件に、ちぐはぐな要求。

 なにか、裏に複雑怪奇な経緯が存在するのだろうか?

 その可能性はゼロではない。しかし、現実的に考えるのであれば、より妥当なのは。


「パニックと見るべきか。だとすれば、シンダーの予想は外れたわけだな……」

「ま、十中八九そうだろうねえ。PP枯渇による危機に怯えての錯乱的な行動。たぶんその立てこもりをしてる一団、元から真っ当な連中じゃないよ。一線を踏み越えるのが早い人間っていうのは、それだけライン際にいたってことだ」

「〈エカルラート〉みたいな、プレイヤーキルも厭わないギルドかもしれないな。とにかく起きた以上は収めるべきだ。早期に収束させれば、ほかの転移者(プレイヤー)たちに伝播するのも防げるはず」


 言いながらも、アレンはやや不安な心持ちでユウの方を見た。

 ユウはつい先ほど、パンドラを打倒するために『クラウン』を顕すと言ったばかりだ。

 大きな目的のために小さな過程を切り捨てる。それもまた、現実的な考え。

 スケジュール通りに進めるのであれば、今日もバベル攻略とシャドウ狩りがある。町の騒ぎにいちいち首を突っ込んでいる暇などないのだ。

 ノゾミが求める助けに応え、アレンはこの立てこもり事件の解決へ赴こうとしている。だがそこにユウは付いてきてくれるのか。

 そう思ってつい顔を窺ったのだが、肝心のユウは、どこか意外そうな表情でアレンを見つめていた。


「——っ?」


 否。見つめているのはアレンではなく、その後方。

 いつの間にかアレンの後ろに立つ、灰の髪の少女のことだった。


「キミは……」

「話、聞いた。アレンは、大人しくするよう言ったけど。エルは、やっぱりみんなの力になりたい」

「エル? そ、それはさすがに危ないんじゃないかな。ねえアレンもそう思うでしょ? 相手は立てこもり犯、同じ転移者(プレイヤー)だよ。下手をすればバベルでモンスターを相手にするよりも危険だって!」


 孤児院の建物から出て、一体いつからアレンたちのやり取りを聞いていたのか。エルはその黄金の瞳で三者を見上げ、自らも連れていくよう懇願している。

 心なしか、その目は特に、ユウの方を見ているようでもあった。


「……もちろん僕も反対ではある。けれど、その目を見る限り、簡単に諦めてもくれないんじゃないかな。意地でも付いてくるつもりだよ、その子」

「んー……もしダメだって言ったら、ここで泣いて喚いて、大暴れする」

「駄々っ子か!」


 突然やってきたエルだが、先ほど注意をしてもなお、アレンたちを手伝おうとする気持ちが折れていないことはアレンにもわかっていた。

 むしろ、そのままでいるよう誘導したと言っていい。

 とはいえ当然、突発的な立てこもり事件のことなど計算に入れているはずもない。アレンはどうするべきか逡巡した。


「仕方がない、事態は一刻を争う。その立てこもりが起きてるってレストランの前までは連れていく。そこから先は状況次第だ。ただでさえエルにはユニークスキルもボーナスウェポンもないんだろ?」

「……これ以上の譲歩を引き出すことは困難であると推定。わかった、アレンの言う通りに、する」


 すべての転移者(プレイヤー)が持つ、ボーナスウェポンとユニークスキル。

 エルにはそれがどちらもなかった。NPCという出自、前回の『管理者』という特殊な立場ゆえと思われた。


「さて、そうと決まれば早く行こう。アレンちゃんの言う通り、一刻を争う事態だ」


 そして当然のように同行しようとするユウ。さっきの懸念は邪推だったか、とアレンは納得しかけたが、すぐに思い直した。

——あの子はNPCだ。アーカディアが作り出した偽物だ。断じて人間じゃない……モンスターと同じなんだよ

 ついさっきのユウの言葉が耳の奥で反響する。

 エルが来たことで、この事件を通して彼女を見極めようとしているのではないか。そう唐突に思ったのだ。

 しかし、ならば。しきりにユウの方を見つめるエルもまた、その思惑を——


(……孤児院のすぐ横で話したのは失敗だったか)


 どこから聞かれていたのか。確かめることはできず、今はただ、アレンは事件の起きた現地へと向かうのだった。


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