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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第81話 『先送りされた決裂』

「……お前。自分がなにを言ってるのか、わかってんのか?」

「ああ。アレの出し方、キミは知ってるだろ。王殺し……キルスコアの王を作り出し、それを殺す。町の転移者(プレイヤー)たちを犠牲にすれば、まだアレを出すことはできるはずだ」

「カフカと同じことをやるって言うのか!? パンドラを倒すために!」

「同じじゃないよ。カフカはアーカディアの支配のために『クラウン』を顕した。僕たちは、アーカディアからみんなを解放するために『クラウン』を顕す」

「詭弁だろうが! そんなの、一体なんのために今日までシャドウ狩りをやってたのかわからなくなる……!」


 アレンは激昂し、ユウへと詰め寄る。だが幼女の姿では迫力がないのか、それとも誰かに凄まれた程度で縮むような肝は持ち合わせていないのか。

 男は動じることなく、凍り付いた瞳でアレンを見て、言った。


「だったらキミには代替案があるのかな。ゲームの管理者、いわばゲームマスターを倒す案。盤上の駒に過ぎない僕たちが、6万と5000のループを強いられた僕たちが、このあまりに不利な形勢を覆す手立て。『クラウン』に頼らず、それを用意できると?」

「エルだ。エルならきっと、パンドラに対抗することができる」


 今まで口に出してこなかった、アレンの展望。

 エルはその記憶こそ失っているが、その見た目や不可思議なIDからして、ほぼ間違いなく『前回』のパンドラ。管理者だ。

 であれば、現管理者であるパンドラに対する最大のカウンターになりうる。

 しかし、ユウは呆れたように吐き捨てた。


「ハッ。まさか僕が、彼女のことを考慮に入れなかったとでも?」

「……いいや。お前がその程度のことを考えないはずがない。ましてや、『前回』のパンドラと同じ容姿だって言い出したのはお前だ」

「ああ、そうとも。真っ先に考えたよ。彼女こそが、僕たちに降って湧いた希望なんじゃないかってね。だけど」


 一度言葉を区切り、視線を地面へさまよわせる。湿った土の上を、小さな虫が這うようにして進んでいた。


「知っているか。パンドラの箱、その奥底に残ったもののことを」

「は?」

「ギリシャ神話だよ。箱庭の主がパンドラ……なんとも寓意的な名を付けてくれたものだよね。ループに閉じ込められたこちらからすれば、最悪の皮肉だ」


 突然の話題の転換にアレンは面食らう。だが言わんとすることは、辛うじて理解できた。

 パンドラの箱。厄災が解き放たれたソレの奥底には、ひとつだけ残ったものがあったとされる。


「……希望。多くの厄災、悪いものがすべて出尽くした箱には、希望が残された」

「ああ、そうだね。それが最も一般的だ、でも別の解釈もある。最後に残ったものも災いだった。あるいは希望それ自体もまた、ひとつの厄災だった……ってね」


 あの時、別れ際にネームレスは言った。希望を探せ、と。

 だが——


「エルじゃパンドラに敵わないって、そう言いたいのか?」

「単に力になれないだけ、つまりは管理者としての能力、権能を使えないってだけならまだマシさ。最悪なのは、下手に刺激をして彼女が記憶を取り戻した結果、本来の役割に戻ってしまうことだ」


 本来の役割。エルは『前回』の管理者だ。ならばそう、『今回』においてもまた、この箱庭の管理・運営こそが彼女の本分なのではないか。

 そしてアーカディアの管理とは、最終的にアーカディアそのものの崩壊へと行き付く。逆説めいてはいるが、現に65535回それは起きている。管理者たるパンドラが操るデウス・エクス・マキナなる機械によって。


「パンドラがふたり。そうなれば、勝ちの目なんてなくなるよ。皆無と言っていい。いくら『クラウン』を出したところで無駄、僕たちは仲良く廃棄物だ」

「エルは優しい子だ。さっきも俺たちのバベル攻略を手伝おうとした。仮に記憶を取り戻したところで、パンドラと同じようにアーカディアをループさせ、俺たちを消すようなことはしない」

「だから、それは記憶がないからこその人格なんじゃあないのかな。あの子を拾った日、彼女はなんらかの目的があったと言っていた。それが管理者としての役割をまっとうすることじゃないと、どうして言い切れる?」

「それは……っ」

「そもそも、記憶なんて言葉を使うべきじゃないのかもね。それは人間のための概念だ。彼女は管理者、アーカディアの作ったNPCにほかならない。ならばふさわしい言葉は記憶じゃなく……記録。記録された人格、刻まれた目的が損なわれている今こそが好機と見るべきじゃないのか?」

「好機? 一体なんの好機だ、事と次第によっちゃ——」

「事も次第もない。決まっている、彼女を消す好機だ。管理者として目覚められるより先に、前もって消し去る。その絶好のタイミングだって言ってるんだよ、アレン」


 アレンは絶句した。紡ごうとした言葉を忘れ、昂った感情の火も冷や水を浴びせるように瞬時に消え去った。

 その発言を聞いて、そしてなによりもアレンの名を正しく呼んだ男の、どこまでも理性的な目を見て理解したのだ。

 決裂は決定的で。この瞬間が訪れるのは、エルを拾ったあの日から決まっていたのだと。

 初日からユウはエルのことを警戒していた様子だった。あれ以来そうした態度は出していなかったが、表に出せば周囲との決裂は免れないことを理解しているからこそ、意図的に棚上げにしてきたのだ。

 この懸念を——まさに今日という、チームが合流しての本格的なバベル攻略が開始する直前の、ぎりぎりの瞬間まで。


「一応、聞いておくぞ。なにを言ってるんだお前は? 相手はカフカみたいに誰かを陥れたわけでも、他者を害する目論見を持っているわけでもない。まだなにもしていない、子どもなんだぞ?」

「キミはナイフを持った相手を、『まだ誰も刺していないから』という理由でそばに置けるのか? それに、子どもの容姿なんてここじゃあ意味を為さないってことくらい、ほかでもないキミが誰よりもわかっているはずだろう」


 ユウの反論は正しい。アレンもネームレスもパンドラも、子どもにしか見えない容姿だが、精神は決して小児のそれではない。

 だが、アレンは思うのだ。


(マチの木登りを見上げたり、ミソラやサクと勉強をするあのエルの姿は、まぎれもない子どもだった。なにも知らない、無垢の……なんの罪もない、ひとりの子どもだった)


 それでも、その手にナイフがにぎられているのなら、罰されるべきなのだろうか?

 存在そのものが他者を脅かすというなら、排斥されて然るべきなのだろうか?

 ……そんなはずがない。生まれながらに背負う罪など、あっていいはずがない。


「いいや、ユウ。間違っているのはお前だ。エルは俺たちの敵にはならない。かといって、味方になって『前回』の管理者としての力で戦ってほしいっていうのは俺の願望だが……少なくとも敵対することはないと、俺は信じる」

「……このっ、分からず屋が。誰かを信じるのは勝手だが、裏切られたらどうする? キミもゲーマーならリスクとリターンを考えろ! あの子には裏切りのリスクがある! 『クラウン』は裏切らない! どちらがより確実かなんて明白だ!」

「ここはゲームじゃない。限りなくゲームに近い現実だ。……人間相手にリスクだのリターンだの、ゲーム上の駆け引きを持ち込むつもりはない」

「そのゲームで培った能力で、キミはマグナやカフカを撃ち倒してきたんだろうが!!」


 いよいよ声を荒らげるユウと、それをにらむようにして見上げるアレン。

 起こるとわかっていた対立だった。それはこの話が始まった時、互いが予期していたことに違いなかった。


「それに、人間相手……人間相手だって? ふッ、ハハッ。笑わせるなよアレン、言ったはずだろ。あの子はNPCだ。アーカディアが作り出した偽物だ。断じて人間じゃない……モンスターと同じなんだよ」

「無茶苦茶なことばっか言うな! エルはマチとも、ミソラやサクとも仲良く過ごしていた。とっくに友だちだった! あれが人間じゃなかったらなんだって言うんだよ!」

「そう振る舞うようにプログラムされてるだけだ。ショップの店員とだって最低限の会話は成立するだろう? 多少複雑なだけで、中身は同じようにマニュアルに沿った応対をしているだけ。少なくとも、外から見た時にそう考えることはできる」

「屁理屈を……っ!」


 アレンはエルに希望を懸け、ユウは『クラウン』に希望を懸ける。

 記録なき元管理者か。物言わぬ王冠か。ふたりの主張は平行線だ。

 必要なのは、パンドラが持つ権能というカードに敵うだけのジョーカー。ユウは不確定な要素を嫌い、『クラウン』をその枠に据えようとしている。


「たとえ多くの転移者(プレイヤー)を犠牲にするとしても、僕たちは絶対に負けられない。『今回』の実感しか持たないキミにはわからない思いかもしれないが、僕には——僕たちにはこれまでのループで泡沫と消えた人々に報いる責務がある」

「そのために、『今回』の転移者(プレイヤー)たちを犠牲にするのかよ? どう考えたって矛盾だろ」

「そういうところがわかってないんだよ。数だ。数が違う。六万と五千のループ、そこで生きたすべての転移者(プレイヤー)……それに比べれば『今回』で『クラウン』のために散る意識なんて砂の一粒だ。それにもしかしたら、パンドラを倒せば、ループの中で消えた人たちも現実で意識を取り戻すかもしれない。僕は賭けるなら、まだそっちの奇跡に賭けたいね」


 やはり平行線。

 パンドラを倒した後のことがどうなるかはわからないが、ユウの語った『奇跡』は最上のシナリオだろう。しかしそれも、ループのたびにすべての転移者(プレイヤー)が復活することを考えればありえない話ではない。

 仮に、今ここにいるアレンたちが、現実で被ったVRデバイスであるSEABED(シーベッド)を介してコピーされた存在だとして。ループのたびに大本の意識から複製され直しているとすれば、ループごとに復活することと、そのつどアーカディアでの記憶がリセットされていることにも説明が付く。

 説明は付く、が。


「生き返るから……なかったことになるんだから、殺してもいいってか? それこそ人間の考え方じゃない!」

「寸毫ほどの妥協も許されない。いい加減、僕たちが今そんな立場にあることを自覚しなよ。手段を選べるほど気楽じゃあない! わずかにでもリスクを排除し、わずかにでも勝率の高い策を取る! それが僕たちのすべきことだ!」


 そして今度こそ、僕は失敗しない、と。ユウはまっすぐ、アレンをにらみ返す。


(こいつにあるのは『ループを止める』という使命感。ループのことを打ち明けられた日、そのことがわかった。けど、裏を返せばそれは……)


 アレンのような、身を焦がすほどのまばゆい夢、自らに根差す目的意識があるわけでもない。

 ……ならばユウは、それほどまでに強い使命感を抱くような体験、経験を、『前回』で得たという証左ではないか。 

 ひょっとすればそれは人格を変えてしまうほどの。かつて『アレン』だったはずが、その意志を失っていた、ネームレスのように。

 だとすれば『今回』のことしか知らないアレンがなにを言ったところで無駄なのは自明だった。


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